原題は The End of Food 、副題は 「グローバル経済がもたらしたもうひとつの危機」(日本語版)。現代の世界の 「食システム」、「食経済」 の実態と、その裏に潜むぜい弱性を多様な角度から明らかにし、食と農のあり方について、根本的に問いかける。本書は豊富な情報と多くの取材に裏打ちされているため具体的であり、説得力に富んでいる。食と農の今後を考える上でたいへん有益な一冊であると思う。
500ページ以上と大作で、内容は多岐にわたるが、その一部を紹介する。
現代の先進国に暮らす人々は、豊かで便利な食生活を送っている。スーパーの食品売り場に行くと、生鮮食品から加工食品まで、さまざまな食品があふれんばかりに陳列されており、いつでも好きなものを、しかも安い値段で手に入れることができる。食品の生産量は増え続け、食品の種類や量、手に入れやすさは驚くばかりになっているのに、食品価格は下がり続けている。加工食品のおかげで調理に時間をかける必要がなくなり、あいた時間をほかのことにあてることができる。
こうした状況からは、人類は長い間戦ってきた飢えを克服し、この問題に輝かしい勝利を収めたかに見える。こうした豊かな食生活を支えているのは、「来る日も来る日も、より新鮮でより多種多様な商品を、市場の要求に応えて少しでも安く供給するために限界まで働き続ける巨大システムの姿」 であり、その構造がすでに限界を迎えていることは明らかだとする。どこかで大きな問題が発生すると、それが連鎖的に波及し、一気に破たんに向かう危険性があり、その破たんの兆候はさまざまなところに現れてきているのだ。
少しでも生産コストの低いところで農産物を生産し、需要のあるところに送り届けるというグローバル化は、病原菌や有害化学物質による汚染の問題を難しくしている。世界に延びたサプライチェーンにより、人々は食の便利さを享受することができるようになったが、このことが同時にインフルエンザウイルスや病原性大腸菌等の病原菌、有害物質など、食の安全に対する不安を増大させることとなった。食の安全の問題は、すでに流通業界が制御できる範囲を超えてしまったとする。
先進国では飢餓の恐れから解放されたというのに、肥満、高血圧、糖尿病などの成人病が深刻な問題となり、人々は健康不安におびえながら、健康に良いとされる食品を求めている。これが歴史上かつてなかった豊かな食生活のひとつの側面である。その一方で、世界人口の70億人のうち、10億人に近い人々が飢えに苦しんでおり、しかもその数は毎年750万人ずつ増えるなど、深刻化している。
食は人々の暮らしに密着した文化であるが、先進国では、便利で豊かになった食生活の代償として、社会において大きな役割を担っていた食文化は大きく変化し、グローバルな食文化に取って代わられつつある。食と結びついている家族関係や民族多様性などの社会基盤も大きな影響を受けた。
現代の食システムでは、農業は工業化されて工場のように経営され、そこでは際限のない価格競争が繰り広げられている。低コストで大量に生産しようとすると、価格が下がるため、さらに多くを生産しようとして設備投資をし、その回収のために生産を増やすという悪循環に陥る。その結果、生産効率の悪い中小農家ははじき出されてより大規模な農家に取って代わられ、穀物価格はさらに低下する。政府の補助金が、結果的にそれに輪をかける。畜産でも同様である。
著者は、食システムは他の経済活動部門と同様に進化してきたが、食そのものは基本的には経済活動ではなく、工業製品と同様に生産性一辺倒の経済活動の枠にはめていいものではないとする。コストの削減や規模拡大といった経済的な価値を追求しすぎることは、人々が求めているものとの間の矛盾を拡大することになるというのだ。
現代の食システムには重大な欠陥があり、重大な危機を迎えようとしているという認識が広まりつつある。現代のシステムに代わるものがすでに用意されているわけではないとするが、それに向けた新たな動きについても紹介している。現代のシステムを作りかえることは容易ではないが、たとえそれがどんなに難しくても、必ず成し遂げなくてはならないと強調する通りであろう。そのための時間は限られている。
目次
プロローグ
第1部 食システムの起源と発達
第1章 豊かさの飽くなき追求
第2章 すべては利便性のために
第3章 より良く、より多く、より安く
第4章 暴走する食システムと体重計の目盛り
第2部 食システムの抱える問題
第5章 誰が中国を養うのか
第6章 飽食と飢餓の狭間で
第7章 病原菌という時限爆弾
第8章 肉、その罪深きもの
第3部 食システムの未来
第9章 遺伝子組み換えかオーガニックか
第10章 新しい食システムを求めて
エピローグ