Q1. 「AsiaFlux」 は何と読むのですか?
A1. 日本語では 「アジアフラックス」 と読みます。「AsiaFlux」 は固有名詞であり、略称ではありません。「Asia Flux」 と二つの単語には分けないで、「AsiaFlux」 と続けて表記します。「F」 は大文字です。
Q2. 「アジア」 はわかりますが、「フラックス」 というのは何ですか?
A2. 辞書を引くと、「 Flux(フラックス)」 にはいろいろな意味があることがわかりますが、AsiaFlux の「Flux」 は物理学で使われる流速密度(flux density)のことであり、ある面を通過する物質やエネルギーの量を、単位面積当たり、単位時間当たりの移動量として表したものです。たとえば、1平方メートル (m2 ) の地面に、1秒間(s)に500ジュール(J)の日射エネルギーが入射する場合には、そのフラックスは500 J m−2s−1 = 500 W m−2 です(Wはワット。1 Js−1 = 1 W)。また、1ヘクタール(ha)の森林が1年間(y)に2トン(t)の炭素を吸収する場合には、そのフラックスは 2 tC ha−1y−1です(ここで、「C」は炭素の量を意味する)。
Q3. 「AsiaFlux」 は固有名詞ということですが、何の名称ですか?
A3. アジアには、渦相関法という測定方法を用いて、陸域生態系 (森林、草原、農地、湿地など) と大気との間の炭素、水蒸気およびエネルギー(熱)の移動を解明するための観測を実施している観測点が、多数あります。AsiaFlux は、そのような観測点と、それに関わる研究者の国際的なネットワークの名称です。炭素、水蒸気およびエネルギーの単位時間、単位面積当たりの移動量はすなわちフラックスであり、アジアのフラックスという意味で AsiaFlux という名称となりました。右側の図は AsiaFlux のロゴです。
AsiaFlux と同じように、ヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニア、アフリカを観測対象とする地域ネットワークがあり、それら全体を含む世界ネットワークとして FLUXNET があります。「FLUXNET」 は 「フラックスネット」 と読みます。
Q4. AsiaFlux は、いつ頃できたのですか?
A4. 1999年9月です。これに先立つ1998年8月に、山本 晋(資源環境技術総合研究所、当時)、原薗芳信(農業環境技術研究所、当時)の両氏を世話人とする研究集会 「CO2/H2O/熱フラックスの野外観測−研究者のリサーチネットの構築を目指して−」 が開催されました。この研究集会を機に、国内の研究者によるフラックス研究会が発足し、その研究会が中心となって、1999年9月に AsiaFlux が発足しました (国立環境研究所地球環境センター編、Flux Observation Activities and Sites in Japan. 2001年7月発行、2〜3ページ)。2000年9月には、AsiaFlux のキックオフミーティングとして、北海道大学で第1回の国際ワークショップが開催されました。
Q5. なぜ AsiaFlux ができたのですか?
A5. 大気中の二酸化炭素濃度の上昇に対する陸域生態系の役割を解明するため、1990年代後半にヨーロッパおよび北アメリカで、渦相関法によるフラックス観測を中心に据えた観測点・研究者のネットワークが発足しました。日本では、渦相関法によるフラックスの観測に必要な 測器の開発にわが国の研究者が大きな貢献をしたこともあって、渦相関法によるフラックス観測に携わっていた研究者が多かったことから、上記のような国際情勢を受けて、日本国内、そしてアジアでのネットワークをつくろうという話がまとまりました
Q6. AsiaFlux の発足以前から同じような観測を行っていたということですが、AsiaFlux の発足によって何が変わったのでしょうか?
A6. 従来の観測は、農地や草原のように、フラックスの観測を行いやすい生態系を主な対象としていましたが、森林が観測点の過半数を占めるようになりました。観測期間についても、植物の生育期間の数週間から数か月程度の短期間の観測から、非生育期間を含む複数年にわたる長期観測へと移行しました。そして、FLUXNET や AsiaFlux の発足により、共通の測定方法で観測を行っている観測点・観測チームどうしの情報交換やデータ統合が急速に進み、研究が加速しました。測定方法の統一はデータの相互比較を容易にするという点で、観測ネットワークにとってもっとも重要な要素です。
Q7. AsiaFlux にはどのような研究者や機関、国が参加していますか?
