前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数
情報:農業と環境 No.103 (2008年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

米国地質学会・土壌学会・農学会・作物学会 合同大会(2008年10月、米国(ヒューストン))参加報告

米国地質学会・土壌学会・農学会・作物学会の合同大会が開催されたヒューストン市の ジョージ R. ブラウン会議場(写真)

写真 大会の会場となった George R. Brown Convention Center

2008年10月5日から9日まで、米国地質学会・土壌学会・農学会・作物学会 ジョイント・ミーティング(合同大会)が米国ヒューストン市で開催され、農業環境技術研究所から平舘・山口・南川の3名が参加しました。ヒューストンは全米屈指の巨大都市であり、NASA (米航空宇宙局) やプロスポーツでも有名ですが、今回はハリケーン Ike (アイク) の直撃を受けた直後とあって、その被害の傷跡が残る中での開催となりました。会期中は、一度だけ激しい雷雨に見舞われましたが、それ以外は大陸らしい、空の青さがまぶしい好天で、半袖シャツで外を歩くのが気持ち良いさわやかな陽気でした。

このジョイント・ミーティングは、毎年10、11月に米国土壌学会・農学会・作物学会の3学会で行われていましたが、今回は特別に米国地質学会も加わることになり、総参加者数が 9,640 人にのぼる巨大な会議となりました (https://www.acsmeetings.org/)。当研究所の3人は、いずれも米国土壌学会が関わるセッションを中心に参加しました。ここでは、今学会で報告されたトピックや私たちが学会に参加して感じたことなどを報告します。

ブラック・カーボンは地球を救う!?

ブラック・カーボン (Black Carbon) とは、生物由来の炭素が燃焼過程を通じて生成した安定な黒色化合物であり、たとえば炭 (すみ) がその代表です。今回の米国土壌学会では、このブラック・カーボンに関するセッションが5つ (口頭セッション4、ポスターセッション1) ありました。これまで同じトピックスなら2セッション程度までが通例でしたから、このブラック・カーボンに対する関心の高さが感じられます。

これは、地球温暖化問題にかかわりがあります。空気中の二酸化炭素を植物に吸収させ、これを炭など長期間安定なブラック・カーボンの形態に変換し、土壌等に蓄積させることによって、温室効果ガスである二酸化炭素を減らそうという狙いがあるからです。土壌に炭を投入すると、土壌中に蓄積していた植物生育阻害物質などが炭に吸着されるなどして、作物の収量が増えることが報告されました。また、炭にはカリウムやカルシウムといった植物の生育に必要な無機元素が含まれ、炭に含まれる炭酸塩には土壌酸性を改善する効果もあるなど、良いことずくめのように思えます。さらに最近の研究では、自然あるいは人工的な火災が地質学的年代スケールでは頻発していたと思われるデータがそろい始めていることから、土壌に対する炭の投入はむしろこれまでの炭素サイクルを再構築することになるという考えも出てきました。

これまで、炭素の収支を地球規模で計算すると、行方不明になっている炭素がどうしても出てきてしまい、ミッシング・シンク (Missing Sink:行方不明になっている炭素の貯蔵庫の意味) と呼ばれてきましたが、このミッシング・シンクがこのブラック・カーボンであることを主張する講演もありました。さらに、ブラック・カーボンは一部は可溶性となって水系にも存在し、一部は海洋にも存在するとか、海底にはミッシング・シンクとしてのブラック・カーボンが多量に蓄積されているだろうとか、にわかには信じ難いようなトピックスが、今回の学会でも熱く議論されました。

今回のセッションの一つはこのブラック・カーボンの定量法を議論するものでしたが、この定量法には大きな問題点があると感じました。現状の分析法では、操作上、[ブラック・カーボン] = [水素原子が結合していない二重結合性炭素] となってしまうからです。ここでは詳しく説明しませんが、 「水素原子が結合していない二重結合性炭素」 は、燃焼過程を経ていない生物体内にもたくさんあり、燃焼過程を経なくても自然に土壌中に濃縮されるだろうし、そうするとこれまで 「土壌中や水系にブラック・カーボンが存在する」 という主張の根拠となるデータが疑わしくなってしまいます。議論の基本となる定量法や定義について、科学的なデータに基づく合意が得られないままでは、せっかく盛り上がっている議論も危ういものになってしまう危険性があります。このトピックは、今後も目が離せません。

