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農業と環境 No.120 (2010年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 283: 地球生命は自滅するのか? −ガイア仮説からメデア仮説へ、 ピーター・D・ウォード 著、 長野敬 ・ 赤松眞紀 訳、 青土社(2010年1月) ISBN 978-4791765201

原題は、「メデア仮説:地球上の生物は(結局の所)自滅的か?」 (The Medea Hypothesis: Is life on Earth Ultimately Self-Destructive?)。

生命とそれを支えている地球は、よくガイアにたとえられる。「ガイア」 はギリシャ神話の母なる女神で、生命の象徴であるのに対し、「メデア」 はギリシャ神話に登場する子殺しの母親である。

太陽系の惑星の中で唯一生命を宿し、宇宙から見ると青く輝く地球。その46億年の歴史の大半において、地球と生物は相互に関係し合いながら環境を作り上げてきた。ガイア仮説では、多くの地球システムが生命体をより成功させる方向に変化し、生物は自分自身のために環境を変え、安定化してきたと考える。こうした考えは一般に受け入れられやすい。それに対して本書の著者、ピーター・ウォードは、ガイアでの共存共栄は幻想に過ぎないとガイア仮説を批判し、むしろ生命は悲惨な共倒れ、絶滅を繰り返してきた、いわばメデアであるという。

ガイア仮説で有名な英国のジェームズ・ラブロックは、地球の気温、酸化状態、酸性度等は、生物相によって自動的、無意識的に作用する能動的なフィードバックによって恒常的に保たれているとした。初期には、「惑星は生きている」という解釈もなされたガイア仮説は、1960年代、70年代に伝統的宗教に背を向けた人々に自然に受け入れられ、科学や新たに生じる環境倫理と無理なく共存できたという。地球は生きているという、すべての生命形態をガイアという一つの惑星的存在と考える主張は、その後ラブロック自身も否定しているという。

ガイア仮説は現在では、「最適化するガイア」、「自己調節する(ホメオスタシス的)ガイア」、「共進化するガイア」 の3つに分類される。科学的仮説は検証可能でなければならないが、「最適化するガイア」 と 「調節的ガイア」 はどちらも科学的な検証は困難で、「共進化的ガイア」 に至っては仮説でも何でもないと断定する。そして、地球生命の色々な事件や特徴を説明できる新しい仮説として、著者は 「メデア仮説」 を提唱し、以下のように説明する。「地球の居住可能性は生命の存在によって影響されるが、生命の全体としての効果は今でもこれからも、居住可能な惑星としての地球の生命を減少させる。生命自体が本質的にダーウィン的であることから、それは殺生命的、自殺的な性質を有し、後の世代に害を与える一連の正のフィードバックを、地球システムにもたらす。それゆえ、...気温、大気の気体組成、元素循環のいずれかが生命にとって有害な数値まで変動とか変化に至ることを通して、生命は自分自身の終わりを作り出す。」

メデア仮説を支持する具体的な例として、以下のような点をあげている。ガイア仮説によると、多様性は時間とともに増加の一途をたどるはずだが、動物や高等生物の多様性は長期的には時おり大量絶滅によって激減した。動物以前の (先カンブリア時代の) 微生物の多様性も、動物のそれよりも高かった可能性が指摘されている、モデル解析によると、地球のバイオマス (生物総量) は約10億年前に最大になり、それ以来減少を続けている。生命は風化の促進と炭素固定によりCOの減少をもたらし、バイオマス減少の原因をつくってきた。ガイア仮説は生命が生物相の持続期間を延ばすと予測するが、モデルによると地球が生命を支えることができる時間枠を、生命自身がCOの除去によって短くしていることになる。こうした点は、ガイア仮説の誤りを立証するのに十分であり、メデア仮説の方が生命のはたらき方をより良く説明することを示していると著者は言う。

22億3000万年〜23億2000万年前に起こった全地球凍結 (全球凍結、スノーボール・アース) は、光合成微生物 (シアノバクテリア、ラン藻) により二酸化炭素、メタン等の温室効果ガスが消費された結果であり、地球上の生命量を桁違いに減少させた。今から6億年より前、硫酸還元菌の働きで猛毒の硫化水素で充満した海洋が広まったことが数回あった(キャンフィールドの海洋)。そのたびに生物は壊滅的な打撃を受け、結果として生命の誕生から複雑な生物への進化に膨大な時間を要する結果となった。

その後、陸生植物が進化し、陸地を占有した維管束植物の根系の働きで鉱物の風化速度が高まり、炭酸塩鉱物の沈殿が進んだ。さらに光合成産物である有機物質の埋没も加わって大気中の二酸化炭素濃度が大きく減少した結果、3億年から3億5000万年前の氷河期がもたらされ、生物の多様性は大きく減少した。

生物を原核生物と真核生物に分けて考えるとき、生死に関わるような環境からの挑戦に直面したときに、原核生物は自分とともに環境を変化させることで対応しようとするのに対し、真核生物は自分の姿かたちを変化させることで対応してきた。しかし真核生物でありながら、初めて微生物 (原核生物) ふうに振る舞い始めた人間は、工業化はもとより、有史以来の森林伐採で、地球上のバイオマスを大きく減少させてきた。

二酸化炭素濃度と温度の推定をもとにしたモデルによると、バイオマスレベルは森林の進化に続くデボン紀 (3億6千万年前まで) あたりを最大に、今や下降局面にあり、今後5億年ないし10億年の間にゼロになる。すなわち長期的には大気中の二酸化炭素濃度の減少が進み、早ければ5億年後、遅くとも10億年後には植物がもはや存在できない点に達すると予測する。ただし、これは長期的に見ての話であり、短期的に危惧(きぐ)されるのは、現在進行中の温室効果による絶滅である。現在毎年2 ppm 上昇している大気中の二酸化炭素濃度が、危険なレベルである 1000 ppm に到達するのは、最長で300年、最短では95年度であり、その前に深刻な社会的影響が50年以内に現れると予想する。

絶滅を避けるためには、短期的には大気中のCO濃度を減少させ、長期的には減少しすぎないような行動をとることが必要である。必要なのは、政治的な意志、そして工業技術を大々的な規模で組み合わせたもので、しかも局所的ではなく文明全体をもって初めて可能になるような大仕事であるという。ことさら工業技術の重要性を説くのは、生命自身が自滅的であるとすることの裏返しであろうか。いずれにしろ、解決の道は容易ではない。

目次

第1章 ダーウィン的生命

第2章 進化における「成功」とは何か

第3章 地球上の生命に関する二つの仮説

第4章 メデア的フィードバックとグローバルな過程

第5章 生命の歴史におけるメデア的現象

第6章 メデアとしての人類

第7章 時間を通して検証される生物総量

第8章 予測される生物総量の将来動向

第9章 要約

第10章 環境主義の含意と行動方針

第11章 何をなすべきか

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