「生命最初の30億年」 のタイトルに誘われて読んでみた。生物進化の歴史は、最大のミステリーでありロマンである。そして、本書に一貫して流れている 「地球と生命の共進化」 は、今日の地球環境問題を考える上でも、きわめて重要な視点を提供している。環境が生物をつくり、生物が環境を変えていく。地球の歴史は生物と環境の共進化の足跡である。
生命の歴史の研究は、古生物学、現代の生物学 (分子生物学に代表される)、それに地球科学の共同作業であり、それぞれの最新の知見を駆使し、わかりやすく説明されている。以下、概略を紹介する。
生物の進化というと、今から5億4300万年前に動物たちが多様な進化を遂げ繁栄が始まった、三葉虫に代表されるカンブリア爆発以降については、古生物学の研究も多く、よく語られているが、それより以前、30億年以上の古い時期については、微生物が生息する時代が延々と続いたという印象で、化石についてもあまり知られていない。オーストラリアのワラウーナ層群の堆積岩は約35億年前に形成されたものであり、その岩石にはストロマトライト (シアノバクテリアの死骸(しがい)と泥粒などによって作られる層状の構造を持つ岩石) のほか、細菌の化石とみられる微細な構造も発見されている。しかし、これらが生物由来か否か、議論は続いている。その他の地帯でもも37億年以上前の岩石も見つかっており、炭素の同位体組成からは生物活動の痕跡(こんせき)がほのめかされている。
地層の鉄鉱物の分析から、およそ22億年より前の大気や海面付近の水には、含まれる酸素は少なかったことがわかっている。酸素濃度の上昇は、シアノバクテリアの光合成の進化により誘発されたと考えられるが、光合成による酸素の生成と呼吸による酸素の消費が釣り合っているような環境では酸素はたまらないはずである。この点に関しては、有機物が埋没して酸素との接触が断たれ分解が抑制された、メタン生成細菌により作られたメタンの一部が上層大気にまで達しそこで紫外線により水素が発生して宇宙に失われ、その結果酸素が定着しやすくなった、といった説明がなされている。
酸素が地球環境と生物の進化に革命的な変化をもたらしたとしたら、その主役は原核生物 (細菌) のシアノバクテリア (ラン藻) である。シアノバクテリアは早い時期 (15億年前まで) に多様化し、その形態は現代までほとんど変わっていないことが化石から示されている。一方、真核生物は、27億年前の地層からその分子的な痕跡がみつかり、15億年近く前の化石は現生の真核生物の持つ高度な内部組織に似たものを有していたことがわかっている。しかし、今日みられるようなさまざまな真核生物が急速な分岐をとげた進化のビックバンが起こったのは、10億年前とみられている。それまでの間、海洋は原核生物の世界であった。
原生代後期に真核生物の多様化をもたらした要因としては、有性生殖、細胞骨格、遺伝子の制御といった生物側の進化上の要因があげられているが、著者は、気候の変化を重要な要因と指摘する。始生代から原生代初頭にかけての酸素が乏しかった状態から20億年前よりあとの酸素がたっぷり満ちた状態への移行を、地球環境の二大状態間の移行と呼ぶ。この移行はいきなり起きたのではなく、その間に、大気と海水面 (表層) にはそこそこ酸素があり、深海には硫化水素があるのを特徴とする、中間状態の時期があったという説がとなえられている。原生代中期のこうした環境下では窒素が不足しており、真核生物の藻類が生きていくのは困難で、生物的窒素固定を行うシアノバクテリアが支配していたと推測されている。
現生生物のような複雑な形態はカンブリア紀になって現れるが、カンブリア紀における進化には、許容性の高い生態環境と、その後の多様化をもたらした生物種間の生態的相互作用という、生態学的な条件が大きな役割を果たしたと著者は考える。許容性の高い生態環境とは、資源をめぐるきびしい競争がないような環境であり、生物の多様性は許容性の高い生態系が機能性の低い新種を生き残らせたときに開始するという。具体的には、原生代とカンブリア紀の境界期に生じた、超大陸の分裂、地球規模の氷河期、酸素濃度の上昇という、短期的な環境のかく乱の結果、初期の動物進化プロセスが作られ、許容性の高い生態環境を断続的に出現させ、後生生物の多様化をうながしたという。
原生代の終わり頃、ほとんどの陸塊が氷に覆(おお)われるような全地球規模の氷河時代が、3〜4回起こった。地球が氷に覆われると一次生産は停止し、大気中の酸素の海水への拡散が妨げられるため海洋は無酸素状態になった。光合成による二酸化炭素の除去が停止した一方で、火山活動による二酸化炭素の排出は続き、その結果大気中の濃度は徐々に増加し、ついには温室効果により、海水温が40℃という極端な環境を招いた。陸地が完全に氷に閉ざされた(スノーボール・アース)とその直後の温暖化という極端な環境ストレスが、生物の革新の原動力となる変化を引き起こしたという。
動物の多様化に環境の影響は関与しないと唱える古生物学者もいるが、これまでの地質学の進歩から、「生命にとってのチャンスも破滅も地球の環境史と結びついている」 とし、「巨視的な進化は、遺伝子が明らかにする微視的な進化のプロセスを地球のダイナミックな環境史と結ぶつけることによって初めて理解できる」 という。カンブリア紀の壮大な進化の歴史は、生命が不変の惑星を舞台に進化したのではないことを示す決定的かつ劇的な証拠であり、それどころか、生命と環境は共進化し、お互いに影響を及ぼしながら今日われわれの住む生物圏が形成されたと結論する。
現時点では、酸素が徐々に増加したプロセスや、地球規模で気候が急激に変化したプロセスは完全にはわかっていない。しかし、徐々に積み上げられていく証拠 (手がかり) とアイデアにより、地球環境の変化と生物の進化の関係について、推理が可能となっている。地球という惑星とそこに住む生物の進化に関する壮大なロマンの追求はまた、地球環境問題の本質解明の道であるともいえよう。
目次
1.初めに何があった? 生命の系統樹
2.太古の岩石に刻まれた生命のしるし
3.生命の最初の兆
4.生命誕生の謎
5.酸素革命
6.微生物のヒーロー、シアノバクテリア
7.真核細胞の起源
8.初期の真核生物の化石
9.動物の登場
10.そしてカンブリア紀へ
11.激変する地球、許容性の高い生態系
12.宇宙へ向かう古生物