前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.128 (2010年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第19回世界土壌科学会議 (8月 オーストラリア(ブリスベン)) 参加報告

2010年8月1日から6日まで、オーストラリアのブリスベンで開催された、第19回世界土壌科学会議(19th World Congress of Soil Science [WCSS] (最新のURLに修正しました。2015年5月))に参加しました。

この研究集会は、国際土壌科学連合(International Union of Soil Science [IUSS] )が4年に1回開催する、土壌科学関係ではもっとも規模の大きいものです。会議のホームページで検索してみると、1567件の研究発表があり、オーストラリア397、米国161、中国99に続いて、日本からは97の発表がありました。また、今回、熊沢喜久雄東京大学名誉教授と久馬一剛京都大学名誉教授が IUSS 名誉会員に選ばれました。

農業環境技術研究所からは10名(阿部、荒尾、江口、平舘、加藤、レオン、前島、牧野、常田[梶浦]、山口)が参加しました。会議は、異なる内容のセッションが6つの会場で同時進行するため、全体像の把握は難しいのですが、江口、常田(梶浦)、荒尾が分担して報告します。

ブリスベンの中心街(写真)

写真1 19世紀の歴史的建造物と高層ビルが混在するブリスベンの中心街

学会会場近くの博物館(写真)

写真2 学会会場近くの博物館(クイーンズランド文化センター内)前のティラノサウルスとトリケラトプス

学会会場前の公園(写真)

写真3 学会会場前の公園で昼休みにラグビーを楽しむ人々

街の紹介

学会ツアー

学会エクスカーション

会議全体の印象

土壌物理・栄養塩類・広域評価関係

重金属関係

普及・広報・教育関係

次回・次々回の開催地

農環研参加者の発表タイトル

街の紹介

ブリスベンは、オーストラリアで3番目に大きい都市です。国全体がそうであるように、多人種・多民族の都市ですが、東・東南アジア系移民の人々がとくに多いような印象を受けました。市内を流れるブリスベン川の北岸側は高層ビルの林立する中心街ですが、そこでは19世紀の歴史的建造物が立ち並び、歩行者専用の広いメインストリートが設けられているなど、さまざまなものが混在しています(写真1)。街のあちこちでストリートミュージシャンの演奏が見られ、さらに週末には路上ライブコンサートが開かれるなど、とても自由な街の雰囲気を感じました。

学会会場であるブリスベン会議・展示センター (Brisbane Convention and Exhibition Centre) は川の南岸に位置し、近くには美術館、博物館、劇場などが集まるなど、文化(施設)の中心はこちら側のようです(写真2)。公園で遊ぶ親子のキャッチボールは、もちろんラグビーボールであり、学会会場前の公園では昼休みにラグビーを楽しむ人々もいて、さすがオーストラリアと思いましたが、さらに、女性が男性と一緒にプレーすることにはとても驚きました(写真3)。

学会ツアー

学会前後の約1週間、オーストラリアやニュージーランド各地で6つのツアーが行われました。私はそのうちの一つ、南西オーストラリアを巡るツアーに参加しました。アルミニウム鉱山跡地の植生再生事業、広大な麦畑や牧草地の下に広がるさまざまな問題土壌、長い長い年月をかけて風化作用を受けてきた土壌の今現在の姿など、初めて目にするものばかりでした。とくに印象的だったことをピックアップして報告します。学会ツアー報告(別ページ)をご覧ください。

学会エクスカーション

学会が会期中に企画した日帰りエクスカーション7コースのうち、ブリスベン近郊〜南方を訪れるコースに参加しました。

酸性硫酸塩土壌の土壌断面(写真)

写真4 収穫後のサトウキビ畑で酸性硫酸塩土壌の土壌断面を見学

サトウキビの収穫作業(写真)

写真5 大型ハーベスターによるサトウキビ収穫作業

まず、ピンパマ汚水処理場 (Pimpama Wastewater Treatment Plant) を訪問。ここでは、汚水に含まれる窒素、リンなどを除去し、水の再利用を行っています。処理水は、全窒素濃度が 1.7 mg N L-1 以下、全リン濃度が 0.05 mg P L-1 以下など、飲用水基準を満たしているそうですが、「飲めるけど飲まない。おいしくない。」 とのことで、現在のおもな用途はトイレ洗浄水や庭園用灌漑(かんがい)水などに限られるそうです。この地域は、年降水量が 1260 mm と比較的湿潤であり、非常に大きなコストをかけて飲用水基準を満たすほどきれいな水を再生する価値はあるのだろうかと感じました。あるいは、他に先がけて、最新の水再生技術を実践し実用性を実証することが一番のねらいなのかもしれません。

