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農業と環境 No.142 (2012年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 320: 超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか、 大木聖子・纐纈一起 著、 NHK出版(2011年6月) ISBN978-4140883525

本書は、大震災2か月後の5月、最前線で活躍する二人の地震学者によって書かれた本である。序章の末尾には、その思いが書かれている。「本書が地震というものを理解するのを助けることで、日本人が地震を正しく恐れられるようになることを切に願う。奪われた多くの命、たくさんの被災者の大切な思い出や故郷への思い、それらを地震の科学に携わる者として守ることができなかった無念を込めて本書を綴っていきたい」。この真摯(しんし)な姿勢から書かれた本書は、「地震の科学の限界」と「防災教育の必要性」が大きなテーマになっている。

地震の本質が地表に亀裂を生じ、岩盤に断層を起こす 「断層運動」 だと理解されたのは、20世紀にも近くなった時代のことだ。その後1960年代になって、地球表面は十数枚の硬い岩盤 (プレート) で覆われているとする 「プレートテクトニクス」 の考えが導入された。地球は殻にひびが入ったゆで卵のようなものだという。困ったことに、ゆで卵の殻とは違って岩盤はそれぞれ勝手な方向に動いて、その境界でひずみが生じて 「プレート境界地震」 を起こす。今回の東北地方太平洋沖地震は、太平洋プレートが東日本を載せた北米プレートの下に沈み込んでいく過程で起きたことだ。さらに1980年代になって、新しい概念 「アスピリティモデル」 が提唱された。プレートの境界面は一様ではなく、スルスルと海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むところと、両面が強く固着してひずみがたまりやすいところ (アスピリティ) がある。そこにたまったひずみが限界に達すると、一気に剥(は)がれて巨大地震をもたらす。こうした調査や理論の進展を経て、プレート境界地震の正体に大きく迫ることができるようになったと、著者は述べている。

地震予知は、「いつ」、「どこで」、「どのくらいの大きさ」 の地震が起こるかを、発生前に精度よく予測することだ。阪神・淡路大震災後には、「いつ」 を予測できないために地震発生の長期的な予測、いわゆる 「長期評価」 を行うことになった。さて、東北地方の太平洋沖に関しては、「どこで」 と 「どのくらいの大きさ」 について、三陸沖北部から房総沖まで7つの地域を対象として、それぞれにマグニチュードの規模が予測されていた。過去の地震活動をもとに算出した今後30年間の地震発生確率が長期評価となる。これらの対象地域のどこかで、予測された規模の地震が起きたときは、それは「想定内」の地震となる。2つ以上の震源域が連動して破壊を起こすことも予想して、マグニチュード7.5から8.0程度の地震発生が想定されていた。

しかし、「想定外」 となる9.0の超巨大地震が起きてしまった。結論からいえば、東北地方太平洋沖地震は、その場所も規模もまったく想定できていなかったことになる。事実、気象庁は当日の記者会見で、「三陸沖でこれほどの地震が起こるとは想定していなかった」 と述べ、長期評価を業務とする地震調査委員会も、同日に (震源となった6つの) 「個々の領域については地震動や津波について評価していたが、これらすべての領域が連動して発生する地震については想定外であった」 と公表している。

この 「想定外」 について、日本地震学会地震予知検討委員会が2007年に著した「地震予知の科学」を楽観的として引き合いに出す。当時、「同書の著者らは、(中略)アスピリティモデルに基づく地震発生の長期評価(長期予知)によって、将来起こるべき大地震の場所(どこに)と規模(どのくらいの大きさ)がすでに想定できていると考えていた」 ことがわかるとして、実は本書の著者もそう考えていたと述べている。前述したように地震調査委員会も、東北地方太平洋沖地震の場所も規模もまったく想定できていなかった。「想定外」だったのだ。著者は、「想定外の地震の影響が全国地震動予測地図に含まれるわけもなく、東北地方太平洋沖地震に備えた国民の地震防災への意識向上に役立つことはなかった」 と、ここで言い切っている。

「「地震の科学」に書かれているような楽観的状況に(中略)東北地方太平洋沖地震は発生し、我々は科学の限界を悟ることになる」。地震後の困難な状況に、既存の論文や報告を洗い出す中で、これからの地震の長期評価に向けた二つの提案を行っている。その一つとして、カリフォルニア工科大の金森教授らの論文に今回の超巨大地震を想定できる示唆があること、また 「地震予知の科学」 の中の似た記述から、「不思議な現象に向き合う研究者の態度、もっと軽い言い方をすれば好奇心であり、そうしたあり方を可能にする制度の充実」 を提案している。二つめは 「現状評価的なデータよりも過去の地震に関する網羅的なデータ」 の重視である。

