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農業と環境 No.146 (2012年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 324: なぜ地球だけに陸と海があるのか−地球進化の謎に迫る, (岩波科学ライブラリー191)、 巽 好幸 著、 岩波書店(2012年3月) ISBN978-4-00-029591-8 C0344

地球に陸と海があることは、海辺では自然な風景だ。だが、本書ではそうではない。「なぜ地球だけに・・・」、これが本書の大きなテーマになっている。太陽系の中で、パンの外皮のような固い地殻がある惑星には、水星、金星、地球と火星がある。こうした惑星を地球型惑星と呼ぶが、海があるのは地球だけだ。

地球型惑星の内部は、核、マントル、地殻の三層構造で、内部から外部に向かって軽い物質が層になって安定している。どの惑星でも地殻はマントルを薄くおおうが、高温で絶えず対流するマントルの上に浮かんでいるようなものだ。

ここから地球と他の惑星とは異なる。46億年前の地球誕生後、内部構造が三層に分かれ、海水におおわれた初期の地形が成立したのが約38億年前だといわれる。この年代に海水を含んで柔らかくなった海底の地殻は、マントル上層の一部と一緒にゆっくりと移動を始め、地殻には亀裂が生じることになる。プレートテクニクスの開始である。地球の表層は複数のプレートにおおわれていて、その運動がさまざまな地殻変動を引き起こす。海のない他の惑星では、固くおおわれた地殻の下でマントルが対流するだけで、亀裂のないプレートは移動することがない。

よく知られるように、地球最初の生命は35〜38億年前に海で誕生したという。この生命誕生は、プレートテクニクスが始まった年代とよく一致する。海底の亀裂からのマグマや熱水の噴出が、生命誕生の引き金になったことは疑いない。

海では、地球の歴史を変える重要なもう一つが生み出されたと、著者はいう。「海の中で大陸が生まれる」とする地球進化の仮説が、本書が書かれた本来のテーマだ。地殻には海洋地殻と大陸地殻とがある。前者は玄武岩質で三層構造をもち、深さは6キロメートル、後者は層構造が不明瞭、安山岩質で40〜50キロメートルと、構造と組成、厚さも異なる。プレートテクニクスによって動く海洋プレートは、火山が多い海溝からマントルへと沈み込み、ここで玄武岩質のマグマが発生して海洋地殻を形成する。大陸地殻を形成する安山岩質の地殻は、海洋では知られていなかった。

ところが、1996年に東大の海洋研(現大気海洋研)のグループが、伊豆・小笠原諸島付近の地下構造探査から、玄武岩質の海洋地殻とともに、火山の真下に安山岩質で20キロメートルの厚さをもつ「島弧地殻」の存在を公表した。これに続いて、南のマリアナ諸島を含めた「伊豆・小笠原・マリアナ弧(IBM弧)」調査プロジェクトが開始された。IBM弧の誕生は5000万年ほど前で、その後これを載せたフィリピンプレートとともに北へ、さらに東へ移動して、約1500万年前にアジア大陸から南に移動・分離した本州に衝突を始めた。その結果、最近になって伊豆半島・丹沢山地では、衝突の過程で一部が融解して島弧地殻が本州地殻にしっかりと接着しながら、大陸が成長していることがわかってきた。接着剤となった花崗岩層は丹沢で観察され、本州・伊豆衝突帯では、現在も地球創世記の大陸誕生のドラマが再現されていることになる。

プレートテクニクスの開始以来、海溝の「沈み込み帯」では島弧地殻が生まれ、大陸が作られている。著者はこれを「サブダクションファクトリー」(沈み込む工場)と名付けた。そこでは海洋物質(海底堆積物、海洋地殻、マントル)を原材料に、日夜大陸地殻が作られているという。近くには「煙突」よろしく火山の噴煙まで上がっている。生産するのは大陸ばかりではない。ここでは、いま注目されるメタンハイドレート、レアメタルや黒鉛など貴重な海底資源の製造も盛んだ。また、「沈み込み帯」での製造工程の震動は、地震にたとえられる。プレートの大きな運動は、地球の重要な生産活動とともに、フィリピンプレートの沈み込みによって、「海溝型巨大地震」、「南海・東南海・東海運動型地震」を発生させることにもつながる。

「大陸は海で生まれる」という仮説。そして、大陸の壮大な成り立ちとその地殻の大きさから、著者は地球を「水惑星」に対して、「陸惑星」と呼んでいる。地球表層に約38億年前から存在する水が、プレートテクニクスの作動を可能にし、大陸は沈み込み帯で誕生した。大陸誕生のダイナミックな仮説と、これを検証する事実の追究はいまも続いている。

本書では、一貫して大陸の起源というキーワードから地球の進化が語られている。読者には、地球科学の専門的な用語や記述が難しい箇所も多い。それでも、各節に記述された要約に注目しながら通読することで、地球科学への理解を深め、地球進化の壮大なドラマを知る本となっている。

目次

まえがき

1 プロローグ―陸惑星地球

地球―大陸をもつ太陽系唯一の惑星/惑星の形成プロセス/地球の誕生プロセス/地球内部の層構造とその成因/大陸と海の違い

2 大陸地殻―その性質と謎

マグマ発生の基本原理/プレートテクトニクスと海洋地殻のでき方/大陸地殻をつくる沈み込み帯/安山岩の成因/二種類の安山岩のつくり方/大陸地殻形成の謎と驚きの発見―大陸弧と海洋島弧

3 プロジェクトIBM―海で生まれる大陸

IBM弧の地殻・マントル構造/大陸地殻のつくり方―モデルとその検証/大陸地殻が安山岩質になる理由―透明なモホ面の役割/成熟した大陸への道―反大陸のデラミネーションと島弧衝突

4 サブダクションファクトリー―その地球進化における役割

サブファクの原材料と製品、その製造工程/サブファクの廃棄物とその行方/ホットスポットとマントル深部の化学的特徴/サブファク廃棄物の熟成とリサイクル

5 エピローグ―なぜこの惑星は地球なのか?

熱機関としての地球/マントル対流とプレートテクトニクス/なぜ地球は水惑星なのか?/地球における水と炭素の分布

あとがき

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