農業環境技術研究所は2015年10月20日から23日まで、農林水産技術会議事務局つくば農林ホール(茨城県つくば市)などにおいて、MARCOサテライトワークショップ2015 「アジアの作物生産システムと水資源問題のためのSWATの適用と適応」(MARCO Satellite International Workshop 2015 “Adoption and adaptation of SWAT for Asian crop production systems and water resource issues”) を開催しました。
開催日時: 2015年10月20日(火曜日)―23日(金曜日)
開催場所: つくば農林ホール(農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター)
開催趣旨
アジアでは急激な人口増加に伴う食糧増産と土壌・水資源保全が喫緊の課題となっています。流域レベルでの水・物質動態予測モデル SWAT(Soil and Water Assessment Tool)は、作物生産の予測や土壌・水資源管理シナリオの策定などに世界中でもっとも広く使用されている、汎用性の高い流域モデルです。しかし、このモデルは水田を多く含む農業流域などアジアモンスーン地域に特有の農業実態に即したモデルではなく、アジアの食糧問題、環境問題などの解決に向けて活用するためには、アジアモンスーン地域における SWAT の適用と改良をさらに推進する必要があります。
本ワークショップでは、水田流域への SWAT の適用と改良に関する発表・議論を中心に、アジアモンスーン地域のさまざまな農業流域への SWAT の適用を進めるための講演・議論を行い、アジアの農業実態に即した SWAT の適用と改良についての世界最先端の情報交換および意見交換をおもに行いました。
なお、本ワークショップは、これまで2年に1回の頻度で東南・東アジアで3回開催されてきた国際 SWAT 会議をアジア全域を対象に拡大して、第4回国際 SWAT アジア会議(International SWAT-Asia Conference IV、略称 SWAT-Asia IV)と位置づけて実施しました。
共催:国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)
後援:農林水産省農林水産技術会議事務局、 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、 国立大学法人東京農工大学、 茨城県、 米国農務省農業研究局(USDA-ARS)、 世界土壌水保全機構(WASWAC)、 テキサス農工大学、 日本土壌肥料学会、 農業農村工学会、 日本水環境学会、 水文・水資源学会、 土壌物理学会
参加者:合計82名
(内訳: マレーシア 8、中国 7、ベトナム 7、インド 3、フィリピン 3、米国 3、インドネシア 2、カナダ 1、ドイツ 1、日本 47 注1、注2)
注1 日本の参加者には、日本在住の留学生等(中国 2、インドネシア 2、エジプト 1、チュニジア 1、ベトナム 1)を含む。
注2 日本の参加者の所属は、農環研 15、大学 14、民間 7、JIRCAS 4、農水以外の国研 3、農研機構 2、県の研究機関 1、国の独法 1。
プログラムと講演要旨は、当日の配布資料(Program & Abstracts)[PDFファイル] をご覧ください。本会議の内容について、以下に、その概要を記します。
口頭発表セッション
1日目の開会セッションでは、まず、宮下 農環研理事長から開会の挨拶があり、2006 年に設立された MARCO の背景や目的、本ワークショップの位置づけなどについて、概要が述べられました。続いて、阿部 薫 農環研物質循環研究領域長から、SWAT-Asia IV の概要の紹介があり、これまでのアジアでの SWAT 会議とは異なる新しい試みとして、SWAT モデル以外の発表も組み入れたこと、ポスター発表セッションを新設したことなどが述べられました。
開会セッション後に開かれた セッション1「地球規模の SWAT 適用とアジアでの展望」では、基調講演と3題の研究報告が行われました。
S1-1 [基調講演] 生態水文モデルである土・水評価ツール(SWAT)の2015年頃における地球規模での適用傾向、洞察と課題
Philip W Gassman (アイオワ州立大学・農業農村開発センター、米国)
S1-2 水田流域のためのSWATによる水文シミュレーションの改良:モデル開発とデータ同化
