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情報:農業と環境 No.111 (2009年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

ニュージーランドの外来植物問題から考える日本の将来

Tiritiri Matangi 島の船着き場にある説明:Welcome to Tritri Matangi Island Scientific Reserve / All plants animals and historic features protected / No dogs or other animals / No fires or barbecues(写真)

写真1 Tiritiri Matangi 島の船着き場にある説明(写真をクリックすると拡大写真を表示します)
かつて放牧地であった島に固有植物を植え、ネズミなどのほ乳類を根絶し、そこに本土で絶滅の危機にある生物を移して保護しています。ここはニュージーランドもっとも成功した自然再生プログラムといわれています。

Landcare Research, Auckland の建物(写真)

写真2 Landcare Research, Auckland
Landcare Research はニュージーランド全体に8つの支所があり、筆者は Auckland にある支所に滞在しました。本部は Christ Church のすぐ近くにある Lincoln という町にあります。

Taurannga 市の Maunganui 山付近の砂浜(写真)

写真3 Taurannga 市 Maunganui 山付近の砂浜
ニュージーランドの海岸線は埋め立てや浚渫(しゅんせつ)がほとんどされておらず、美しい砂浜がどこまでも続いています。白砂青松とうたわれた、かつての日本の海岸線もこのような姿だったのでしょう。

牧場の風景(写真)

写真4 牧場の風景
 

Tiritiri Matangi島のTakahe (Porphyrio hochstetteri)(写真)

写真5 Tiritiri Matangi 島の Takahe (Porphyrio hochstetteri)
クイナの仲間でニュージーランド固有の飛べない鳥です。ほとんど人を恐れません。現在200羽程度しか生き残っておらず絶滅の危機にあります。

農業環境技術研究所は、Landcare Research, New Zealand Ltd. (ランドケア・リサーチ・ニュージーランド・リミテッド)と、生物多様性、外来生物等に関するMOU(研究協力の覚書)を締結しています。筆者は、Landcare Research の研究者と共同で、ニュージーランドで侵略的外来植物となっている日本原産のスイカズラという植物を材料にして、どのような外来植物が侵略性を持つのかの研究を行っています *1。このたびOECDフェローシップの支援を受けて2009年4月まで26週間ニュージーランドに滞在し、実際に現地で共同研究を行う機会を得ました。その際に目にしたニュージーランドの現状を紹介するとともに、外来植物にかかわる日本の現状と将来について考えてみたいと思います。

ニュージーランドは固有の生物相を外来生物の影響から守ることに大変熱心で、外来生物規制に関して世界でもっとも進んだ制度が整備されている国です (写真1)。そこにはこの国の価値の源泉である自然や農業が、外来生物による深刻な脅威にさらされているという危機感があります。筆者が滞在した Landcare Research, New Zealand Ltd. は、外来種問題に関する中核研究機関の一つです(写真2)。おもな研究分野は、ニュージーランドの生物多様性の保全、持続可能な農業・環境利用に関するもので、社会的な任務と研究分野は日本の農業環境技術研究所とよく似ています。

読者のみなさんは、ニュージーランドについて、どのような印象を持っているでしょうか? 自然の豊かな国(写真3)、あるいは畜産が盛んな国 (人口―420万人 よりも、ヒツジの頭数―850万頭 が多い) かもしれません(写真4)。どちらも雄大な景観と自然の中での生活を想起させます。しかしながら、実はこの二つは矛盾するイメージであることにお気づきでしょうか。

ニュージーランドは、自然に起こる生物の進化や移住という時間スケールで見ると、ごく最近まで無人の島でした。それどころか、先住民であるマオリの人々がやってくるまで、ほ乳類のまったくいない島だったのです(写真5)。ポリネシア人であるマオリの人々が初めてニュージーランドにやってきたのは約1000年前、本格的に移住を始めたのはわずか800年ほど前のことです。マオリの登場は、大型走鳥類を含む固有生物の絶滅や大規模な森林火災をもたらしました。しかしニュージーランドの自然が激変するのは、18世紀末に本格的に始まったヨーロッパ人の入植以降です。入植したヨーロッパ人は、そこで大規模な農林畜産業を始めました。それまでのニュージーランドはその大半を森林におおわれていたのですが、ほとんどの平地林と比較的容易に伐採可能な場所の大径木は木材として伐採され、土地は牧場や農地、あるいは造林地へと転換されました。