次に訪れたのは、見渡す限りの広大なサトウキビ畑でした。土壌は、酸性硫酸塩土壌と呼ばれるもので、汽水域などの湿地を排水改良・陸地化後、堆積物中の硫化物が酸化されて硫酸となることにより、強酸性を示します(写真4)。地下水面はごく浅く、排水不良で、下層ほど塩類濃度が高くなります。この畑では石灰の投入で酸を中和しており、多くの悪条件にも関わらず、サトウキビは良く育つとの説明でした。しかし土壌診断が必要であり、そのための土壌コア採取用ボーリング機械の紹介がありました。さらに、大型ハーベスターによる収穫作業のデモンストレーションが行われましたが、このツアー中で参加者が一番盛り上がったのはこのときではないかと思います(写真5)。このサトウキビ畑では、日陰のない炎天下に昼食も含めて3時間あまり滞在。私は幸い帽子を持っていましたが、持っていない参加者は、相当消耗しただろうと思います。

コアラ保護教育センターのコアラ(写真)

写真6 コアラ保護教育センター(Daisy Hill Koala Centre)のコアラ

キャンプ場を歩く半野生のカンガルー(写真)

写真7 コアラ保護教育センターのキャンプ場を散歩するカンガルー

最後に、コアラ保護教育センター (Daisy Hill Koala Centre) を訪問。野生のコアラも生息するというユーカリ林の中に、コアラに関する情報を展示する施設があり、観察ケージ内ではガラス・檻(おり)などを介さず、手の届く距離でコアラを見ることができました(写真6)。キャンプ場が併設されており、バーベキューを楽しむ家族連れでにぎわっていましたが、その中を、半野生(放し飼い)のカンガルーが散歩(散跳?)していました(写真7)。

会議全体の印象

この会議は土壌科学分野では世界最大の国際会議であり、会議のおもな対象は、もちろん「土壌」です。しかし、8件の基調講演をはじめ、会議全体を通してもっとも強調されていたことは、近年の土壌科学における最新の発見・知見や到達点・研究成果といったことでは決してなく、むしろ、「土壌」という研究対象そのものの科学的探求からは半歩または一歩以上離れたところにあるもろもろの解決困難なテーマ (いずれも、土壌科学そのものをいくら深くきわめても、それだけで克服できる種類のテーマではない) および、それに対するさまざまなチャレンジの現状報告であったと思います。すなわち、「地球温暖化」や「炭素封蔵 (carbon sequestration)」、「生態系サービス (ecosystem services)」や「自然資本主義 (natural capitalism)」、「さまざまな尺度で捉えた人間活動の足跡の定量的評価(○○ footprint: 〇〇には、carbon、water、ecological、etc. が入る。)」、そして、これらを地域から地球までの規模で広域評価する際に必要となる、地球規模の土壌地図 (Global Soil Map) ネットワークプロジェクト( http://www.globalsoilmap.net/ )、さらには、自然科学からも離れて、社会・行政・広報・教育・普及 etc. との結びつきをどうするかといったテーマが、会議の中心にありました。

土壌モノリス展示(写真)

写真8 ポスター発表会場内の土壌モノリス展示

ポスター発表会場には、オーストラリアの土壌モノリスを展示しているコーナーがありましたが、土壌は「生態系サービス」と「持続可能な生産 (sustainable production)」 のための基盤であると紹介されており、「生態系サービス」が、「持続可能な生産」よりも前に置かれて強調されているのが目にとまりました(写真8)。また、土壌そのものについては何も触れていないポスター発表も少なからず見られました。しかし、これらは、「土壌」や「生産」だけを見つめていては、土壌科学の方向性・位置を見失う可能性があること、土壌科学が社会への貢献を果たすことができないことなどの危機感が背景にあり、また、土壌科学の新たな世界・価値観・可能性を求めていく上で、必要不可欠な取組みであるということをあらためて感じました。

土壌物理・栄養塩類・広域評価関係

土壌物理の関係では、微視的土壌構造・孔隙(こうげき)形態や元素分布を、エックス線断層写真やナノスケール二次イオン質量分析計 (NanoSIMS) によって直接観察し、微視的要素どうしの相互関係や、各要素の数値化・指標化、さらには、巨視的な土壌の水理学的特性および土地管理などとの対応を調べていくといった研究手法、水移動・溶質輸送予測モデルを用いて水の効率的・持続的利用の実現をめざすさまざまな意思決定支援ツールの開発、ライシメータを用いて水・土壌管理方法の影響解明と改良をめざす手法、気候変動が土壌凍結地帯の水移動に及ぼす影響などの研究報告がありました。

栄養塩類の関係では、斬新(ざんしん)な研究手法は目につかないにも関わらず、土地利用も含めたその管理手法の最適化についてのトピック・セッションが依然として非常に多く、古くて新しい問題、解決が非常に困難な問題であるということをあらためて感じました。

