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農業と環境 No.182 (2015年6月1日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

論文紹介: 21世紀の人類と土壌の安全保障

Soil and human security in the 21st century
Ronald Amundson et al.
Science 348, 1261071 (2015). DOI:10.1126/science.1261071

人類は自然植生を農地に変え、食料を生産することで今日の繁栄を築いてきました。しかしその一方で、人類が土壌を利用することによって、土壌資源の劣化や地球温暖化などの問題を引き起こしています。このような背景のもと、国連決議によって 2015 年が土壌を理解し土壌の健全性を保つための「国際土壌年」と定められましたが、Amundson らは土壌資源が直面している問題について総説を発表しました。本稿ではその内容を紹介します。

土壌炭素と気候変化

自然植生下の土壌では、長い間に植物による有機物の供給と微生物による有機物の分解が釣り合うため、土壌に有機物として含まれる炭素量はほとんど変化しません。しかし、土壌を農地に変えると、有機物の供給と分解のバランスが崩れて有機物の分解が進み、二酸化炭素が放出されます。地球上の土壌に有機物として蓄積されている炭素の量は、およそ 2 兆 3 千億トンと推定されていますが、農地化によってこれまでに 500 億 - 700 億トンの炭素が放出されたと考えられています。現在、化石燃料の燃焼など人間活動によって二酸化炭素として放出されている炭素は年間およそ 100 億トンですが、その約 1 割は土壌の農地化や焼き畑によって放出された炭素です。

将来の気候変化の結果、土壌炭素が増えるのか減るのかは、はっきり分かっていません。大気中の二酸化炭素が増えると植物が光合成で固定する炭素が増える一方で、温度が上がると土壌有機物の分解が促進されるからです。11 個のシミュレーションモデルによる予測結果を比べたところ、今世紀における地球上の土壌炭素の増減は、-720 億 〜 +2530 億トンという幅がありました。土壌炭素が減るということは、その分が二酸化炭素として大気に放出されて地球温暖化を促進することを意味します。地球規模の土壌炭素の増減を正確に予測するためにさらなる研究が待たれます。

土壌侵食と肥料資源の枯渇

自然植生から農地に変えると、雨や風によって土壌が侵食されやすくなってしまいます。岩石の風化によって徐々に土壌が生成されますが、その速度は非常に遅いので、土壌侵食の速度が土壌生成の速度を超えると、土壌は徐々に失われることになります。自然の土壌生成速度は 1 年に 0.05 〜 0.2 mm 程度に過ぎませんが、たとえば米国中部の農地の土壌侵食速度は 1 年に 2 mm を超える場合があることが分かりました。土壌侵食は農業の持続性にとって深刻な脅威になっています。

農作物が育つためには、栄養素として窒素、リン、カリウムが必要です。増加する世界の人口を支えるためには食料の増産が必要で、肥料の需要も増えます。需要の増加を背景として、1991 年から 2011 年の間に、窒素、リン、カリウムの肥料価格はほぼ 3 倍になりました。これらのうち、窒素はマメ科植物で大気から固定したり、エネルギーを使って大気から化学的に固定したりできます。しかし、リンとカリウムは鉱物資源に頼るしかなく、しかもこれらの鉱物資源は特定の地域に局在しています。たとえば、モロッコが世界一のリン資源埋蔵量に恵まれる一方で、米国には世界の 2% のリン資源しかなく、現在のペースでリンを採掘すれば 20 年ほどで資源が枯渇すると考えられています。リンなどの肥料資源の枯渇が、政治的・経済的紛争の原因になるかもしれません。著者らは、肥料資源の枯渇を克服する唯一の対策は、それらをリサイクルするシステムを構築することだと述べています。

著者らは、土壌資源管理の目標は (1) 土壌炭素、(2) 土壌の生成と侵食、(3) リン、カリウム等の栄養素についてバランスを回復することだとし、そのためには学際的な研究に加えて、研究者と社会各層との対話が必要だと述べています。

(物質循環研究領域 麓 多門)

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