Xianhong Xie (北京師範大学、中国)
S1-3 低地水田における水と物質収支解析のためのSWAT適用
加藤 亮 (東京農工大学)
S1-4 マレーシアにおける水文モデルSWATの適用:最近の状況
Muhamad Radzali Mispan (マレーシア農業調査開発研究所・戦略的資源調査センター、マレーシア)
写真1 Philip W Gassman教授(アイオワ州立大学・農業農村開発センター、米国)
写真2 Xianhong Xie准教授(北京師範大学、中国)
基調講演の Gassman 教授(写真1)からは、30 年以上前から発展してきた SWAT モデルの開発経緯と現状、世界中の様々な条件下の流域において SWAT の有用性が確かめられ、多くの論文が発表されていること、水田流域に適したモジュールの開発が必要であることなど、包括的なご講演を頂きました。続いて、Xie 准教授(写真2)より、水田流域への SWAT 適用のため SWAT 内の窪地モジュールの水文過程アルゴリズムの改良を行ったベンチマーク的論文である Xie & Cui (2011) についての発表が行われ、モデル予測精度をさらに高めるためのデータ同化手法の適用等が紹介されました。次に、加藤 准教授より、異なる手法による水田流域への SWAT 適用事例の比較と問題点の指摘、テキサス農工大学と現在共同で開発が進められている SWAT-PADDY(水田への適用のための水田モジュールを新たに開発)の紹介等がありました。最後に、マレーシアの SWAT ネットワーク全体をとりまとめている Mispan 統括研究官(到着が遅れたため、共著者であるマラ・パハン工科大学 Khalid 上級講師が代理発表)より、マレーシアにおける SWAT 及び他の水文モデルの適用事例や SWAT ネットワークの活動状況についての紹介がありました。
1日目の午後の セッション2「土地利用変化と気候変動が流域プロセスに及ぼす影響」においては、6題の研究報告が行われました。
S2-1 土地利用変化と気候変動がベトナム・中央高地のスレポク流域における土壌及び水資源に及ぼす影響の評価
Kim Loi Nguyen (ノン・ラム大学気候変動研究センター、ベトナム)
S2-2 ベトナムのブ・ギア・ス・ボン流域における土地利用変化を予測するためのマルコフ鎖・セルラーオートマタモデルの適用
Hoang Tu Le (ノン・ラム大学気候変動研究センター、ベトナム)
S2-3 気候変動が懸濁物質輸送に及ぼす影響のモデル化:統合的手法を用いた事例研究
Nor Faiza Abd Rahman (マラ工科大学、マレーシア)
S2-4 ブラジルの土地利用が対照的な二つの小流域における水収支のモデル化に及ぼす土壌パラメータの影響
Gabriele Lamparter (ゲッチンゲン大学、ドイツ)
S2-5 SWATで用いられる降水、表面流出及び懸濁物質流出の関係の日本における人工降雨実験による研究
Farag Malhat (東京農工大学)
S2-6 富栄養湖の総合的な流域管理のための拡散汚染対策
黒田 久雄 (茨城大学)
写真3 Kim Loi Nguyen准教授(ノン・ラム大学気候変動研究センター、ベトナム)
最初の演者である Nguyen 教授(写真3)は、アジア各国で SWAT のトレーニングコースの講師を数多く務め、アジアでの SWAT の普及にもっとも貢献している研究者の一人です。今回は、異なる気候変動シナリオを用いて、森林や灌木(かんぼく)地がコーヒー栽培農地に変わった場合など、土地利用変化が流域レベルの表面水および地下水の流量や懸濁物質の流出に及ぼす影響の評価について、報告されました。同じ研究チームに所属する Le 氏(現在、東京農工大学大学院)からは、2005 年および 2010 年の土地被覆地図と社会経済開発政策から、2015 年の土地被覆地図を予測するための統計モデルの活用法と SWAT への適用事例が紹介されました。次に、Rahman 講師からは、異なる気候モデルの気候変動シナリオを用いた SWAT による流域からの懸濁物質流出の将来予測が報告され、気候モデルが異なると懸濁物質の流出量は大きく変わるが、懸濁物質流出が21世紀末に向けて増大するという傾向は同じであることが示されました。続いて、Lamparter 研究員からは、森林減少と農地拡大が急激に進行するブラジルにおいて、放牧草地からなる小流域とセラード植生からなる小流域の河川水流出特性などを比較するため、3年間にわたる綿密な水文観測および土壌調査結果と、それに基づく SWAT による河川流出のモデル化が報告されました。次に、Malhat 氏は、SWAT の中で表面流出を日単位で計算する SCS カーブナンバー法と、土壌侵食を日単位で計算する MUSLE 法を、黒ボク土の傾斜ライシメータでの実測データに適用し、いずれの手法も妥当であることを示しました。最後に、黒田 教授は、指定湖沼の一つである霞ヶ浦の水質には、全窒素投入量と過去に投入された窒素の土層内での蓄積量が影響していることを指摘するとともに、農地からの窒素溶脱量はゼロにはできないこと、窒素飽和した林地の適切な管理の必要性などが述べられました。
