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農業と環境 No.149 (2012年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第4回ヨーロッパ土壌科学会議 (EUROSOIL 2012) (7月 イタリア) 参加報告

2012年7月2日から6日にかけて、イタリアのバーリ(図1)においてヨーロッパ土壌科学会議( EUROSOIL 2012 )が開かれ、農業環境技術研究所から白戸、岸本、三島、内田の4名が参加しました。会議のテーマとして 「人類と環境に有益となる土壌科学(Soil Science for the Benefit of Mankind and Environment)」 が掲げられ、これからの地球環境保全や食糧生産にきわめて強く関係している土壌の大切さが強調されていました。この会議は4年に一度、ヨーロッパの各地で開催されてきましたが、ヨーロッパのみならず、世界各国からの土壌科学者が集結する大きな会議でした。会議の最終日に発表された情報によると、66の国から1900人を超える人たち(うち550人以上が学生)が集まり、660の口頭発表、1629のポスター発表が行われました。日本からは25人が参加していました。

図1 学会が行われたイタリア・バーリ(イタリアを中心とする地図)[バーリはイタリア南部アドリア海沿岸にある都市]

図1 学会が行われたイタリア・バーリ
(赤丸で示しました)

会場は、フィエラ・デル・レバンテという1929年に建造された歴史的な建物でした(写真1)。アドリア海に面したこの会場は、古くは南イタリアへ世界からのさまざまな物資や人々をもたらした重要拠点でした。古い建物で、かつ海に面しているため、会議中も至る所で補修工事が行われていましたが、それでも非常に美しい建造物です。毎年9月にはここで世界的な見本市が開かれるので、その時期には多くの観光客が訪れるとのことでした。本会議は7月に行われたので、日中は非常に暑く、街の人たちはビーチ以外の場所ではほとんど見ませんでしたが、夜8時ころから付近のレストランなどが開き始めて、夜11時を過ぎたころは日中からは想像できないほど街は熱気にあふれていました。南イタリアでは、店などは午後暑い時間帯は一度閉めて、夕方か夜以降にまた開ける場合が多いそうです。

フィエラ・デル・レバンテ(中央左の建物)(海岸沿いの街並みの風景)

写真1 フィエラ・デル・レバンテ(中央左の建物)

白戸は、「Simulating soil organic carbon stock change in Japanese agricultural land with the RothC model (RothC モデル を用いた日本の農地の土壌炭素量変化の全国計算)」 という演題で口頭発表を行いました。農地の管理方法の改善により土壌中の炭素量が増えると、大気中の二酸化炭素( CO2 )がその分減少した勘定になるので、地球温暖化の緩和に役立つとされています。その農地土壌の炭素量の変化を全国スケールで計算するシステムと将来予測の結果を発表しました。類似の研究を行っている他国の研究者から、いくつか質問やコメントをもらいましたが、活動量 (農地への有機物投入量) を全国レベルでどうやって見積もるのか? という、われわれと同じ課題を抱えている国が多いようでした。また、土壌炭素動態モデルや長期連用試験に関する研究を行っている何人かの研究者と意見交換をし、知り合いになれたことが有意義でした。

会議全体を通して、土壌炭素・土壌有機物に関連する発表が多く、この話題は世界的にも関心が高いことを再認識しました。たとえば、バイオ炭に関する発表が非常に多いなど、最近の研究の 「流行」 のようなものを感じられるのが、このような会議に出席する意義のひとつだと思います。ほかにも印象に残ったのは、都市土壌についての発表が割に多かったこと、下層土に関するセッションが非常に盛況であったことなどで、今後の研究の方向性を示すヒントがあるのかもしれないと思いました。

岸本は、「Improvement of techniques for measuring greenhouse gases (GHG) fluxes from agricultural soils in Japan (日本農耕地土壌における温室効果ガスフラックス測定技術の改良)」 という演題のポスター発表を、GRA 農地グループが主催するセクション S6.1. 「Greenhouse gas emissions from soil under changing environmental conditions: concepts, modeling and observations(環境変動下での土壌から発生する温室効果ガス:コンセプト、モデリングと観測)」 で行いました。日本の農耕地土壌における温暖化緩和策研究のため、これまで進めてきた温室効果ガス測定技術を紹介するとともに、一酸化二窒素( N2O )排出の広域推定のために用いる土壌有機物分解( CO2 )、土壌 CN 比、窒素投入量から N2O 発生量を推定する経験式の検証に関する研究成果を紹介しました。とくに省力化・低コスト化をめざした自動開閉チャンバーを用いた自動ガス採取システム AGSS (農環研特許)について、海外の研究者からも高い関心が得られました。

大会では土壌有機物の温暖化応答研究の第一人者である M. U. F. Kirschbaum 博士とお会いしました。土壌には約2400Gt(ギガトン)(2m深)の炭素が有機物として蓄積されており、地球温暖化に伴う温度上昇によって土壌有機物の分解が促進され、それに起因する CO2 発生量の増加が温暖化を加速するといった正のフィードバックが危惧(きぐ)されています。土壌有機物の温暖化へのフィードバックと将来の気候変動予測は、現在ホットな研究テーマの一つです。Kirschbaum 博士は、モデルを用いた土壌有機物の温暖化への応答をシミュレーションし、土壌有機物分解の温暖化へのフィードバックについて指摘した、最初の論文を発表された方です( Kirschbaum, 1993, 1995)。このように憧(あこが)れの研究者と会えるのも国際学会の魅力の一つです。