A7. 日本を含むアジア各国の大学や研究機関で、関連分野の研究に携わっている方々です。発足当初から、フラックス観測に携わる研究者が多数を占めていますが、生態系モデルやリモートセンシングを専門とする研究者も参加しています。日本以外のアジア諸国では、韓国、中国、台湾、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、バングラデシュ、インドなどの研究者が参加しています。このうち、日本、韓国、中国、台湾、タイは、国内ネットワークを組織しています。
発足当初の AsiaFlux は日本の大学や研究機関に所属するメンバーだけで運営されており、AsiaFlux が日本の国内ネットワークの機能も果たしていました。しかし、のちに韓国に KoFlux、中国では ChinaFLUX が発足したため、これに合わせて日本の国内組織である JapanFlux をつくり、国際組織である AsiaFlux との違いを明確にしました。
各国の国内ネットワークの状況は国ごとに大きく異なります。たとえば、ChinaFLUX はその中心となる研究機関が、広い国土をカバーするように観測点を戦略的に配置して(当初は、森林4地点、草原3地点)、発足したものです。一方、JapanFlux は、個々の研究機関や研究者がそれぞれの研究のために設置した観測点を集合したというのが実情です。
Q8. AsiaFlux の観測点はいくつありますか?
A8. 2012年9月現在で、AsiaFlux にサイト登録済みの観測点は88(観測を終了した観測点を含む)、観測データを AsiaFlux のデータベースに登録している観測点は27地点(計94サイト・年)です。観測点の情報は、AsiaFlux のウェブサイトで閲覧できます(下図、http://asiaflux.net/?page_id=22 (新しいURLに変更されました:2014年10月) )。
AsiaFlux の観測点の多くは東アジアと東南アジアに分布しています。ウェブサイトには未掲載ですが、渦相関法によるフラックスは実施していなくても、土壌呼吸速度の長期観測を実施している観測点もあります。また、AsiaFlux にサイト登録をしていても、AsiaFlux のデータベースではなく、独自のデータベースで観測データを公開している観測点もあります。
同様の観測を行っているアジアの観測点のすべてを、AsiaFlux が網羅しているわけではありません。とくに、中国や東南アジア、インドなどには、AsiaFlux とは独立に、類似の観測を行っている観測点が相当数あると推測されますが、その実態を把握するのは難しい状況です。また、インド以西のアジアは、AsiaFlux にとっては未知の領域です。これらの地域の情報をお持ちの方は、ぜひ AsiaFlux つくばオフィス(後述)まで、ご一報下さい。
Q9. AsiaFlux はどんな活動をしていますか?
A9. 国際研究集会( AsiaFlux Workshop )やトレーニングコースの開催、ウェブサイト( http://asiaflux.net (新しいURLに変更されました:2014年10月) )やメーリングリストによる情報交換、ニュースレターの発行、データベースの運営、プロジェクトや共同研究の推進、学術誌の特集号の企画、他の観測ネットワークや研究者コミュニティとの連携の推進などを行っています。
これらの活動のうち、もっとも力を入れているのはAsiaFlux Workshopの開催です。AsiaFlux Workshop には、AsiaFlux 以外の地域ネットワークの関係者も参加します。本記事の末尾にこれまでに開催した AsiaFlux Workshop の報告のリストを載せましたので、ご参照下さい。また、トレーニングコースは、経験の浅い研究者や大学院生を対象にして、渦相関法による観測の理論や測器の操作方法、データの処理方法を習得してもらうための講習会です。主催者側にとっては負担の大きな活動ですが、AsiaFlux 全体のレベルアップには不可欠な活動です。最近は、測器メーカーの協力も得ながら、内容も試行錯誤を繰り返しつつ、よりよいトレーニングコースの企画・運営を模索しています。
この他に、若手研究者の自主的な取り組みとして、AsiaFlux Workshop にあわせた Young Scientist Meeting の開催があげられます。これは、ワークショップに参加した若手研究者や大学院生が、ゲストとして招へいしたシニアの研究者を交えて懇談する催しであり、2007年のワークショップ以降は継続的に開催されています。また、本記事の末尾に示した AsiaFlux Workshop の報告も、その多くは若手研究者が自主的に執筆したものです。AsiaFlux の継続、発展のためには次代を担う研究者の成長が不可欠であり、このような活動を通して、国や研究分野を越えた若手研究者の自主的な交流が進められていることは特筆すべきことです。
Q10. 学会との違いは何でしょうか?
A10. 活動内容には似ている点もありますが、AsiaFlux は学会ではなく、研究プロジェクトです。学会が特定の学問分野の発展を目的とするのに対して、AsiaFlux の目的は 「1日から数年までの時間スケールでの、陸域と大気との間の二酸化炭素(CO2)、水蒸気およびエネルギーの交換に関する研究 ( to study the exchanges of carbon dioxide, water vapor, and energy between terrestrial ecosystems and the atmosphere across daily to inter-annual time scales )」というように個別的、具体的です。
Q11. AsiaFlux はどのように運営しているのですか?