広域評価については、おもに土壌炭素量の変動を定量化する目的で行われている、複数の国際的プロジェクトの報告がありました。しかし、信頼しうる実測データで広域をカバーすることは非常に難しく、決定論的手法には大きな限界があること、また、日本で1978年以降、5年ごとに全国約2万点を対象として土壌分析を実施した土壌環境基礎調査事業の定点調査データなどは、質・量ともに世界に誇れるデータベースであることを再認識しました。この分野は、いまや、さまざまな数値モデルや経験式、統計学的手法などを駆使すれば、実測データの有無や現実プロセスのメカニズムの詳細がどうであれ、何でも評価できる(評価しなくてはならない)時代に突入していると思います。これは、その社会的ニーズが非常に高まっているためですが、しかしそれだけに、広域評価の土台となる信頼しうる実測データの蓄積やメカニズム解明のための基礎的研究を大事にしなくてはならないと強く感じました。

重金属関係

「作物と人の健康と関連する土壌と植物の微量栄養元素」 と題したセッションでは、ビルゲイツ財団などの援助で行われている HarvestPlus ( http://www.harvestplus.org/ ) という育種プログラムが集中的に取り上げられました。亜鉛を強化した米の品種を2013年までに開発し、2014〜2018年に普及をはかることが目標にされています。「重金属汚染土壌」のセッションでは、化学洗浄法によるカドミウム汚染水田土壌の現場での修復について、農環研の牧野主任研究員が報告しました。カナダのグラント博士は、長期にわたるリン酸施肥がカドミウム作物吸収を増加させる可能性を指摘し、土壌の特性を考慮してリスクを評価する必要があると報告していました。

普及・広報・教育関係

普及関係では、国際稲研究所 (IRRI) によるフィリピンでの携帯電話を用いた農家への営農サポートの取組みについて報告がありました。広報関係では、大会3日目の午後に、一般公開フォーラムと土壌に関する多数のフィルム上映などが行われました。教育関係では、「(若い)人々を土壌に関わる職に惹(ひ)きつける」と題したセッションで、土壌のキャラクター化や、天文学や岩石コレクターのように土壌科学でもアマチュアの育成が重要、といった内容の発表が行われました(注1)。中でも、イギリスの土壌の種類別キャラクター 「Dirt Doctor: Healthy Soil Profile」は、子どもや一般市民を対象に、身の回りにある土壌を分かりやすく紹介する、とても面白い取組みです(図1)。Webサイト( http://www.macaulay.ac.uk/news/dirtdoctors/ )では、個性豊かな土壌たちの素顔を見ることができます。

(注1)このセッションの内容は、2010年10月24日、鳥取大学農学部で開催された第49回農業農村工学会土壌物理研究部会研究集会において、東京大学溝口勝教授の講演で 「19th WCSSで一番面白かったセッション」 として紹介されました。私は残念ながらこのセッションには参加していません。

土壌種類別のキャラクター(画像)

図1 土壌の種類別キャラクター
http://www.macaulay.ac.uk/news/dirtdoctors/
(c)2010 The Macaulay Land Use Research Institute. All rights reserved.

次回・次々回の開催地

次回の記念すべき第20回大会は、2014年6月8〜13日に韓国の済州島で開催される予定です( http://www.20wcss.org/ (ページのURLが変更されました。2015年1月) )。また、その次の第21回大会は、2018年、南米初となるブラジルでの開催が決まりました( http://21wcss.org/ (ページのURLが変更されました。2015年1月) )。

農環研参加者の発表タイトル

IUSS のページ (ページのURLが変更されました。2015年5月) で検索すると各発表の要約を閲覧できます)

Abe K et al: Purification performance of the FWS constructed wetland in biotope area over three years.

Arao T et al: Effects of water management on Cd and As content in rice grain.

Eguchi S et al: Cosmogenic, anthropogenic, and airborne radionuclides for tracing the mobile soil particles in a tile-drained heavy clay soil.

Hiradate S et al: Direct determination of allophane and imogolite in Andosols using nuclear magnetic resonance spectroscopy.

Katou H et al: Anion adsorption and transport in an unsaturated High-humic Andosol

Leon A et al: Modeling regional and vertical variation effects when estimating soil nitrogen from loss on ignition.

Maejima Y et al: Adsorption and leaching of aromatic arsenicals in Japanese agricultural soils.

Makino T et al: Chemical remediation of cadmium-contaminated paddy soils by washing with ferric chloride: Cadmium extraction mechanism and on-site verification.

Kajiura M et al: In situ soil water repellency is affected by soil water potential rather than by water content as revealed by periodic field observations on a hill slope in a Japanese humid-temperate forest.

Yamaguchi N et al: What soil constituents contribute to the accumulation of fertilizer-derived U?

(物質循環研究領域 江口定夫・常田(梶浦)雅子、土壌環境研究領域 荒尾知人)

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