人間が育んだ農村の自然
農村には、水田、畦畔、のり面、水路、ため池、生垣、雑木林、スギ林、竹林、屋敷林など、様々な緑地があります。そのほとんどは人々が利用することにより育んできた生態系で、このような生態系を 「半自然生態系」 と呼びます。たとえば雑木林は、堆肥などに利用する下草や落葉を集めたり、炭焼きや椎茸栽培に利用するコナラやクヌギなどの木を伐採したりすることで維持されてきました。このような雑木林は、人がほとんど手を加えない照葉樹林に比べて、林の中は明るく草花も豊富で、歩いていて快適です。私たちが北関東で20m四方の範囲にある全ての植物種を調べたところ、照葉樹林では約50種類だったのに対し、良く管理された雑木林では、なんと約100種類にものぼりました。同じ地域の照葉樹林に比べて雑木林には約2倍もの植物が生育しているのです。これは、人々が雑木林を利用することによって林床に陽が射しこみ、草花の生育に都合の良い環境が生まれるためです。このように、人が育んだ半自然生態系が、農村の生物多様性を支えてきたのです。
日本中で減りゆく草地
半自然生態系の中でも、急激に姿を消しているものに 「ススキの原っぱ」 があります。かつて各地の農村には、家畜の飼料、肥料(緑肥)、茅ぶき屋根の材料などに利用されていたススキ原に代表される 「半自然草地」 が広く存在していました。1880年代には国土の3割以上、1950年代には国土の1割を上回る面積を誇っていましたが、今や国土面積の1〜2%にも満たないと言われています。これは、家畜に代わってトラクタや自動車、緑肥に代わって化学肥料が普及したことにより、半自然草地の利用価値がなくなったためで、かつての草地は森林に変化したり、開発の対象になったりしてしまいました。このため、半自然草地を主なすみかとする多くの生き物が絶滅の危機に瀕しています。そこで、大きな草原が見られる阿蘇や富士などでは、草原の保全や再生の試みが始まっています。しかし、多くの農村では半自然草地が省みられることなく、消滅しようとしています。
生物多様性を守る農業
ところが、普通の農村にも半自然草地が残されていることが、我々の研究でわかってきました。たとえば、丘陵や台地に囲まれた浅い谷の底に作られた谷津田には、日照を確保するために、水田周りの斜面の草刈りを定期的に行っている所があります(写真)。そのような草地(すそ刈り草地)は、草原性の植物が多く、キキョウ、フジバカマ、カワラナデシコなどの絶滅危惧種・希少種も生育しており、小面積ながら非常に多様性が高いことがわかりました。この質の高い半自然草地は、森林と水田に挟まれた場所で、昔から絶えず、米作りのために草刈りが行われてきたことにより維持されていると考えられます。
裾刈り草地
また、静岡県の茶産地では、良質なお茶を生産するために茶園にススキなどを敷く農法が行われており、地域には敷草を刈り取るための草地 (茶草場) が大規模に維持されています。我々の研究で、この茶草場にも絶滅危惧種を含む草原性の植物が多く生育することが明らかになりました。ここでは、茶生産という農業の営みの中で草地が維持されることにより、はからずも里山の草原と生物が守られて、それがまた茶栽培に恩恵を及ぼしているのです。
このように、地域の生物多様性を守ってきた農村の半自然生態系は、現在、劣化や消滅の危機に瀕していますが、一部では農業の生産活動を通じて今でも維持管理がなされ、貴重な生物の生息場所となっています。それらの場所は人々の生活の場に近く、身近にふれ合うことが出来る場所でもあります。貴重な生き物や農村の生物多様性を守るために、このような生産と生物多様性保全が両立する農業を、いかに継続していくかが重要です。
生物多様性研究領域 楠本良延・山本勝利(現在 企画戦略室 室長)
農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成24年(2012年)3月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。ただし写真は新聞に掲載されたものではありません。
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