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農業と環境 No.130 (2011年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 栽培用と食品・飼料用: 米国から見た日本・EUの承認状況

米国では、食品原料や家畜飼料として利用されるデントコーン(デント種トウモロコシ)の86%が組換え品種になっている(2010年の栽培面積割合)。組換え品種といっても、害虫抵抗性や除草剤耐性、両方の性質を掛け合わせたスタック (stack) 品種など、バイテク種子メーカーはさまざまな品種を開発し生産者に宣伝している。害虫抵抗性品種でも、アワノメイガなど鱗翅(りんし)目害虫の被害はあるが、ネクイハムシ(コーンルートワーム)の被害のない地域では鞘翅(しょうし)目害虫抵抗性品種は必要ない。多くの形質が含まれている品種ほど値段も高いので、生産者にとって品種選びは重要だ。全米トウモロコシ生産者協会 (NCGA) は、ホームページで現在販売されている品種の特徴(効果)を紹介しているが、さらに 「種子を選ぶ前、栽培する前に知っておくこと」 のコーナーで、日本とEU(欧州連合)での輸入承認状況をリアルタイムで知らせている。

米国から見た承認状況

米国の生産者団体や穀物業者が輸出先での承認状況に敏感なのは、たとえ微量でも安全性未承認の系統が積み荷から検出されると、輸入拒否や廃棄処分などのトラブルが起こるからだ。そのため、NCGA はホームページで 「ここに載っている系統はすべて米国内で食品・飼料安全性が承認され、栽培も許可されている」。しかし、「輸出先で安全性審査が済んでいないものは穀物業者が買い取ってくれないし、トラブルになるから要注意」 と警告している。種子メーカーも未承認系統トラブルが起こると責任を問われ、生産者や輸出業者に経済補償をしなければならないので、米国で栽培許可となってもすぐに種子を販売することはない。承認作業の進まないEUはともかく、「アジアの主要国(日本、韓国、台湾など)での承認が当初の見通しより遅れているので、商業栽培は1、2年遅れる見込み」 と発表することも珍しくない。

NCGA のホームページでは、代表的な輸出先として日本とEUをあげている(表1)。EUは食用と飼料用に分けているが、実際は食用と飼料用は同時に審査され、「食用は許可しないが、飼料用なら承認する」 という例はないので、この区分は正確ではない。日本も食用と飼料用の審査を同時に義務付けているので、日本の Yes は食用・飼料用両方の承認が下り、輸出できるという意味である。表1の28系統のうち、20系統は日本、EUとも Yes が付いているが、残りの8系統(2,3,23〜28番)はEUでは No で、現時点でEUへの積み荷から検出されると 「未承認トラブル」 となる。「日本承認、EU未承認」 系統とは、日本では科学的基準で審査・承認を行っているが、EUでは政治など科学以外の要因が複雑に絡んで承認作業が遅れた結果である(農業と環境116号農業と環境129号)。いずれにせよ、米国の生産者団体、穀物輸出業者、バイテク種子メーカーにとって最大の関心事は、輸出先で食品用と飼料用の安全性が承認されることだ。食品用で承認されたもので、飼料用では承認されないケースは考えられないので、食品用の安全性承認がもっとも重要となる。

表1 日本とEUでの組換えトウモロコシの承認状況

米国トウモロコシ生産者協会 (2011年1月25日現在)
番号系統名性質日本 EU食用EU飼料用
1Bt11+GA21スタック(掛合わせ品種) YesYesYes
2MIR162+Bt11+GA21スタックYesNoNo
3MIR162+Bt11+GA21+MIR604スタックYesNoNo
4TC1507鱗翅目害虫抵抗性YesYesYes
5MON810鱗翅目害虫抵抗性YesYesYes
6MON810+NK603スタックYesYesYes
7MON863+NK603スタックYesYesYes
8MON863鞘翅目害虫抵抗性YesYesYes
9NK603グリホサート耐性YesYesYes
10T25グルホシネート耐性YesYesYes
 (中略)    
21MON810+MON88017スタックYesYesYes
22MIR604鞘翅目害虫抵抗性YesYesYes
23MIR604+GA21スタックYesNoNo
24Bt11+MIR604スタックYesNoNo
25GA21+Bt11+MIR604スタックYesNoNo
26MON89034+NK603スタックYesNoNo
27MON88017+MON89034スタックYesNoNo
28MON88017+MON89034+TC1507+DAS59122スタックYesNoNo

日本での承認情報

日本では、組換え食品の安全性は内閣府食品安全委員会によって審査され、安全性が承認された食品一覧は厚生労働省医薬食品局のサイトに載っている(下記の参考情報参照)。また、食用を含め、飼料用、栽培用など使用目的別の承認状況は農林水産省消費安全局のサイトに載っている。ここには上記の表1に載っている28のトウモロコシはすべて、食用と飼料用に○印(承認済み)が付いているが、「栽培」にも○印が付いている。「栽培」というと一般の畑で栽培できると考えがちだが、ここでの「栽培承認」とは、生物多様性影響評価の観点から見て、野外で栽培しても日本国土の生物多様性に悪影響を及ぼさないという意味だ。つまり、「在来の野生植物と交雑しないか」、「有害物質を放出したり、雑草化したりして分布範囲を広げ、周辺の野生動植物の生息を脅かさないか」 という観点から、「問題ない」と判断された○印だ。

