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農業と環境 No.164 (2013年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 342: 高等学校農業科用教科書 『農業と環境』、 塩谷哲夫ほか14名 著、 実教出版株式会社(2013年1月) ISBN978-4-407-20195-6

眞の発見の旅は、新たな土地を探し求めることではなく、新たな眼で見ることである。(マルセル・プルースト、1871ー1922)

12月1日は農業環境技術研究所の創立記念日である。今からちょうど30年前の昭和58年(1983年)12月1日に農業環境技術研究所が誕生した。

これを記念し、本年(2013年)は農業環境技術研究所30周年事業が展開されている。来る12月13日(金曜日)には、30周年記念事業のメインイベントである 「農業環境技術研究所30周年記念シンポジウム−21世紀の農業と環境ー」 が、新宿明治安田生命ホールにおいて開催される。

このメインイベントをはさんで、この10月から来年3月にかけて30周年記念事業の一貫で10回近くの公開セミナー・ミニシンポジウムが研究所主催で開催される。また、この30年間の各研究分野の研究の系譜をまとめた 『農業環境技術研究所30年史(仮称)』 の刊行も予定されている。

前置きが長くなったが、この記念日にふさわしい本を今月は紹介する。

喜ばしいことに、この30周年の節目の年に、農業環境技術研究所の研究の主題である 「農業と環境」 がついに高校の教科書となった。副読本ではない。全国の農業高校などの1年生の新たな必修科目 「農業と環境」 の教科書としてこの春から使われている。

平成21年度、文部科学省は10年ぶりに高等学校学習指導要領を改正する。農業の各分野で活用する能力を育成するためには、地域環境や地球環境と農業との相互関係を学習することが効果的であるとし、これまでの指導要領で必修科目であった 「農業科学基礎」 と 「環境科学基礎」 の内容を整理統合し、「農業と環境」 を新たに農業の必修科目とすることを告示する。

本書の筆頭著者は、東京農工大学農学部附属農場長を長らく務めた塩谷哲夫名誉教授である。作物栽培、家畜飼養管理、農業廃棄物利活用、労働科学、農村計画など専門は幅広く、農水省の研究機関での研究歴もあり、いわば、わが国を代表するアグロノミストの一人である。

では本書の内容を見てみよう。

第1章 農業と環境を学ぶでは、全体のイントロとして 「農業と環境は切っても切れない関係にあること、農業は環境の影響を受け、また、反対に、環境に影響を与える。両者は、互いに支え合う関係にある。」 と、冒頭で農業と環境が深く結びつき、相互に依存関係にあることを訴える。

第2章 私たちの暮らしと農業・農村では、人間と植物・動物とのかかわり、農業と自然・社会のかかわり、日本の農業・農村と食料供給、農業と国土・環境の保全、農業・農村の役割、これからの農業・農村の各項目を学習するなかで、物質循環、生物多様性、耕作放棄地、土壌汚染、砂漠化、地球温暖化、バイオマスエネルギーなど、古くからある環境問題から新しい環境問題まで、またローカルな話題からグローバルな話題まで、幅広く平易に紹介する。

第3章 栽培と飼育の基礎第4章 栽培と飼育のプロジェクトでは、「農業科学基礎」 として、作物学、栽培学や家畜飼育学の基礎や実際の育て方を学習する。この中で、作物をとりまく環境とその管理の項では、作物栽培を左右する気象・気候、気象災害や作物の生育を支える土・肥料について学習する。さらに、作物をとりまく生物として土壌微生物、病害虫・雑草、鳥獣害にも触れられる。

第5章 環境調査と環境保全では、身の回りにある地域の環境に視点を広げその調査法や環境保全について学習する。環境調査では GIS を用いた環境点検地図作り、水田周辺の生き物調査、森林林床植生調査、水辺植生調査、大気汚染調査など、その調査レベルは高い。また里地里山での生物多様性に配慮した生態系ネットワーク作りなど農村環境整備のあり方についてもメッセージを送っている。都市環境の項では都市緑化やビオトープにも触れる。実践環境学習プロジェクトでは、壁面緑化や耕作放棄地再生をプログラムに取り組むなど、きわめて意欲的である。

平成23年度学校基本調査によれば、農業系高等学校は全国に304校、生徒数は3学年の合計で 86,660 人という。このほかに全国333校ある総合制高校の一部でも農業教育が行われていることから、今年から毎年3万人強の全国の高校生がこの教科書を使って 『農業と環境』 を学ぶことになる。このことは、創立30周年を迎えた農業環境技術研究所にとってもたいへん感慨深いものがあるとともに、21世紀の農業と環境を考える上で非常に頼もしくかつ心強いものを感じる。

なお、同名の教科書(古在豊樹ほか17名 著)が、農文協からも出版されている。

目次

第1章 農業と環境を学ぶ

第2章 私たちの暮らしと農業・農村

第3章 栽培と飼育の基礎

第4章 栽培と飼育のプロジェクト

第5章 環境調査と環境保全

第6章 学習のまとめと学校農業クラブ活動

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