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農業と環境 No.130 (2011年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

米国農学会・作物学会・土壌科学会2010年国際大会(2010年10月 米国(ロングビーチ)) 参加報告

2010年10月30日から11月3日まで、「米国農学会(ASA)・作物学会(CSSA)・米国土壌科学会(SSSA)2010年国際大会」(ASA, CSSA, and SSSA 2010 International Annual Meetings)(http://a-c-s.confex.com/crops/2010am/webprogram/start.html) が米国ロングビーチ市で開催され、農業環境技術研究所から山口、三島、岸本、南川の4名が参加しました。

この大会は名前の通り、毎年10、11月に、米国 ASA-CSSA-SSSA の3学会によって行われていますが、とくに近年は、米国内だけでなくヨーロッパやアジアからの参加者が増え、農学・土壌などの分野で重要な国際大会の一つとなってきました。

大会は、作物学、土壌化学、土壌微生物学など専門分野ごとの部会(Division)から構成され、各部会からの提案をもとに、その年に議論する主要テーマが決められています。以前には、専門分野と研究トピックがほぼ1対1で対応していましたが、いまでは多くの研究者がひとつの専門分野だけでは解決できない研究トピックに取り組むことが多くなったため、専門分野で部会をわけるのではなく、たとえば炭素循環のような研究トピックごとに部会をわけてはどうかという意見もあるそうです。

以下では、今大会で報告されたトピックや、大会に参加した感想などを報告します。

街の紹介

ホテルから見たロングビーチの街(写真)

写真1 ホテルから見たロングビーチの街

米国カリフォルニア州の南部にあるロングビーチ(Long Beach)は、ロサンゼルスの南郊約30kmに位置し、太平洋に面する港町です。重要な港湾と油田(現在は閉鎖されている)を有する工業都市として知られ、カリフォルニア州ではロサンゼルス、サンディエゴ、サンノゼ、サンフランシスコに次いで5位、郊外都市としては全米最大の都市です(人口約470万人)。また、古くから若者文化で知られ、サメが人気の最新技術を誇る水族館、博物館とホテルを兼ねた豪華客船クイーンメリー号など観光名所を有する海岸のリゾート地としても有名です。

ロングビーチ・コンベンションセンター(外見)(写真)

写真2 ロングビーチ・コンベンションセンター(会場)

会場となったロングビーチ・コンベンションセンターは、設備が完備された多様な会議室が数多くあり、ホテルとも隣接し、大型会議やイベントには最適です。ほとんど毎日、なにかの会議やライブなどのイベントが開催されていました。また、近くに公園があり大会の合間にはピクニックランチを楽しめました。

会議全体の印象

トマス・フリードマン氏のキーノート・スピーチ(講演会場)(写真)

写真3 トマス・フリードマン氏のキーノート・スピーチ

岸本は、この学会にはじめて参加しました。大学の学部生や大学院生の発表も多く、レベルはばらばらである一方で、特定のテーマに関するシンポジウムやワークショップなど高度な議論がされるセクションも多くありました。ピューリッツァー賞を三度も受賞したジャーナリスト Thomas Friedman 氏が開会式のキーノート・スピーチに招待されており、2千人以上が出席しました。氏の最新の著作「Hot, Flat and Crowded: Why We Need a Green Revolution — and How It Can Renew America」(邦訳書名:「グリーン革命―温暖化、フラット化、人口過密化する世界」)の内容をもとに、エネルギー資源の枯渇、専制産油国への富の移転、破壊的な気候変化、資源に由来する貧富の格差、生態系・生物多様性の損失の5つの視点で、現在のエネルギー利用の問題・次世代への方向性を語る講演に、とても共感できました。

土壌を紹介するパネルの1枚(写真)

写真4 土壌を紹介するパネルの1枚

また、農学分野に関連する大会であるため、展示ブースには研究者向けの専門的な測器から土壌診断など一般農家向けの測器、農作業用の小型機械まで展示され、その多様さに驚かされました。土壌科学会の企画だったと思いますが、通路のあちこちに 「Soil(土壌)」 に関するパネルが展示され、「土壌について知ってもらう」という普及の努力に感心しました。(岸本)

