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農業と環境 No.124 (2010年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介291:気候文明史 −世界を変えた8万年の攻防、 田家 康 著、 日本経済新聞社(2010年2月) ISBN978-4-532-16731-8

気候変動は、文明や歴史を動かしてきた大きな背景の一つであることはまちがいない。著者は、気象が専門ではないが、「気象予報士資格をとり、地球全体の気象システムに触れ、古気候学の理解を深める中で、文明や歴史を動かしてきたキーワードの一つとして気候変動があることに気がついた」という。そうした考えのもと、現生人類の出アフリカから現代まで、気候変動から見た歴史を語る。

本書は3部からなる。第1部 「黎明編:気候変動が人類を育てた」 について、概要を紹介する。8万5千年前の出アフリカ以来、本格的な氷期の到来の中で、衣服の着用により生存地域を広げてきた。2万1000年前から1万8000年前にかけて、最終氷期極寒期(LGM)を迎えるが、人類はそれに先立つ5万年前、極寒期に入る直前に知性を発達させ、生きのびる。マンモスなどの大型ほ乳動物の絶滅は、最終氷期末期の人類が世界各地に広がっていった時期と重なっており、狩猟が原因か気候変動に適応できなかったことが原因か、絶滅理由をめぐる論争が続いている。

最終氷期が終わると地球はしだいに温暖化していき、ヨーロッパでは落葉樹の森が広がっていく。そして、寒さをしのぎつつ大型ほ乳類を追いかけて狩猟した時代から、定住して身の回りで食糧を確保する環境に変わる。落葉する冬期をいかに生きのびるかが人類にとっての新しいテーマとなる。このことは、人々の心のあり方にも影響を与えたであろう。

人類は2万年前には野生の種子や果物の貯蔵を行っていたが、農耕の開始は1万2000年前である。この原因として、農業は狩猟採集に比べてはるかに多くの労働力を必要とする、手間のかかる作業であったからと考えられる。しかし、最終氷期が終わって温暖期になると世界の人口が急増し、狩猟採取生活が限度に近づいたときに、寒の戻り(ヤンガードリアス・イベント:1万2900年前から1300年間)が起こる。森林の木の実が減少する中で、人類は食糧確保のために農業を開始した。気候変動の中ではこれしかなかったのではないか。一方で、農業の開始は人類による環境破壊の根源ともいわれている。

8000年前から5500年前ころにかけて、気候最適期とよばれる暖かい時代を迎える。この時代、陸地では深い森が形成され、海面水位は上昇のピークを迎える。日本では夏には太平洋側を中心に降水量が増え、冬には日本海側で大量の雪が降るという、現代にいたる気候パターンが誕生し、東日本ではブナやナラの広葉樹林、西日本ではシイやクスが茂る照葉樹林となる。このとき、狩猟採集生活に適していた東日本が文化の中心であった。

イスラム教のブタ肉やヒンドゥー教の牛肉の禁忌の由来も、干ばつの由来という気候変動にあるという説は興味深い。

第2部は 「古代編:気候変動が文明を生んだ」、第3部は 「中世・近世編:気候変動が歴史を動かした」 である。時代時代の気候の変動について、メカニズムも含めて詳しく解説されている。さらに巻末にはページをさいて、「過去の気候をどう調べるか」、「気候変動はなぜ起きるか」 について解説されている。

こう見てくると、人類の歴史は気候変動とのたたかいの歴史であったともいえそうである。さらには、農業の歴史、農業技術の発展も気候変動との戦いの結果であった。

「人類は気候変動への適応力あるいは順応力に優れていたことで地球を席巻し」、「最終氷期が終わった後も、何度もあった寒冷化のインパクトにより文明が崩壊したかにみえたが、そのつど危機を克服し、強固な社会経済組織を打ち立ててきた」 と述べている。この先もこのことがあてはまるであろうか。

中学や高校の歴史教育も、歴史を動かしている背景として気候変動の視点を入れることで、学ぶ者にとってずっと興味深いものになるのではないだろうか。歴史は決して過去のことではない。

目次

第1部 黎明編:気候変動が人類を育てた

第1章 気候変動との闘いの始まり

第2章 寒冷な気候の中で

第3章 最終氷期の終わりとヤンガードリアス・イベント

第4章 「長い夏」の到来

第2部 古代編:気候変動が文明を生んだ

第1章 長い夏の終わりと古代文明の勃興

第2章 繰り返される寒冷化、突然の干ばつ

第3章 ローマの盛衰とその時代

第3部 中世・近世編:気候変動が歴史を動かした

第1章 中世温暖期の繁栄

第2章 寒冷な時代の到来

第3章 小氷期の気候と歴史

エピローグ:気候変動との闘いは続く

巻末解説一:過去の気候をどう調べるか

巻末解説二:気候変動はなぜ起きるか

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