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情報:農業と環境 No.115 (2009年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 276: キリマンジャロの雪が消えていく−アフリカ環境報告、 石 弘之 著、 岩波書店(2009年9月) ISBN:978-4-00-431208-6

「キリマンジャロの雪が消えていく」 から連想されるのは温暖化であり、本書の内容よりも少し狭いように思えたが、「キリマンジャロの雪」 のようなアフリカの象徴が消えていく、そんなすさまじいばかりのアフリカの環境の変化を表題は言わんとしていると勝手に理解した。アフリカが抱えるさまざまな問題は、本質的に環境問題や農業問題から派生しており、その悲惨な状況と解決の難しさに圧倒される。

以下、本書の主な内容を紹介する。

アフリカの問題の根底には、人口増加の問題がある。アフリカの人口は今でも年に2.2%を越えるスピードで増えており、このまま増え続けると31年で倍増する。人口増はさまざまな形で社会問題を引き起こし、政治的な紛争へとつながりかねない。ルワンダの内戦も、20世紀半ばからの人口爆発、農地拡大のための森林破壊、土壌侵食による生産力の急落、そして食料生産の低下による食糧不足の深刻化が根底にあった。内戦が収まった後もルワンダでは再び人口が増加し、国民の3分の1は慢性的な飢餓(きが)状態にあるという。アフリカの人口が減り始めるのは早くても今世紀末に近くなってからと予想され、2050年に今の人口の倍になったときアフリカはどうなっているか、考えるだけで恐ろしい、と著者は言う。

アフリカの都市人口はすさまじい勢いで伸びており、しかもその大部分は劣悪な環境のスラムで起こっている。増えすぎた人口で都市機能は停止し、交通事故、大気汚染、酸性雨などの公害は増え続ける。

アフリカの干ばつによる被害は増大傾向にある。サヘル地方では1960年代半ばから急激に雨が少なくなり、干ばつが頻発しており、飢饉(ききん)と深刻な食糧難を起こしている。その一方で、洪水による被害も増加している。そして、世界中で2,000万人と推定されている環境難民のなんと8割が、アフリカに集中している。

アフリカでは、本来富の源である天然資源が、今や 「呪われた資源」 であると著者は言う。木材、石油、鉱石、貴金属などの天然資源が外国の大資本のねらうところとなり、支配階級の政治的腐敗を招き、貧富の差を広げ、しばしば紛争のもととなる。木材の違法伐採や違法取引も横行し、森林破壊を引き起こす。森林破壊の最大の要因は、農地の開墾である。アフリカでは多くの人が燃料を薪炭に頼っているが、その確保が年々困難になっている。さらに、ソマリア沖の海賊行為の背景には、外国船による魚の略奪と汚染があると指摘する。

アフリカの特徴である豊富な野生生物は、生息地を奪われ、肉や牙(きば)、角、皮をとるために殺されていく。その結果、多くの種が絶滅の危機にある。

アフリカの今後のカギを握るのは、農業の再建と食料の確保であると指摘する。しかし肥沃度の低い乾燥地が総面積の43%を占めるなど、土壌が最大の制限要因となっている。乾燥地や傾斜地での土壌の流出も甚だしい。

もともと環境の制約がきびしいアフリカでは、長い農業の歴史の中で、きびしい自然条件に耐える持続的な農業システムが築きあげられていた。しかし、17〜19世紀の間に奴隷として働き盛りの農民が拉致(らち)され、伝統的な農法も衰退してしまった。さらに、19世紀半ば以来本格化した植民地政策により、宗主国の都合で商品作物が持ち込まれ、独立後も輸出向けの作物を作り続けている。そして、人口増により、1人当たりの生産量は減り、食糧自給率は下がり続けている。人口増と農地の荒廃がこのまま続けば、2025年にはアフリカで生産される食糧でまかなえるのは、人口のわずか25%と予測されている。

国際援助も単純ではない。乾燥地帯で井戸が掘られると、それを頼りに家畜の遊牧をやめ、井戸を中心に砂漠化が進む。灌漑(かんがい)用水路や水田は蚊(か)の繁殖地となり、マラリアが流行する。農業機械の導入は土壌侵食を誘起し、砂漠化をさらに促進する。援助の失敗例は枚挙にいとまないが、成功例は数少ない。著者は、アフリカに何ができるかを問う前に何をなすべきでないかをまず考え、そのあとで、目下もっとも必要な援助がどうしたらもっとも必要とする人に届くかを考えなければならないと説く。飢饉のたびに援助される無償や低価格のコムギやトウモロコシでさえも、アフリカの人の食生活を変え、その結果雑穀の生産に頼っていた農業は競争力をなくし、農民はますます貧しくなっていく。

アフリカが受けている試練は、人間が引き起こした圧力に環境が破綻して耐えられなくなった結果である。このアフリカを救い出す特効薬は見つかっていない。そうしたものはたぶんなく、「これからも様々な試行錯誤を繰り返しながら、人智を尽くした総力戦を展開するしかない」 と結論する。

著者は、人々の記憶からアフリカを消し去ってはならないという思いで書き上げたといい、「これがアフリカに関する最後の著作になると思う」 と、あとがきで述べている。著者のアフリカに対する熱い思いに改めて敬意を表するとともに、これからも変わらぬご活躍を期待したい。人類のふるさとであるアフリカの農業と環境問題を忘れたら、人類に未来はない。

目次

まえがき

第1章 アフリカの豊かな自然

第2章 キリマンジャロの雪が消えていく

第3章 人口増加という名の時限爆弾

第4章 干ばつか洪水か

第5章 呪われた天然資源

第6章 ブッシュミートと霊長類の危機

第7章 大西洋を渡るサハラの砂塵

第8章 カギをにぎる農業

第9章 どうするアフリカの環境

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