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農業と環境 No.129 (2011年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

遺伝子組換え作物に関する米国視察

2010年10月、名古屋市において生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されましたが、それに先駆けて、カルタヘナ議定書第5回締約国会議(COP-MOP5)というもうひとつの会議が開かれていたことはご存知でしょうか。そこでのおもな議題は、輸入された遺伝子組換え生物(LMO)によって悪影響が生じた場合の責任と救済についてでした。わが国の食料自給率がカロリーベースで約40%であることはよく知られていますが、穀物に絞れば、2009年度の小麦、大豆、トウモロコシの自給率はそれぞれ11%、5%、0%に過ぎず、海外、とくに米国からの輸入に多くを依存しています。米国で栽培されるトウモロコシと大豆の86%と93%は LMO ですので、LMO を抜きにしてはわが国の食糧を考えることはできません。

農林水産省、環境省、厚生労働省、食品安全委員会は、LMO について、食品や飼料の安全性とともに、わが国で栽培(生育)した場合の生物多様性影響を評価しています。これまでに第一種使用規程の承認を受けた農作物は10作物、約120件で、その一部はすでに米国から輸入されています。

少し時間がたってしまいましたが、昨年(2010年)6月27日から7月4日までの8日間、遺伝子組換え作物に関する米国視察の機会を得られましたので、報告します。なお、視察メンバー(敬称略)は、佐藤忍(筑波大学)を団長として、伊藤元己(東京大学)、大澤良(筑波大学)、下野綾子(筑波大学)、野中聡子(筑波大学)、佐藤卓(米国大使館)、浜本哲郎(アメリカ穀物協会)、そして與語靖洋(農環研)(報告者)の8名でした。

視察のおもな目的は、作物開発から栽培・流通に至る米国の LMO 事情を知るとともに、LMO の生物多様性影響に関するわが国と米国の規制を中心に意見を交換することでした。そのために、日程の多くを会議や意見交換に費やして、残りの時間で農場や施設等を見学しました。

以下日程に沿って報告します。

会議のようす(写真)

写真1 USDA・APHIS 本部での会議(6月28日)

米国に到着した翌日の6月28日から29日午前中にかけて、ワシントンDCにある米国農務省(USDA)・動植物検疫局(APHIS)本部で、USDA/APHIS の Biotechnology Regulatory Service(BRS)、環境庁(EPA)の Office of Pesticide Program、食品医薬品局(FDA)の Division of Biotechnology and GRAS Notice Review の行政官と、米国の LMO 規制について議論しました。米国側からは9名が発表し、日本側からは報告者が2つの発表をしました。1日目は 「Procedure of Impact Assessment of Type 1 use of Living Modified Crops on Biodiversity in Japan」 と題して、わが国における LMO の第一種使用規程の承認手続きについて報告し、2日目は 「Difference in Procedure of Assessment of Type 1 use of Living Modified Crops between US and Japan」 と題して、LMO の規制に関する米国とわが国の違いを取りまとめて発表しました。

29日の午後には Biotechnology Industry Organization (BIO) において、Excellence Through Stewardship (ETS) について議論しました。BIO はバイオテクノロジー関連企業が中心となって1993年に設立した組織で、世界で 1,000 を超える会員がいます。ETS は、遺伝子の探索から製品の製造販売の中止まで、植物バイオ製品のライフサイクルの全過程において、製品の管理責任のプログラムや品質管理システムの導入促進の取り組みで、米国にとどまらず、国際的に活動を展開しています。続いて、USDA の連邦穀物検査局 (Federal grain Inspection Service) を訪問し、The Grain Inspection, Packers and Stockyards Administration(GIPSA)、すなわち穀物の収穫・流通・検疫に関する管理システムについて、輸出国としての取り組みについて情報を得ました。

シンジェンタ社の試験ほ場(写真)

写真2 シンジェンタ(Syngenta)社の試験ほ場(6月30日)

30日は早朝からアイオワ州に移動して、午前中にシンジェンタ(Syngenta)社、午後にモンサント(Monsanto)社の研究所を訪問し、LMO 開発の進め方について議論するとともに、試験ほ場などを見学しました。シンジェンタ社は、従来から総合的作物管理や農業の持続性をミッションとしており、LMO や農薬だけでなく有機栽培の事業も進めていました。また、LMO に関する規制に対応した栽培指針を詳細なマニュアルにするとともに、周辺の農耕地における栽培との共存を意識して緩衝帯をかなり広く取っているのが印象的でした。モンサント社でも共存のための緩衝帯のほか、抵抗性雑草への予防的および治療的対策に取り組んでいました。

