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農業と環境 No.126 (2010年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 組換え種子と研究の自由 〜北米研究者の訴え実る〜

今年(2010年)3月、EU(欧州連合)では2番目となる商業栽培組換え作物として承認されたドイツ・BASF社のアミロペクチン・ポテト (Amfolra) の収穫が8月下旬から始まった。来年からの本格栽培に備えた種イモ増殖用の栽培であるが、ドイツでの収穫式には連邦政府のブリューデルレ経済技術大臣も出席した。

一方、昨年4月、環境への悪影響を示す新たな科学的知見(論文)を根拠に、アイグナー食料・農業・消費者保護大臣によって商業栽培が中止されたモンサント社のBtトウモロコシ (MON810) は今年も中止されたままだ。

メルケル首相(キリスト教民主同盟、CDU)の率いる現政権は、キリスト教社会同盟 (CSU)、自由民主党 (FDP) との連立政権だ。組換え作物・食品に対する3党の態度は、CDU が慎重(研究は推進)、FDP が積極推進でブリューデルレ大臣は FDP に所属する。一方、アイグナー大臣の属する CSU は絶対反対で、昨年4月の栽培中止も科学的根拠によるのではなく政治的なものと当初から指摘されていた(農業と環境112号)。2009年秋の総選挙後もアイグナー大臣は留任し、栽培禁止の姿勢を変えておらず、政府の禁止は違法と訴えた開発メーカーや生産者団体の裁判もまだ決着がついていない。そんな中、8月末にアイグナー大臣が根拠とした科学論文の不備を指摘するとともに、政策決定者の姿勢を批判する論文が Transgenic Research 誌(電子版)に掲載された。

Btトウモロコシとフタモンテントウムシをめぐる2本の論文

アイグナー大臣が栽培禁止の根拠として採用した Schmidt ら(2009)の実験では、穀物害虫のスジコナマダラメイガの卵を、精製したBtトキシンタンパク溶液に浸してフタモンテントウムシ幼虫に与えた。実験は2種類のBtタンパクを使ったが、MON810 が発現する Cry1Ab タンパクでの結果は以下のようになった。

表1 Cry1Ab タンパク濃度とフタモンテントウ幼虫死亡率

濃度(マイクログラム/ミリリットル) 1齢幼虫死亡率(%) 2齢幼虫死亡率(%)
0 (対照区)14.21.0
524.23.3
2544.23.0
5031.74.9

この結果は、トキシンを含まない0区(対照区)でも死亡率がかなり高い上、25マイクログラムより高濃度の50マイクログラムの死亡率が低いなど実験方法そのものに疑問が持たれたが、アイグナー大臣はEUで栽培中止(セーフガード)の際に必要な 「新たに見つかった悪影響を示す科学的証拠」 の一つとして採用した。この論文が印刷物として発行されたのは2009年1月10日だが、電子版に掲載されたのは2008年8月20日で、その直後に 「ドイツ農相、MON810 の栽培中止を示唆」(ロイター通信、2008/9/3) と報道されている。

今回(2010年8月26日)、電子版に載った Alvarez-Alfageme らの論文では、Schmidt ら(2009)の実験方法を徹底的に検証した。まず、スジコナマダラメイガ卵とナミハダニ幼虫を直接フタモンテントウ幼虫に与えて飼育した。

表2 エサの種類とフタモンテントウ幼虫死亡率

エサ 1齢幼虫死亡率(%) 2齢幼虫死亡率(%)
スジコナマダラメイガ卵 3.30.0
ナミハダニ幼虫13.33.8

Schmidt ら(2009)の実験ではBtトキシンを含まない対照区のスジコナマダラメイガ卵でも1齢幼虫の14%が死亡しているが、適切な方法で飼育すれば死亡率は3%程度であり、彼らの実験方法自体に問題があることが指摘された。さらにフタモンテントウ幼虫はもともとスジコナマダラメイガ卵を好んで食べる種ではないので、できるだけ自然条件に近い設定で評価すべきであるとしてBtトウモロコシ (MON810) をポットに植え、苗をナミハダニ幼虫に吸汁させ、そのナミハダニをフタモンテントウ幼虫に与える」 という実験をおこなった。

