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農業と環境 No.163 (2013年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 341: 森の力−植物生態学者の理論と実践、 宮脇 昭 著、 講談社現代新書(2013年4月) ISBN978-4-06-288204-0

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかる。(アントニオ猪木、1943- )

本書は、横浜国立大学名誉教授で85才を越えてなお現役として、4000 万本以上の木を植えてきた植物生態学者宮脇昭氏の自伝、“私の履歴書” である。

第1章から第3章には、著者の若き時代の研鑽(けんさん)と苦闘が描かれる。1960年、ドイツ留学から帰国した著者は、当時の学会ではほとんど知られていなかった 「潜在自然植生」(土地本来の森のこと) の概念を導入して研究を推進する。しかし、当時の日本ではだれからも相手にされず、「ドイツかぶれ」 と批判される。これにめげず、帰国後の10年間、著者は徹底的な日本全国の現地植生調査を続ける。

1968年、突然、未来が開ける。文部省からの一本の電話から、するすると話が進み、『日本植生誌』 刊行の予算獲得がかなう。こうして一年に一巻ずつ10年計画の壮大なプロジェクトがスタートする。1980年、第1巻(屋久島)の刊行に始まり、1989年3月、総ページ数 6000 ページ、さらには12色刷り五十万分の一現存及び潜在植生図を加えた 『日本植生誌』 全10巻が完成し、著者は植物生態学者として国内外から高い評価を受ける。

第4章以下は、著者の推進する植林の実践編である。著者は植生の調査・研究を続けているうちに、土地本来の森が世界中から消え去りつつあることに大きなショックを受ける。日本国内を見ても、いまあるのは土地本来の森のわずか 0.06 %にしかすぎないことから、土地本来の森をよみがえらせようと立ち上がる。1970年代初めの新日鐵大分工場の敷地内緑化を皮切りに、“宮脇方式” と呼ばれる植林方法による緑化活動が展開される。

従来の植林と異なる “宮脇方式” の特徴は、(1) 土地本来の森 (潜在自然植生) を再現するために、シイ・タブ・カシなどの常緑照葉樹を樹種として多用、(2) 定着率を上げるために、ドングリの直(じか)まきではなくポット苗で移植、(3) 木の根の湿害を防ぐため盛り土(マウンド)を造成し、有機物を混ぜた表層土の上に植樹、(4) 廃材活用及び根張りを良くするため、盛り土の心材として気相率の高いがれきや建築残土、産業廃棄物を活用したところにある。

安価で効果的な “宮脇方式” の実践は緑化活動を進める企業や団体に広く受け入れられ、国内外で自動車会社、電力会社などの工場内緑化や、大手スーパーの店舗内敷地緑化に活用され、急速に普及・拡大する。

著者は、自然の森とは人間の管理なしに維持できる森であるとの信念のもと、社寺林、鎮守の森こそ、本来の地域の森の姿だとする。そこは樹種が豊富で多様性があり、人の手が加わらなくても不変の姿を見せている。

話がやや横道にそれるが、農業環境技術研究所にも “鎮守の森” がある。

農業環境技術研究所では研究所発足の直後、いまから30年近く前に、農村の二次的自然についての研究 (いまで言う里山研究) を開始し、研究所構内に、社叢林(しゃそうりん)、集落樹林、谷津田(やつだ)などから構成される 「ミニ農村」 を造成した。

「ミニ農村」 で得られた農村空間と生物多様性に関する先駆的研究成果は、その後高く評価されるとともに、「田んぼの学校」 などの実践活動や、全国学校ビオトープへ応用されるなど多方面に社会的インパクトを与えた。これらの業績により、平成21年度には文部科学大臣表彰、平成23年度には日本農業研究所賞を受ける。

この 「ミニ農村」 の社叢林の造成にあたって、「潜在自然植生」 の概念が取り入れられる。地域の社叢林の構成種であるスダジイ、アラカシ、アカガシなどの常緑照葉樹が植えられ、いまではこれらの木々で “参道” が覆われるようになっている。

話を著者の推進する植林実践に戻す。著者らはシイ・タブ・カシなどの常緑広葉樹が関東大震災、阪神大震災、東日本大震災でもびくともしなかったことから、海岸防災林としてこれら常緑照葉樹の活用に自信を深める。

日本人は松原が好きだ。松原は景勝の地であり、今年、世界文化遺産に登録された富士山に三保の松原が加えられたように、海岸線の松林は日本の歴史的文化財でもある。白砂青松(はくしゃせいしょう)の松林は日本三景の天橋立を始め日本各地にあり、日本人にとっての心のよりどころでもある。一方、防災林として見た場合、マツは針葉樹で根が浅いために、松原が津波にはもろいことを今回の地震があらためて示した。

著者らは現在、東日本大震災で津波の被害を受けた東北沿岸の再生のため、ボランティアの協力を得て 「森の長城プロジェクト〜みどりのきずな再生プロジェクト」 を展開する。震災がれきを土台にして、がれきの利用を進めるとともに、津波に強いとされるシイ・タブ・カシなど常緑照葉樹の沿岸部での植林を各地で精力的に進めている。

「現場にこだわりながら、見えないものを必死で見ようとすれば、自ずとホンモノを見抜く力も養われます。」 研究者として現場主義を貫き、新たな道を拓(ひら)いた著者の言葉である。

本書は研究に携わるものに限らず、多くの人に勇気を与える。

目次

プロローグ 30年後の「ふるさとの森」に入ってみよう

第1章 原点の森

第2章 始まりは雑草から

第3章 日本の森の真実

第4章 木を植える

第5章 “宮脇方式”

第6章 「天敵」 と呼ばれた男

第7章 いのちと森

第8章 自然の掟

エピローグ タブノキから眺める人間社会

おわりに

参考文献

天皇皇后両陛下へのご説明資料

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