農家との話し合い(7月1日)(写真)

写真3 LMO栽培農家との話し合い(7月1日)

7月1日は、LMO の栽培農家(Gordon Wassenaar 氏)を訪問して、そこに集まってくれた周辺農家や普及員に相当する方々と話をしました。彼らは、農業はビジネスであり、コスト削減、安定した収量と品質の確保、さらには作業者の安全を考えた場合、LMO は有効な手段の一つであると捉えていました。土壌侵食が深刻な米国では、持続的農業を実現するために不耕起栽培が重要であり、農薬利用の削減も含めて LMO は大きな力を発揮していました。また、将来的には旱魃(かんばつ)や豪雨などの災害に耐えうる LMO の開発にも期待が寄せられています。しかし、そんな米国でも農業従事者の高齢化が確実に進んでおり、売り上げの一部を協会組織に上納して、将来を見すえた研究や教育などにあてているとのことでした。その後、LM トウモロコシと LM 大豆の栽培状況を見学しましたが、LMO 栽培ほ場の道路を挟んで反対側にバッファローがいる自然保護区があるのが印象的でした。

農家との話し合い(7月1日)(写真)

写真4 トウモロコシのカントリーエレベータ(アイオワ州 Heartland Coop)(7月1日)

この日の午後には、アイオワ州のある地域のトウモロコシのカントリーエレベータ(Heartland Coop)を見学しました。1つの地域といってもその規模はかなり大きく、東京の高層ビルが10以上連なった大きさの倉庫がありました。そこでは農家から運ばれてくるトウモロコシを仕分けて保管・流通するのですが、仕分けの基準は、粒の大きさ、タンパク質含量、水分含量、病害虫の被害、雑草種子の混入であり、品種ではありませんでした。つまり、LMO を非 LMO と区別していないとのことです。

2日の午前中には、パイオニアハイブレッド(Pioneer Hi-Bred)社の研究所を訪問しました。ここでは、種子会社の老舗(しにせ)としての考え方が色濃く出ていました。その一つが 「Phase-Gate System」 です。種子の開発段階をまるで工業製品のように明確にしたもので、従来の交配育種法と遺伝子組換え技術とがうまく融合されてました。また、種子の価値は 「収量 + 価格 − コスト」 であり、そのいずれにも 「品質(含む品種)」 が関係するというシンプルな考え方も紹介されました。施設や農場を見学しましたが、上のコンセプトがそのまま研究開発に生かされているのは見事としか言いようがありませんでした。

パイオニアハイブレッド(Pioneer Hi-Bred)社の試験ほ場(写真)

写真5 パイオニアハイブレッド(Pioneer Hi-Bred)社の試験ほ場(LMトウモロコシ)(7月2日)

午後には、アイオワ州立大学の LMO 研究部門を訪問しました。ここでは、二つのことが印象的でした。一つは研究内容です。わが国の LMO 研究は実用化に近い場合でも隔離ほ場試験の段階であり、実験室レベルの基礎研究が主流です。それに対してこの大学では、基礎研究もしますが、LMO 栽培に際してのさまざまな課題にも取り組んでいます。実用化に向けた LMO の開発は民間会社が一歩も二歩も先をいっているので、その周辺の研究に取り組んでいるのですが、民間会社とのライセンス契約を結ぶのが難しいとのことでした。もう一つは LMO 研究施設に芸術分野が入り込んでいることです。具体的に融合研究をしているわけではないのですが、LMO について、幅広い視点から自由に議論する場があるそうです。

今回の視察はかなりタイトなスケジュールでしたが、「百聞は一見にしかず」の言葉通り、LMO の開発(民間会社)・研究(大学)から、関連行政、生産者、流通業者まで、さまざまな関係者と時間をかけた議論ができ、普段 LMO の資料を読んだり国内で議論したりしているよりも大きな収穫があったと思います。

10月25日に筑波大学遺伝子実験センター・形質転換植物デザイン研究拠点の公開シンポジウム「遺伝子組換え作物の環境安全性評価における日米比較 (該当するページがみつかりません。2014年10月) 」が、東京・秋葉原で開催され、今回の視察をベースとしてさまざまな視点から講演がありました。いずれ別の形で取りまとめされることと思います。このような情報提供が、わが国がこれから LMO とどう向き合っていくべきかを考えるための一助になれば幸いです。

(有機化学物質研究領域長 與語靖洋)

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