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農業と環境 No.126 (2010年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 296: ハチはなぜ大量死したのか、 ローワン・ジェイコブセン 著、 中里京子 訳、 文芸春秋(2009年1月) ISBN978-4-16-371030-3

日本でもミツバチの激減が話題となっているが、米国での出来事について、さまざまな角度から紹介し、議論している。本書を読んで、社会性昆虫であるミツバチの不思議な生態とともに、進化的にも植物と花粉媒介昆虫の密接な関係に驚かされた。

2006年、米国の多くの養蜂家(ようほうか)は、飛び交っているミツバチの数が激減していることに気づいた。寄生虫や害虫、明らかな農薬による被害とも違う。管理の失敗なのか。原因がわからないまま、冬を迎えるにつれ商業養蜂家たちは、活気ある巣箱が突然ゴーストタウンへと変わる姿を目にした。ミツバチの不可解な失踪(しっそう)は間もなく米国全土へ、そして世界へと広がり、2007年の春までに北半球のミツバチの4分の1が失踪したのである。この現象は、CCD(Colony Collapse Disorder)とよばれるようになる。

養蜂家も専門家も、まず、ダニ(ミツバチヘギイタダニ)を疑った。もともとアジアに生息するトウヨウミツバチの寄生虫が、シベリアに持ち込まれたセイヨウミツバチに寄生するようになり、その後1976年にヨーロッパを直撃、1987年にはフロリダに上陸し、その後1年以内に米国全土に蔓延してしまった。その後、養蜂家はこのダニへの対策に苦慮することになるが、CCD の原因は、明らかにミツバチヘギイタダニではなかった。

携帯電話の電磁波、殺虫性のBtタンパク質を組み込んだ遺伝子組換え作物、地球温暖化、ウイルス、農薬、寄生虫と、考えうるさまざまな原因が検証された。しかし、原因は単純ではなく、関係者は次第に複数の引き金が必要と考えるようになる。

2000年代、カリフォルニアではアーモンドは金のなる木となり、アーモンドだけの巨大な森が誕生した。カリフォルニアの気候はアーモンドに適している。しかし、摘果が必要な桃やリンゴでは、ほんの10パーセントの花が実をつければよいのに対し、実を食べるアーモンドではほぼ100%の受粉が必要であり、それには大量の受粉昆虫が必要という。さらにアーモンドは自家不和合性で、少なくとも2種類のアーモンド品種を植えなくてはならない。養蜂業者はアーモンド栽培農家に巣箱をレンタルする。そのレンタル料はうなぎ登りに上昇し、養蜂家はレンタル料を主たる収入とするようになる。そして、過去10年間のアーモンド生産量の増加はミツバチの衰退と同時に起こっている。花粉はミツバチにとって重要な栄養源であり、アーモンドの花粉のみという食餌(しょくじ)に疑問を呈する。

ゲノム解析の結果、ミツバチには解毒と免疫に使われる遺伝子の数が他の昆虫の半分くらいしかないことが判明した。にもかかわらず、各種寄生虫や病原菌、ウイルス、さらには、農薬、抗生物質、栄養不良、都市化、グローバル化、そして地球温暖化と、現代のミツバチはかつてないストレスにさらされており、ミツバチがまだ生きていること自体が不思議なくらいだという。CCDの原因を追及していた研究者たちは、決定的なことは導き出せず、2008年の時点で単一の原因があるという考えをほぼ捨て去った。

この問題は、ミツバチ単独の問題ではなく、植物との関係でとらえることが重要であると著者は主張する。植物が本格的に陸地に進出した4億年以上前、植物はシダ類、針葉樹類、ソテツ類といった、風媒植物のみであり、1種類だけの純群落が広がり、存在する植物の種類もはるかに限られていた。それが、虫を使って花粉を飛ばすことを発明して以来、「被子植物の爆発的な分化」とよばれる現象により、植物種の数は飛躍的に増大した。植物の進化は、花粉を運ぶ昆虫との関係の中で成し遂げられてきたのである。

私たちが口にする食物の多くは、花粉媒介者のおかげを被っており、この問題は農業生産にとっても重要である。ミツバチの大量死の問題は、農業のあり方に関する本質的な問題を突きつけているのかもしれない。

目次

序章  ハチが消えた

第1章 あなたのその朝食は

第2章 集団としての知性

第3章 何かがおかしい

第4章 犯人を追う

第5章 夢の農薬

第6章 おかされた巣箱を見る

第7章 人間の経済に組み込まれた

第8章 複合汚染

第9章 ロシアのミツバチは「復元力」をもつ

第10章 もし世界に花がなかったら?

第11章 実りなき秋

エピローグ 初霜

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