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農業と環境 No.164 (2013年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第6回国際窒素会議(11月 ウガンダ)参加報告

窒素は生物に欠かせない必須元素です。その窒素は私たちが何気なく呼吸している大気の79%を占めています。窒素はどこにでもあるのです。しかし、これはきわめて反応性に乏しい分子状の窒素(N)であり、ごく一部の微生物を除いて直接に利用することができません。食料や飼料となる農作物も同様で、農作物が吸収可能な形の窒素を含む肥料を与えなければ十分な収穫が得られません。現代では、工業的に大気のNを固定して大量の窒素肥料が合成されています。このために世界の約2%もの莫大(ばくだい)なエネルギーが費やされています。農業の高い生産性は農耕地への化学肥料の投入によって賄われているのです。

ところが、世界平均では、化学肥料から農作物が吸収する窒素は約25%にとどまり、残りの約75%は大気、土壌、地下水、そして河川を通じて沿岸域から海洋に至る窒素負荷となっています。また、畜産でも家畜に与える飼料中の窒素のうちで肉類などの畜産物に含まれる窒素は一部であり、残りは最終的に環境への窒素負荷となります。せっかく合成した肥料が有効に利用されなければエネルギーの無駄となり、エネルギー源となる化石燃料の燃焼にともなって発生する二酸化炭素は気候変動、窒素酸化物などは窒素負荷の一因となります。そして、過剰な窒素負荷は、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化、気候変動、および成層圏オゾン破壊などの多くの環境問題をもたらします。この一方で、気候による強い風化や長期的な酷使のために土壌が劣化しておりながら、経済問題などにより農耕地への有機物や窒素肥料の投入が十分に行えず、農業生産が伸びずに食料の安全保障に重大な問題が生じている地域があります。今日ではアフリカがその典型です。

このような状況に対して、持続可能な食料生産のための窒素利用を最適化しつつ、食料生産やエネルギー利用にともない発生する窒素に起因する人間や環境への悪影響を最小化することを目的として、国際窒素イニシアティブ(INI) は活動しています。INI の本部は欧州にあり、地域センターが東アジア、南アジア、北米、南米、およびアフリカに設けられています。東アジア地域センターは、当所と共同研究協定を結んでいる中国科学院・南京土壌研究所が担っています。INI は1998年の第1回国際窒素会議においてその活動を本格的に開始しました。INI の主な活動は、3年ごとの国際窒素会議を開催するとともに、各地域の窒素アセスメント (たとえば、農業と環境 No.133 の The European Nitrogen Assessment ) を行うことです。INI は世界を対象とした窒素アセスメントにも着手したところです。

国際窒素会議の会場(写真)

国際窒素会議の会場

会場内(開会式)(写真)

開会式のようす

国際窒素会議は、1998年のオランダにおける第1回会議以降、2001年にアメリカ、2004年に中国(農業と環境No.55)、2007年にブラジル、2010年にインドにおいて開催されました。これらは人為的な窒素投入が過剰な地域にあたります。そして今回の第6回国際窒素会議(以下、N2013 と略します)は2013年11月18日から22日にかけてアフリカのウガンダにおいて開催されました。窒素が不足している地域での開催はこれが初めてです。そこで、N2013 のスローガンは「Just enough N: Perspectives on how to get there for “too much” and “too little” regions」(意訳すれば、窒素が過剰あるいは不足する地域の問題を解消して適正な窒素利用に至るための展望) となりました。

N2013 では窒素に関わる新しい概念がいくつか打ち出されました。窒素ニュートラル(N neutrality)、窒素フットプリント(N footprint)、そして、デミタリアン(demitarian) です。窒素ニュートラルと窒素フットプリントは、炭素を対象としたカーボンニュートラルとカーボンフットプリントの概念を踏襲(とうしゅう)したものです。ただし、窒素については、温室効果ガスの発生という範疇(はんちゅう)を超えて 「持続可能性」 を重視します。なぜなら、先に述べたとおり、窒素がもたらす問題は多岐にわたるためです。

窒素ニュートラルでは、はじめに、過剰な食料消費や廃棄食品を減らし、持続可能なエネルギーや食品を選択することにより、反応性窒素(Nを除く窒素化合物)の発生をできるだけ減らします。つぎに、それでも残る反応性窒素の発生を補償するために、他のさまざまな活動にともなう反応性窒素の発生を減らし、未達成な土地での持続可能な食料生産の促進を図ります。N2013 の開催においても窒素ニュートラルの達成をめざしました。そのために、食事では動物たんぱく質を減らし、なるべく余らないように量を少な目とし(それでも大目に用意されてはおりましたが、余った分はホテルのスタッフで分け合ったそうです)、調理時の廃棄を少なくすることに努めました。また、つぎに述べる窒素フットプリントの概念を用いて、会期中の窒素負荷を評価しました。そして、窒素負荷の補償にあてるために参加者から1人あたり50米ドルの寄付を募りました。得られた寄付(総額 2,900 米ドル)は、アフリカにおける持続可能土地管理プロジェクト 「Ruhiira cluster of the UN Millennium Villages project」 に贈られ、土壌侵食の抑制、栄養塩の保持力の向上、土壌炭素の蓄積、および水源の涵養(かんよう)を目的とする植林に活かされるそうです。

