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農業と環境 No.136 (2011年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 312: 生物学的文明論、 本川達雄 著、
新潮新書(2011年6月) ISBN978-4-10-610423-7

本書の著者は、「ゾウの時間 ネズミの時間」(中公新書) で有名な生物学者である。この著書は、ゾウとネズミの心臓が1回打つのにかかる時間は違うが、両者の心臓は同じく15億回打って止まるなど、“動物の時間” をわかりやすく解説して、ベストセラーとなった。また、“歌う生物学者” として 「ナマコ天国」 や 「生き物は円柱形」 など生き物を題材にした多くの歌の作詞作曲を手がけ、理科教育をわかりやすく親しみやすくする広範な活動でもよく知られる。

こうした生物学研究と多方面での教育活動を背景に、環境や資源・エネルギー問題、超高齢化社会など多くの問題を生物学者として考えたのが本書だと、著者は、その「はじめに」で語っている。つまり、数学的・物理的な発想からではなく、生物の本質を説きながら生物学的発想から問題解決の糸口がつかめないかということが、本書の目的となっている。

本書は11章からなり、著者がこれまで動物生理学者として対象としてきたフィールド、生物種、解析の視点を通じて、核となってきたキーワードが各章の見出しになっている。こうしたキーワードを軸に、生物学の本質にせまるさまざまな事実と解析の結果を紹介しながら、これらを人間社会の問題と結びつける形で話が展開する。こう書くとむずかしく感じるが、深遠な生物学の問題をやさしくわかりやすく、時にはユーモアを交えた流れに、いつの間にか生物学の話が社会の話に転換したことを気づかせないほどだ。

そのおもなキーワードは、「共生」「生物多様性」「水」「形・デザイン」「サイズとエネルギー」「生物時間」「時間環境」「寿命」。いくつかをここに紹介する。

まずは 「共生」 と 「生物多様性」 から。サンゴとその体内に住む植物プランクトン “褐虫藻(かっちゅうそう)” との共生では、むだのないリサイクルが生物多様性にあふれたサンゴ礁生態系を作り出していること、サンゴに居候(いそうろう)するサンゴガニがサンゴを守る話、砂地に住むハゼとテッポウエビの同棲(どうせい)や掃除魚のこと、クマノミが入ったイソギンチャクが大きく成長することなど、さまざまな相利共生が進化してきたことを教えられる。サンゴ礁生態系の生物多様性は、微妙な共生のバランスの上に成り立っている。その多様性を守る生態系の4つのサービスを、お金に換算するとわかりやすいが、この考え方には根本的に問題があること、そして生物多様性では、種類の “多さ” ではなく、 “質” が違うことの重要性を指摘する。これを著者は、生態系に4種の生物がいてそのうちの1種がいなくなった場合、数学では 「4―1=3」 が答えになるが、生物学の答えは 「4―1=0」 となり、1種でも欠ければ生態系が崩れると説明する。こうした生物学的発想を、「量が多い=豊か」 の発想から 「量から質へ」 の “豊かさの転換” や “生物多様性と南北問題” など、社会の考え方や問題への発言につなげている。

「形・デザイン」 では、「生物の基本は円柱形」 で 「文明は硬くて四角い。生物は丸くてやわらかい」 という。生物と人工物のデザインの違いをわかりやすく解説しながら、生物のデザインと機能をふまえた技術は、人と環境にやさしいと結論する。「サイズとエネルギー」 もおもしろい。ゾウのように大きい動物は、えさをたくさん食べてエネギーを使う。しかし、大きな動物では、小さい動物に比べて体重あたりのエネルギー消費量が小さくなるという。同じことが海で “群体” を作るホヤにもいえる。その大きな群体では、サイズあたりのエネルギー消費量が小さくなる。このことは、大きい動物やホヤ群体では、これらを構成する細胞やホヤ個体あたりのエネルギー消費量が小さく、その分だけ細胞や個体の代謝活性が低いことを意味する。さらに恒温動物と変温動物にも違いがあって、エネルギー消費の小さい変温動物では、消費量あたりの体重増加が恒温動物よりも大きくなる。こうしたサイズの生物学 (アロメトリー) の研究から導かれる生物学的発想として、国の予算配分や企業の規模に応じた各部署の人員配置に比例配分ではなく、べき乗のアロメトリー式を応用できないか。また食肉生産を考える時、アロメトリーからみれば、イナゴやは虫類の変温動物は恒温動物に比べて10倍も生産が高まること、そして同じ恒温動物であれば成体までの時間が短い小さな動物が効率的だと提案している。