A11. 常設の Science Steering Committee( SSC、研究推進委員会。委員の任期3年)が、運営を担っています。SSC は研究集会にあわせて、あるいはインターネットを通じて、年数回のミーティングを開催し、その決定事項を SSC のメンバーが中心になって、分担して実施しています。現在の SSC は、日本から6名、韓国から2名、中国から5名、台湾から1名、タイから1名で構成されています(この他に、オブザーバーが6名)。
また、日常的な事務を行うために、つくば、ソウル、北京に事務局を設置しています。このうち、ソウルと北京の事務局は、現在は国内ネットワークに関する事務担当となっていますので、AsiaFlux 全体に関わる事務はつくばの事務局 (「Tsukuba Office」、国立環境研究所 地球環境研究センター内に設置) が担っています。 このような運営体制は、AsiaFlux の発足以降、何回かの変更を経て現在の形になったものです。AsiaFlux はどの機関が運営しているのか、というような質問を受けることがありますが、上記のように AsiaFlux は特定の機関が運営しているものではありません。AsiaFlux が特定の機関を利するものであってはならない、ということは暗黙の了解事項であり、運営の基本になっています。
Q12. AsiaFlux の活動資金はどのように得ているのですか?
A12. SSC のメンバーを中心とする参加者の努力で、活動資金を得ています。研究者が所属する機関からの支援 (事務局経費や、研究集会の開催経費の一部など) もありますが、活動資金の大半は参加各国の外部資金から得ています。研究集会( AsiaFlux Workshop )を開催する場合には、参加費を徴収して開催費用の一部に充当しています。AsiaFlux の活動を安定的に行うためには、アジア諸国が共同で申請・執行できる予算が必要であり、そのような予算枠が増えることを切望しています。
なお、AsiaFlux は個々の観測点の設置や運営に対する資金提供は行っていません( FLUXNET も同様)。つまり、それぞれの観測点の設置や運営に必要な資金は、すべてその観測点の関係者の努力によって獲得されたものです。これは AsiaFlux のプロジェクトとしての特徴を考えるうえで、とても重要な点です。
Q13. AsiaFlux の国際的な位置づけは?
A13. AsiaFlux が参加する FLUXNET は、ICSU(国際科学会議) が実施している IGBP(地球圏−生物圏国際協同研究計画) のコアプログラムの一つである iLEAPS(統合陸域生態?大気プロセス研究計画) の承認プロジェクトです。
Q14. AsiaFlux と FLUXNET との関係は?
A14. AsiaFlux は FLUXNET を構成する地域ネットワークの一つであり、その目的や活動内容はほぼ同じです。両者は協力関係にありますが、FLUXNET が本部で、AsiaFlux がそのアジア支部という従属関係ではありません。両者は対等な関係にあり、違いはその研究対象がアジアなのか、世界なのかという点です
Q15. AsiaFlux と農業環境技術研究所との関係は?
A15. 農地と大気との間のエネルギー(熱)や水蒸気、二酸化炭素のフラックスは、農業技術研究所の時代から現在に至るまで、一貫して当研究所の重要な研究テーマです。熱フラックスは植物群落の温度構造を決定し、水蒸気と二酸化炭素のフラックスは植物群落の蒸発散速度、光合成・呼吸速度に関係するので、当研究所では1950年代からこれらのフラックスの観測研究に力を注いできました。このような事情で、当研究所は AsiaFlux の発足時から AsiaFlux に参加し、その運営にも関わっています。また、茨城県つくば市真瀬にある水田観測点(写真)は、AsiaFluxを代表する観測点の一つとして、観測データをAsiaFluxのデータベースに登録し、多くの研究者に利用していただいています。
Q16. AsiaFlux の今後の活動は?
A16. AsiaFlux は、過去5年間、日本、韓国、中国が連携した CarboEastAsia という東アジアを対象とするプロジェクトを中心に活動してきました。今後は、近年、観測点が増加し研究が活発化しつつある東南アジアにも、活動の対象を徐々に拡大していく計画です。さまざまなプロジェクトで進行中の、フラックス観測と生態系モデルやリモートセンシングの研究との連携も、引き続き推進する予定です。このためには、AsiaFlux データベースへのデータ登録のサイト数や年数を増やすことが不可欠です。また、予定より遅れていますが、短期ビジョンとして掲げている AsiaFlux としてのアジアの炭素収支・水収支報告書の刊行をめざしています。さらに、FLUXNET ではメタンおよび一酸化二窒素の統合解析に向けた動きが始まっており、今後は AsiaFlux でもメタンや一酸化二窒素のフラックス、さらにはその他の微量ガスのフラックスや同位体の観測を行う観測点が増えることが予想されます。
一方、日本国内の観測点や日本の研究者が関係する海外の観測点のなかには、資金難や運営に関わる人員の不足により、継続が難しくなっている観測点が少なからずあり、今後、同じような状況が他のアジア諸国にも広がる可能性も高いといえます。個々の観測点の運営はそれぞれの機関・研究者に任されており、また単に観測を継続することが AsiaFlux の目的ではありません。しかし、個々の観測点を取り巻くこのような状況にどう対処するかは AsiaFlux の将来にとって重要な問題ですので、AsiaFlux としての方向性を早期に示す必要があります。
Q17. 当面の活動予定は?