2日目の午前と午後には、セッション3「土壌・水資源の合理的管理のための水田流域におけるSWATの適用と改良」において、基調講演と9題の研究報告が行われました。
S3-1 [基調講演] 水田の水文学的シミュレーションのためのAPEXとSWATの適用
Jaehak Jeong (テキサス農工大学ブラックランド研究センター、米国)
S3-2 SWATでテラスをシミュレートするためのプロセスに基づいたアルゴリズム
Hui Shao (ゲルフ大学、カナダ)
S3-3 日本におけるSWAT (土・水評価ツール) の適用
宗村広昭 (島根大学)
S3-4 新しいモジュラーSWATコードを用いた1時間以下の時間ステップでの水文学的シミュレーション
Younggu Her (テキサス農工大学ブラックランド研究センター、米国)
S3-5 SWATを用いた水田のための灌漑モジュールの開発と試用
Balaji Narasimhan (インド工科大学マドラス校、インド)
S3-6 詳細な管理データを用いた水田圃場における農薬の挙動と輸送のシミュレート
Julien Boulange (東京農工大学)
S3-7 三江平原の典型的な農業流域における農薬流失のシミュレーション
Guanqing Cai (北京師範大学、中国)
S3-8 SWATを用いた西日本の郊外農業流域からの懸濁物質と栄養塩類の流出の推定
清水裕太 (農研機構・近畿中国四国農業研究センター)
S3-9 土壌流失による水稲収量低下の定量的なリスク評価のためのSWATモデル、リモートセンシング及びGIS
Jeark A Principe (フィリピン大学ディリマン校、フィリピン)
S3-10 窒素動態と脱窒活性の間の関係
Xiaolan Lin (東京農工大学大学院連合農学研究科)
写真4 Jaehak Jeong准教授(テキサス農工大学ブラックランド研究センター)
写真5 Hui Shao研究員(ゲルフ大学、カナダ)
写真6 Balaji Narasimhan准教授(インド工科大学マドラス校)
基調講演の Jeong 准教授(写真4)からは、圃場(ほじょう)レベルの水・物質動態予測モデルである APEX を韓国の水田に適用し、パラメータを校正することによって水稲の窒素吸収や水田からの表面排水の実測値をシミュレートできること、湛水(たんすい)条件下での脱窒過程のモデル化などが今後の課題であること、また、APEX の水田モジュールを参考に東京農工大と共同で開発中の SWAT-PADDY は水田流域からの河川流出を予測可能なこと、などが報告されました。続く Shao 研究員(写真5)からは、土壌侵食が深刻な中国の黄河流域の黄土高原を対象に、棚田が懸濁物質の流出防止に及ぼす影響を評価するため、棚田における水及び懸濁物質の動態をシミュレートするためのアルゴリズムを組み入れた新しい SWAT(SWAT-T)を開発し、棚田が懸濁物質の流出を大幅に低減していることを示すとともに、棚田の設置に伴う費用便益分析への取り組みなどが紹介されました。次の演者である宗村准教授は、日本における SWAT の先駆的研究者の一人であり、これまでの日本における SWAT 適用事例のレビューと、指定湖沼である宍道湖(しんじこ)に注ぐ斐伊(ひい)川流域への SWAT 適用事例の紹介がありました。続いて、Her 研究員からは、最近新たに開発されたモジュラー SWAT コードを用いた都市流域における分単位での SWAT シミュレーション結果が示され、従来の SWAT よりも自由度が高く、現実に近いシミュレートが可能になることなどが強調されました。午後最初の演者は、Narasimhan 准教授(写真6)であり、インドでの限られた水資源の大部分を利用する水田の灌漑(かんがい)効率の向上をめざして、異なる灌漑水管理などを反映できるような SWAT の水田モジュール改良状況が紹介されました。