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農業と環境 No.166 (2014年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介: 異常気象と人類の選択、 江守正多 著、 角川SSC新書 (2013年9月) ISBN978-4-04-731622-5

事態の解決を長びかせることは、それ自体すでに「悪」なのである。
(塩野七生、1937- )

2013年から2014年にかけて5年ぶりにIPCC (気候変動に関する政府間パネル) 報告書が公表される。その第一弾として、2013年9月末には、IPCC第5次評価第1作業部会の報告書が公表された。これによれば、人間活動が、20世紀半ば以降に観測された温暖化の主な原因であるとほぼ結論づけている。本年3月末には、IPCC第5次評価第2作業部会が横浜市で開催され、地球温暖化の影響でアジアを中心に数億人規模での移住が必要になるなどショッキングな内容の報告書の公表が予定される。

農業環境技術研究所とIPCCとのつきあいは古い。1990年に公表された第1次報告書に執筆者と参加して以来、現在までその活動に積極的に協力している。2007年にIPCCがノーベル平和賞を受賞した際には、当研究所関係の3名がIPCCよりその受賞貢献に対する感謝状を授与されている。今回の第5次報告書でも当研究所の10編以上の研究論文引用が見込まれる。

振り返ると、地球温暖化についての世間的関心は、アル・ゴア米国元副大統領の映画 『不都合な真実』 の公開や、IPCCのノーベル平和賞受賞などがあった2007年がピークであった。この “地球温暖化ブーム” は、2008年9月のリーマン・ショックを契機に世界的に陰りを見せる。日本では2011年3月の東日本大震災がこれに追い打ちをかける。原発問題やエネルギー問題の影に隠れて、地球温暖化問題はほとんど報道されなくなり、世の中から見えにくいものとなる。さらに、ポスト京都議定書の2013年以降2020年までの国際約束に日本は参加しないこととなり、ますます人々の関心は薄くなってしまっている。

このような状況のなか、著者は地球環境問題を人類の運命にかかわる問題としてとらえ、大きな危機感をもって本書を執筆している。“地球温暖化ブーム” は終わったものの、「地球温暖化問題はまったく終わっていない」 ことを本書の中で力説する。

著者は、国立環境研究所の気鋭の気象学者である。地球温暖化将来予測・リスク論の専門家であり、わが国を代表する研究者の一人としてIPCC報告書のリードオーサー (主執筆者) を務める一方、平易な言葉で地球環境問題を一般市民へ解説する “伝道師” として、テレビでもおなじみである。

著者は温暖化の現在の進行状況をヒトの病気にたとえる。「慢性の生活習慣病で今はたいした症状が出ていないが、放っておくとどんどんひどい症状が出る可能性がある。完治するためには思い切った手術が必要であるが、手術が失敗して病状がさらに悪化する可能性もある」 とする。

本書のタイトル 『異常気象と人類の選択』 は一見大げさのようであるが、読み進めるうちにそうではないことが分かる。著者は 「温暖化問題は、現代文明の根幹にかかわる問題であり、今生きるわれわれが、現代文明の運命をどうしたいのか」 を問うている。このため、この問題を一部の専門家や関係者の論理と相場観だけで論じるべきではないと主張する。

第一部は、温暖化問題を議論する際の前提となる現状理解編である。異常気象と温暖化の関係や温暖化の科学について、著者は専門家として分かりやすく解説する。私たちが毎年体験する異常気象と温暖化のすべてが人為起源ではなく、その多くが気候システムの持つ内部変動に起因しており、話はそう単純ではないことが分かる。

1)温暖化論が間違っている可能性はゼロではない。しかし、間違っている証拠は今のところない。2)温暖化論が正しいかどうか分からないという人がいるのは自然である。しかし、温暖化論が間違っているという人は不自然、とする立場に著者は立つ。そして温暖化の “容疑者” として温室効果ガス以外に見当たらないとする。

続いて、さまざまな温暖化懐疑論 (水蒸気を無視、気温が原因で二酸化炭素が結果説、二酸化炭素の温室効果飽和説、氷河期の到来説、縄文海進地球温暖化説、太陽活動停滞による地球寒冷化説、気温上昇停滞説、クライメート・ゲート事件) に敢然と立ち向かい、これらの説を論破する。

第二部ではこの第一部の基礎知識をもとに温暖化政策論の論争の本質に迫る。すなわち環境重視の対策積極派と経済重視の対策慎重派の対立構造に踏み込む。前者が行き過ぎた現代文明の見直しをその動機にしているのに対し、後者は経済発展を現実的な価値とすると看破する。

最後に、著者は 「持続可能とは、言い換えれば破綻せずに続くこと。資源は枯渇したら持続不可能。廃棄物は捨て場がなくなったら持続不可能。人口が増えすぎて食料が足りなくなったら持続不可能。環境破壊が進んで安全に住める場所がなくなれば持続不可能。皆頭の中では理解しているが、建前の域から脱却しないと現代文明の持続性は危うい」 と、われわれ今生きる人類の選択と覚悟を総括する。

目次

はじめに 〜本書をお読みいただくにあたって〜

第一部 地球温暖化問題は今どうなっているのか

第1章 異常気象が増えている?

第2章 地球温暖化は本当か?

第二部 地球温暖化問題をこれからどう考えればよいか

第3章 対策積極派 VS 慎重派の対立構造をどう超えるか

第4章 誰がリスクを判断するのか

おわりに 〜持続可能性と人類の選択から

あとがき

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