地球上に生命が誕生してから40億年近く。古生物学者たちは、その過程を明らかにすべく、化石を追い求めてきた。本書はその生命の長い歴史を一気に語り尽くそうという野心的な試みであり、驚きと謎に満ちた生命の歴史の壮大なドラマは、読む者を引きつけ、生命、進化、そして地球環境について、改めて考えさせられる。ロングセラーとなっている。
原題は、「生命の独断的な伝記」 とでも訳そうか (LIFE: Unauthorized Biography)。500ページ近いボリュームがあり、背景となる時代 (地質年代)、登場する役者 (生物種) も盛りだくさんである。エポックをいくつか紹介する。
生命が誕生した約38億年前からカンブリア紀以前(5億4500万年より前)は、バクテリアの時代であった。「原始スープ」の中で誕生した「原始生命」は、そのうち細胞の形態をとるようになり、次第に生存の場を広げていった。22億年前ころまでには、繁茂したシアノバクテリア(ラン藻)の光合成の働きにより、大気中に酸素が蓄積した。約10億年前までに、生命は単細胞の段階で大型化と複雑化を遂げることで生物の活動範囲はさらに広がり、地球は生物、化学作用、海洋、地質学的過程を相互に結ぶ一つの巨大なネットワークへと成長していった。著者は、「生命は、地球の間借り人でありながら、地球の表面を今日のような状態にまで変えてきた」 と表現する。
このように微生物は、先カンブリア時代、長い時間をかけて形態的・機能的に進化し地球上の世界を変えてきたが、原始的な細胞は複雑な生物に取って代わられ消滅したのではなく、いまだに存在している。すなわち、現在は古いものと新しいものが、ともに存続しており、生き残っている単純な生物の中に、各段階の立役者を見つけることができる。(たとえば、水田土壌や反芻(はんすう)動物のルーメンでメタンを生成して地球温暖化を促進しているメタン生成菌は、大気中に酸素が蓄積される20数億年より前の地球上で主役として炭素代謝を担っていた、太古からの生き残りである。)
生命が複雑化、多様化し、今日見られる動物の門が出そろうのは、5億4500万年前に始まるカンブリア紀である (カンブリア大爆発)。太古の世界とカンブリア紀から始まる新しい世界との間で自然界の様相ががらりと変化したのである。カンブリア紀の数百万年の間に、かたい殻をもち幅広いデザインをそなえた動物が出現し、それまで生物界を支配していた光合成を基調とする細菌と藻類との細胞共生は、食物連鎖の関係に代わっっていった。
なぜ多様な生物がカンブリア紀の始まりと同時にいっせいに出現したのだろうか。多細胞生物はおよそ20億年前に存在していたし、細胞内共生により生じた真核生物の化石は18億年前の地層から見つかっている(30億年前の岩石から真核生物の化石が発見されたという報告も最近出ている (Nature (2010), 463:885-886))。多細胞生物の誕生からカンブリア大爆発まで、なぜか14億年という長い時間が必要だったことになる。この点について著者は、先カンブリア時代後期に存在していた微小の節足動物、軟体動物等が「殻」を獲得した結果大型化が始まり、化石として足跡を残すようになったためと考える。進化の下地は先カンブリア時代にすでにできていたのである。
生命の陸上への進出は、シルル紀 (約4億4千年前〜4億1千年前) のことで、植物が最初に陸上への進出を果たす下地をつくったのは藻類の祖先である。緑化は陸地の風景を一変させたであろう。動物では、まず節足動物が上陸した。ダニ、トビムシなど、初期の土壌動物群は、現在のそれらと驚くほど類似している。こうして水中から上陸を果たした動物と植物は、相互依存の関係をつくりあげ、以来今日にいたるまでその関係を維持してきた。陸上生活に向けての形態変化が成就したのは、デボン紀 (4億1千万年前〜3億6千万年前) である。
生命は何回も大絶滅を被っているが、中でもペルム紀末の大量絶滅 (約2億5千年前) は終末直前とまでいわれ、海生種の96%が絶滅した。絶滅は自然界の再編成を呼び、逆に現在の世界を支配している動物の大多数が登場することとなった。生命史の大転換点である。ペルム紀末の大絶滅は、気候変化、海の環境変化、地理的要因と、不運に不運が重なった結果であり、「海水と気候の物理化学的要因が結集して、パンゲア (超大陸) の上とその周辺で生物を締め上げて選別にかけた時代」 と表現する。カンブリア紀に登場した多様な動物の中で、大絶滅を偶然にも生き残り、それらが備えていたデザインを子孫に伝えることに成功したものが、その後の動物がたどる経路を決定した。
白亜紀末 (6千5百万年前) には、隕石の衝突 (落下) を原因とする大絶滅が起こり、恐竜が全滅した (KT絶滅)。地上を支配していた陸生の恐竜が絶滅した時点で、それらが占めていたニッチェは空席になり、それをうめたのが、それまで恐竜に隠れてひっそりと暮らしていた鳥類とほ乳類である。鳥類とほ乳類は温血性のため、気候の悪化に耐えることができたと考えられる。
著者は、ペルム紀末の大絶滅を初めとした幾多の大絶滅において、生存か絶滅かを決定したのは優者かどうかではなく運であり、生命の歴史を紡いできたのは偶発性であったと結論する。40億年におよぶ生命の歴史は無限に可能な選択肢のうちの一つに過ぎないのであり、そうすると、進化の時計を逆に戻して再スタートさせたとしても、同じ道をたどることはないであろう。まさに、生命が紡ぐ歴史物語の圧倒的な不思議さとおもしろさが、ここにある。読んでみると、生命観が少し変わるかもしれない。
最後に、人間の知恵は、もつれた生命の綾(あや)の仕組みを理解するなどとうていおぼつかない。しかし、この先も変化が続くということは確かであり、他の生物とは異なり予測することができる人間が賢明に振る舞うことを期待する、と結んでいる。
目次
第1章 悠久の海
第2章 塵から生命へ
第3章 細胞、組織、体
第4章 私のお気に入りと仲間たち
第5章 豊饒の海
第6章 陸上へ
第7章 森の静謐、海の賑わい
第8章 大陸塊
第9章 壮大なものと控えめなもの
第10章 終末理論
第11章 乳飲み子の成功
第12章 人類
第13章 偶然の力