食品から農薬が検出されたというニュースが最近多くなっています。そのたびに農薬は「危険」な「毒」だと解説されます。たしかに、農薬は病害虫や雑草などの生き物を殺すための道具ですから、彼らにとっては毒です。また、農地や森林に広く散布された農薬で周辺環境にどんな影響があるかも心配です。
わが国には、農薬取締法という法律があります。この法律では、農薬の病害虫や雑草に対する効果を調べるだけでなく、作物や環境中の残留性、ヒトや環境に対する毒性を調べることなどが義務付けられています。ヒトに対する毒性については、一度に多量に食べた時、あるいは少量を長期間食べた時の影響など、全部で19項目の試験を実験動物を用いて実施します。そして、どの試験項目でも悪影響が出なかった量を、さらに「安全係数」(通常100)で割って、ヒトが一生食べ続けても大丈夫な農薬の量とします。そして、実際に私たちの体内に入る農薬がこの量を越えることがないように、その農薬の使用基準、すなわち適用作物の種類、農薬の使用量や方法などが決められます。
話は変わりますが、ヒトにとって必要なものでも、使い方を誤ると、私たちに悪影響を与えるものはたくさんあります。料理に欠かせない 「さしすせそ」 も例外ではありません。砂糖や塩の取りすぎは健康の大敵です。塩や酢が眼に入ると、とても痛いです。戦時中、兵役を免れるためにしょうゆを大量に飲んでわざと病気になった人がいたそうです。また、医薬品も、用量や用法を守らずに使うと命にかかわることがあります。
このようにさまざまな物質のヒトへの影響は、その物質が持つ毒性だけでなく、摂取の量・方法・期間なども含めて総合的に判断する必要があります。農薬にも毒性がありますが、その使用基準を守っている限り、たとえ作物に残留しても、ヒトが食べた時に健康に影響のない量になります。
医薬品がヒトにとって薬であるように、農薬は作物にとっての薬です。必要な時に正しく農薬を使うことで、さまざまな作物を健康に育てることができ、食の安定供給と安全が確保できているのです。
(農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域長 與語靖洋)
農業環境技術研究所は、一般読者向けの研究紹介記事「ふしぎを追って−研究室の扉を開く」を、24回にわたって常陽新聞に連載しました。上の記事は、平成20年10月22日に掲載されたものです。
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