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情報:農業と環境 No.116 (2009年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: EUの誤算−ダイズに想定外の未承認トウモロコシ混入

EU (欧州連合) は2009年11月19日にEU大統領 (欧州理事会常任議長) と外相 (外務・安全保障代表) を選出し、12月1日から長年の課題であった新基本条約 (リスボン条約) が発効する。これまでのEUは理事会の議長国が半年ごとに持ち回りで交代し、議事運営も半年ごとに微妙に変化していたが、新制度では大統領の任期は2年半 (再任1回まで)、外相は5年と長期的なものになる。しかし、知名度の高いブレア前イギリス首相ではなく、控えめで調整能力に優れ、英・仏・独・蘭 (オランダ) 語に堪能なベルギーのファン・ロンパル首相が大統領に選出されたように、EUは今後も各国間の利害や連合体としての統一政策で多くの混迷が予想される。

遺伝子組換え作物の栽培や食品・飼料の輸入承認をめぐっても、EU各国はトウモロコシ栽培のセーフガード(緊急停止)発動や不毛とも思える安全論争を繰り返してきたが、トウモロコシと異なり約90%を輸入に依存している家畜飼料用ダイズだけは、速やかに輸入承認するなど現実的な対応も採ってきた。しかし、飼料用ダイズの中に未承認の組換えトウモロコシが微量混入するケースまでは想定していなかった。今夏、このトラブルによって飼料不足や畜産物の価格上昇が現実問題となり、EUは現在もその対応に追われ、安全性承認制度の見直しが迫られている。

承認の遅れとゼロトレランス制度 JRC報告の心配が現実に

2009年7月9日、欧州委員会の共同研究センター (Joint Research Center, JRC) は 「世界の新規組換え作物の開発動向、国際貿易における承認制度の不一致の影響」 という報告書を発表した。北米、南米、インド、中国などで2015年までに商業化が予想される新規組換え作物系統の一覧表を含む114ページの報告書であるが、今後のEUの貿易、経済にもたらす影響を以下のように警告した。

1.遺伝子組換え食品の安全性審査は、輸出国と輸入国側でそれぞれ別に行われ、審査基準や手続きが異なるため、両者間で承認時期にズレが生ずる。

2.EUでは安全性審査と承認手続きが複雑なため、最終承認までに時間がかかる。また、安全性未承認の組換え系統が検出された場合、たとえごく微量でも許容しない 「ゼロトレランス(zero tolerance)制度」 を採っているため、現在でもとくにトウモロコシに関して、飼料・畜産業界は経済的損失を受けている。

3.北米、南米だけでなく、近い将来、インドや中国でも新規組換え作物の商業化が予定されており、EUでの未承認系統の微量混入トラブルによる経済的問題はさらに深刻化する。

4.EUの承認作業が遅れ、微量混入にゼロトレランス制度を続けていると、海外市場はEUへの輸出を敬遠する可能性もあり、EU経済に及ぼす影響は大きいものとなるだろう。

この報告書では近未来の懸念を警告していたが、その心配はすぐに現実となった。JRCの発表とほぼ同時期にドイツとスペインの輸入港で北米産のダイズとダイズミール (搾りかす) から、EUでは安全性未承認のBtトウモロコシ(MON88017 と MIR604)の微量混入が検出されたのである。混入はEUの組換え原料表示基準 (0.9%以上) よりはるかに低い0.1%かそれ以下だったが、安全性未承認の場合はたとえ超微量でも法律違反で輸入拒否となる。微量混入は8月以降も散発的に検出され、EUの飼料・穀物業者は北米産ダイズの輸入を停止した。

EU27か国全体では飼料用ダイズの約90%を輸入しているが、多くは南米産 (ブラジルとアルゼンチン) であり、米国産への依存度は低い。しかし、米国産ダイズについてもEUは対策を考えていた。2009年から北米で新規栽培が予定されていた2つの除草剤耐性ダイズ (A2704-12 と MON89788) は未承認トラブルを避けるため、2008年のうちに承認作業を済ませた。とくに MON89788 に関しては、安全性確認から承認まで140日で、EUとしては異例の速さだった(表1)。しかし、トウモロコシの承認作業は従来通りスローペースのままだった。EUにとって想定外だったのは、2009年春に収穫期を迎えたアルゼンチン産ダイズが干ばつのため不作で、不足分を米国から緊急輸入したことである。北米はEU未承認の組換えトウモロコシの栽培が南米よりもはるかに多い。さらに、北米産ダイズの中にトウモロコシが微量混入し、検出されることもおそらく想定していなかっただろう。飼料ダイズが不足し、南米産ダイズが再び輸入できるのは来年春ということで、デンマーク、イギリス、オランダ、アイルランドなど主要畜産団体 (養鶏・養豚) はトウモロコシ承認作業の遅れを非難し、欧州委員会(行政府)に早期の対策を求めた。

