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農業と環境 No.143 (2012年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第52回米国雑草学会定期大会 (2月 米国(ハワイ)) 参加報告

2012年2月6〜9日に、ヒルトンワイコロアビレッジ(米国 ハワイ)で開催された第52回米国雑草学会定期大会 (the 52nd annual meeting of the Weed Science Society of America) に参加しました

会場ホテル内の砂浜(写真)

写真1 シンポジウムが行われたホテル内の砂浜

ハワイと言えば常夏の島というイメージがあったのですが、飛行機を降りたら雨、気温も22度で、日本の初夏のような気候でした。ハワイ島は、愛称 “Big Island” と呼ばれるとおり、ハワイ諸島の中で最大の島であり、四国の約半分の面積があります。そこに4000mを超える2つの火山:マウナロア、マウナケアと、現在でも活発な噴火が観測されるキラウエアがあり、島全体が火山でできている印象でした。実際、飛行機やバスから眺めた地表は、溶岩が流れてそのまま固まった岩石だらけ、そこにはイネ科の雑草が生えているだけで、林は海岸線などに部分的に形成されていました。

会場のホテルは、「これがアメリカのリゾート地なのかぁ」と感心しながらも、「ここまでやるのか?」とあきれてしまう豪華さでした。ホテルの玄関は宮殿のようで、廊下には高級そうな陶器やブロンズ像が並び、複数の宿泊棟を無料のトラム(路面電車)がつないでいます。熱帯魚やウミガメと一緒に泳げるラグーン、イルカと遊べるラグーンなどがあり、白い浜辺にはリクライニングチェアが並び、人々がゆったりくつろいでいました(写真1)。胸に緑色の名札をかけた学会の参加者たちの姿は、何か場違いに見えました。

今回参加した学会は国際学会ではなく、アメリカの国内学会です。約400人の参加者のうちアメリカからの参加者が約9割を占めましたが、オーストラリア、ブラジル、中国などからの参加もありました。日本からの参加は、ホノルル空港が日本人でごった返していたのとは対照的に、私を含めて4名だけでした。口頭発表、ポスター発表、シンポジウムを合わせて440件の発表があり、この規模は日本の雑草学会の3倍から4倍にあたります。

ポスター発表会場のようす(写真)

写真2 ポスター発表会場のようす

私がこの学会に参加したのには、2つの目的がありました。ひとつは、私たちが進めている研究への反応を知ることでした。環境ストレスに耐性を持つ遺伝子組換え作物(GM作物)は、現在、商業化の前段階にありますが、その安全性、とくに野生化する可能性がないかについて、よい評価方法が確立されていません。私たちは、これまで生態学の分野で用いられてきた方法をGM作物にあてはめて評価するというポスター発表を行いました(写真2)。

私たちのポスターに興味を持ってくれたのは、GM作物の申請時に必要な環境影響評価を行う、種苗会社の担当者や雑草の生態に関心のある研究者でした。この学会の多くの参加者の関心は、アメリカの農業における雑草害の問題のようでしたが、雑草の埋土(まいど)種子に関する生態学的な研究、ダイズの近縁野生種であるツルマメの適応度の研究など、われわれの研究と関わる発表もあり、今後の研究に大いに役立つ情報が得られました。

この学会に参加した目的のもうひとつは、現在アメリカで大きな問題となっているグリホサート抵抗性雑草についての情報収集でした。アメリカは、世界で最もGM作物を栽培している国です。アメリカの各作物の栽培面積のうち、GM作物がトウモロコシでは88%、ダイズでは94%、ワタでは90%を占めています。最も多く栽培されているGM作物は、除草剤のグリホサート(商品名ラウンドアップ)に耐性を持つ作物であり、これに関連する発表が75題もありました。現在アメリカでこの除草剤とその耐性作物がどのくらいの存在感を示しているのかがよくわかります。また、このグリホサートに抵抗性をもつ雑草が1996年に初めて見つかってから、これまでにアメリカ国内で13種の抵抗性雑草が発見され、今後の遺伝子組換え作物の行方を左右するかもしれない問題となっています。そのためかグリホサート抵抗性雑草の現状や対策、その発生機構などの発表も多く、42課題と全発表の10分の1を占めていました。問題となる雑草の種類は、州によって異なり、その地域でよく栽培される作物も異なるため、地域に対応した研究は、地元の大学の研究者が行っている場合が多いようです。また、グリホサートを含む2つの除草剤に耐性をもつ新しい作物も発表される中で、アイオワ大学の大御所、Owen 博士が、「現在の農業は除草剤に頼りすぎである。これから新しい除草剤が出てきても、同じやり方を続けるなら、またすぐに抵抗性雑草が発生するだけだ。雑草の多様性に対しては、機械的な手法や栽培学的な手法を組み合わせて、多様に除草するのがベストなのだ。」と苦言を呈していたのが印象的でした。

ドライフォレストツアーのようす(写真)

写真3 侵入種を見学するドライフォレストツアー

ハワイ島には、比較的雨の少ない地域、熱帯雨林から、夏でも冷涼な高山地帯が存在しています。今回の大会では、侵入種を観察するドライフォレストのツアーが企画され、私も参加しました(写真3)。見学したのは、熱帯雨林のような鬱蒼(うっそう)とした森ではなく、岩のごろごろした地帯に木がまばらに生えている森でした。地面は溶岩などが分解され土になったもので、雨や有機物が少ないため、木もゆっくりとしか成長せず、3〜4mの高さの木でも、実は500年くらいの樹齢があるそうです。

また、ハワイでは、熱帯性の外来の動植物が人間によって持ち込まれて野生化し、生態系に影響を与えています。この森では、野生化したブタ、ヤギ、イエネズミなどが在来種の植物を食べ、侵入種の鳥の糞を介して外来植物の種子が散布された結果、在来の植物が減り、外来の植物が広がりつつあります。解説をしてくれた研究者は、この森に侵入した外来植物を取り除いて在来種を植えるという、地道な活動を続けています。足元を見ると黄色いリボンをつけられた実生(みしょう)が育っていました。

ホテルの敷地内でも、日本ではおなじみでもハワイにおいては侵入種である、メジロやブンチョウ、ネズミを駆除するために持ち込まれたマングースも見ることができました。ハワイは人間だけでなく、外来種にとっても天国となっているようです。

また、研究についてではありませんが、カナダの女性研究者から、大震災後の日本の状況についてたくさんの質問を受けました。避難区域にはどのくらいの人が住んでいたのか? 現在も避難しているのか? いつになれば、避難している人が帰れるのか? 政府の対応はどのようになっているのか? 食品への放射能のコンタミをどのように防いでいるのか? 答えられない質問も多く、勉強不足を痛感しました。今後海外に行く方は、研究のことだけでなく、国際的に関心が高い事項について、考えておくべきでしょう。

今回、学会に参加できて、アメリカの、遺伝子組換え作物を使った農業について最新の研究情報を、リアルタイムに得ることができ、アメリカの農業にじかに触れた気がしました。また、レセプションで隣り合った研究者と意気投合し、「日本で遺伝子組換え作物が作れないなら、俺がアメリカで栽培し、データを取ってやる。一緒にプロジェクトをやろう」と申し込まれ、今後の共同研究へのチャンスを得たことも、この学会に参加した大きな成果のひとつでした。

(生物多様性研究領域 吉村 泰幸)

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