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農業と環境 No.160 (2013年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農薬は環境中で使われる 「薬」 (日本農民新聞連載 「明日の元気な農業への注目の技術」 より)

安全の見張り役 “農薬取締法”

1962年に出版された 『沈黙の春』(レーチェル・カーソン女史) は、DDTなど当時使われていた農薬によって、生き物が死に絶える可能性を衝撃的に伝えました。それから半世紀が経過した現在、日本では、人畜毒性を含む安全性についての33項目のハードルをすべてクリアした農薬でなければ使うことができません。その見張り役が農薬取締法です。農薬取締法が定めるハードルの中には環境に関わる項目も多く、直接的なものに限っても6項目、関連を含めると10項目もあります。このように環境に対する安全性を詳しく調べる理由は、医薬と違って、農薬が農地という「環境」で使われる薬だからです。農地にまかれた農薬は、そこに栽培される作物や農地土壌に残留するだけでなく、河川に流出する、地下水を汚染する、大気中を拡散するなど、環境中を複雑に動きます。農薬はそもそも病害虫や雑草など生物を防除する道具ですので、農地やその周辺の山林、河川、湖沼などに生息する様々な生物への悪影響も心配されます。そこで農薬取締法では、環境への影響を調べることを義務づけて、その危険性 (リスク) を評価し、管理しているのです。

環境生物へのリスクを管理する

話は変わりますが、塩をなめると辛いですし、取りすぎれば健康に良くありません。けれども、薄い塩水ならあまり辛いと感じませんし、少量であれば健康に悪影響を与えません。様々な物質が生物に与える影響も同じで、その物質が生物の生育を阻害する力を持っていたとしても、量が少なければ影響も少ないことになります。つまり、生物に対する 「リスク」 は、その物質の毒性と生物がそれにさらされる程度で決まるのです。

農薬を処理した後の環境中の動き(模式図):散布された農薬は、「スプレードリフト」で他の作物・ほ場へ、対象作物・ほ場に落ちた農薬が土壌に残留して同じほ場の後作物へ、あるいは「ベーパードリフト」「地下浸透(水平)」「表面流出」で他のほ場の作物へ、表面流出で河川・湖沼へ、「地下浸透(垂直)」で地下水へ、それぞれ移動します。

たとえば、水田で使われた農薬が河川や湖沼に流れ出したときに、そこに住む生物に悪影響を与える危険性について考えましょう。農薬取締法では、農薬が土壌中や水中でどのような動きをするのか、また農薬が水生生物にどのくらい影響するのかを調べます。生物がどのくらい農薬にさらされるか (暴露量) については、最悪のケースから、より現実的なケースまで段階的に調べます。一方、農薬の毒性については、魚、ミジンコ (甲殻類)、藻類のいわゆる 「3点セット」 にそれ以外の生物グループを加えた試験方法が、OECD (経済協力開発機構) によって公表されています。そして、予想される暴露量でも生物 (環境) に対して影響の小さい農薬だけが、使用を許可されます。日本の農薬は、環境に対する影響だけでなく、人畜や作物への影響も含めて、世界的に極めて高い基準で安全性が確保されています。

用量・用法を守ることが大切

では、このように安全性が確認された農薬であれば、どのような使い方をしても大丈夫でしょうか。それは大きな誤解です。農薬取締法は、あくまでも農薬容器のラベルに明記されている使用基準を農家がしっかり守ることを前提として、農薬の販売や使用を認めているのです。したがって、医薬品と同様に使用量や使用法をしっかり守ることが大切です。また、水稲用の農薬では、水田の周辺に農薬が飛散 (ドリフト) しないように注意すること、農薬を処理して1週間程度は落水しないことも重要です。

医薬が人にとって薬であるように、農薬は農作物にとって薬であり、作物が健康に育つために使われます。作物が健康に育てば、収量が安定するだけでなく、品質も向上します。結果として、食卓が豊かになり、私たちの健康につながります。どのような技術や物にも良い面と悪い面があります。私たちは日頃から、良い面を活かして、悪い面が出ないように工夫して生活しています。農薬を使用する農家の皆さんには、私たちの健康のために使う農薬が環境に悪い影響を与えないように、日頃から安全使用を心がけていただきたいと思います。

研究コーディネータ 與語靖洋

農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成24年(2012年)6月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。

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