西洋の文化が突然押し寄せてきた影響として、ラダックの人々、特に若者たちが劣等感を持つようになった。
(『ラダック 懐かしい未来』ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ、1946- )
里山とは、広辞苑では 「人里近くにあって人々の生活と結びついた山・森林。」 とある。簡単に言えば里の ”山“ である。環境省ではこの里の ”山“ に加えてそれらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域について、 ”里地里山“ と表現する。
しかし最近では、里山というと、里の “山” だけでなく里地も含んだ意味で使われることが一般的なようである。2010 年名古屋で開催された生物多様性条約締約国会議 COP10 において我が国から提起された “SATOYAMAイニシアチブ” でも、SATOYAMA とは里地を含む広義の里山のことを指している。
さて、本書である。昨年出版され、新書大賞 2014 に輝いたベストセラーである。この本のきっかけは TV 番組が元となっている。東日本大震災直後、東京から広島に転勤した NHK ディレクターが企画に取り組む。最初は中国山地の里山活動家たちがあちこちで行っているアンチマネー資本主義の活動に心を打たれて、番組を製作する。これに(株)日本総研の主席研究員であり、日本全国の市町村をくまなく歩き、地域エコノミストの藻谷氏が参加する。 “里山資本主義” という造語も作る。
本書で “里山資本主義” とは、「身近に眠る資源を活かし、お金もなるべく地域の中でまわして地域を豊かにしよう」 とする思想であり、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された “マネー資本主義” の対立概念である。しかし、著者らは、 “マネー資本主義” という経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しない “里山資本主義” というサブシステムを保険として構築しておこうと提唱する。
“里山資本主義” は誰でもどこでも実践できるものでなく、“マネー資本主義” の下では条件不利とみなされてきた、水、食料、エネルギーの相当部分が身近にまかなえる里山という過疎地域で大きな可能性があることを説く。
第1章では、木質バイオマスエネルギーの可能性について熱く語る。岡山県真庭市の地元製材業者が進めている木質バイオマス発電、木質ペレットボイラーによる冷暖房について、従来産業廃棄物であったものの利用によるマイナスからプラスへの発想転換による地産地消でエネルギー自給を図り、地域が潤い始めている実例を紹介する。
第3章では、地元でまわすことができる経済モデルが重要と訴え、地産地消による周防大島での特産手作りジャムの成功事例や、耕作放棄地で放牧された牛から生産される毎日味が違う牛乳、すなわち均質ではなく、そこに付加価値を見いだす “ビンテージ牛乳” について紹介する。
最後に 2060 年という 50 年後を展望する。2060 年、人口 8000 万人時代で GDP も減るだろうが、お金を持って自然と対峙する自分ではなく、自然の循環の中で生かされている自分であることを、肌で知っている充足感が得られる明るい社会が生まれると予想する。また、降水量と土壌と地熱に恵まれた火山国日本の自然の恩恵を高く評価する。
環境省によれば、日本の全市町村面積の4分の3が里山で、4人に1人がそこに住んでいるという。本書は “あこがれの田舎暮らし” を礼賛するものではなく、最近話題の “消滅可能性都市”に象徴される自治体消滅論と対峙(たいじ)するものであり、里山の環境研究を進めている研究者にとっても読むと元気が出る一冊である。
目次
はじめに
第1章 世界経済の最先端、中国山地
第2章 21世紀先進国はオーストリア
中間総括 「里山資本主義」の極意
第3章 グローバル経済からの奴隷解放
第4章 “無縁社会” の克服
第5章 「マッチョな20世紀」から「しなやかな21世紀」へ
最終総括 「里山資本主義」で不安・不満・不信に訣別を
おわりに
あとがき