学問の常識を逆転させた、世界の名だたる識者6名へのインタビュー。世界の叡智(えいち)である彼らは、正直さ、潔さ、勇気の点でぬきんでており、物事の本質を見極めようとするその一貫した姿勢は共通している、と編者はいう。専門は多様で、話の内容も専門的なものから共通した話題まで、幅広いが、科学や、世界の抱えるさまざまな問題などを考える上で、なるほどと思うところが多い。人類の存続のためには叡智(えいち)を結集して難問に立ち向かう必要があり、独創性、創造性による知の逆転が求められるところだが、変えたがらないのが人間であり、その時代の学問分野の流れに逆らって新たな発想をすることは容易ではない。彼らがどうして知の逆転を成し遂げたのか。科学と教育の話題を中心に、内容の一部を紹介する。
近年の進歩が目覚ましいとされているロボット工学。しかし、東京電力福島第一発電所事故では、放射線量の高い原子炉建屋内で、ロボットは人間に代わって活躍することはできなかった。人工知能分野の開拓者、マービン・ミンスキーは、その原因は30年前にあるとする。ロボット工学は30年前に研究テーマの選定を大きく誤り、ロボットに人間のまねをさせる、エンターテインメントに走ったというのである。その結果、もともとコンピューターが得意とするチェスでは人間に勝てるが、原子炉建屋内でドアをあけることも難しかったのである。
研究には時代のはやりがある。多くの研究者がある方向の研究をしていると、若い人たちもその方向が重要だと思い込み、そちらに流れることになる。1980年頃、ロボットの知能を上げる研究をしている人々が、「言語」の代わりに「統計」を使い始めた。すなわち、正確な表現の代わりに、統計的な推測を主体とするようになった。その後の30年間、コンピューター知能の研究はこの方向が主流となり、コンピューターの知能を上げるかわりに、コンピューターを巨大なデータベース化してきた。しかし、こうした方向での研究の進展はもうほぼ横ばいで、30年前に戻って、コンピューターに、人間の子供にできるレベルのことができるようにし、そこから成長させていくのが新しい展開につながるとする。
科学はますます大型化し、世界各国はビッグサイエンスを競い合っている。DNA二重らせんの発見者で、ヒトゲノムプロジェクトも率いてきたジェームズ・ワトソンは、大規模科学の必要性は認めながら、その弊害を指摘する。プロジェクト終了後は組織を解体すべきであるが、それができないためにその後も大型化を追い求め続け、その結果、研究で重要な個人という概念を壊していってしまっているというのである。科学で重要なのは、創造性のある若者たちが十分に仕事ができるような社会を維持していくこと、自分の運命を自分でコントロール出来るようにしておくことであり、多くの研究者が忙しく研究に打ち込んでいるが、深く考えずに、単にそれができるからやっているのではないのかと。そして、今やっていることが本当に我々の思考を変えることができるのか、逆に本来やるべきことの妨げになっていないか、立ち止まって振り返ることが重要であるとする。
個人の独創性をはぐくむことの重要性は、教育も同じである。言語学教授で哲学者、かつ政治活動家で、「生きている知識人の中でおそらく最も重要な知識人」 といわれるノーム・チョムスキーは、理想的な教育とは、子供たちが持っている創造性と創作力をのばし、自由社会で機能する市民となって、仕事や人生においても創造的で創作的であり、独立した存在になるように手助けすること、という。授業に出てノートをとり、それを試験で再確認するような、知識を一方的に伝えるだけの教育、試験のための勉強に対しては、有害だと切り捨てる。そうした勉強をする子供は、現人類(ホモ・サピエンス)と一時同じ時代を生きながら、(ホモ・サピエンスが持っている好奇心や創作力に欠けていたために) 滅亡していった、ネアンデルタール人のようなものだと。
同様に、脳神経科医でベストセラー作家でもあるオリバー・サックスは、教育はもっと積極的に好奇心や想像力、心に自立ということを刺激するべきだとし、ワトソンは、教育で重要なのは、事実の上に立って独立して考える能力を養うことであり、簡単に物事を受け入れてしまうのではなく、常にこれが最良の方法であるのかどうか問いかけ、自ら考えることが重要であるという。この能力は記憶を主体とする教育からは生まれない。
科学研究の果たすべき役割と現状と今後や、いま話題の教育改革、大学改革を考える上で、大いに刺激を与えてくれる一冊である。
目次
第1章 文明の崩壊 (ジャレド・ダイアモンド)
第2章 帝国主義の終わり (ノーム・チョムスキー)
第3章 柔らかな脳 (オリバー・サックス)
第4章 なぜ福島にロボットを送れなかったか (マービン・ミンスキー)
第5章 サイバー戦線異状あり (トム・レイトン)
第6章 人間はロジックより感情に支配される (ジェームズ・ワトソン)