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農業と環境 No.159 (2013年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 337: 日本の地下水が危ない、 橋本淳司 著、 幻冬舎新書(2013年1月) ISBN978-4-344-98295-6

地球は青かった。(ユーリイ・ガガーリン、 1934-1968)

今年の上半期のうれしいニュースとして、世界文化遺産に富士山の登録が決まったこと、世界農業遺産に国内から新たに静岡、熊本、大分各県の三つの地域が選ばれたことがあげられる。このうち、静岡の茶草場(ちゃぐさば)農法については、この農法によって維持されている半自然草地(茶草場)に絶滅危惧(きぐ)種など貴重な植物が多く生育することを農業環境技術研究所が明らかにし、この認定に貢献したので特に喜ばしい。

前置きはさておき、これらのニュースと比べ、全国的な話題にならなかったが、今年3月、熊本市は、オランダのハーグで開催された「世界水の日 国際式典」で、国連 “生命の水” 最優秀賞(水管理部門)を受賞し表彰を受けた。今回はこれに関連する我が国の地下水事情についての紹介である。

著者は、水問題を専門にしているフリーのジャーナリストである。地下水問題に限らず、水に関わるローカル、グローバルを問わず、新聞を賑(にぎ)わすセンセーショナルな出来事まで、話題は豊富である。

まずは水ビジネス、“水” 商売の話が展開される。本の帯に 「全国の水源地が中国資本に狙われている!?」 とあるように、中国資本による水源地の買いあさりの実態を、本書の導入部分に使っている。水源地をめぐる日本各地の戦い(第1章)や、地下水が危ないのは外国資本ではなく、実は日本企業によるペットボトル水争奪戦が影響していることに話が及ぶ。また東京の水道水(東京ウォーター)の放射性ヨウ素による一時的汚染や、安価で災害時に強い地下水の特性から、3.11以降、地下水への注目が高まっていることが描かれる(第2章)。

さらに話は広がり、グローバルな水の争奪戦について展開される(第3章ほか)。トルコやマレーシアが行う水の輸出と近隣国の安全保障問題上のジレンマ、ランドラッシュ(農地奪取)やバーチャルウォーターに見られる広い意味での国境をまたがる水の奪取、国際河川上流でのダム建設や流路変更計画により周辺国を脅かす中国など話題は尽きない。

第4章になって、ようやく本題の地下水に入る。水はだれのものか? 地上水は河川法に基づく水利権が設定される一方、日本には地下水を管理する法律がないこと。このため地下水は自由な採水がこれまで許される “私水” であったが、地下水源の枯渇懸念から公共的な地域の “公水” へと、国民意識が徐々に変化しつつあること、水の重要性を位置づける水循環基本法が国会で検討されていることなど詳細に解説されている。

第6章では、地下水を守るための日本各地の地下水涵養(かんよう)の取組が紹介される。水田に水を張ると地下水を涵養できるというのは、農業・農村の多面的機能の一つとしてもよく取り上げられる周知の事実だが、本書で目新しかったことは、上水の地下水依存度が80%ときわめて高い熊本市の取組である。

熊本市では地下水涵養量が長期的に減少が続く危機感から、近隣市町村と協力して、農地に河川から水を引き、地下水を涵養する。減反政策で水田そのものの面積を増やすわけにはいかない中、既存の水利権を活用し冬水田んぼの活用や、水田転換畑での作付けのない期間に湛水(たんすい)管理を行い効果を上げている。コムギ畑の場合、中干しで水が余っている時に、転作畑に回す。2か月間の湛水管理により土壌殺菌効果が期待され農家にメリットがあるのみならず、350ヘクタールのコムギ畑で600万トンの水源を涵養できるとは驚きである。農家の手間に対しては、市も補助金を出し、地元企業もサポートする。地域ぐるみで地下水の涵養に取り組んでいる。冒頭紹介したように、確かに表彰に値する立派な取組である。同様な取組はワサビ田で有名な長野県安曇野市でも進められている。

「水の惑星」 である地球は、皮肉なことに、地下水に限らず利用可能な水は限られている。貴重な水をどう循環的にマネジメントするか、示唆を与える書である。

目次

はじめに

第1章 水源地を買う外国人

第2章 地下水を売る日本企業

第3章 国境を越える水

第4章 水を守る法律がない

第5章 動き出した自治体

第6章 水は田んぼで育まれる

第7章 その水はなぜ必要か

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