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農業と環境 No.128 (2010年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第19回世界土壌科学会議 ツアー参加報告

学会前の約1週間、オーストラリアやニュージーランド各地でツアーが行われた。私が選んだのは 「Laterites, landscapes and land-use in south-western Australia」。西南オーストラリアのパース近郊を巡るツアーだ。学会会場(ブリスベン)から遠く離れていることもあり、なかなか出費が痛い。しかし、ツアーの紹介文の中に、「ラテライト」 や 「撥水(はっすい)性」 という語を発見したや否や、「行くしかない!」 と思った。

ラテライトは、風化の進んだとても古い土壌である。新鮮な土壌母材が火山から頻繁に供給されてきた日本では、とうてい見られない。大興奮間違いない。一方、撥水性は私の博士論文のテーマである。現在執筆中である(博士課程単位取得退学済み)が、農業環境技術研究所での仕事の方が楽しく、執筆への意欲は下がる一方であった。地中海性気候や半乾燥地などにおいては、土の撥水性が植物の生育に対して目に見えて悪影響を及ぼしており、研究も盛んに行われている。その現場を目の当たりにすれば、論文執筆へのモチベーションも上がるかもしれない、そんな期待もあった。もう少しまっとうな期待としては、海外研究者とのコネクションを作ること。在学中は国際学会に参加せず、海外研究者との交流もなかった。遅ればせながら、ピンで行動開始である。

参加者はなんと5人。日本人は1人。私よりかなり年配の人ばかりだった。若い学生こそツアーに参加すべきだと思う。国内では見られない多様な土を見ることで、土壌を研究する上での視野が広がるからである。しかし、参加費用が高いこともあってか、学生の姿は見られなかった。

ラテライト土壌(写真)

写真1 ラテライト土壌

コンクリーション(写真)

写真2 コンクリーション

磁石にくっついたコンクリーション(写真)

写真3 磁石にくっついたコンクリーション

本ツアーは、私にとっては最高にストライクな内容だった。まずはラテライト(写真1)。ラテライト土壌は、土壌鉱物から溶出しやすい元素が溶け出た後の残りかすのようなもので、おもに、溶けにくいアルミや鉄で構成される。よって、堅い壁状の土壌断面だろうと想像していた。しかし実際は、1,2cm程度の丸い鉄塊(コンクリーション)がじゃらじゃら崩れ落ちてくるではないか(写真2)。約5m深以上がそれで、さらに深くなるに従ってコンクリーションが固結した状態になっていた。非常に長い年月をかけてこの場で生成されたものであるという。私は以前、インドネシアの東カリマンタン州で5〜10cm大のコンクリーション(割ったら見事な玉ねぎ模様)がごろごろ転がっているのを見たことがある。ツアーで見たものはこれとも様相が異なる。

コンクリーションの生成に根圏生物が寄与している、とある研究者は語った。リン、鉄やアルミなどを含んだ有機物を、根圏に生息するバクテリアが異化した際、残った(排泄された?)鉄やアルミなどがコンクリーションになるのだという。ハイドローリックリフトも一役買っているらしい。ハイドローリックリフトとは、湿った深い土から直根などを通して水が吸い上げられ、表層の乾いた土へ側根を通して水が分配される、といった現象である。鉄やアルミも、水移動に伴ってポンプアップされ、表層土壌に張っている根の周辺に放出される。ハイドローリックリフトによって、コンクリーションの原材料が供給される、というわけだ。とても面白い説である。しかし、私も含めて参加者の多くは、にわかには信じ難かったようだ。

長い年月のかかる土壌生成機構を、実験などで証明することは不可能に近い。現在残る数多くの土壌の実状から矛盾のない説を論ずるほかない。土壌学はもちろんのこと、古気象学や生態学など多岐にわたる学問の知識を身につけ、膨大なレビューやフィールド調査をこなすことが必要で、また反論する者にもそれが求められる。研究成果は必ずしも一般の人たちに理解されるものではないが、自然現象を包括的に理解(しようと)する、とても奥の深い分野であると改めて感じた。

厚い白い砂の層(写真)

