害虫防除用の遺伝子組換えBtトウモロコシやワタの商業栽培が始まって10年以上が経過した。気になるのは害虫側に抵抗性が発達して、Bt作物の効果が低下することだ。2008年2月の Nature Biotechnology 誌で、米国アリゾナ大学の Tabashnik 教授らのグループが、米国南部のコットンベルト地帯の一部地域でアメリカタバコガ集団に顕著な抵抗性の発達が確認されたことを報告した。Bt作物では初めての抵抗性発達確認ということで、欧米のメディアは 「初事例 (first documented case) 」 という見出しで報道し、一部は 「ワタ害虫の抵抗性進化」 を強調した。
この調査では、米国、スペイン、豪州、中国など、広い面積でBt作物が商業栽培されている地域の主要害虫6種(ワタ害虫4種、トウモロコシ害虫2種)について、すでに公表された論文情報をもとに、Bt作物の導入前と導入後 (2002〜2005年) の抵抗性発達程度を比較している。現在は複数のBtトキシン (毒素) を発現する系統も商業栽培されているが、今回の報告では、栽培開始年からもっとも多く利用されてきた Cry1Ac (ワタ) と Cry1Ab (トウモロコシ) トキシンに対する抵抗性にのみ焦点をあてている。
表1 Bt作物における抵抗性発達の調査地と対象害虫
作物 | 地域 | 栽培開始年 | 対象害虫種 |
ワタ (Cry1Acトキシン) | |||
米国 | 1996 | Pectinophora gossypiella (ワタアカミムシ)、 |
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豪州 | 1996 | Helicoverpa armigera (オオタバコガ) | |
中国 | 1998 | Helicoverpa armigera (オオタバコガ) | |
トウモロコシ (Cry1Abトキシン) | |||
米国 | 1996 | Ostrinia nubilalis (セイヨウアワノメイガ) | |
スペイン | 1998 | Ostrinia nubilalis (セイヨウアワノメイガ)、Sesamia nonagrioides (ヤガ科) |
組換えBt作物が発現する殺虫成分に対して害虫側に抵抗性が発達したかどうかは、殺虫剤に対する抵抗性の検定と同じように、室内実験でさまざまな濃度のトキシンを人工飼料に混ぜて幼虫に与え、半数の個体が死亡する濃度 (LC50 :半数致死濃度) を使って表すのが一般的である。「抵抗性比 = ( 野外から採取した集団のLC50 ) ÷ (室内飼育で維持された集団のLC50 )」 を求めて、抵抗性が発達しているか、あるいは次第に抵抗性が発達する傾向が見られるかどうかを確認する。比較対照に使われる室内飼育集団は、殺虫剤 (成分) に曝(さら)されずに長期間、研究施設で世代更新してきた集団で、「感受性系統」 と呼ばれる。
米国のBtワタ
抵抗性比がどのような数値を示せば 「抵抗性が発達した」 と見なせるか、一概には言えないが、Tabashnik らは抵抗性比が10以上になった場合を1つのめやすとした。表1のうち、米国とスペインのトウモロコシ害虫、豪州と中国のワタ害虫では、抵抗性の発達は確認されず、米国のワタでも、ワタアカミムシとニセアメリカタバコガでは顕著な抵抗性発達は認められなかった。しかし、アメリカタバコガでは、ミシシッピー州とアーカンソー州の集団で、抵抗性比50以上を確認し、中には500以上の値を示した集団もあった。しかし、ノースカロライナ州やアリゾナ州のアメリカタバコガでは抵抗性発達は認められなかった。
Tabashnik らは、米国のワタ栽培地帯でもミシシッピー州とアーカンソー州の集団だけが高い抵抗性比を示した原因を、Btワタ栽培で義務付けられている緩衝帯(refuge)の割合が他地域より少ないためだと推測している。Bt作物の抵抗性発達を抑制する対策として、米国環境保護庁はBt作物を栽培する場合、ほ場周辺に一定面積の割合で、非組換えBt作物の栽培(緩衝帯)を義務付けている。これは、Btトキシンに対する害虫側の抵抗性は劣性遺伝によるため、劣性同士の親成虫の交尾によって抵抗性の子孫が産まれるが、片方の親のみが劣性の場合、幼虫はBtトキシンによって死亡するので、抵抗性を持った子孫は残らないとする理論に基づいている。つまり、Bt作物に抵抗性を示す少数の成虫が生き残ったとしても、周囲の緩衝帯からの多数の成虫 (感受性 = 非抵抗性) と交尾する確率が高くなり、その子孫(幼虫)はBt作物を加害しても途中で死亡し、抵抗性の成虫の割合は増えないことになる。ミシシッピー州とアーカンソー州はノースカロライナ州などと比べて、緩衝帯の栽培割合が半分程度であり、抵抗性発達を緩和する働きをする感受性のアメリカタバコガ成虫の数が十分に供給されていないと Tabashnik らは推測している。