次に、Boulange 研究員より、霞ヶ浦流域内の水田流域からの農薬流出をシミュレートするため、圃場レベルの農薬流出予測モデルと SWAT を結合させた適用事例が紹介され、土壌や懸濁物質の特性パラメータよりも、農家が農薬を散布するタイミングの分布状況の把握の方が、農薬流出を予測する上で非常に重要であることなどが示されました。続く Cai 氏からは、農地、とくに水田面積の拡大に伴い殺虫剤と除草剤の使用量が急増している流域を対象として、長期モニタリングデータの解析結果と SWAT 適用の事例が報告されました。次に、清水研究員より、河川流路内での灌漑水用の貯水システムに河川からのリン流出を抑制する機能があること、郊外農業流域では市街地の点源からのリン負荷が無視できないことが指摘され、それらを考慮することによって SWAT で妥当なシミュレート結果が得られたとの報告がありました。続いて、Principe 准教授は、台風などによる農業被害が深刻なフィリピン・ミンダナオ島の水田流域に SWAT を適用し、気候変動と土地利用変化シナリオの下で土壌侵食が水稲収量に及ぼす影響をリスク評価した結果を報告しました。最後に、Lin 氏は、霞ヶ浦流域内での調査結果に基づき、黒ボク土台地畑の深層での脱窒は非常に小さいこと、水田表層における脱窒は最表層の酸化層の厚みが増加するとともに低下する傾向があることなどを報告しました。
3日目の午前は、セッション4「非 SWAT と新 SWAT:流域スケールモデルの更なる必要性と挑戦」が開かれ、基調講演と3題の研究報告が行われました。
S4-1 [基調講演] SWATを用いた放射性セシウムのシミュレーションモデル開発と適用における幾つかの側面
波多野隆介 (北海道大学)
S4-2 集約的な耕起実践条件下における土壌炭素フラックスと気候変動下における作物収量の反応
Wei Ouyang (北京師範大学、中国)
S4-3 黒ボク土が優占する流域における過去に投入した窒素の出現の要因
板橋 直 (農環研)
S4-4 WEAP-MABIAモデルを用いたコメのための灌漑戦略の評価:サルダール・サロバール・コマンド地方の地域-Iにおける研究事例
Gopal H Bhatti (マハラジャ・サヤジラオ大学バローダ校、インド)
写真7 波多野隆介 教授(北海道大学)
基調講演では、波多野 教授(写真7)より、東京電力福島第一原発事故の後、作付けが行われていない水田流域を対象として放射性セシウム(Cs)の動態を記述する、新しい SWAT モデル(SWAT-Cs)の開発と適用についてのご講演をいただき、平水時に比べて降雨時や融雪時に見られる懸濁物質の大きな流出ピークの予測が難しいこと、放射性 Cs 動態の予測精度をさらに向上させるためには、流域内での過去のカリウム施肥管理や土壌から植物への放射性 Cs 移行に係わるパラメータなどのデータ収集が必要であること等が指摘されました。Ouyang 准教授からは、圃場レベルの水・物質動態予測モデルである EPIC を用いて、異なる灌漑および耕起シナリオと気候変動シナリオを組み合わせて、土壌からの CO2 フラックスと作物収量の将来予測を行った報告があり、不耕起で CO2 フラックスが低下すること、どのシナリオでも作物収量が長期的に低下することなどが示されました。板橋 主任研究員からは、圃場レベルの窒素溶脱予測モデル LEACHM を用いて、黒ボク土畑が優占する流域での硝酸態窒素の地下水到達時間に関わるおもな要因を解析した結果が報告され、土壌の保水量と陰イオン交換容量の重要性が指摘されました。最後に、Bhatti 准教授より、土壌の水収支予測モデル WEAP-MABIA を用いて、水稲の水利用効率を最大化するための灌漑方法の評価についての報告がありました。
3日目午後は、セッション5「アジアの流域における土壌の資源と機能」で2題の研究報告を予定していましたが、1題がキャンセルとなり、次の1題の研究報告が行われました。
S5-2 SWAT水文学的モデルにおけるマレーシアの土壌データ
Khairi Khalid (マラ・パハン工科大学、マレーシア)
写真8 インベントリー展示館において土壌モノリスを説明する神山和則上席研究員(農環研)と参加者
Khalid 上級講師からは、マレーシアにおける土壌統の分類や特性、流域レベルの水文モデルにおける土壌特性データの重要性、土壌特性等を入力した SWAT による河川流出予測の成功事例などが報告されました。また、閉会式後には、セッション5の続きとして、農環研のインベントリー展示館の土壌モノリス等を見学し、熱心な質疑等が行われました(写真8)。