写真4 厚い白い砂の層

南西オーストラリアの森林は、ユーカリが優占している。地中海性気候下で乾燥する時期があるためか、頻繁に火災が起こっているようだ。地上2,3mが黒く焦げているユーカリが目についた。ある研究者が面白いものを見せてくれた。手にしているものは磁石。それでコンクリーションだらけの地面をなでたら、くっついた(写真3)! 有機物が比較的多い土は、火災が起きたときにかなり高温になり、コンクリーションを構成している鉄酸化物(ゲータイトなど)が磁鉄鉱に変化する!?(磁力を帯びる)らしい。ミラクル。

南西オーストラリアは赤い土だけではない。まっ白もしくは黄色がかった砂が深くまで続くところがある(写真4)。この土層の由来は何なのか。またもやカリマンタンを思い出した。カリマンタンのそれは、白さ(黄色み)の異なる珪砂(けいしゃ)が層状に堆積していた。海岸からほど近く、沖積によるものだろうと想像された。南西オーストラリアのそれも、風や崩積などによって運ばれてきたもののようだ。いずれにしても、運び込まれる前にそのような白砂まで風化されねばなるまい。壮大な時間スケールに、ただただ驚愕(きょうがく)するのみである。

塩類集積の状況(写真)

写真5 塩類集積がおきたところ

撥水性土壌の状況(写真)

写真6 撥水性土壌 (小麦が比較的生えているところは撥水性緩和資材を散布したところ)

カンガルー(写真)

写真7 オーストラリアのシンボルも「何事だ」とじっと警戒

赤い土も白い土も、農家にとってはよくない。長年の風化によって貧栄養である。石灰の施用や羊の糞(ふん)の有効利用など、広大な面積の麦畑や牧草地を相手にたいへんそうである。農家にとって問題なのは、貧栄養だけではない。乾燥するとシャベルではとうてい掘れないほどカチコチの土もあれば、少し低地になると塩類集積を起こしているところもある(写真5)。何より驚いたのが、農家の方たちが土の撥水性を身近な問題として捉えていることであった。撥水性ゆえに、乾燥に比較的強い麦でさえ、まばらにしか育たないところが少なくないそうだ(写真6)。私の研究はときに、机上の空論、というか、地に足がついていないことがある。このツアーは、撥水性研究の意義を、まさに(初めて!)「実感」した瞬間であった。

最後に、ツアーに参加したこと自体で得られたこと、感じたことをお伝えしたい。

先にも述べたように、目的の一つは海外とのコネクションを作ることだった。撥水性は国内より海外の方で盛んに研究されているし、土壌生成は国内外を問わず研究者人口が減っているようである。ますます海外研究者との対話、連携が望まれる。このツアーは、参加人数が少なく、日本人も1人だったこともあって、皆と密に仲良くなることができた。学会の規模が大規模になればなるほど、多分野の人が多く集まり、だれとしゃべればいいのか、どこに行けばその人と会えるのか、探すだけでもひと苦労である。一方、ツアーは、興味の対象が近い研究者が集まる。現場(土壌断面)を前にして自然とディスカッションも盛り上がる。夕飯時の団欒(だんらん)もまたしかり。とはいえ、今回私が痛感したのは、英語力(泣)! 相手の言っていることもわからない、自分が発するのは単語のみ。これではディスカッションにならない。ただ、日を追うごとに聞き取れ、しゃべれるようにもなったとも感じた。習うより慣れろ。幸い、農環研には多くの海外研究者が訪れている。日々の英語の訓練もかねて、積極的に話かけるのもよいだろう。

今回の学会やツアーは、私にとって大きな一歩だった。南西オーストラリアは将来の研究対象地として、とても魅力的なところだと実感できたし、将来この地で研究するとき相談に乗ってくれそうな人とも知り合えた。ペドロジーに興味を持った(専門にしている)、共感できる海外研究者と知り合えたが、その反面自分の英語力は全然ダメだとも認識した。「世界の中の自分」、「自然科学の中の自分」 への理解を深めていくには、幅広く新しいことに挑戦していくことが必要だと思う。惰性に流されず、常にそうあろうと喝(かつ)を入れた。

(物質循環研究領域 常田(梶浦)雅子)

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