対策は二つある。一つは輸出国側で安全性承認が得られ、EUの審査機関でも安全性が確認されている場合、行政側での正式承認が完了していなくても、混入許容レベル(たとえば0.1%、0.5%)を設定することである。ゼロトレランス制に固執しなければ、今回の混入はいずれも0.1%以下であり問題にはならなかった。しかし、新たな制度の導入には時間がかかる。もう一つの解決策は、審査・承認作業を速やかに進めることである。今回の緊急事態でEUはどのように対応したのだろうか。

進まぬ承認作業

EUの安全性審査・承認システムは複雑だ。開発者が提出した申請書類を、選定された加盟国の研究機関とEFSA(欧州食品安全機関)が審査し、最終的にEFSAがリスク評価書を作成する。これを欧州委員会の専門家会合で審議し、約3分の2以上で承認または不承認となる (国によって票の持ち数が異なる)。有効票数に達しない場合、欧州農業閣僚理事会に回され再び投票。ここでも有効票(3分の2)に達しない場合、欧州委員会に戻され、ようやく承認される(いわゆるデフォルト(default)承認)」。今までも栽培を含め、組換え食品・作物の安全性承認作業は難航し最後のデフォルト承認で決着していたが、今回のような緊急事態でも、各国の動きは同じだった。

7月22日の専門家会合では、微量混入が検出された MON88017 を含む3つのトウモロコシ系統(MON88017、MON89034、DAS59122×NK603)について審議されたが有効票に達せず承認は見送られた。未承認混入トラブルが続く中、夏休みに入り一時中断。休み明けの9月13日の農業閣僚理事会でボエール農業担当委員が早期承認を訴えるが議題に上がらず、次の農業閣僚理事会(10月19日)でも有効票数に達しなかった。10月23日、ボエール委員はEU畜産業界の危機的状況を警告し、10月30日、欧州委員会の専決判断でようやくデフォルト承認となった。しかし、もう一つの未承認系統(MIR604)が残っている。EUの飼料・畜産業界は MIR604 の早期承認を求めるとともに、米国の穀物輸出業界もEUの混乱に巻き込まれることを懸念し、MIR604 が承認されるまでは輸出再開を見合わせると発表した。MIR604 は7月20日にEFSAによってリスク評価書が完成し、食品・飼料の安全性が確認された。しかし、10月19日、11月13日の専門家会合では承認されず、11月20日の農業閣僚理事会でも有効票数に達せず承認は見送りとなった。この後、欧州委員会でデフォルト承認されることになるが、11月26日現在まだ承認されていない。

表1 2008 〜 2009 年に EU で輸入承認された組換えダイズとトウモロコシ系統

作物・系統 導入形質 デフォルト承認日 (EFSA 安全性確認日)
ダイズ
A2704-12グルホシネート耐性2008年9月8日 (07年7月20日)
MON89788グリホサート耐性2008年12月4日 (08年7月14日)
トウモロコシ
MON88017Cry3Bb + グリホサート耐性2009年10月30日 (09年5月6日)
MON89034Cry1A.105 + Cry2Ab2009年10月30日 (08年12月18日)
DAS59122×NK603(Cry34Ab/35Ab+グルホシネート耐性)
×(グリホサート耐性)(掛け合わせ品種)
2009年10月30日 (08年12月1日)
MIR604Cry3Aa未承認 (09年11月26日現在) (09年7月20日)

