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農業と環境 No.137 (2011年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(3): 作物応答影響予測RP

大気中のCO濃度は、産業革命頃の280 ppm から今日までに100 ppm 以上上昇しました。今後、CO排出削減に向けた取り組みがなされたとしても、大気COは増加を続け、今世紀半ばに470〜570 ppm、今世紀の終わりには540〜970 ppm にも到達すると予測されています (Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC 2001)。

CO濃度の上昇は、温暖化や水資源循環といった地球規模での環境変動の原因になると同時に、それ自体が作物の光合成、水利用に影響します。また、今後予想される温度上昇や降水量・パターンの変化が作物に及ぼす影響も高CO濃度環境下で現れます。さらに、作物を含む植物の高CO応答は、生態系の炭素循環においても中心的な役割を果たします。こうした気候変化の影響を予測し、温暖化に適応したり、温暖化を緩和する技術を開発したりするためには、作物や農地の物質循環が気候変化に対してどのように振る舞うかを知るとともに、その影響が品種や栽培管理によってどの程度異なるかを明らかにすることが必要です。

作物応答影響予測リサーチプロジェクトでは、おもにイネを対象として、将来予想される高CO濃度・高温環境に適した品種や栽培管理技術の開発に役立てるため、CO濃度上昇や温暖化に対する応答が品種や栽培環境によってどのように異なるかを、ほ場やチャンバーを用いた環境操作実験で明らかにするとともに、環境変動に適応する技術の有効性を評価するための作物の生育、収量、品質を予測するモデルを開発します。具体的には、次の4つのサブテーマを設けて研究を進めています。

(1) 気候変動による環境ストレスのメカニズム解明・発生予測・適応技術の開発

(2) 高CO・温暖化条件における生産機能強化のための有望形質の探索

(3) 気候変動に対する耕地生態系応答のシステム生態学的解析

(4) 気候変動影響の実態解明・予測・適用技術の定量的評価

本リサーチプロジェクトの最大の特徴は、作物の環境応答を、葉や穂などの器官レベルからほ場での群落レベルまでを対象に解明してモデル化する点です。とくに、屋外ほ場で大気CO濃度を高める開放系大気CO増加 (Free-air CO2 Enrichment、FACE) 実験では、岩手県雫石(しずくいし)町での東北農研農業研究センターとの共同実験を長年実施してきました。2010年からは、新たに茨城県つくばみらい市に FACE 実験施設を設置し(図1)、気候変動研究の実験拠点として多くの連携研究を展開しています。

つくばみらいFACE実験施設:試験区中央で風向・風速・CO2濃度をモニター/風上側からCO2を放出(写真:説明文)

図1 茨城県つくばみらい市における FACE (Free Air CO2 Enrichment; 開放系大気CO増加) 実験施設
屋外条件で高CO濃度を実現するもので、この施設では、水田の一部に差し渡し17mの正八角形状にチューブを設置し、風向きに応じてCOを放出します。正八角形区画内のCO濃度は外気よりも約 200 ppm 高い濃度(2010 年度は生育期間平均で 584 ppm)に制御しました。

つくばみらい FACE では、CO濃度処理区の中に、品種、施肥、水温条件などを変えた試験区を設けて、CO濃度の影響が条件によってどのように異なるかを調べます(図2)。また、温暖化や大気COが作物の生育・収量・品質に及ぼす影響に加えて、土壌―作物―大気における物質循環も調査し、気候変動によって農耕地からの温室効果ガスの発生に及ぼす影響を明らかにします。さらに、品種や栽培管理技術によって影響がどのように変化するかを調べることで、将来の環境に適した品種の形質・栽培の管理の方法などを検討します。

つくばみらいFACE実験施設:水温上昇区、標肥・品種区、多肥・品種区(写真:説明文)

図2 FACE区内の試験区
20種類以上の品種や異なる水温、施肥条件など設定しています。同じ試験区配置を対照区(外気CO濃度区)にも設けて、CO濃度との相互作用を調べます(各4反復)。

このような作物を対象とした大規模 FACE は、2010年現在、世界で5か所(図3)のみで、各国との連携を図りながら、さまざまな地域における気候変動の影響解明や適応技術の開発を進めています。

作物対象のFACEは SoyFACE(米国)、FAL FACE(ドイツ)、China FACE(中国)、Tsukuba FACE(日本)、AGFACE(オーストラリア)の5か所、森林・草地など作物以外が対象のFACEは8か所にある(世界地図)

図3 2010年現在、稼働中の世界のFACEサイト(リング直径が8m以上のもの。赤が作物を対象とする FACE)

このほか、現在問題となっているイネの高温障害については、実際の水田の微気象観測ネットワークを構築しました(図4)。ここでは、イネの高温不稔の問題に危機感を共有する各地の研究者が連携して、幅広い気象条件に同一の群落微気象観測装置を適用して発生条件を比較します。

耕地環境観測ネットワークの参加国:中核サイト:日本・中国・フィリピン・ミャンマー・インド・スリランカ; 協力サイト:米国・台湾 (世界地図)

図4 地球温暖化に伴う農作物高温障害の実態解明のための耕地環境観測ネットワーク

以上の研究を通じて、予測される将来環境での作物の生育、収量、品質を予測するモデルの開発、イネのストレス耐性メカニズムの解明と適応技術の有効性の評価、耕地における物質循環に及ぼす気候変動影響の解明を進めます(図5)。

C in Soil(土壌炭素)--> CO2 --> 大気CO2増加 --> イネ成長; C in Soil(土壌炭素)--> CH4 --> メタン放出; 土壌炭素・土壌への有機物投入 --> イネの成長; 大気CO2増加・メタン放出--> 温暖化 --> イネ成長; (図)

図5 作物応答影響予測リサーチプロジェクトの研究ターゲット
温暖化や大気 CO2 が作物の生育・収量・品質に及ぼす影響に加えて、土壌―作物―大気における物質循環に及ぼす影響を調査します。また、品種や栽培管理に技術によって影響がどのように変化するかを調べることで、将来の環境に適応するための方法を検討します。

(作物応答影響予測RP リーダー 長谷川利拡)

(2014年4月より 作物応答影響予測RP リーダー 吉本真由美)

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