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農業と環境 No.161 (2013年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 流域の土壌・水動態解析ツールSWATの開発と適用、今後の展望

The Soil and Water Assessment Tool: Historical Development, Applications, and Future Research Directions.
P. W. Gassman et al. Transactions of the ASABE 50(4): 1211-1250 (2007)

(広域評価が求められている)

農業環境技術研究所には、農業環境に関わる事象を深く掘り下げる基礎的な研究、および、農業環境に関わる多くのデータを体系化して広域評価するという包括的な研究の両方が求められています。私がこの研究所に移ったのは、おりしも東京電力福島原発事故のすぐ後であり、中期計画に定められた農地からの栄養塩の動態解明に加えて、放射性物質の動態解明が研究課題として求められました。そこで、広域の水・栄養塩などの動態解明に有効なツールと思われる Soil and Water Assessment Tool (SWAT) を勉強しているところです。

ここで紹介するのは、2007年にまとめられた,SWAT の開発や適用に関する総説論文です。

(論文の概要)

SWAT は、測定機器を設置していない流域においても、土壌管理等による水、土砂、肥料や農薬の流出を、サブ流域単位で、日単位で連続的に予測するモデルです。物理法則に則(のっと)ったもので、コンピューターにより、能率的に連続的に長期間におよぶシミュレーションを行います。モデルを構成するおもな要素は、気象、水文、土壌の物理・化学性、植物生育、肥料、農薬、バクテリアや病原菌、土地の管理です。SWAT では流域を複数のサブ流域に分けます。サブ流域はさらに、土地利用や土壌管理や土壌の性質が同じとみなせる領域: hydrologic response unit (HRU) に分けられます。HRU はサブ流域に占める割合で表され、位置は特定できません。あるいは、流域を、HRU を使わずに、おもな土地利用、土壌タイプ、土壌管理によってサブ流域に分けることもできます。

SWAT モデルは、米国農務省 (USDA) によって、幅広い研究分野の連携のもとで開発されました。国際 SWAT 会議、多くの学会・研究会で数多くの関連論文が発表され、米国環境保護局の点源・面源負荷解析ソフトウェアの一部にも組み込まれ、USDA の国土保全効果評価プロジェクトなどにおいて、多くの行政部局で用いられています。

現在、SWAT の適用やその構成要素、その他に関する査読論文は250以上あります。本論文では、河川流量の最適化とそれに関連する水文学的解析、水循環への気候変動影響、汚染物質の評価、他のモデルとの比較、感度分析・最適化手法など主要な適用分野ごとに論文を要約・解説して、このモデルの強みと弱み、SWAT で求められている研究についても述べています。SWAT に組み込まれた個々のモデルの多くが単純化されたものであること、土壌炭素含量を一定とみなしていること、植物生育モデルのデータベースが足りない、水田には適用しにくいなど、改良の余地があるため、SWAT コードは公開され、多くの研究者がモデルやデータベースを改良・追加できるようにされています。

(論文の活用)

私は、筑波山近くの流域を対象に、SWAT を用いた水・溶質等の移動解析を行っています。流量と溶存態窒素は、実測値と比較的に合わせやすいのですが、懸濁物質量を合わせるのは難しく感じています。また、グループのメンバーと、福島県内の数か所の水田で、流入水量、流出水量、流入水の濁度、流出水の濁度 (懸濁物質量の指標) の連続測定を行っていますが、水量と濁度の間に、一定の関係を得るのがやや難しい状況に出くわしています。しかし、リンや放射性セシウムの多くが土壌粒子に吸着されて移動することを考えると、懸濁物質量の予測を避けては通れません。今回紹介した論文には、SWAT に含まれる多くのモデルの物理・化学法則に関する論文が多数引用されています。また、SWAT の適用事例を詳細にとりまとめ、流域、面積、対象物質、シミュレーションの適合性(不確実性の検証)などの一覧表が掲載されています。これらを参考にしながら、グループのメンバーと研究を進めていきます。

(物質循環研究領域  吉川 省子)

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