Kauri (Agathis australis) というニュージーランドの自然を象徴する木があります。この木は長い年月をかけて成長して巨木となります。現存する最大の木は、マオリ語で “森の王” を意味する Tane Mahuta と呼ばれています。高さが51.2m、幹周りは13.77mに達し、樹齢は1250〜2500年といわれています(写真6)。現在、世界最大の木はアメリカ・カリフォルニアのレッドウッドですが、潜在的には Kauri の方が大きくなるという人もいます。ちなみに屋久島の縄文杉は高さ30m、幹周り16.1mです。

ヨーロッパ人の登場以前、North Island (地図) の北半分はこの巨木の森におおわれていました。しかし、現在残されている Kauri の森の面積は、ヨーロッパ人入植以前の5%程度しかないといわれています。森のほとんどが切り開かれ、放牧地を中心とする農業用地に変わったのです。いま多くの人々がニュージーランドの典型として思い浮かべる牧歌的な風景は、実はここ200年ほどの間に出現したきわめて人工的な景観といえるでしょう。入植者たちは、ヨーロッパの植物を、牧草として、造林用として、あるいは園芸用として持ち込みました。入植者の中心であったイギリス系の人々の “No. 1 Hobby” は、いわゆるガーデニングです。そのため、とくに園芸用の植物はヨーロッパのみならず世界中から導入され、それがニュージーランドにおける今日の外来植物問題の原因となりました。大規模な土地の改変によって生じた牧草地や空き地に導入された多数の園芸植物が逃げだして、野生化していったのです。

Tane Mahuta(写真)

写真6 Tane Mahuta
Tane Mahuta は Kauri の貴重な原生林が残されている Waipoua の森にあります。この森では、直径2mをこえる Kauri を多数みることができます。

ニュージーランド(地図)

地図 ニュージーランド
ニュージーランドは、北島(the North Island)と南島(the South Island)、および多くの小さな島からなっています。

谷をおおい尽くすハリエニシダ(写真)

写真7 谷をおおい尽くすハリエニシダ
もとは牧草地でしたが放棄されています。

一面をおおい尽くすヒルガオの仲間の外来植物(写真)

写真8 一面をおおい尽くすヒルガオの仲間の外来植物
中央部は約2mの厚さになっています。

たとえば、ハリエニシダ (Ulex europaeus)という灌木(かんぼく)は、ニュージーランド の Worst Weed (最悪の雑草)といわれています。葉が鋭いトゲ状になっていて家畜が近寄るのをいやがるので、ヨーロッパでは家畜の侵入を防ぐための生け垣に使われていました。入植者たちは同様の目的に用いるため、この植物をヨーロッパからニュージーランドに導入しました。当初は生け垣だったハリエニシダが、牧草地のあちこちに逃げだして、場合によっては牧草地一面に繁茂するようになりました。そうなると、家畜が近寄らなくなるため、その土地は牧草地として使い物にならず、放棄されます。同様のことがニュージーランド中でおこり、はなはだしい場合は丘陵一面がハリエニシダにおおわれた場所さえあります(写真7)。現在もニュージーランドではこの植物に対する多数の防除プログラムが実施されています。なお、ハリエニシダは明るい環境を好み、暗い森林の中では生育できない植物です。つまり大規模な開発がハリエニシダの蔓延(まんえん)をもたらしたともいえるのです。