学会の果たすべき役割: 若手育成について

米国で開催される学会に参加していつも印象的なことは、学術的な意見交換に加えて、学会として若手研究者の育成に力をいれていることです。今回の学会では、若手育成プログラムとして、「人のマネージメントとチーム作り」、「掲載される論文の書き方」、「研究資金獲得のための提案書の書き方」、「土壌科学分野での起業」 をテーマとした4つのセミナーがありました。このうち 「研究資金獲得のための提案書の書き方」 というセミナーに参加しました。研究のアイディアをより正当なものとしてアピールするために、提案書に予備的な実験データを示すこと、提案書の要約には提案する研究がどのように役立つかを必ず書くことなど、テクニカルなアドバイスに加え、研究活動と両立して提案書を書くためには、1)やるべきことをすべてリストに書きとめる、2)いつまでにそれをやらなくてはならないかをカレンダーにメモする、3)仕事の時間をブロック分けし、スケジュールをたてる、4)提案書のプランを練る、5)実行する というステップを踏むとよいなど、有効に時間を使うための具体的なアドバイスもありました。

日本の研究レベルは?

日本の研究レベルは世界的にみればいったいどのあたりに位置しているのだろうか。こういった点に興味を持つ方も多いと思います。土壌学分野について言えば、おそらく日本のレベルはかなり高い位置にあり、学会の中で交わされる意見交換なども誇れるレベルにあると思います。ただし、これは平均的に見た場合の私たちの感触であって、どの学会も実態としては玉石混淆なのではないでしょうか。

残念に感じるのは、日本のとても優れた研究が、海外ではなかなか理解されていない場合が多いことです。米国土壌学会での口頭発表の中には、内容がよくまとまっており、加えてアピールがとても上手なものが毎回いくつかあります。自己アピールは、米国の大学では授業科目にも採り上げられているそうで、討論についても大学教育の中で鍛えられるようです。日本人は英語に対する苦手意識もあって尻込みしがちですが、口頭発表やその後の議論で良いアピールができるようになりたいものです。

ポスター会場での記念撮影(山口紀子主任研究員、Joe Dixon博士、平舘俊太郎主任研究員)(写真)

写真 ポスター会場での記念撮影
(左から 山口紀子主任研究員、Joe Dixon 博士、平舘俊太郎主任研究員)

おわりに

米国土壌学会は、米国だけでなくヨーロッパ、中近東、アジアからも多くの研究者が集まる巨大な学会ですが、それだけに毎回うれしい出会いがあります。今回も、テキサス A&M 大学の Joe Dixon 博士 (写真) やノースカロライナ州立大学の Dean Hesterberg 博士と親交を深めることができました。

Joe Dixon 博士は土壌鉱物研究の第一人者で、平舘らが今回発表した火山灰土壌中における土壌粘土鉱物のアロフェン・イモゴライトの産状に大変興味を持っていただきました。Dean Hesterberg 博士は土壌化学や土壌鉱物学を得意とする研究者ですが、土壌中における有機物の蓄積と活性アルミニウム・鉄との関係に注目した博士の研究は、山口らが今回発表した研究内容に非常に近く、根底にある認識の共通性を感じました。いずれも米国土壌学会を代表する研究者ですが、アメリカ人らしく大変オープンでフランクな交流を持つことができました。

学術的な進展を支える友好的な関係が、このような学会の場で築かれています。

農業環境技術研究所からの参加者による研究発表

Formation of Allophane and Imogolite in an Andosol Profile as Determined by Solid-state 29Si-NMR. Syuntaro Hiradate1, Yudzuru Inoue2 and Sayaka Morita1 (1 農業環境技術研究所、2 東京工業大学).

Atomic Status of Al and Fe Reacted with Humic Acid as Determined by XAFS and Solid-State NMR. Noriko Yamaguchi, Syuntaro Hiradate and Sayaka Morita (農業環境技術研究所)

Production, Consumption, and Transport of Greenhouse Gases in the Cropland Subsoil with a Shallow Groundwater Table. Kazunori Minamikawa1, Seiichi Nishimura1, Yasuhiro Nakajima1, Ken-ichi Osaka1, Takuji Sawamoto2 (1 農業環境技術研究所、2 酪農学園大学)

(生物多様性研究領域 平舘俊太郎、 土壌環境研究領域 山口紀子、 物質循環研究領域(JSPS特別研究員) 南川和則)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事