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農業と環境 No.137 (2011年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 水中のヒ素の酸化・除去技術

Arsenic - a Review. Part II: Oxidation of Arsenic and its Removal in Water Treatment.
Bissen, M., and F. H. Frimmel,
Acta hydrochimica et hydrobiologica 31(2), 97-107 (2003)

ヒ素は非常に毒性が高く、発がん性物質でもあり、土壌、植物、水の中にわずかながらも広く分布している。ヒ素の汚染源は地質的なものから鉱山や精錬所など人為的なものまであり、世界保健機関 (WHO) は、地下水や地表水のヒ素汚染は人の健康に対する深刻な脅威であると指摘している。WHO による飲料水基準は10μg/Lと定められ、先進国ではこれを達成するために大規模な水処理施設によるヒ素の除去を行っている。一方、インド(西ベンガル)とバングラデシュでは、10μg/L以上のヒ素を含む井戸を5千万人が、300μg/L以上を含んでいる井戸を6百万人が利用しているが、従来の除去方法ではコストが高く、適用が困難な場合が多い。

土壌中のヒ素の一部は有機態として存在するが、地下水中のおもな形態は無機態である「ヒ酸」 (H3AsO4) と「亜ヒ酸」 (H3AsO3) である。バングラデシュでは地下水中のヒ素の60%以上が亜ヒ酸など酸化数3の As(III) であると報告されているが、除去効率はヒ酸など酸化数5の As(V) の方が高い。したがって、飲料水からのヒ素の除去にはヒ素を酸化する技術も重要である。

この論文は、ヒ素の酸化と除去のさまざまな技術について、効率と pH や共存物質による影響をまとめ、とくに発展途上国における利用の観点から評価している。また水処理施設における技術のほかに、家庭用浄水装置(point-of-use units)についても紹介している。

ヒ素酸化技術に関しては、空気や酸素、オゾン、活性炭、鉄化合物、マンガン化合物、過酸化水素などによる酸化、微生物による酸化および光化学的酸化について検討している。

発展途上国においては、有害物質を作らない点と扱いやすい点で、過マンガン酸カリウムあるいはフェントン試薬 (過酸化水素+鉄触媒) がもっとも現実的な酸化剤である。また、マンガン酸化物は吸着剤として利用した場合、As(III) を酸化した上、酸化生成物である As(V) を吸着するので、飲料水中の As(III) を効果的に素早く除去できる。一方、空気による As(III) の酸化は非常に遅い、水酸化鉄による酸化速度はマンガン酸化物に及ばない、オゾンによる酸化は発展途上国で用いるには高価すぎるなどが指摘されている。

As(III) や As(V) を水から除去する方法としては、(1) 鉄、マンガン、アルミニウム、カルシウム、マグネシウムなどの化合物との共沈、(2) 鉄、活性アルミナ (吸着能の高い酸化アルミニウム)、その他の物質への吸着ろ過、(3) 膜ろ過法、(4) イオン交換法、(5) 電気凝固法などが紹介されている。

ヒ素は鉄やアルミニウム化合物と共沈させることができる。発展途上国におけるヒ素の除去には、入手が容易で安価、それ自体が無害でしかも扱いやすい、塩化第二鉄による共沈が適している、硫酸アルミニウムは塩化第二鉄に比べ除去率が低いと指摘されている。

鉄や活性アルミナなどの吸着剤を用いたろ過装置は、これまでにも発展途上国のヒ素除去に用いられている。操作しやすく、小規模な需要に対応でき、化学薬品が不要な上、吸着能の高い吸着剤を用いれば残さの量が少なくてすむからである。粒状の水酸化鉄を吸着剤に用いたろ過は、鉄化合物との共沈と比較すると水処理施設への投資が小さく、設備維持のための作業も少なくてすむなどの利点がある。一方、膜ろ過法は設備投資や維持費が高額なため発展途上国での利用は現実的ではない、イオン交換法は使用後にイオン交換樹脂の再生が必要になると指摘されている。

以上はおもに集中水処理法であるが、発展途上国では信頼できて扱いやすく、コストパフォーマンスがよい技術が必要とされ、家庭用浄水装置も選択肢の一つである。浄水の費用は、処理液のヒ素濃度のモニタリングや吸着剤の交換などのメンテナンスの頻度により大きく変動するが、用途を飲用や料理用に限定することで吸着剤の交換や再生の頻度を最小限にできる。浄水装置のうち、鉄で被覆(ひふく)した砂を詰めたろ過カラムは、電気を必要とせず安価なため発展途上国の農村部でも利用できる。ただし、家庭用浄水装置は、集中処理システムより安上がりかもしれないが、利用者は定期的なメンテナンスを強いられると指摘されている。

ヒ素を除去すべき地下水は、海からの距離によって塩分濃度に差があり、地域によって共存イオンの種類や有機物含量も異なる。また、除去システムを設置する井戸の大きさは、1家族が利用する小規模な井戸からコミュニティーが利用する中規模なもの、集中処理を行う大規模なものまであり、それぞれに必要とされる除去速度は異なる。現在のところ、ヒ素除去技術にベストのものはなく、この論文で紹介されたヒ素除去技術にはそれぞれ価格、扱いやすさ、処理できる水質、および処理速度に利点と欠点がある。ヒ素除去が必要な地下水の水質と利用する状況に応じて各技術の特色を生かした選択を行う必要があるだろう。

(物質循環研究領域 中村 乾)

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