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情報:農業と環境 No.114 (2009年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第9回有機化学物質研究会・第26回農薬環境動態研究会 「水田から流出する農薬の水系への影響」 が開催された

わが国を含むモンスーンアジアにおける農業は、水稲によって特徴付けられます。水田は、陸水と直結しており、田面水(でんめんすい)に処理される農薬は畦畔(けいはん)や排水を介して河川や湖沼などの水系に流出する危険性があります。結果として、飲料水や河川・湖沼に生息する各種生物、すなわち生態系に及ぼす影響をつねに念頭に置く必要があります。そのため、農薬関連行政において、水道法では総農薬方式、農薬取締法では水産動植物(魚類、ミジンコ類、藻類)への影響試験、食品衛生法では魚介類への残留基準値設定が義務付けられています。

一方、水田から流出した農薬に関連する研究については、農薬の環境中動態予測モデル、生態毒性、モデル生態系など、近年多くの研究成果が公表されています。また、都道府県では環境保全型農業の観点からさまざまな取り組みがなされています。しかし、水田で使われる農薬と水系に限定しても、農業環境保全に関連した、行政、研究、現場の連携は必ずしも十分ではないと考えられます。

そこで、さる9月9〜10日、農業環境技術研究所において、「水田から流出する農薬の水系への影響」 をテーマに、第9回有機化学物質研究会と第26回農薬環境動態研究会が合同で開催されました。同様のテーマは、第12回(平成7年)と第15回(平成10年)の「農薬環境動態研究会」、さらに第3回有機化学物質研究会等でも取り上げてきましたが、本年度は、水田で使われる農薬に焦点を絞り、行政、研究、現場のそれぞれの立場から、さまざまな取り組みを紹介することにより、情報を共有し、農薬のリスク評価やリスク管理に結びつけることをめざしました。13名の講師の方々に講演していただき、その後総合討論などを行いました。

参加者は、都道府県の農業試験場、行政、植物防疫関係団体、関連民間団体など、187名でした。

開催日時: 2009年9月9日(水曜日)10時 〜 10日(木曜日)12時

開催場所: 農業環境技術研究所 大会議室

参加者数: 187名 (内訳: 農環研42、他の独法16、大学 7、公設試験機関42、行政11、民間51、関連団体18)

講演者および講演題目:

平成21年9月9日(水曜日)

あいさつ  佐藤洋平 (農環研)

趣旨説明  與語靖洋 (農環研)

<第一部>行政における取り組み

講演1 農地・水・環境保全向上対策について 橋本陽子(農水省)

講演2 農薬取締法における水産動植物への影響に関する最近の動向 日置潤一(環境省)

<第二部>研究における取り組み

講演3 生態系保全の要素としての水田の重要性:水生昆虫による水田の利用 田中幸一・山中武彦(農環研)

講演4 水田地帯における水管理について 佐藤政良(筑波大)

講演5 水田の水管理と農薬の流出について 渡邊裕純(農工大)

講演6 魚介類における農薬の生物濃縮性試験と魚類農薬残留実態について 北條敏彦(エスコ)

講演7 水生生物に対する毒性研究の最近の話題 横山淳史(農環研)

講演8 除草剤の生態系影響評価のためのメソコズム試験 村岡哲郎(植調研)

講演9 農薬と生物多様性は共存できるのか? 〜リスクベースのアプローチはさらなる進化を必要とする〜 永井孝志(農環研)

平成21年9月10日(木曜日)

<第三部>現場における取り組み

講演10 水田における止水管理による除草剤の流出防止効果について 田中十城(植調研)

講演11 水田の水管理による農薬排出量の削減 沼辺明博(北海道環境科学研セ)

講演12 環境に配慮したワサビにおける総合的作物管理システムの確立 河村 精(静岡農技研)

講演13 琵琶湖水中の農薬実態調査について 津田泰三(滋賀県琵琶湖環境科学研セ)

総合討論: テーマ「水田と関連した陸水環境を保全するために」

論議の内容

講演1では、営農活動支援の一環として、農地・水・環境保全向上対策事業について、支援の内容、取組状況、支援効果の評価について、詳細なアンケート結果とともに紹介されました。

講演2では、水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準、水質汚濁性農薬、農薬流出防止技術の普及の取り組みに加えて、行政における生物多様性にかかわる今後の取り組みについて紹介されました。

講演3では、生物多様性保全に関する国内外の取り組み状況について解説するとともに、水生昆虫(おもにトンボ)に関して、水田利用パターン、生息地としての水田の重要性、農薬の影響について、研究所における取り組みを中心に紹介されました。

講演4では、水田灌漑の位置、貯水池による水資源開発の影響、水田における水の動き、農業用水内部の水配分管理、流域レベルの水動態(水田用水の反復利用)等について解説・紹介されました。

講演5では、水田からの農薬流出の要因と抑制技術、余剰貯留水深(畔(あぜ)と田面水の高さの差)と降雨との関係について、自ら開発した水田からの農薬流出に関するシミュレーションモデル(PCPF-1)とともに詳細に解説・紹介されました。

講演6では、農薬に関する魚介類残留基準、シジミ濃縮性試験、魚類の農薬残留実態調査について、委託事業の詳細な結果とともに紹介されました。

講演7では、河川生態系と農薬の毒性に関する試験生物種、河川の代表種であるコガタシマトビケラと農薬取締法において毒性評価に使われているミジンコの殺虫剤に対する感受性差異、農薬の代謝分解物の水生生物に対する毒性評価について、自らの研究成果もまじえて紹介されました。

講演8では、モデル生態系の一つであるメソコズム試験に関する解説や室内試験との相違、自ら開発した流水型野外水系モデルおよびその研究成果について、今後の課題も含めて詳しく説明されました。

講演9では、「安全」と「リスク」の違い、リスクの定量化の必要性、農薬の生態リスク研究事例、リスクの削減目標、全体的な最適化を目指した総合評価の必要性について、自らの考えが紹介されました。

講演10では、水田農薬処理後の止水期間と農薬流出量との関連、「植調式」と言われる7日間止水管理と流出低減効果や田面露出の雑草防除効果等への影響について、自らの取り組みを中心に詳細に解説・紹介されました。

講演11では、水田における農薬排出量の削減を目指した水管理について、1)給水口に併設した排水口(一般に排水口は給水口の反対側に位置している)および 2)調整水田(耕作放棄水田など)の利用に関する北海道における実証試験の結果が詳細に紹介されました。

講演12では、かけ流し管理が求められるワサビ田において、パイプ栽培や防虫ネット等の耕種的・物理的防除法、微生物農薬や天敵生物等の生物的防除法、水系に影響の少ない化学的防除法、さらには総合的作物管理システムについて、委託事業での取り組みを中心に詳細の紹介されました。

講演13では、琵琶湖における農薬の実態調査について、湖水における経年変化を含む農薬の検出状況と県内出荷量との関連や、魚介類における濃縮性の季節変化について詳細に紹介されました。

1日目の最後に質疑応答、2日目には総合討論が行われました。当初めざしていた、陸水環境を保全するために必要な対策を具体的に議論するまでには至りませんでしたが、水田からの水の動き、農薬の流出および水系 (河川や湖沼) への影響について、活発に意見交換ができ、それぞれの講演内容について、さらに理解を深めることができました。

全体を通して、当研究所への具体的要望はありませんでしたが、農薬にかかわる法律や施策、さらには現場における要望の大きさが明らかとなるとともに、わが国にとどまらず、水田農業地帯における農薬の水を介した環境影響に関する研究の重要性について、あらためて認識することができました。

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