2012年7月23日から28日まで、第55回国際植生学会シンポジウム( IAVS2012 ) が、韓国木浦市で開催されました。
木浦市は韓国南部に位置する海沿いの都市で、市の中心部から十数km離れたシンポジウム会場の現代ホテル (写真1) への行き帰りは、黄海の島々や海に沈む夕日を眺めながらの移動となりました。今回のシンポジウムは、韓国での開催とあって、日本からの参加者も多く見られ、全体では38か国から378名の参加がありました。発表内容も気候変動、地域植生、保全手法、炭素循環、植生動態、民俗植物学など、植生学に関わる多様なものがありました。
シンポジウムのメインテーマは “Climate Change and Vegetation Science (気候変動と植生学)” でした。24日の Michael Gottfried 氏の基調講演によれば、Global Observation Research Initiative in Alpine Environments という国際的な共同研究のネットワークを生かし、近年ヨーロッパの山岳頂上域で植物の種多様性が増加傾向にあることが明らかとなってきているようです。個人では収集困難で、かつ長期の観察を要する貴重なデータであり、また研究仮説も一般の方に分かりやすい魅力的な研究事例でした。スペシャルセッションの Jonathan Lenoir 氏による、気候変動に伴う植物の生育適地の変化とそれに対する植物分布域の適応までのタイムラグに関する発表も興味深かったです。
25日には Mid-Excursion として、Wolchulsan(月出山)国立公園および周辺の伝統的な農村を訪れ、里山の植物相や農村景観を観察しました(写真2)。現在は日本海により地理的に隔離されている日本と韓国ですが、過去には地続きであったこともあり、その植物相は西日本の里山の植物相と非常によく似ていました。公園内には日本でも温帯域に広く分布するコナラ、アベマキ、イヌシデ、アカマツなどを優占種とする林が成立していました。近年、日本国内ではマツ枯れの拡大や里山利用の衰退に伴い、アカマツ林の減少が続いていますが、韓国ではアカマツを主体とする里山が広域に残っており、人間活動や社会情勢の変化が植生に与える影響を考察する上で重要な研究対象と感じました。
おそらく多くの研究者に共通する、研究上の苦い経験として、長期観察データを解析する際の精度のばらつきの取り扱いがあげられると思います。口頭発表の一つに、Rob Marrs 氏らによる英国の湿地植生復元に関する研究事例がありました。彼らの研究データも過去の管理の不一致や継続調査精度の違いなどがある中で試験・考察を行ってきた、という研究の経緯には個人的に勇気づけられました。
研究の背景や問題の解決方法がユニークなものとして、Inger Maren 氏による植生復元の発表が印象的でした。水力発電ダム建設前のタンザニアのキハンシ渓谷には Kihansi Spray Toad という渓谷固有のカエルが生息していました。しかし、ダム建設によって滝からの水しぶきが途絶え、そこに成立していた植生が失われたことを主因として、そのカエルは野生絶滅してしまいました。しかし、幸いこのカエルはアメリカの動物園で保護・繁殖されている個体群が残っています。Maren 氏らはこのカエルの現地への将来的な再導入を成功させるため、渓谷にスプリンクラーを導入して滝からの水しぶきがかかる環境を再現し、植生の再生を図る試験をしています。発表では、試験開始後8年経過した現状について報告されました。スプリンクラーの導入後、雑草種は減少し、ダム建設以前の植生に近づきつつあるようです。
私(徳岡)は Dynamic analysis of ecological succession in abandoned farmlands for effective management of rural land resources の題目で、関東東部の耕作放棄地の植生における樹林化の停滞やナミテントウ、アブラムシ、放棄地植生の三者関係が周辺農地の害虫防除機能に与える影響について発表し、多くの参加者から有益なコメントをいただきました。海外での国際シンポジウム参加は初めてでしたが、世界各地の植生研究者の事例からたくさんの刺激を受け、自分自身の今後の研究への取り組み方を考える良い機会となりました。
写真1 現代ホテル(第55回国際植生学会シンポジウム会場)
写真2 Wolchulsan 国立公園内散策のようす
(生物多様性研究領域 徳岡良則)