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農業と環境 No.129 (2011年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: リンの代わりにヒ素を使って生育できる細菌

A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus
F. Wolfe-Simon et al.,
Science online 2, Dec 2010, Science DOI:10.1126/Science.1197258 (2010)
(サイエンス オンライン版、2010年12月2日)

日本経済新聞の1面トップに掲載されたのをはじめ、多くの主要紙で大きく取り上げられた。それだけインパクトの大きい発見といえよう。

生命は、炭素、水素、窒素、酸素、イオウ、リンの6つの元素を主要元素として構成されている。これらの元素は核酸、タンパク質、脂質の成分として必須であり、これら6元素のうち一つでも欠けたら生命は成り立たないというのが、いわば常識である。ところが今回、必須元素であるリンの代わりに、生物にとって毒性の強いヒ素を使って生育できるという、科学の常識を破る細菌が見つかったというのである。

酵素にコ・ファクターとして含まれる微量金属については、モリブデンの代わりにタングステン、亜鉛の代わりにカドミウムを使う例などが知られている。生命に必須の6元素についてはそのような例は知られていないが、理論的には周期律表の他のいくつかの元素は同じ機能を発揮することが可能である。周期律表では、P の真下に来るヒ素 (As) はリンと似た原子半径と電気陰性度を持つ。リンは生物では主としてリン酸 (PO4-) の形態で存在するが、生物反応に有効な pH 及び酸化還元勾配において、ヒ酸 (AsO4-) はリン酸と同様な行動を示す。このことが逆にヒ酸の毒性の原因となる。

なぜならば、リン酸を含む代謝経路はリン酸とヒ酸を区別できないために、ヒ酸は代謝経路の初期の段階で取り込まれる。しかし、ヒ酸は水溶液中でリン酸よりもはるかに不安定で加水分解される。このためヒ素はリン酸の代替物となることができず、逆に毒性を示すことになる。

こうした通説に対し、著者らは、リンとヒ素の類似性が高いこと、微量元素については生体中で代替が起こっていることから、リンをヒ素で代替する生物の存在を追求した。すなわち、ヒ酸化合物の持つ不安定性に耐える機構を備えた生物ならば、このようなことが起こっていると考えたのである。

そこで、リンを加えずに代わりにヒ酸を加えた培地を用い、ヒ素を利用する細菌の集積培養・分離を試みた。分離源はカリフォルニア州東部モノ湖。高塩濃度のアルカリ湖で、ヒ素濃度が平均で 200 μモルと高い。この湖の沈殿物を、無リン酸の合成培地に接種し、徐々にヒ素濃度を増して培養していった。少量の培養液を何回も新しい培地に接種して接種源からのリンの持ち込みを減らし、最後にヒ素含有・無リンの合成寒天平板培地に接種し、コロニーを得た。リンを含まない培地で細菌が生育しているのを発見したときは、著者も驚いたという。(Science, vol.330, p.1302)

この細菌は、γ−プロテオバクテリアの Halomonadaceaae 科に属すると同定された。この科に属する細菌がヒ素を集積することは、以前に見いだされている。この菌は、無リン・ヒ素含有培地よりも無ヒ素・リン含有培地で早く生育するが、無ヒ素・無リン培地では生育しない。また、無リン・ヒ素含有培地での生育と無ヒ素・無リン培地の生育では、細胞の大きさ、形態が異なる。

もしリン酸の果たしている生化学的役割をヒ酸が代替しているとしたら、ヒ酸は DNA、タンパク質のリン酸化、酸化的リン酸化、ATP や NADH、リン脂質等において、リン酸と同様の働きをしていることになる。機器分析から、ヒ素は細胞内に取り込まれていることを示し、ラジオアイソトープ(73As)を用いた実験から、細胞内のヒ酸はタンパク質、核酸、脂質等の生体分子に取り込まれていることを確認した。さらに DNA を分離し、高解像度二次イオン質量分析計で、その中にヒ素が含まれていることを示した。

この菌は絶対的にヒ素を必要としているわけではなく、リンの存在下の方が生育が良い。この菌は、リン酸エステルよりも不安定なヒ酸エステルを利用するための、何らかのメカニズムを備えていると考えられる。しかし、ヒ酸がどのようにして生体分子中に取り込まれるのか、取り込んだ分子がどのように機能しているか、そのメカニズムは不明である。

本論文に関しては、実験的に十分証明されているという評価がある一方で、証明が不十分という意見もあるようだ。それだけ常識をくつがえす発見と言えよう。また、分離源であるモノ湖は高濃度のヒ素を含むが、同時にリンも豊富であり、高ヒ素低リンの環境からの分離が期待される。

細菌は、リンという主要元素まで他の元素(しかもヒ素という毒物)で代替して生育できることが初めて明らかにされた。このことは、環境中の利用できる元素を代替して使うという、細菌の示す高い環境適応能・柔軟性をあらわしている。宇宙のかなた、リンの不足している天体で、リンの代わりにヒ素を使った生物が生息しているのではないかという想像がかき立てられる。

本論文の著者の一人、R. S. Oremland の NASA サイエンスセミナーにおける講演を、YouTube で見ることができる。

NASA Science Seminar “Arsenic and the Meaning of Life”
( http://www.youtube.com/watch?v=de_2GoKGR54 )

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