表3 Bt トウモロコシ苗とナミハダニによるフタモンテントウ幼虫死亡率

トウモロコシ 1齢幼虫死亡率(%) 2齢幼虫死亡率(%)
Bt 品種 (MON810)  13.35.1
非 Bt 品種15.65.3

Bt品種でも非組換えの品種でも、幼虫死亡率に差はなかった。また、ナミハダニ幼虫を直接エサとして与えた場合の死亡率とほぼ同じであり(表2)、10%以上の死亡率は実験条件の不備ではなかった。以上の結果から、Alvarez-Alfageme らは 「Schmidt ら(2009) で示された有害影響は実験計画と飼育方法の不備によるものだ」 と結論したが、批判の矛先はむしろ政策決定者側に向けられた。「査読を受けて出版された科学論文がすべて科学的評価に耐えられる内容とは限らない。環境リスク評価や管理を行う政策決定者 (行政、政治家) は個々の論文の質も慎重に評価した上で採用すべきである」 と批判している。

この論文によってアイグナー大臣が考えを改め、科学的判断に基づいてBtトウモロコシの栽培再開に向かうとは期待できないが、論文を読んで一つ気になった点がある。たしかに Alvarez-Alfageme らが指摘するように、専門家によって査読を受けて論文になったものがすべて科学的に正しいとは限らない。不適切な方法で生物検定を行うのは問題であり、現実に起こりえない条件よりも、実際に組換えBt植物を用いた実験系で評価する方が良いのは当然だ。しかし、論文末尾の謝辞で 「組換えBtトウモロコシの種子は開発メーカーから提供を受けた」 とある点が気になった。Bt品種に限らず組換え作物の種子はメーカーの承諾がなければ研究者は自由に入手することができないからだ。

北米昆虫研究者の訴え 研究の自由を求める

2010年に創刊された組換え作物(植物)専門の学術誌 「GM Crops」 の第1巻2号に Sappington ら米国農務省や大学の昆虫研究者による 「公的研究機関における商業化された組換え種子を使った研究の実施」 と題する論文が掲載された。北米(米国、カナダ)ではすでに商業栽培されている組換え作物品種でも、研究者は種子を自由に購入して実験を行うことが制限されてきた。しかし、種子メーカー側の団体 (アメリカ種苗取引協会、ASTA) との交渉によって、ようやくこの状況が改善されたというものだ。

発端は2008年12月に米国の昆虫研究者24人が連名で環境保護庁 (EPA) に意見書を送ったことにある。「米国ではすでに商業利用されている組換え作物の種子でも、研究者が自由に入手(購入)して、制約なしに実験し論文として発表することができない」、「これでは抵抗性発達管理のための緩衝区 (Refuge) の設置方法などに対しても、研究者が責任を持ったデータを提供することができない」、「研究の自由だけでなく、ユーザー(農民)にとっても不利益になる」 という抗議を込めた意見書である。

当時、EPA では抵抗性発達管理対策のための緩衝区(非Bt作物の栽培区)として、従来のBtと非Btトウモロコシを別々に植えるブロック別緩衝区ではなく、Bt品種と非Bt品種の種子を混合して播種する方法 「Refuge in bag」(種子混合法)の採用が検討されていた。種子混合法は作業効率が向上する上、緩衝区の割合を20%から10%に減らせるので、生産者側の要望も大きい。しかし、従来のブロック別緩衝区とくらべた効果や、種子混合の割合について十分な検討が必要だ。トウモロコシ害虫の研究者としては、さまざまな条件下で実験し、信頼できるデータを提供したいと考えるのは当然であろう。種子混合法を申請した種子メーカーのBtトウモロコシ品種はすでに北米では数年前から商業栽培されていたが、メーカーは種子混合法に関する実験内容や論文発表前のチェックなどに多くの条件を課していた。メーカーによる種子利用、研究内容、発表の制限・管理はBtトウモロコシ品種に限らず、除草剤耐性品種を含め商業栽培されているすべての組換え品種に適用されてきた。トウモロコシ害虫研究者だけでなく、多くの研究者が不満を持っていたと考えられ、長年の不満が2008年12月の抗議声明につながったようだ。