奇妙なのは専門家会合でも農業閣僚理事会でも承認されないが不承認にもならないことだ。いずれの会議でも賛否どちらも有効票数 (3分の2) に達しない。イギリス、オランダ、ベルギーなどは賛成、オーストリア、ギリシャなどは反対と態度が一貫しているが、フランスやドイツなどは、あるときは賛成、あるときは反対、ときには投票を棄権するため決着がつかない。反対や棄権に回った国も自国の畜産・飼料業界は早期承認を求めているが、委員や農相は賛成票を投じない。最終的には欧州委員会でデフォルト承認されるのを見越して、自らの投票で決着するのを回避し、EUの手続きを忠実に守って審議・決定に時間をかける牛歩戦術を採っているかのようだ。なお、今回のダイズ飼料危機で大きな影響を受けたのは、牛肉・牛乳業界ではなく、飼料ダイズの依存度が高い養鶏・養豚業界だ。

EUの今後

MIR604 が承認されれば、米国からのダイズ輸入は再開される見込みだ。また来年 (2010年) 3〜4月から南米産ダイズの収穫が始まり、2008/09年度のように南米産が大不作にならない限り、輸入ダイズの北米依存度は減り、未承認トウモロコシ混入の確率は低くなるかもしれない。しかし、2つ以上のトウモロコシ系統を掛け合わせたスタック品種など、表1以外にも多くの申請が出されており、その多くはEUでは未承認のままだ。北米だけでなく、ブラジル、アルゼンチンでも次々新しい組換えトウモロコシ系統の栽培が承認されており、複数の導入遺伝子を同時に検出できる簡易キットも市販されているので、飼料ダイズから組換えトウモロコシの導入遺伝子を検出するのは容易である (http://www.envirologix.com/artman/publish/article_134.shtml)。ダイズの新規系統は承認しても、トウモロコシの問題が解決しなければ、ダイズ飼料中での未承認トウモロコシの微量混入トラブルは今後も続くだろう。

今回のトラブルについて、欧米のメデイア各紙は米国の輸出業界の落ち度より、EU側の承認制度の非合理性や政治的側面を指摘するものが多い。輸出国は輸入国側で安全性未承認の系統については輸出しないように、栽培を控えたり、分別管理を行ったりしているが、今回のようなダイズ中のトウモロコシ微量混入を完全に防ぐことはできない。船倉や貨車の洗浄などで微量混入ゼロを徹底すれば多額のコストがかかる。日本への非組換え食用ダイズの輸出のように、毎年一定量の貿易量が確保されていれば、このような分別管理システムも可能だ (それでも多くのコストを要する)。しかし、今回の場合、南米ダイズの不作のため、北米産ダイズを緊急に求めてきたのはEUのほうだ。米国産ダイズの輸出先は中国、メキシコ、日本、EU(27か国)、台湾、インドネシアの順で、EUは日本の240万トンより少ない (2007/08年度、米国大豆協会)。最大の買い手の中国 (1866万トン) だけでなく台湾への輸出も増えており、米国のダイズ業界にとって、EUの相対的重要度はそれほど高くない。

「消費者は王様。買い手のほうが強い」 と考えるかもしれない。しかし、「EUの承認制度、求める要求基準はあまりに非科学的で不合理。買い手は他にもあるから買ってもらわなくても結構」 と言われたときのことも考え、輸入が途絶えても混乱しない体制を準備しておくべきではなかったか。今回のEUの飼料ダイズ輸入危機と混乱ぶりは、米国だけでなく、南米のダイズ輸出市場にもEUの弱点を露呈したことになる。日本でも、一部の消費者団体が 「EU並みの表示基準(0.9%)」 や 「組換え遺伝子を検出できない食用油などにも表示」 を求めており、一部のマスメディアなども 「EU並み」 を支持する動きがある。しかし、EUは本気で組換え食品・作物に反対し、組換え食品・作物なしでもやっていける体制を作ろうとしているのか疑問だ。「EU並み」 はあまり良いお手本ではないように思う。

おもな参考情報

「世界の新規組換え作物の開発動向、国際貿易における承認制度の不一致の影響」 EU共同研究センター報告 (2009年7月)
http://ipts.jrc.ec.europa.eu/publications/pub.cfm?id=2420

「欧州の飼料・穀物業界、欧州委員会に早期承認を迫る」 (EurActive, 2009/10/23)
http://www.euractiv.com/en/cap/crisis-looming-eu-blocks-gm-soy-imports/article-186681

7系統の導入遺伝子を検出できる簡易キットの例
http://www.envirologix.com/artman/publish/article_134.shtml

情報:農業と環境112号 GMO情報「ヨーロッパの商業栽培事情−ドイツの中止、オーストリアの提案、スペインの現実」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/112/mgzn11206.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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