人間によってニュージーランドに持ち込まれた植物は25,000種をこえると推定されています。そのうち2,500種がすでに野生化しており、その数はいまも増え続けています(写真8)。ニュージーランド在来の植物は約2,200種ですから、ニュージーランドの “野生” 植物は200年の間に2倍以上に増えたことになります。そして200種以上の野生化した外来植物が、農業や自然環境に悪影響を及ぼすいわゆる “侵略的外来植物” に指定されています。

一方、日本ですが、在来植物は約2,800種、野生化している外来植物(いわゆる帰化植物)は1,200から2,200種と考えられています。日本で現在 「特定外来生物」 に指定されている、すなわち 「防除対象」 だと正式に宣言されている植物は12種です。ニュージーランドの200種以上に比べると少ないようですが、なにが違うのでしょうか。それは外来植物導入の歴史の差です。日本では、古代に帰化した植物もありますが、外来植物の導入が増え始めるのは19世紀半ばの開国以降です。とくに園芸植物に関しては、1960−70年代の経済成長期以降に導入が急増したといわれています。つまりニュージーランドは日本よりも数十年以上早く、さまざまな外来植物を導入していたために、問題化するのも早かったのではないかと考えられます。

世界的に見ると侵略的外来植物の多くは、園芸用として導入された植物を起源としています。日本では、たとえば、セイタカアワダチソウが明治期に園芸用として導入されたものです。これらの植物は野生化してから長い時間、時には100年以上をかけて徐々に分布が拡大します。野生化した当初は 「こんな所にめずらしい美しい花が咲いている」 くらいですが、そのうちにあちこちで見かけるようになり、「最近よく見かけるな」 と思うころにはすでに手遅れというわけです。

外来植物の野生化と問題植物の発生の間には「1/10法則」と呼ばれる経験則が見いだされています。これは野生化した外来植物中の10分の1が問題化するというものです。日本で 「特定外来生物」 に指定されている植物は12種であると書きましたが、1,200から2,200種の外来植物が野生化していることを考えると、実は現在指定されている数の10倍以上の侵略的外来植物がすでに野生化していると考えるべきでしょう。つまり、今後20年から30年程度でそれらによる被害が急増する可能性があるのです。

ニュージーランドはさまざまな外来種対策に多額の費用を投入していますが、植物の場合だけをとってみても、すべての問題植物に同時に対策を取ることは不可能で、多くの侵略的外来植物の分布はいまでも拡大し続けています。日本でも、いま十分な対策を取らなければ外来植物による被害が頻発し、将来の対策に莫大(ばくだい)な費用を要する可能性があります。

費用対効果のもっとも高い対策は、まだ分布が限られているうちに「根絶」することです。それでも、植物の場合、根絶に成功する確率は分布面積が100ヘクタール以下で33%、100−1000ヘクタールでは25%といわれています。最初に、問題となりそうな生物を入れないこと。そして早期発見と早期対策が重要です。日本は植物に対する病原体や害虫に関しては非常に厳格な検疫を行っていますが、植物そのものに関する規制がほとんどありません。さいわい日本にはまだ若干の時間が残されているといえますから、できるだけ早く、(1) 植物を導入する際のルールの明確化、(2) 問題化する可能性がある植物を早期に検出し根絶するための「枠組み」の整備、そして(3) 効果的な防除法の検討 を行い、将来の被害を最小限に食い止める努力を始める必要があります。

農業環境技術研究所では、外来生物問題を重点研究分野の一つとして位置付け、侵略性をもたらす要因の解明や植物の侵略性を輸入前に評価する手法の開発などに取り組んでいます。しかしながら、この問題に立ち向かうためには市民一人一人の理解と協力が不可欠です。ぜひ、身近な自然に関心をお持ちいただき、ともに考えてみませんか。

*1 ニュージーランドでは外来植物に対する生物防除が活発に行われており、Landcare Research の研究者がスイカズラの天敵昆虫の探索のために日本を訪れています (What's New in Biological Coltrol of Weeds Isuue 46)。農環研も共同研究の一環としてその探索に協力しています。

(生物多様性研究領域 小沼明弘)

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