A17. 2013年8月に韓国で、水文分野と合同で AsiaFlux Workshop を開催することが決定しています。その他にもいろいろな活動を行っていますので、AsiaFlux のウェブサイトなどをご覧下さい。
Q18. AsiaFluxに参加するにはどうしたらいいのでしょうか?
A18. AsiaFlux のウェブサイトに会員登録のページがありますので、ご利用下さい( http://asiaflux.net/?page_id=32 (新しいURLに変更されました:2014年10月) )。観測点の情報提供や観測データのデータベース登録については、AsiaFlux Tsukuba Office( tsukuba@asiaflux.net )にご連絡下さい。
Q19. なぜ、このような記事を書いたのですか?
A19. いくつかの重要な文書で AsiaFlux の名称やその内容が正しく記載されていないことに気づいたり、研究分野が比較的近い方々との会話で AsiaFlux の存在や活動内容があまり知られていないことに気づかされたりして、AsiaFlux の運営に携わる者の一人として残念に思うと同時に、AsiaFlux の存在や活動を国内に向けてもっと積極的にアピールする必要性を感じたからです。また、AsiaFlux のウェブサイトには詳細な情報が掲載されているのですが、英文なので国内の方々には読んでもらえないのかもしれないと思い、和文の紹介記事を書いた次第です。
宮田 明(大気環境研究領域)
参考:これまでの AsiaFlux Workshop の報告
(開催順。先頭に * を付けた報告は、オンラインで閲覧できます。)
* 檜山哲哉・三枝信子・渡辺力,2001 : AsiaFlux 国際会議(International Workshop for Advanced Flux Network and Flux Evaluation)報告.天気,48(2), 89-93.
高木健太郎・溝口康子・鈴木智恵子,2001 : AsiaFlux ワークショップ2000(International Workshop for Advanced Flux Network and Flux Evaluation−Kick off Meeting of AsiaFlux Network−)報告.生物と気象,1(1), 23-28.
* Rho, C., Kim, J., 2002 : The second AsiaFlux Workshop to Advance Understanding of Ecosystem Fluxes in Asia. AsiaFlux Newsletter, 1, 3-4.
* Yu, G., 2003 : Report on the International Workshop on Flux Observation and Research. AsiaFlux Newsletter, 8, 1-2.
安田幸生・高木健太郎,2006 : AsiaFlux ワークショップ 2005(4th AsiaFlux Workshop)の報告.生物と気象,6(1), 11-14.
* 小野圭介・平田竜一,2007 : International Workshop on Flux Estimation over Diverse Terrestrial Ecosystems in Asia - AsiaFlux Workshop 2006 - の報告.生物と気象,7: D-1.
* Hsia, Y.-J., Chang, S.-C., 2008 : Report on AsiaFlux Workshop 2007. AsiaFlux Newsletter, 24, 1-4.
* 植山雅仁・齊藤 誠・滝本貴弘,2008 : Re-Thinking Global Change Science: From Knowledge to Policy - AsiaFlux Workshop 2008 - の報告.生物と気象,8: D-3.
* 大久保晋治郎・安立美奈子・小野圭介・本岡毅・西村渉・奥村智憲・安宅未央子・近藤雅征・望月智貴,2009 : AsiaFlux Workshop 2009 - Integrating Cross-scale Ecosystem Knowledge: Bridge and Barriers - の報告.生物と気象,9: D-2.
* 奥村智憲・安宅未央子・近藤雅征・望月智貴・吉村謙一・見竹康啓,2011 : AsiaFlux Workshop 2010 ― New Challenges of Fluxnet Community to Resilient Carbon/Water Management ― の報告.生物と気象,11: D1?6.
* 斎藤琢・坂部綾香・吉澤景介・鎌倉真依・安立美奈子・平田竜一,2012 : AsiaFlux Workshop 2011 “Bridging Ecosystem Science to Services and Stewardship” の報告,生物と気象,12, D3-9.