窒素フットプリント は、単位重量あたりの食品の窒素負荷をあらわします。この窒素負荷には、生産、製造、流通、消費、および廃棄の過程において直接・間接的に発生する反応性窒素のすべてを含みます。よって、高次の栄養段階にある畜産物の窒素フットプリントは大きくなります。ここ10年で炭素循環と地球環境に対する国民や企業の関心と理解は大きく進展しましたが、窒素においては、つぎの二つの理由により進んでいません。一つは窒素に対する科学的な関心が薄かったこと、もう一つは環境中の窒素の挙動が複雑なため分かりやすく説明することが難しかったことです。そこで、国民や企業が行動を起こしやすい指標として窒素フットプリントという概念が打ち出されました。新しい概念でありながら、N2013 においては窒素フットプリントに関する多くの研究成果が発表されました。

デミタリアンは造語です。デミとは「半分の」という意味です。つまり、菜食主義(ベジタリアン)までを求めはしないけれども、高次の窒素栄養を必要として結果的に窒素負荷が大きくなる肉類を「半分に」減らそう、というコンセプトです。N2013 開催中の食事メニューはデミタリアンの方針で構成されていました。しかし、肉類を減らすからといって食事が貧しくなるわけではありません。植物質のメニューもバリエーションに富み、たいへん美味でした。また、コーヒー好きとして、ウガンダのスペシャルティコーヒーがとても美味であったことも強調しておきます。

N2013 は、ウガンダの首都カンパラ郊外のビクトリア湖畔にあるスピークリゾートで開催されました。口頭発表は会議室で行われましたが、ポスター発表は屋外のテントにボードを並べてのユニークなものでした。しかし、ビザの取得などに問題の生じた参加者が多かったそうで、実際の参加者は37か国161名と、参加者数については過去の会議と比べると小規模となりました。また、口頭発表の演者がいない、ポスターセッションが実施されない、講演中に電源が落ちるなどのトラブルが頻発しました。私自身も、最終プログラムから口頭発表が削除され電子版アブストラクト集にも入っていないというトラブルにあいましたが、口頭発表については別枠を得ることができました。ウガンダでの会議の開催には、アフリカの研究者たちのキャパシティビルディングのねらいもあったのだと思います。トラブルはありましたが、アフリカの実行委員の方々のがんばりに敬意を表します。

個々の発表内容を紹介する余裕はありませんが、全体の印象としては、窒素不足に悩むアフリカで開催されただけに、アフリカにおける農業生産をどのように窒素負荷を抑制しつつ伸ばしていくかという視点の発表が多くありました。南アフリカを除くサブサハラアフリカでは、土壌があまりにもやせているため窒素肥料のみを施用しても収量が伸びず、トウモロコシ子実収量は1ヘクタールあたり1トン以下がざらでした (アメリカでは10トン採れます)。ジンバブエからの報告では土壌有機炭素が 0.6 %あれば最高ランクに位置づけられていました(日本の畑では3〜4%あります)。また、各地域の窒素アセスメントおよび各国の窒素フットプリントなどの包括的な評価をめざす発表も多くありました。私は、開放系大気二酸化炭素増加(FACE)水田である 「つくばみらい FACE 実験施設 」 を利用した窒素循環研究の最新成果をダイジェストで紹介しました。会期半ばには、周辺の農耕地をめぐるエクスカーションに参加し、養魚場 (中国の援助によるもの)、茶園(紅茶を生産)、大規模ハウス(バラとトウガラシを生産)、および有機農業 (さまざまな作物の混植、乳牛の飼養、および排せつ物や残渣を利用したメタン発酵など) の現場を見学しました。

N2013 への日本からの参加者は数えるほどにとどまりました。しかし、日本においても農業や化石燃料の使用にともなう窒素負荷に起因する環境問題は継続し、深刻化も懸念されています。これらの環境問題は国内のみにとどまらず、気候変動のように全球規模のものも含みます。また、日本は大量の食料・飼料の輸入を通じて相手国や世界の窒素フローにも大きな影響を与えています。同じ世界に暮らす仲間として、窒素利用の最適化と窒素問題の最小化は私たちも率先して取り組むべき大切な課題です。さらなる研究の進展とその成果の日本および世界への還元が必要であると痛感しています。次回の第7回国際窒素会議は3年後の2016年に開催の予定です。開催地はオーストリアあるいはオーストラリアと聞きました。日本からも多くの参加者を得て、会議の盛り立てに貢献することを期待しています。

林 健太郎(物質循環研究領域)

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