三島は、「Estimation of manure N, P and K activity data in Japan (日本における堆肥の窒素・リン・カリウム活動量推定)」 という演題でポスター発表を行いました。ここでは、農地での養分収支、土壌肥沃度の管理、温室効果ガスである N2O の発生推計や水系への影響のポテンシャルといったことに関わる、基礎情報の一つである家畜ふん尿堆肥の施用量を、農林水産省によって行われたアンケート調査から求めた結果と家畜ふん尿発生量の推計値との比較によって検証した結果を紹介しました。発表を通して、なかなかとらえがたい家畜ふん尿堆肥の施用状況に関して、イスラエルをはじめとして欧州以外のいろいろな国の方ともお話しすることで各国の事情を知ることができたのは大きな収穫でした。また「リン均衡施肥」というものがオランダで行われたことは論文で知っていましたが、作物に利用可能とされるリンの指標値 (可給態リン: ここではオルセン法による測定値) が十分に高ければリン施肥を行わなくていいのではないか、として継続的にリン無施肥栽培を行ったときの作物の収量性、経済性、持続可能性について、欧州各国で試験が行われ、数%収穫量が低減すると経済的意味がないこと、土壌中の可給態リン・全リンの継続的低下から持続性が低いことが提示されていたことは、日本での施肥農業において、肥料コストを削減したいが収穫量は減らしたくないという中、土壌中に可給態リンとして眠っている資源を使うことで可能になることを実践的に示そうとした試験例として非常に興味深いものです。EUROSOIL という名を冠しており、欧州からの参加者が半数余りを占めているのですが、それ以外の世界各国からも参加者が集まっており、主催者の方も EUROSOIL は十分に国際学会と言ってもいいであろうと言っておられました。このような世界的な国際学会を、食料の自給的な大量生産・大量消費が行われているアジアの視点で開くことができたならばと、強く思いました。

内田は、日本学術振興会の最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援を受けて、研究担当責任者である秋山博子主任研究員の代理として本会議に参加し、被覆肥料を用いた土壌 N2O 排出削減法の効果が土壌タイプによってどう異なるかを研究した結果を、ポスター 「Changes in nitrification and denitrification potentials after coated urea application affect soil N2O emissions from different soils – a 15N study (被覆肥料散布後の脱窒、硝化ポテンシャル変化が土壌により異なる N2O 発生量の原因である−15N を用いた検証)」 として発表しました。土壌からの N2O ガス排出は、重要な温室効果ガス排出源で、とくに窒素肥料を用いる農耕地でグローバルな問題となっています。そこで、被覆肥料という、成分が少しずつ土壌に溶け出すタイプの肥料を用いることにより、肥料からの N2O ガスの排出を最小限に抑えながら作物を育てる方法が古くから知られていましたが、その効果が土壌により大きく異なることが問題となっていました。内田は今回のポスター発表で、その原因の一つが N2O を発生する微生物タイプが土壌により異なることであると述べました。

この学会では世界中の N2O ガス研究者と今回さまざまな交流ができ、非常に有益でした。内田は学生時代をニュージーランドで過ごした後、現在日本でポスドクとして働いていますが、そのニュージーランド時代の指導教官 (ニュージーランド・アグリサーチの Kelliher 教授) と数年ぶりに再会しました。さまざまなアドバイスや励ましを受け、これからも日本で研究を充実させていこうと感じました。参加した口頭発表などからは、ヨーロッパならではの土壌科学研究の雰囲気を感じ取りました。ヨーロッパは陸続きでたくさんの国が連なっているため、国境を越えた共同研究が非常に多く行われていました。また、英語圏ではないヨーロッパの国々からの参加者も臆(おく)することなく活発にディスカッションに参加していました。そして、国どうしの連携を深めていることにより、データの共有や比較も容易に行っていました。これらの点は日本の科学者も見習わなければなりません。私の専門とする土壌ガス採取などでも、日本ではさまざまな科学者がさまざまな手法で行っていますので、直接的な比較を行うのが難しい場合が多々ありますが、ヨーロッパのようにある程度手法を統一し、比較を行えるようにアジア圏でも将来模倣していきたいです。

会場の一角で簡単なサンドイッチでの昼食会(数人が壁際のカーペットで車座になっている)

写真2 会場の一角で簡単なサンドイッチでの昼食会

海外で活躍する日本人の方々との交流も有意義でした。現在日本で大きな問題となっている土壌汚染に関する情報を収集しているイギリス在住の日本人の方や、オーストラリアで長年学生として地球温暖化と土壌、植物の関係などについて研究している日本人にも出会いました。海外という厳しい環境に置かれながらも目標を持ち研究に打ち込んでいる人たちの精神には非常に励まされました(写真2)。

また、学会参加者向けのツアーで、会場からバスで行ける二つのユネスコ世界遺産を訪れました。マテーラという場所では、岩をくりぬいて作った建物が並ぶすり鉢状の街を散策し、11世紀ごろに描かれたというフレスコ画などを鑑賞しました(写真3)。さらに、アルベロベッロという街では、トゥルッリという石造りの三角屋根で白壁の建物を多く見ました。どちらの街も全体が良く管理されており、美しい場所でした(写真4)。今後もこの会議で出会った人たちと情報を交換しながら、また次回 EUROSOIL で発表を行えるような研究を行いたいと強く感じています。

マテーラの街並み(写真)

写真3 マテーラの街並み
現在はほとんど人が住んでいないようでした。

アルベロベッロの街独特の建造物、トゥルッリ。暑い日でしたがトゥルッリの中は年中過ごしやすい。(写真)

写真4 アルベロベッロの街独特の建造物、トゥルッリ
暑い日でしたがトゥルッリの中は年中過ごしやすい。

内田義崇(物質循環研究領域 農環研特別研究員)
白戸康人(農業環境インベントリーセンター)
岸本文紅(物質循環研究領域)
三島慎一郎(物質循環研究領域)

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