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情報:農業と環境 No.115 (2009年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 2008年、日本のウシガエルにラナウイルスが発生

Ranavirus Outbreak in North American Bullfrogs (Rana catesbeiana), Japan, 2008
Yumi Une et al. Emerging Infectious Diseases 15(7), 1146-1147 (2009)

今回紹介する論文は、2006年に日本で初めてカエルツボカビ症を確認したことを発表した宇根らによる、日本初のラナウイルス検出に関する論文である。

はじめに −カエルのツボカビ騒動とその後−

ツボカビとは、ツボカビ門ツボカビ目に属する原始的な真菌の一種で、学名を Batrachochytrium dendrobatidis という。両生類の皮膚にのみ感染し、皮膚のケラチンを利用して発育する。ツボカビは世界各地で猛威を振るっているが、宇根らは2006年12月、飼育下のウシガエルから日本初(アジア初)のツボカビ(症)を発見した。このことがマスコミで大きく報道され、日本の両生類がいまにも絶滅の危機にあると騒ぎになったことは記憶に新しい。彼らのその後の調査により、全国15地域で、飼育下の両生類へのツボカビの感染が確認され、繁殖家、ペットショップから愛好家まで広く汚染されていることが明らかになった。

一方、環境省による野生の両生類におけるツボカビの調査では、陽性率は非常に低く、また陽性個体が集中して見つかった特定の場所もなく、陽性個体が発見された場所でのカエル個体数の減少もみられなかった。さらに、これまで大量死や不審死した両生類を調査してもツボカビは確認されなかったとのことである。結果として現時点では、ツボカビは元来日本を含むアジア地域に土着しており、日本在来の両生類はツボカビに対して一定の抵抗力を有しているという考えが有力となってきている。ただし、今後、強毒性のツボカビが海外から侵入する可能性は否定できないので、引き続き注意すべきであるという意見もある。

両生類へのさらなる脅威 −「ラナウイルス」とは−

ツボカビ病同様、両生類に特異的に感染し、変態中のオタマジャクシあるいは変態直後の子ガエル(亜成体)の大量死を引き起こす病原体に、ラナウイルス (Ranavirus sp.) がある。ラナウイルスは、イリドウイルス科に属するウイルスで、アメリカ、アジア、ミクロネシア、ヨーロッパなどで、90年代ごろからこのウイルスに起因した両生類の大量死が報告されている。そのため、国際動物保健機構 (OIE) のリストに、ツボカビとともに重要感染症として掲載されている。また、ラナウイルスと同じ科のイリドウイルスには、マダイイリドウイルス感染症 を引き起こすものがあることが知られ、わが国の海産漁業界に最大規模の被害を与えたとの報告もある。

【論文内容紹介】

日本におけるラナウイルス感染事例の発見

今回紹介する論文で、筆者らはラナウイルスによる日本で最初の両生類の大量死を報告している。2008年9月、西日本の1,000 mの池で野生のウシガエル (Rana catesbeiana) ** のオタマジャクシが大量に死んでいるのが発見された。オタマジャクシの大量死は9月中旬の発見時から10月まで見られ、ピーク時には毎日数千匹の単位で死亡した。その遺体は、二次感染を防ぐために回収・廃棄された。なお、この時カエルの成体や同じ池に生息する魚に感染症状は認められなかった。

ラナウイルスの同定

今回死亡したウシガエルのオタマジャクシにおける臨床症状は、一般的な両生類のラナウイルス感染症と同様で、病理学的には、腎臓(じんぞう)糸球体を主とする壊死(えし)、肝細胞のび慢性壊死が認められた。また、電子顕微鏡による観察では、糸球体内皮細胞と思われる細胞に約130nmの六角形(立体的には正二十面体)のウイルス粒子様構造物が確認された。さらに主要カプシドタンパク質 (Major capsid protein, MCP) の塩基配列からも検証して、ラナウイルスであると同定した。今回見つかったラナウイルスは、台湾の研究者がデータベースに登録(2008年9月)にしたものと非常に類似していた。

(農業)生態系におけるカエルの重要性

筆者らによると、中緯度に位置するわが国には稀(まれ)にみる両生類の多様性があり、有尾目23種、無尾目35種が生息している。そのうち49種(84%)は固有種であり、36種(62%)が環境省の絶滅危惧(きぐ)種としてリストアップされている。一方、ウシガエルは1918年に食用として日本に輸入されて一時は全国各地で養殖されたものが野生化した。カエル類は、わが国の自然および水田を含む農業生態系における重要種であることから、外来種のウシガエルにおけるわずか一事例であるものの、ラナウイルスが検出されたことは、日本中の両生類にとって深刻な脅威であるとともに、生態系への影響が懸念されると警告している。

今後の課題 −今回の報告をふまえて−

今回の報告では、風評被害を恐れてのことと思われるが、感染経路推定に重要な情報であるラナウイルスが発生した池の詳しい場所や状態(換水率、水温、富栄養度など)は開示されなかった。しかし、このウイルスの起源が外来か在来か、魚類やその他の両生類との共通感染性があるか、カエル類の中での感染性の違いがあるか、さらにこのウイルスがどの程度国内に蔓延しているか、他にどのようなラナウイルスが国内に存在するかなど解明すべき点が多々ある。そのため、疫学的調査を含む各種の調査はもとより、感染要因の解明が急務であり、日本在来のカエル類の室内累代飼育法開発の必要性を改めて感じた。

注記

 * マダイイリドウイルス(RSIV)感染症: 1990年の夏から秋にかけて四国の養殖場で突然発生し、マダイの大量死を引き起こした。その後、毎年高水温期になると西日本各地の養殖場で流行を繰り返し、現在18府県で確認されている。稚魚だけでなく成魚も影響を受け、マダイ以外にも、スズキ目を中心にブリ、カンパチ、シマアジ、イシダイ、ヒラメ、トラフグ、スズキなど3目31種の魚に被害が及んでいる。

** 日本においてはウシガエルの繁殖期は5月から9月上旬であり、ふ化したオタマジャクシの一部は年内に変態するが、通常はそのまま越冬し翌年の5月から10月に変態する。

参考

http://www.scapara.com/admin/news.cgi?no=2:(第46回レプトスピラ・シンポジウム (2009年3月) における宇根による講演の要旨を掲載。ツボカビとラナウイルスによるカエルへの脅威について解説。)

http://www.azabu-u.ac.jp/topics/detail2008/081210_ranavirus.html(麻布大学ウェブサイト内にある、宇根らによるラナウイルスの解説。)

(有機化学物質研究領域 大津和久)

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