Tabashnik らは、2つの州で高い抵抗性比が確認されたことを深刻な事態とはとらえていない。その理由はおもに2つある。(1) 2つの州でもアメリカタバコガに Cry1Ac がまったく効果を示さなくなったわけではなく、50%程度の幼虫は死亡する。また、ワタでは害虫の種類が多いので、組換えBtワタでも何回か殺虫剤散布を行っており、これによる防除効果も期待できる。(2) Cry1Ac と Cry2Ab を発現する新しいBtワタが2002年から栽培され、新系統の採用が年々増えている。この系統に対しては、両州のアメリカタバコガは抵抗性を発達させていない。しかし、Tabashnik らも決して楽観しているわけではなく、2つのトキシン成分を発現するBtワタでも抵抗性が発達する可能性はあるとし、その際は別なトキシン成分を持った他のBtワタを採用することになるだろうし、表2以外の新たなトキシン成分を持った組換え作物の開発も必要だと述べている。
表2 米国におけるBtワタ系統の開発状況
系統名 | 開発者 | 導入トキシン | 栽培認可年 | 備考 |
MON531 | モンサント | Cry1Ac | 1995 | 2009年登録終了予定 |
MON15985 | モンサント | Cry1Ac + Cry2Ab | 2002 | |
281/3006 | ダウ | Cry1Ac + Cry1F | 2005 | |
COT102 * | シンジェンタ | Vip3A | 2005 | |
COT67B * | シンジェンタ | Cry1Ab | 申請中 | * COT102 と COT67B とを掛け合わせたスタック品種として販売予定 |
Tabashnik らは、今回の調査結果から、抵抗性発達管理の対策として 「十分な面積の緩衝帯」 が有効であることを強調している。しかし、米国ではBtワタ害虫の抵抗性対策に別な動きもある。ワタ害虫でも、主にアメリカタバコガによる被害が大きい南東部の州では、2つのトキシン成分を発現するBtワタを栽培する場合、非Btワタを緩衝帯として栽培するのを免除しようというものだ。米国農務省農業研究局の Jackson らは、最近、この考えを支持する広域調査の結果を発表した。アメリカタバコガはワタ以外にも、トウモロコシ、ピーナツ、ソルガム、ダイズなど多くの作物を寄主としており、これらの作物で見られる幼虫数を合わせると、ワタでの幼虫数より多いことから、非Btワタを栽培しなくても、ワタ以外の作物がBtトキシンに感受性の個体を産み出す 「自然緩衝帯 (natural refuge) 」 の役目を果たしているという。実際、2成分トキシンを発現する MON15985 (Bollgard-II) を使用する場合、ワタアカミムシの発生が少なくアメリカタバコガやニセアメリカタバコガがワタの主要害虫となっている、テキサス州以東の15の州では、2010年から非Btワタの栽培義務を免除する計画がある。この中には、ミシシッピー州とアーカンソー州も含まれている。
Tabashnik らの論文と Jackson らの論文はほぼ同時期に発表されたため、どちらも相手の論文を引用した議論をしていない。米国では、抵抗性管理対策には 「緩衝帯設置が必須(ひっす)」 とする研究者も多く、自然緩衝帯としてカウントされるトウモロコシは 「非Bt」 トウモロコシとする必要があるが、これがきちんと実行されるのか疑問視する専門家もいる。今回のアメリカタバコガでの抵抗性発達確認の報告によって、Btワタでの自然緩衝帯の機能や認可の是非について新たな論議が起こる可能性がある。
中国のBtワタ
中国のBtワタでも抵抗性発達が懸念されている。Tabashnik らは、中国のBtワタでは主要害虫であるオオタバコガの Cry1Ac トキシンに対する抵抗性比は 0.01 以下であり、抵抗性発達はほとんど認められないとした。中国農業科学院の Li らはBtワタの栽培割合が低い北京近郊の河北省と、ワタ栽培が集中している黄河流域の山東省でオオタバコガにおける抵抗性発達程度を調査した。その結果、数値は低いものの、両地域とも2002〜2005年にかけて年々、抵抗性比が上昇傾向にあることが認められた。とくにワタ栽培が集中している黄河流域(全畑作物面積の70%)では、今後なんらかの抵抗性管理対策を講じなければ、ひかえめに推定しても11〜15年で、オオタバコガの抵抗性がかなり高くなると警告している。