口頭発表セッションの最後には、総括討議セッションが行われ、会議の総括と、今後の研究方向についての意見交換を行いました。本会議で得られた知見として、農環研の江口上席研究員より、SWAT がアジアや世界各地で広く活用されており、SWAT のような流域モデルへのニーズが依然として強いこと、土地利用変化と気候変動が流域レベルでの水・物質動態にどのような影響を及ぼすのかを評価するために SWAT を適用した研究がもっとも多いこと、研究対象は水、懸濁物質(土壌侵食)、作物収量、農薬、栄養塩類(窒素、リン、カリウム)、放射性セシウム、水力資源評価など非常に多岐にわたることなどが示されました。また、アジアにおける SWAT の新たな展開として、より現実に近い水田システムのモデル化と各国での検証をめざす SWAT-PADDY が挙げられました。SWAT 全体の課題としては、モデル化における適切な時間・空間スケールの問題、より自由度が高く計算負担の少ないモジュラー SWAT コードの活用、モデル化の前に観測データの詳細な解析や流域内活動量データの収集・解釈による現象解明がまず第一に必要であることなどが指摘されました。今後の研究方向としては、水田流域への SWAT 適用のさらなる改良と推進、土地利用変化と気候変動による影響評価のための SWAT 適用、国際共同研究の重要性などが提案されました。次に、Gassman 教授より、今後の世界各地での SWAT 会議の開催予定や、複数の国際誌での SWAT 関連テーマ特別号の原稿募集などについて、紹介がありました。その後、ベストポスター賞の授与式が執りおこなわれ、最後に、2年後、2017 年の SWAT-Asia V の開催国として、マレーシアの紹介がありました。
続いて、閉会式が行なわれました。JIRCAS の小山理事より閉会のご挨拶をいただき、今後もこのとてもフレンドリーな研究者ネットワークを活かして、食糧・土壌・水資源問題の解決のための SWAT 研究を発展させてほしいと要望が述べられました。
ポスター発表セッション
ワークショップ初日から3日目までの毎日、昼食後にポスターセッションが行われ、合計で12題の研究報告がありました。なお、発表登録数は26題でしたが、会場に来られなかった登録者も多く、14題はキャンセルされました。
P-8 国スケールの水力資源評価計画のためのArcSWAT入力データセットの開発−フィリピンの事例
Greyland C Agno (フィリピン大学ディリマン校、フィリピン)
P-9 地下水と用水路の灌漑水の共用での土壌水収支シミュレーション:サルダール・サロバール・コマンド地方の地域-Iにおける蓖麻子作物についての研究事例
Hareshkumar M Patel (マハラジャ・サヤジラオ大学バローダ校、インド)
P-10 GISを用いたケダにおける農業利用のための土地利用可能性と土壌−作物適合性
Hasliana Kamaruddin (マレーシア農業調査開発研究所、マレーシア)
P-12 日本の茨城県の水田流域における水、懸濁物質及び栄養塩類の移動を推定するためのSWATモデルの適用
吉川省子 (農環研)
P-14 マレーシア・ケランタン川流域の水文学的成分に対する気候変動の影響
MouLeong Tan (マレーシア工科大学、マレーシア)
P-15 マレーシア半島地方の高地についてASTER及びSRTMから作成した数値標高モデルの評価
Muhammad Zamir Abdul Rasid (プトラ・マレーシア大学、マレーシア)
P-17 タマン・トロピカ・ケニールにおける土壌水分:地球温暖化への影響を緩和する灌漑管理のための必須要素
Norlida Mohamed Hamim (マレーシア農業調査開発研究所、マレーシア)
P-19 水力資源評価におけるSWATと地理空間技術の適用:フィリピン・ミンダナオ島のLiangan川の事例
Rowane May A Fesalbon (フィリピン大学ディリマン校、フィリピン)
P-20 水田における流出過程についてのSWATモデルの改良
Ryota Tsuchiya (東京農工大学)
P-21 ArcGISを用いたカメロン高地の様々な流域における重金属濃度
Siti Humaira Haron (ケバンサーン・マレーシア大学、マレーシア)
P-22 SWATモデルを用いたチュニジア・Joumine川流域における懸濁物質流出量と表面水流出の推定
Slim Mtibaa (筑波大学)
P-25 ベトナム・コンタム県のポ・コ流域における表面流と基底流のシミュレート
Vo Ngoc Quynh Tram (ノン・ラム大学、ベトナム)
