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情報:農業と環境 No.114 (2009年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 275: アジアの土壌汚染、 畑 明郎・田倉直彦 編、 世界思想社(2008年9月) ISBN978-4-7907-1356-2

日本でも高度経済成長期のころ、多くの公害問題が発生した。そしていま、経済成長が著しい中国では、さまざまな土壌汚染が広がり、農産物汚染が取りざたされている。本書は、中国広東省と湖南省、韓国、台湾、それに日本の土壌汚染の現状について報告し、今後の方向を提言する。

1980年以降、年9%以上の経済成長を続けている中国では、さまざまな環境汚染が深刻化している。土壌汚染は大気汚染や水質汚染のように目では見えないため、一般の認識度は低い傾向にある。しかし土壌汚染は持続的な経済発展の障害となりうることから 「化学時限爆弾」 と表現されるなど、専門家のあいだでは重要性が指摘されている。中国で汚染されている農地は1000万ヘクタールにのぼり、そのほか汚染された水で灌漑(かんがい)されている耕作地などを含めると全国の耕作地の10分の1以上にもなるという。現在、2007年から2009年の予定で第2回土地調査が進行中であり、その結果、さらに正確な数値がでてくるであろう。汚染物質は銅、水銀、クロム、ニッケル等の重金属(塩化物)、セシウム、ストロンチウム、ヒ素、セレン、農薬やフェノール類、石油類など、多様である。汚染原因もさまざまで、重金属は採鉱、選鉱、製錬だけでなく、機器製造や化学工業などの製造業からも排出される。有機汚染物質は農薬や工業由来等である。

重金属汚染は多くが鉱山、鉱業に由来する。近年、鉱山開発、採掘に関する法律法規の整備が進められてきているが、まだ規制は不十分で、状況は深刻であるという。中国の土壌汚染対策には、土壌汚染を防止する法律がない、土壌汚染の深刻さと危険性に対する認識が欠けている企業や民衆が多いなどの問題点があり、法律や制度の整備とともに企業や国民に対する環境教育が急務であると指摘する。

第2章から第6章は、中国広東省と湖南省の、汚染の実態と健康被害の状況が報告されている。その深刻さは相当なものである。

土壌汚染は、日本でも決して過去の問題ではない。日本では1971年に世界に先がけて 「農用地土壌汚染防止法」 が施行され、高濃度汚染土壌に対しては客土処理が進んだが、いまだに何らかの対策が必要な汚染土壌は少なくない。2003年には 「土壌汚染対策法」 が施行されたが、調査対象は有害物質使用工場・事業所の廃止による宅地への転用時に限定している。土壌汚染調査の実施が望まれるサイトは約933万カ所、必要な対策費用は13兆円にのぼると推定されている。

築地市場の移転先として問題となった東京ガス豊洲工場跡地は、都市ガス製造に石炭を原料としていたため、ベンゼン、ひ素、水銀、六価クロム、鉛などの有害物質が土壌と地下水を汚染している。ここでは行政の対応の不備も指摘される。

土壌汚染は目に見えず、環境や健康に対する被害もすぐには現れないため、人々の関心は薄くなりがちである。しかし、農耕地の汚染は食料を通して人々の健康に直接影響するし、一度汚染されるとその浄化・修復は容易ではない。日本はまだ過去の汚染を多く抱えている。一方、中国をはじめとするアジアの国々では、今後の汚染の拡大が強く懸念される。本書で紹介されている中国、台湾、韓国以外の国々でも、同様な問題を抱えることは必至であろう。

日本は公害問題を先に経験した国として、中国などに対して果たすべき役割も大きい。グローバル化の中、アジアの土壌汚染問題は直接日本に影響してくる。

農業環境技術研究所は、科学技術振興機構 (JST) −中国国家自然科学基金委員会 (National Natural Science Foundation of China: NSFC) の戦略的国際科学技術協力推進事業で、中国科学院土壌科学研究所(南京)と「安全な農産物生産を目的とした重金属汚染土壌のバイオリメディエーション技術の開発」の共同研究を実施している(平成20〜23年)。こうした共同研究を通じ、アジア地域の土壌汚染問題の解決に貢献していきたいと考えている。

目次

まえがき

第1章 中国の土壌汚染の現状

第2章 中国広東省の土壌汚染

第3章 中国広東省の「がんの村」涼橋村

第4章 中国広東省の「がんの村」上ぐ[土具]

第5章 中国湖南省の土壌汚染

第6章 中国湖南省・洞庭湖の水質汚染

第7章 中国と日本の土壌汚染対策の比較

第8章 中国の土壌汚染対策への提言

第9章 韓国の土壌汚染

第10章 台湾の土壌汚染 ― 台南市安順工場における土壌・水質汚染

第11章 日本の土壌汚染

第12章 東京・築地市場移転先の東京ガス豊洲工場跡地の土壌汚染

第13章 四日市の廃棄物問題と土壌汚染

あとがき ―「日本の公害教訓をアジアに伝えよう」

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