「生物時間」 では、「動物の時間は体重の4分の1乗に比例する」 と一般化する。ここでは、盛りそばを食べるようすを撮影して、スローモーションと18倍とで再生する事例がわかりやすい。もちろんスローモーションはゾウの時間、18倍速はネズミの時間。2匹とも心臓が15億回打つと死ぬが、打つ速さが違う。この心臓1拍の時間をとり、これに体重あたりのエネルギー消費量をかけると、答は2ジュール。つまり1拍の間に1キログラムの組織が使うエネルギーが2ジュールになる。ゾウは3秒、ネズミは0.1秒で2ジュールを使う。そして2匹とも死ぬまでに同じく、組織1キログラムあたりに30億ジュールを消費する。ゾウもネズミも体重あたりでは、一生に同じだけエネルギーを使って同じ仕事をするのだから、生涯を生きた感慨は変わらないのかもしれないという。

私たちが腕時計を見てはかる時間は “直線的時間” で古典物理学の時間。一方、生物の時間は “くるくる回る時間”だという。世代交代しながら回り続けるのが生物時間で、こうして受け継がれてきた時間は38億年になる。ここで人と社会の話になる。日本人は回る時間の中に生きてきた。60歳で還暦、暦(こよみ)が回って還(かえ)ってくるのだから、時間が回る考え方。生まれ変わるたびに時間がゼロにリセットされて、くるくる回っている。直線的な時間をもつ代表がキリスト教徒だという。こうした時間のとらえ方の違いは、考え方や社会にも反映している。「時間環境」 では、“現代人は超高速時間動物・恒環境動物” だという。夏はクーラー、冬は暖房をつけて、いつもバリバリ働ける社会を作り上げてきた。変温動物から恒温動物への進化のことを思い起こさせる。地球温暖化も資源エネルギーの枯渇も、じゃんじゃん石油を燃やして時間を速めているのが原因で、環境問題の中で時間環境をもっと重視するべきだとの提言に結びつく。最後は 「寿命」。生物はみな心臓が15億回打つと死ぬ。人はどうか。15億回打ってもまだ41歳の人生半ば。ここで、 “還暦過ぎの人間は人工生命体” という言葉が出てくる。この言葉から “老いの生き方” や “一身にして二生を生きる” などといった役立つ提言が紹介されている。

著者は工業大学で教鞭(きょうべん)をとっている。本書の 「おわりに」 で、工学分野の学生に向けた講義のスタイルとして、「生物学上の事実をもとに、技術や今の世の中を眺めたら、どのように見えるものなのかを批判的に考えてみるというものです」 と語っている。その講義は、NHKラジオ放送での一般向けの連続講演へと広がり、その放送原稿を活字にしたのが本書だと知る。むずかしい生物学の本質を、やさしくわかりやすく紹介しながら、一般読者の興味を引く文明論に結びつけたことが、ここで合点がいく。東日本大震災と原発事故後のいま、大きく混乱する社会の中で、著者のいう “ナマコ” のようなやわらかい頭にして考え直すことも重要であろう。

目次

第一章 サンゴ礁とリサイクル

第二章 サンゴ礁と共生

第三章 生物多様性と生態系

第四章 生物と水の関係

第五章 生物の形と意味

第六章 生物のデザインと技術

第七章 生物のサイズとエネルギー

第八章 生物の時間と絶対時間

第九章 「時間環境」という環境問題

第十章 ヒトの寿命と人間の寿命

第十一章 ナマコの教訓

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