前から指摘されてきた、東海、東南海、南海が震源域として予測される西日本大震災の長期評価の見直しは、これからの大きな課題となる。東北地方太平洋沖地震の経験を踏まえて、これらの震源域が連動するときの地震規模の算定見直しや、三連動地震の震源域が東西、相模湾や日向灘へも拡大する可能性まで指摘する。

今回の東北地方太平洋沖地震がどのようにして起きたか、また地震の科学としての限界や今後の課題について述べた後の章は、「防災教育」 に当てられている。地震の科学としてもっとも重要なのは、「地震についての情報を社会全体で役立て、市民の命を守ることだ」。この考えから、著者らは地震学者として、自治体や小学校と共同して防災教育に取り組んでいる。研究者が外に出向いて研究の知見を伝える活動を 「アウトリーチ」 というが、筆者らはこのアウトリーチ活動を推進することを職務の一つとしている。

「地震防災教育」に取り組むのに2つのことを意識しているという。一つは、「なぜ地震が発生するのか、なぜ地震の発生は被害を生むのか、といった因果関係を説くこと」、もう一つは 「とにかく瞬間的に判断を下せるように訓練を積むこと」 である。学校を場に、地震の大きさを感じ場面に応じて考える行動、P波とS波の体験的理解と身の守り方を自分で考えるなど、理科の授業への応用を図るアウトリーチ活動は、現実の防災に生かされるだけでなく、子供たちに囲まれて一緒に学ぶ著者らの楽しい様子がうかがえる。このたびの震災で感じたことをこう語っている。「防災教育は、訓練でやったことを発災時にできるように培うだけのものではなかったということだ。防災教育で子供たちが得た最大のものは、発災時に自らの判断に基づいたアクションをとれるという勇気だった」 と。大事な教訓だ。

最後の 「あとがきにかえて―科学の世界から発信される情報」 は、多くのことを考えさせられる。予知と防災のとの混同、地震が起きることと災害が起きることの混同、地震情報を受ける私たちの側に多くの誤解がある。一方、情報を発信する側にも反省がある。地震予知は現段階では困難であると積極的に伝えてこなかったという点だ。地震学に携わるものとしてこの反省は難しく厳しい。そして、「マグニチュード9.0の超巨大地震にあっても予知に関する知見が得られなかったとすれば、それ以下の規模の地震の予知はますますハードルが高い」。地震学者に突きつけられる責任と苦悩はこれからもつづく。本書で、現在の「地震の科学」の等身大の姿を綴(つづ)った著者の勇気と、防災教育に取り組む真摯な姿をたたえたい。

目次

序章  ドキュメント3・11

第1章 超巨大地震はどのように起きたのか

1.地震とは何か

2.プレート境界で起きる地震

3.新しい概念「アスピリティモデル」

4.震源域とマグニチュードの関係

5.さまざまなマグニチュードの種類

6.モーメントマグニチュード

7.「想定内」の地震とは何だったのか

8.まったくの「想定外」だった超巨大地震

第2章 巨大津波はどのように発生したか

1.想定を超えた津波

2.津波発生のメカニズム

3.巨大津波の威力と被害

4.再び、なぜこれほどの被害になったのか

第3章 引き起こされたさまざまな現象

1.日本列島の地殻変動

2.余震と誘発地震

3.誘発地震のタイプ

4.余震・誘発地震はいつまで続くのか(1) 世界の巨大地震

5.余震・誘発地震はいつまで続くのか(2) 日本の歴史地震

6.活発化した火山活動

7.長周期地震動

第4章 地震の科学の限界、そしてこれから

1.科学と想定

2.アスピリティモデル

3.固有地震説と比較沈み込み学

4.科学の限界を超えるには

5.西日本大震災

第5章 防災―正しく恐れる

1.なぜ防災教育は必要か

2.地震防災教育において意識すべきこと

3.防災教育が活きた事例(1) 自らの判断で行動した生徒たち

4.防災教育が活きた事例(2) 緊急地震速報を活用した避難訓練

5.地震を正しく理解する―理科の授業への応用

6.防災の構え(1) 地域での学校の役割を考える

7.3・11で見えた新たな課題

8.防災の構え(2) 瞬時の判断力と平時の想像力

終章  シミュレーション西日本大震災

あとがきにかえて―科学の世界から発信される情報

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