中国では、米国のような緩衝帯の設置を義務付けていない。これはオオタバコガがワタ以外の作物も加害する広食性害虫であり、ダイズ、ピーナッツ、トウモロコシなどが自然緩衝帯として、Btトキシン感受性のオオタバコガの供給場所になっているとの中国政府の判断による。河北省のように2005年でも畑地の10%程度しかBtワタが栽培されていない場合は良いが、山東省ではBtワタの割合が9%(1998年)から73%(2005年)に急増し、非組換えワタはまったく栽培されていない。Li らは抵抗性発達を注意深くモニターする必要性を強調するとともに、対策として Cry1Ac 以外の成分を含む複数トキシン品種の採用と緩衝帯の設置をあげている。
注目され続ける抵抗性監視モニタリング
トウモロコシでもワタでも、殺虫成分を植物体に内在したBt作物は、化学農薬の使用量を大幅に減らし、世界各地で生産者を中心に多くの利益を与えている。しかし、Btトキシンでは防除できない害虫種も多く存在するし、北米のトウモロコシ地帯のように、アワノメイガの被害が減少したかわりに想定外の害虫が優占種となるような例もあり(「情報:農業と環境」91号の記事の後半を参照)、Bt作物はけっして害虫防除の万能薬ではない。主要害虫に抵抗性が発達することは、Bt作物の商業栽培を行っている国では予測されており、緩衝帯の義務付け、自然緩衝帯の有効性の検討、複数トキシン成分品種や新規殺虫作用を持つ品種の開発など対応策は準備されていると言える。同じ Bacillus thuringiensis の産生するトキシンでも、生物農薬として散布されるBT剤では、組換えBt作物のような広域かつ大規模な抵抗性モニタリングは行われていない。他の化学農薬も同様である。害虫防除関係者だけでなく世界中の注目を集めながら、抵抗性発達を早期に検知するためのBt作物害虫のモニタリングは今後も栽培各国で継続されるだろう。
おもな参考情報
Tabashnik et al. (2008) Insect resistance to Bt crops: evidence versus theory. Nature Biotechnology 26(2): 199-202. (Bt作物に対する害虫側の抵抗性:実証データ対理論)
Jackson et al. (2008) Regional assessment of Helicoverpa zea populations on cotton and non-cotton crop hosts. Entomologia Experimentalis et Applicata 126: 89-106. (ワタとワタ以外の寄主作物におけるアメリカタバコガ個体群の地域評価)
Li et al. (2007) Increasing tolerance to Cry1Ac cotton from cotton bollworm, Helicoverpa armigera, was confirmed in Bt cotton farming area of China. Ecological Entomology 32: 366-375. (中国のBtワタ栽培地帯での、オオタバコガにBtワタ(Cry1Ac)に対する抵抗性の上昇を確認)
付記:
海外の害虫名の日本語訳(和名)は難しく、英名で bollworm と称される害虫は混同されることが多い。今回米国のコットンベルト地帯で抵抗性が確認されたのは、アメリカタバコガ (Helicoverpa zea, ヤガ科)(英名: cotton bollworm または corn bollworm ) であり、ワタアカミムシ (またはワタキバガ)(Pectinophora gossypiella, キバガ科) (pink bollworm) ではない。ワタアカミムシも米国のワタ栽培地帯の主要害虫であるが、現時点では抵抗性発達の報告例はない。また、オオタバコガ (Helicoverpa armigera) ( cotton bollworm または tobacco budworm) は豪州、中国、インドなどのBtワタの主要害虫であるが、米国には分布していない。