山口はこの学会には、2〜3年に1度参加しています。今年は、2001年の同時多発テロ直後の学会に次いで参加人数が少なかったように思います(2008年度はずっと盛大で、9,640 人もの参加者がありました (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/103/mgzn10305.html))。開催期間も例年より1日短くなっていました。ある大学の学生は、今年は研究費が少ないので、限られた人数しか参加できなかったと、ぼやいていました。(山口)

分野横断型研究の取組み−「クリティカルゾーン観測域」−

分野横断型の取組みとして、クリティカルゾーン観測域での成果を紹介するシンポジウムがありました。クリティカルゾーンとは、「地球表層で、岩石、土壌、水、大気、生物間の複雑な相互作用が物質循環を支配している境界領域」と定義されています。岩石圏、土壌圏、水圏、大気圏、生物圏の境界面であるとともに、これらを研究するさまざまな専門分野の接点でもあります。クリティカルゾーンは、原子サイズから地球規模まで、サブマイクロ秒から数百万年単位まで、個体レベルから生態系レベルまで、実に幅広いスケールでの現象が同時に進行している、複雑かつ不均一な領域です。研究者間のネットワークを構築し、各地にクリティカルゾーン観測域を設けて、全米科学財団(National Science Foundation, NSF)の研究費で観測をおこなっています。基本的には各観測域で重点的に観測する項目を決めているようです。土壌学、微生物生態学、水文学など多分野からの研究者を動員して、森林での水循環や炭素蓄積を支配する要因解明、将来予測モデルなど、さまざまな研究がおこなわれていました。クリティカルゾーン研究ネットワークについては、http://www.czen.org/ に紹介されています。話を聞いているときはとても魅力的で、新しい切り口のような印象を受けたのですが、よく考えてみると、クリティカルゾーンの研究領域は、土壌学や地球科学分野で対象としてきた研究領域と同じです。クリティカル(Critical)という英単語には、「境界領域」という意味だけでなく「重要な」という意味もあります。こういう絶妙なネーミングで研究の重要性をアピールすることも大事だと感じました。(山口)

温室効果ガス関係

レストランでの記念写真

写真5 農環研滞在経験のある米農務省 Dr. Sistani Karamat(左から2人目)と同僚たちとも交流できました

農業部門での温暖化緩和策・適応策にかかわるメタン(CH)や亜酸化窒素(NO)など温室効果ガスに関するセクション、森林の炭素循環に関するセクションが多くありました。関心のある複数のセクションが同じ時間帯に行われたこともあり、全部は聞けなかったのは残念でした。とくに印象に残ったのは、Cheng Weixin 博士による、根から土壌への炭素供給が土壌炭素の蓄積と流出に及ぼすプライミング効果(Priming effect)に関するレビュー(Abstract: https://a-c-s.confex.com/crops/2010am/webprogram/Paper57525.html ) でした。土壌炭素管理における植物−土壌複合体の炭素循環プロセス解明の重要性を改めて感じました。また、春先の雪解けに伴うNO放出における土壌微生物の役割に関する研究 (Nemeth et al.: https://a-c-s.confex.com/crops/2010am/webprogram/Paper60977.html )については、洗練された実験設計によって土壌微生物の役割をしっかり評価していることに感心しました。(岸本)

次回の開催地など

来年の ASA-CSSA-SSSA 国際大会は、米国土壌科学会設立75周年の記念大会でもあります(https://www.acsmeetings.org/)。「生命の根幹―土壌、作物、環境科学」というテーマで、2011年10月16から19日までテキサス州サンアントニオで開催されます。

農環研参加者の発表タイトル

(ASA-CSSA-SSSA 2010 abstract のページ http://a-c-s.confex.com/crops/2010am/webprogram/start.html で発表の要約を閲覧できます)

Noriko Yamaguchi et al., Distribution and Speciation of Arsenic and Iron around Iron Mottle and Rice Root in Paddy Soil.

Shinichiro Mishima et al., Evaluation of Japanese Agricultural N and P Management by Integrated Environmental Impact Indicator in 1990 and 2005.

Ayaka Kishimoto et al., Effects of Experimental Warming On Heterotrophic Soil Respiration In A Cultivated Andisol In Japan: First Two-Year Results.

Kazunori Minamikawa et al., Total Emissions of CO2, CH4 and N2O From a Lysimeter Paddy Field Under Paddy-Upland Rotation.

(物質循環研究領域 岸本(莫)文紅・南川和則、土壌環境研究領域 山口紀子)

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