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情報:農業と環境 No.115 (2009年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際植物栄養科学会議 (8月、米国(サクラメント)) 参加報告

8月26日から30日まで、第16回国際植物栄養科学会議(XVI IPNC 2009)がアメリカのサクラメントにおいて開催されました。

飛行機から撮影したサクラメント周辺の風景(写真)

写真1 サクラメント周辺の田園風景
(撮影:山口紀子 主任研究員)

カリフォルニア州の州都であるサクラメントは、サンフランシスコ北東150kmに位置し、ゴールドラッシュと鉄道で湧いた西部開拓時代の古い町並みが保存されている歴史的な町です。現在ではサクラメント川流域を中心に、お米やブドウ等の大農作地帯を形成しています(写真1)。夏のサクラメントは乾期となるため、雨はほとんど降りません。滞在中は、痛いぐらい照りつける太陽と40℃近い気温にさらされましたが、この気候がカリフォルニアの稲作に恩恵を与えていることを肌で実感できました。

国際植物栄養科学会議(International Plant Nutrition Colloquium)は1954年のパリ大会に始まり、通常4年ごとに開催されている植物栄養分野では最大の国際学会です。本学会は、植物栄養学の基礎的知見 (養分吸収や代謝機能などの解明) を通して、不良土壌等での作物生産性の向上、持続的農業の発展、有害元素の低減技術の開発、さらには作物のミネラル含量の強化による人間の健康増進など、多種多様な目的に対応しながら、これまで開催されてきました。今回はカリフォルニア州立大学デービス校の Patrick Brown 博士が中心となり、「Healthy Plants 〜 Healthy Planet (健全な植物〜健全な地球)」 という全体テーマのもと、以下の8つのセッションが開かれました。

会議会場内(写真)

写真2 会議会場のようす(サクラメントコンベンションセンター)

A.養分の獲得・恒常性機構とシンク・ソース機能の制御

B.食糧生産を最適に維持するための養分管理技術

C.植物の栄養機能とその診断技術

D.植物の栄養に及ぼす環境ストレスの影響

E.人間の健康に資する植物栄養

F.環境と植物栄養−樹木、根系、気象

G.有害元素とレメディエーション

H.発展途上国における養分管理と持続型農業

38か国から約400名が参加し、73の口頭発表と252のポスター発表がありました。農業環境技術研究所からは5名 (杉山、山口、森、倉俣、石川) が、セッションGでポスター発表を行いました。報告者の石川は、日本(東京、1997年)、ドイツ(ハノーバー、2001年)、中国(北京、2005年)に続いて今回が4回目の参加です。

米国農務省農業研究局の Grusak 博士の基調講演は、今回のテーマに沿った興味深い内容でした。博士は、「地球の健康は、土壌、植物、水、大気、人間、社会経済が健全であるがゆえに、守られる。植物栄養学はそれらの健全さを支える中心的な研究分野である」 と力説しておられました。人間栄養学を専門としている Grusak 博士のこの発言は、私のように植物栄養学を専門としている参加者にとって、まさに励みとなる言葉ではなかったでしょうか。

基調講演を行う Epstein 博士と参加者席のようす(写真)

写真3 Epstein 博士の基調講演

植物栄養学の教科書には、Epstein 博士によって1963年に発見された 「カリウムイオンの二元的吸収パターン」 が必ず掲載されています。主催者であるカリフォルニア州立大学デービス校は博士の母校であり、今回基調講演を拝聴する機会に恵まれました(写真3)。「二元的吸収パターン」 は、簡単にいうと、無機イオン(養分)は根から吸収されますが、その吸収が、根の周りの無機イオン濃度に応じて、少なくとも2つシステムによって行われているということです。現在では、無機イオンは 「トランスポーター」 と呼ばれる細胞膜上の輸送体によって運ばれ、それをコードする遺伝子の存在が明らかになっていますが、Epstein 博士の発見なくして、現在の研究の流れはなかったと思われます。また、博士はイネ科植物におけるケイ素の有用性を世界に広めたことでも有名です。かなりのご高齢にもかかわらず、いまだ研究に対する情熱を持ち続けられていることに、はなはだ感心するばかりでした。

有害元素とレメディエーションのセッションGでは、ポスター発表40題のうち日本からの発表が16題、口頭発表でも11題中3題と、この部門での日本人研究者の活躍が目につきました。前回の中国大会では、重金属汚染のファイトレメディエーションに関する発表が多数ありましたが、分子生物学の急速な進歩のせいもあり、有害元素の吸収や抵抗性に関する分子・生理レベルでの解析が盛んに発表されていました。

旧友との再会(写真)

写真4 旧友との再会

ポスター賞には、Kluwer 社が発行している学術雑誌 「Plant and Soil」 から750ユーロの賞金が与えられ、独立行政法人日本原子力研究機構の鈴井伸郎氏らのグループが発表した「ポジトロンイメージング技術を用いた植物の炭素転流と窒素固定の非破壊解析」が見事受賞しました。彼らが発表したポスターにはデジタルフォトフレームが貼り付けられ、スライドショーや動画でデータを表示しながら説明する工夫がされていました。研究内容はもちろんですが、発表のしかたにもひと工夫すれば、参加者の印象に残る発表になることを、いまさらながら実感しました。彼らのグループとは現在「ポジトロンイメージング技術を利用したイネのカドミウム輸送機構の解析」という内容で共同研究を行っています。

次回の国際植物栄養科学会議は2013年、トルコのイスタンブールで開催されます。

(土壌環境研究領域 石川 覚)

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