さらに現実的な問題として、除草剤耐性品種では組換え作物に使用できる除草剤の登録がないので、営利目的の商業栽培を行うことはできない。これは2003年6月に改正された農薬取締法の規定によるもので、この改正によって、農薬の散布濃度や散布回数だけでなく、散布対象作物や使用時期、使用方法などが詳細に定められた。グリホサート(除草剤)をトウモロコシ畑で使う場合、現在農薬登録されているのは、「種まき10日前までに雑草への散布に限る」 という条件付きのものだ。作物にグリホサートを散布しても枯れない除草剤耐性組換え品種の葉や茎に直接グリホサートを散布するためには、あらたに 「栽培期間中での使用範囲の拡大」 を申請しなければならないが、現在このような申請登録が行われたものは一つもない。これは除草剤耐性トウモロコシだけでなく、ダイズやセイヨウナタネでも同じだ。

栽培に○印の付いた品種・系統を整理すると表2のようになる。ダイズやセイヨウナタネはすべて除草剤耐性なので実際に「商業栽培」可能な系統はゼロとなる。トウモロコシでは除草剤耐性品種を除くと13あるが、日本に分布しない鞘翅目害虫(トウモロコシネクイハムシ)用が3系統、米国でも販売が終了したもの、日本での栽培メリットがまったく考えられないもの(バイオエタノール用など)が大半である。結局、残るのは観賞用のカーネーションとバラの8系統ということになる。

表2 日本での「栽培」承認系統の内訳

作物 栽培に○印 (A)  うち除草剤耐性 (B)  差し引き (A-B) 
アルファルファ330
カーネーション606
セイヨウナタネ880
ダイズ440
テンサイ(ビート)110
トウモロコシ412813
バラ202
65 44 21

米国政府は輸入国側の承認状況を冷静に判別している。2008年11月の米国連邦政府説明責任局の報告書では、各国の承認状況を 「All uses」、「Environment」、「Planting」、「Food」、「Feed」 に区別し、日本での承認状況は、「Food」、「Feed」 とともに 「Environment(環境)」 であり、「Planting(栽培)」 とは見ていない。分かりやすく正確な区分といえる。

2006年1月施行の北海道を始めとしていくつかの自治体は非組換え作物との交雑防止をおもな目的として、遺伝子組換え作物の商業栽培を制限する条例や指針(ガイドライン)を作っている。これらの条例や指針を作る背景として、「現在日本では、ダイズ、セイヨウナタネ、トウモロコシなどで数十品種の一般栽培が承認されている」 ことをあげている。しかし、除草剤登録や開発メーカーの市場目的などから実際に日本で商業栽培(営利を目的とした栽培)が可能な品種・系統は花以外にはないのが現状だ。農水省消費安全局作成の 「第一種使用規定が承認された組換え農作物一覧」 は 「カルタヘナ法に基づき承認された農作物」 と最初に断ってあるので表現として誤りではない。しかし、一般向けの公開情報として、「栽培に○印」 は誤解を招きやすい表現だ。「栽培」 ではなく 「環境(生物多様性)影響」 に○印とするか、「商業栽培にあたっては、さらに除草剤登録が必要」 などの注釈を付け加えるべきだろう。また、厚生労働省医薬食品局の 「安全性審査の手続きを経た遺伝子組換え食品一覧」 によると、130品種の食品が日本で承認されたと記載されている(2010年10月8日現在)。これも誤りではないが、一覧表の最初にあるジャガイモ8品種は2003年以降、北米では商業栽培されていないし、トウモロコシやダイズでもすでに商業栽培を終了した品種がいくつか含まれている。現役の選手と引退した選手を区別せず同じ選手名簿に載せておくのではなく、現在の状況も付記して情報発信しても良いのではないか。

おもな参考情報

[栽培する前に知っておくこと] 米国トウモロコシ生産者協会(NCGA)
http://www.ncga.com/know-you-grow

米国連邦政府説明責任局 「試験栽培中組換え作物の連邦政府機関による監視システム」 (2008年11月5日)
http://www.gao.gov/new.items/d0960.pdf

組換え作物の承認一覧(農水省消費安全局) (2010年11月1日現在)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/c_list/pdf/01p.pdf

組換え食品と添加物の承認一覧(厚生労働省医薬食品局) (2010年10月8日現在)
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list.pdf

農業と環境116号 GMO情報「EUの誤算−ダイズに想定外の未承認トウモロコシ混入」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/116/mgzn11608.html

農業と環境129号 GMO情報「深まるヨーロッパの混迷:栽培や混入許容値の決定根拠の矛盾」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/129/mgzn12911.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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