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農業と環境 No.163 (2013年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 生態学的相互作用を考慮して個体レベルから個体群レベルの化学物質の影響を予測する

Predicting the sensitivity of populations from individual exposure to chemicals : The role of ecological interactions
Gabsi, F., Schaffer A. and Preuss T. G.
Environmental Toxicology and Chemistry, DOI 10.1002/etc.2409

化学物質は環境中に放出されると生物や生態系の機能に悪影響を及ぼす可能性があるため、異なる栄養段階に属する生物種を使った室内毒性試験を実施して、事前に化学物質のリスク評価が行われます。リスク評価は生態系の保全を最終的なゴールとしており、生物が持続的に環境中で生息できること(個体群の維持)をめざしています。しかし、室内毒性試験は(捕食者・競争相手がいないなど)実験室内の特殊な環境下で実施され、生死など個体レベルの影響しか評価できません。このような室内毒性試験の結果から、さまざまな環境ストレス(餌条件や捕食・競争のような生物間相互作用など)にさらされている個体群や生態系に対する影響を予測することは不確実性が高く困難を伴います。より自然環境に近い毒性試験としてメソコズム試験がありますが、コストや時間がかかるため容易には実施できません。

今回紹介する論文は、IDamP モデル(用語解説 参照) というオオミジンコの個体群動態モデルを用いて、個体レベルでの化学物質の影響から、個体群に対する影響の予測を試みています。さらに餌(えさ)条件や生物間相互作用といった環境ストレスが個体群に対する化学物質の影響をどのくらい変動させるのかを評価して、リスク評価における生物間相互作用の重要性を論じています。

筆者らは、餌の少ない条件と多い条件において化学物質を仮想的に曝露(ばくろ)したときのオオミジンコ個体群の変動を、IDamP モデルで評価しました。使われた化学物質は、オオミジンコの繁殖に影響を及ぼす物質、摂食速度に影響を及ぼす物質、個体の成長速度に影響を及ぼす物質で、濃度によってはこれらの物質は個体の死亡も引き起こします。次に捕食者(フサカの幼虫)や競争相手(別種のミジンコ)が仮想的に存在した場合に、さまざまな餌条件下でオオミジンコ個体群がどのような影響を受けるかを評価しました。最後に捕食・競争といった環境ストレスが仮想的に存在する中で個体群に対する化学物質の影響がどの程度変動するかを評価しました。

化学物質単独での影響を評価したシミュレーションの結果、生存と繁殖に影響を及ぼす化学物質は中程度の曝露で個体群サイズが減少しました。生存にかかわる化学物質は餌が多い条件で個体群に対しより影響を及ぼし、繁殖にかかわる化学物質は餌が少ない条件で個体群に対する影響が大きくなりました。

次に個体群動態における生物間相互作用の効果をみると、競争よりも捕食の効果の方がミジンコ個体群のサイズを減少させました。ただしミジンコにとって餌が豊富な環境下では捕食の影響は小さくなりました。捕食者と競争相手が同時に存在する場合は相乗的効果でさらに個体群サイズは減少しました。

最後に生物間相互作用が化学物質の個体群に対する影響にどのような効果をもたらすかのシミュレーションの結果、競争ストレスは、摂食速度に影響する化学物質を除いて、餌条件にかかわらず化学物質の影響を増大させる、いわゆる相乗的効果を示しました。一方、捕食ストレスは餌条件により効果が異なりました。餌が少ない条件下では繁殖にかかわる化学物質の影響に対し拮抗(きっこう)的効果を示しましたが、餌が多い条件下では繁殖にかかわる化学物質の影響を増大させました。生存にかかわる化学物質の影響に対しては、餌が少ない条件下で相乗的効果を、餌が多い条件下では相乗的効果も拮抗的効果も示しませんでした。

これらのシミュレーションで得られた、化学物質の影響に対する競争の相乗的効果については、実験例がいくつか報告されています。餌が少ない条件下でみられた、繁殖に影響する化学物質に対する捕食の拮抗的効果については、そのような化学物質の影響を受けやすい未成熟個体が捕食により減少したことが原因であると解析されました。

生物はさまざまな環境ストレスにさらされており、より現実的なリスク評価のためには、これらの環境ストレスを考慮する必要があります。今回紹介した IDamP モデルのように、個体レベルの生活史プロセスをもとにした個体群動態モデルを利用すれば、餌条件、競争、捕食といった環境ストレスをさまざまに組み合わせて、個体群レベルで化学物質の影響を予測できます。

実験生物として広く利用されているミジンコでは生活史プロセスと環境ストレスの関係が実験的に明らかにされているため、IDamP のようなモデルの構築が可能です。実環境には、ミジンコとは異なる生活様式を持ち、かつミジンコと同様に生態学的に重要でリスク評価の対象とすべき生物種がたくさん生息しています。しかしそれらの生物種の生態はミジンコほど明らかにされていません。そのような生物種の個体レベルの生活史プロセスに基づく個体群動態モデルを構築するためには、今後ともさまざまな生物に関して生態学的知見の蓄積が必要でしょう。

用語解説

IDamP モデル (Individual-based Daphnia magna Population model): 藻類を摂食する速度、体サイズの成長、未成熟個体の成長、繁殖、生存などの個体レベルの生活史プロセスをもとにしてオオミジンコ個体数の変動を記述する個体群動態モデル。餌条件、密度効果、捕食者・競争相手等の生物間相互作用の効果を組み込んだシミュレーションが可能。

モデルの概念(チャート図)

図 IDamP モデルの概念図 (Preuss et al., 2009より作図)

参考文献

Preuss et al. (2009): Development and validation of an individual based Daphnia magna population model: The influence of crowding on population dynamics. Ecological Modelling 220: 310-329.

横山淳史(有機化学物質研究領域)

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