ニューヨークタイムズ紙が2009年2月20日に記事にしたのをきっかけに北米の多くのメディアがこの問題を取りあげ、抗議文を送った研究者の代表は ASTA と研究条件改善の交渉をおこなった。その結果、2009年12月に以下のような合意に達した。

1.研究者個人ではなく所属する研究機関と種子開発メーカーが個別に複数年の包括的契約を結ぶ。

2.実験内容、論文発表に際し、種子メーカーの事前チェックを不要とする。

3.研究対象は害虫だけでなく、雑草防除、作物収量、栄養成分、非標的生物への影響、生態一般研究を含む。

4.トウモロコシ、ダイズ、ワタ、カノーラ(セイヨウナタネ)、シュガービート、アルファルファなどすでに商業化された種子を対象とする。商業認可されていない開発段階の種子は対象としない。

5.検知技術、育種、遺伝子改変技術などを対象とした研究は含まない(従来通りの規制管理をおこなう)。

以上のような大筋で ASTA と合意に達したが、契約の詳細はバイテク種子メーカー各社と研究機関の個別契約にゆだねられており、研究者のフリーアクセスに対しての姿勢はメーカー間で異なるようだ。しかし、交渉した昆虫研究者の代表は、「最大手の種子メーカー(モンサント社)がもっとも積極的であり、全体として我々は今回の合意内容に満足している」 と述べている。

相互不信による負の連鎖

筆者(白井)も経験したが、海外のバイテク種子メーカーから組換え品種の種子を入手するためには多くの手続きが必要であり、実験内容や論文として発表する際の事前確認などの条件が課せられている。また、実験内容にかかわらず、種子の提供そのものを拒否される場合もある。日本では実際商業栽培がおこなわれておらず、組換え植物を栽培するというだけで話題になるので、開発メーカーが過敏に反応するのも仕方ない面もある。筆者は2004年の生態学会誌の総説で 「組換え作物研究の抱える問題点、(2)研究報告発信源の偏り」 として以下のように書いた。

「日本やヨーロッパで研究者が開発企業を経ずに組換え作物の種子を入手して栽培実験することは困難である。しかし、米国では自由に試験設計を組んだ研究者による報告が増えてくるものと期待される。このような研究結果が蓄積されてはじめて、組換え作物に不安や懸念を持っている市民や研究者に対して、より信頼できる情報を提供できると筆者は考えている。」

残念ながら、米国でも研究の自由、独立性は保証されていなかったようだ。すでに安全性承認を経て商業栽培されている種子に、メーカーが規制を課してきたのは明らかに異常である。承認前で実験開発中の場合は、種子だけでなく農薬でも、実験内容や発表方法に関してメーカーと研究者(研究機関)が詳細な契約を結ぶのは普通である。しかし、非組換えの種子や農薬の場合、いったん商業販売が認められたものは自由に購入できるので、メーカーが研究内容に制限を課したり、論文の事前チェックをしたりすることはない。組換え種子の場合は明らかに過剰規制で、北米研究者の抗議はもっともなものだ。種子を自家採取して大量に再増殖することなどは制限してもよいが、生態調査や収量などの農学調査まで制限するべきではない。

