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農業と環境 No.122 (2010年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 289: ザ・リンク―ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見、 コリン・タッジ 著、 柴田裕之 訳、 早川書房(2009年9月) ISBN978-4-15-209070-6

分子生物学の発展により、特定の遺伝子配列の比較に基づく生物の系統関係の解析が盛んに行われるようになった。さまざまなレベルの系統樹が描かれ、現在の生物種が共通の祖先からどのように分岐して来たかが示されるが、共通の祖先の姿を知るには化石の発見に頼るしかない。本書からは、きわめて貴重な化石発見の興奮が伝わってくる。内容を紹介する。

本書は、およそ4700万年前の霊長類の化石をめぐる科学物語である。発見されたのは1980年代。個人のコレクターが掘り出して秘蔵していたものが、ハンブルクの化石見本市でこっそりと売りに出される。(かなりの高額である。また個人のコレクターがどのようにしてこのような大きな化石を完全な形で掘り出し保存することができたのか、謎である。)

その存在を知ったノルウェーの研究者フールムは、その見事さに驚嘆する。X線やCTスキャンによりその化石が本物であることが確かめられた。さらにその化石が掘り出されたのが、メッセル・ピットが世界遺産に登録される1995年以前であることが確認され、合法的にノルウェーに渡る。そして、その存在が世界に明らかにされたのは、昨年(2009年)である。大物にふさわしく、世界の著名な科学者がこの仕事に携わり、発表も周到に準備された。

後にイーダと命名されたこの霊長類の化石が注目されるのは、その存在年代からヒトとサルの共通の祖先であるなど、霊長類の進化に関して画期的な知見をもたらすことが期待されること、それに、これまでに発見された中でもっとも完全に近い化石霊長類といわれるほど、状態がすばらしくいいことである。

イーダが発見されたのは、ドイツのメッセル・ピットである。生きていた時代は4700万年前。時代は始新世(5600万年前あたりから3400万年前あたりまで)。この地帯は今は冷涼な気候だが、当時は温暖で熱帯雨林が生い茂っていた。2億2000万年前に現れて以来、1億4千万年以上にも渡って地上を支配していた恐竜が滅んだのは、約5600万年前の白亜紀末である。この時代は、大気中の二酸化炭素濃度が増え、温暖化が進んでいた。海洋からのメタン放出もあり、海水の温度は6〜8度上昇、潮流も劇的に変化して均一的に暖められ、多雨林が地球を取り巻き、北極圏にも亜熱帯気候が広がっていた。当時のメッセル・ピットは緯度的にも今より南方にあり、少なくとも亜熱帯気候であった。

かつては湖であったメッセル・ピットからは、数多くの種類の生物の化石が出土している。始新世は霊長類が急激に進化した時期である。人間の直接の祖先にあたる霊長類は、始新世にサハラ砂漠以南のアフリカで生きていたと考えられているが、化石記録の空白からそれがどのような種類の霊長類かは不明である。それをイーダが埋めてくれることが期待される。

地球の生物の進化の歴史を知る上で、今も化石の果たす役割はきわめて大きい。しかし、ミッシング・リンクとなるような化石が見つかる確率は、とてつもなく小さそうである。そもそも、新しい種類の生物の出現そのものが、1か所でしかもごく少数である。新しいニッチ(生態的地位)を獲得した生物は急速に進化する傾向があるため、なおさらミッシング・リンクの数は少ない。さらに化石ができやすい条件下で化石となり、後世のヒトに発見される確率はきわめて低く、まさに奇跡といえよう。人類の来た道を探る研究も、容易ではない。

イーダは何者なのか。イーダの発見は、かつての始祖鳥の発見のように、初期の霊長類化石の調査を大きく変えていくことになるのか、その答えはこれからである。

目次

第1章 イーダの発見

第2章 イーダの物語が始まる

第3章 イーダが生きた始新世の世界

第4章 メッセル ピット

第5章 霊長類はいかにして生まれたのか

第6章 霊長類の進化

第7章 始新世から現代まで

第8章 イーダとは誰か? そして何者か?

第9章 イーダを世界に紹介する

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