地球温暖化の緩和に関連して国際的に耳にすることの多くなった 「排出取引」。しかし、日本ではなじみが薄く、その具体的なイメージがつかみにくいのが実情であろう。本書はその排出取引について、経緯と仕組み、現状などを解説している。
排出取引は経済的行為であり、環境税や環境補助金とともに環境政策の経済的手法の有力な手段である。この制度では、政府機関が管轄領域内で一定期間に排出してよい汚染物質の総量を設定し、汚染物質1単位の排出を承認する承認証 (アラウアンス) を必要量発行する。排出する主体はその排出量に等しい排出承認証を取得し、期間の終わりに政府に提出する。排出証の保有者はそれを自由に売買することができ、取引により排出削減費用の高い主体から低い主体へ売られ、結果としてもっとも少ない費用で排出削減量が遵守(じゅんしゅ)されることになる。このことが、排出取引の意義である。
排出取引制度は、米国で大気浄化法の基準達成のために1976年に導入した 「排出オフセット」 プログラムが原型と考えられ、目的は、基準の達成と産業の成長の両立にある。このプログラムにより、オフセット、ネッティング、バブル、バンキングといった手法が排出取引制度の手法として確立した。
その後、米国では1990年の大気浄化法が大幅改正され、二酸化硫黄排出削減プログラムで排出取引制度が導入された。さらに1987年の 「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」 において、そこに定める要件を少ない費用で達成するための手段として、米国、欧州は排出取引制度を採用した。
京都議定書の交渉過程では、国際的な排出取引制度の導入を提案する米国や他の先進諸国と、導入に慎重なEUや発展途上国との間で議論が難航したが、共同達成、排出取引、共同実施、およびクリーン開発メカニズムが、現在の現在の国際的気候変動政策を作り上げる柱となっている。
第5章以降は、EU、米国、日本の排出取引制度について、解説している。
新書版であるが、重要なキーワードや項目に関してはコラムで別途詳しく説明されているし、索引があるので用語を調べるにも便利である。
なお、emission trade の訳語としては、排出取引のほかに、排出権取引、排出量取引、排出枠取引も使われるが、著者は内容からして排出権取引を使うのが妥当としている。
目次
第1章 環境問題と排出取引制度
第2章 排出取引制度の誕生
第3章 排出取引制度の進化
第4章 地球温暖化と京都議定書
第5章 EUの排出取引制度
第6章 米国の排出取引制度
第7章 日本の排出取引制度
第8章 経験からの教訓