しかし、種子メーカー側の姿勢にも理解できる点はある。組換え作物では科学的判断のみで冷静・中立に評価する研究者だけでなく、最初から 「組換え植物は悪いもの、危ないもの」 と疑念、悪印象を持っている研究者もいる。ドイツの栽培禁止の根拠となった Schmidt ら(2009) の論文はスイス・チューリッヒ工学大学の Hilbeck のグループによるものだ。Hilbeck は1998〜1999年にBtトウモロコシを加害した害虫を食べた天敵のクサカゲロウに悪影響がでると報告した研究者で、トウモロコシ花粉飛散によるオオカバマダラ蝶への影響とともに注目を集めた。彼女の論文はその後多くの追跡実験によって、「弱った害虫をエサとして室内で強制的に摂食させた結果であり」、「野外で自由にエサを選べる条件ではクサカゲロウはこのような害虫を食べない」 と彼女の論文の結果は否定された。しかし、Hilbeck はこれらの研究結果を無視し、組換え作物による非標的生物への悪影響を主張し続けている。研究例が少ない段階で、天敵昆虫への間接的影響の可能性を初めて指摘した点は評価されるが、偏った姿勢を続けていては研究者として疑問が持たれても仕方ないだろう。種子メーカーもこのような姿勢の研究者に組換え作物の種子を提供し、自由に論文を発表させるのは慎重になるだろう。「悪影響を示唆するようなデータばかりを選んで発表する」 可能性もあるからだ。

「悪影響はなかった」、「組換えと非組換え作物を比較して両者に差はなかった」 という論文が出ても、メディアはほとんど取りあげない。しかし、「天敵昆虫や環境に悪影響の可能性?」 という論文はニュースになるので取りあげられ、反対派団体だけでなく、EUなどの政策決定(栽培中止)に利用されてきたのがこの10年間の現実だ。しかし、種子メーカーの防衛姿勢や過剰規制は、「なぜ商品化された種子にまで規制するのか!」 と北米の中立系や推進系の研究者からも反発を招くことになり、さらに 「メーカーは自社に都合の悪い実験データを隠しているのではないか?」 という憶測さえも持たれかねない。相互不信による負の連鎖である。今回の北米の研究条件合意がこのような状態の改善につながることを期待したい。

なお、北米で承認され日本での栽培も承認されている組換えトウモロコシやダイズ品種でも、北米の研究者を通して私的に日本に持ち帰って栽培することはできない。種子の自由利用が保証された北米研究者でも、さらに第三者への譲渡は禁止されているし、組換え種子に限らず日本に種子を持ち込むには植物検疫所で検査を受けなければならない。日本の公的研究機関の研究者はご注意を。

おもな参考情報

ドイツ・フタモンテントウへの影響

Alvarez-Alfageme, Bigler & Romeis (2011) Laboratory toxicity studies demonstrate no adverse effects of Cry1Ab and Cry3Bb1 to larvae of Adalia bipunctata (Coleoptera: Coccinellidae): the importance of study design. Transgenic Research (電子版2010/8/26オンライン)
(室内での毒性試験の結果、Cry1AbとCry3Bb1トキシンはフタモンテントウ幼虫に有害影響を与えないことを証明:実験計画の重要性)
http://www.springerlink.com/content/5n7758gj612x0125

Schmidt, Braun, Whitehouse & Hilbeck (2009) Effects of activated Bt transgene products (Cry1Ab, Cry3Bb) on immature stages of the ladybird Adalia bipunctata in laboratory ecotoxicity testing. Archives of Environmental Contamination and Toxicology 56(2):221-228.
(室内での環境毒性試験におけるフタモンテントウ(Adalia bipunctata)幼虫期に対する活性化されたBt導入遺伝子産物(Cry1Ab, Cry3Bb)の影響)
http://www.springerlink.com/content/4317km7733582u32

農業と環境112号 GMO情報「ヨーロッパの商業栽培事情−ドイツの中止、オーストリアの提案、スペインの現実」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/112/mgzn11206.html

農業と環境121号 GMO情報「ヨーロッパのポテト 商業栽培と試験栽培の承認」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/121/mgzn12106.html

北米研究者の研究制限

Sappington T.W. et al. (2010) Conducting public-sector research on commercialized transgenic seed. GM Crops 1(2): 1-4.
(公的研究機関における商業化された組換え種子を使った研究の実施)
http://www.landesbioscience.com/journals/gmcrops/article/SappingtonGMC1-2.pdf

Waltz E. (2009) Under wraps. Nature Biotechnology 27(10): 880-882. (秘匿、研究への制限条項)

白井洋一(2004) 害虫抵抗性遺伝子組換え作物が非標的節足動物に及ぼす影響.日本生態学会誌 54:47-65.

白井洋一(生物多様性研究領域)

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