今回、口頭発表を希望したものの、時間の制約から、ポスターセッションに変更いただいた発表者が多くおられました。そこで、ポスターセッション会場での議論・情報交換をさらに盛り上げるため、「ベストポスター賞」を設定し、会議参加者の投票結果を参考にして、20人からなる科学委員会において公正な審議を行い、閉会式においてベストポスター賞2件(P-14、P-20)の表彰を行いました(写真9、写真10)。Tan 氏の研究(P-14)は、マレーシアのケラタン川流域の水文学的要素に及ぼす気候変動の影響を、SWAT と気候変動シナリオを用いて将来予測したものです。土屋氏の研究(P-20)は、水田の水文学的過程のシミュレーションに適用可能な SWAT-PADDY を開発し、日本の水田流域に適用したものです。いずれの研究も会議参加者から高い評価を受け、多くの得票数がありました。このほか、流域からの水、懸濁物質、栄養塩類などの流出予測に SWAT を適用したものが3件(P-12、P-22、P-25)、SWAT を用いて水力資源評価を行ったものが2件(P-8、P-19)、SWAT モデル以外の研究が5件ありました。
写真9 ベストポスター賞を受賞した MouLeong Tan氏(マレーシア工科大学)(左)
写真10 ベストポスター賞を受賞した 土屋良太氏(東京農工大学大学院)
SWATトレーニングワークショップ
1日目と3日目のセッションの後には、農環研の大会議室において、SWAT を習得するためのトレーニングワークショップを開催しました。初心者コースと上級者コースの2クラスを設定し、インド工科大学マドラス校の Balajji Narasimhan 准教授とテキサス農工大学の Jaehak Jeong 准教授に、それぞれの講師を務めていただきました。初心者コース(写真11)では、フリーの GIS ソフトウェアである QGIS を用いた SWAT の活用法についての講義と実習が行われ、こういったモデルを動かすのがまったく初めてという参加者でも、SWAT を動かせるレベルまで習得することができました。上級者コース(写真12)では、SWAT 内の多数のモデルパラメータを手動または自動で校正する方法について、SWAT Editor、SWAT Check、SWAT-CUP など SWAT 専用プログラムの活用を中心に、講義と実習を行いました。参加者の中には、本会議よりもこのトレーニングワークショップへの参加が第一の目的であるという参加者も多く、SWAT への国際的な関心の高さをあらためて感じました。国内からは、公的研究機関、大学をはじめ、民間企業の参加者も多くみられました。このようなトレーニングコースは世界各地で毎年開催されており、それが SWAT を活用した論文の多さや世界中の流域に SWAT が適用されていることの大きな理由の一つと考えられます。
写真11 SWATトレーニングワークショップ(初心者コース)
写真12 SWATトレーニングワークショップ(上級者コース)
エクスカーション
霞ヶ浦流域内における水利用や水質変化の実態および変動要因を理解するため、ワークショップ最終日(4日目)に、筑波山麓の水田流域(逆川(さかさがわ)流域)、霞ヶ浦湖岸のハス田地帯(JA土浦れんこんセンター周辺)、茨城県霞ケ浦環境科学センター、霞ヶ浦ふれあいランド、および鉾田川流域内のハウス野菜栽培農業地帯の見学を行いました。農環研の調査流域である逆川流域(写真13)では、霞ヶ浦の湖水がパイプライン、貯水池、揚水ポンプ場を経て水田一枚ずつに蛇口で配分されている状況、揚水ポンプ場では水質の異なる支流と霞ヶ浦用水との混合が生じ、その結果として各水田ブロックの灌漑水の水質は異なること、大気降下物由来の窒素が水田流域内で浄化されている可能性があることなどの説明と意見交換を行いました。ハス田地帯では、茨城県霞ケ浦環境科学センター湖沼環境研究室の菅谷和寿室長より、レンコン栽培や加工について説明をいただき、意見交換を行いました。同センター内の展示室を見学した後、霞ヶ浦の水利用や水質変化などについてのセミナーを開催し、菅谷室長に講師を務めていただきました(写真14)。霞ヶ浦ふれあいランドでは、展望台から霞ヶ浦湖岸の水田地帯を見渡し、土地利用の状況を理解していただきました。鉾田川流域では、農環研の河川観測システムを見学するとともに、ハウス群が延々と続く農業地帯を視察しました。
写真13 筑波山麓の水田流域における農環研の河川観測システムを視察
写真14 茨城県霞ケ浦環境科学センターでのセミナーのようす
その他
今回、予算的な都合により、市街地やホテルから離れた不便な場所に会場を設定したことから、食事(お弁当)や各ホテルを巡る送迎用マイクロバスの手配など、研究上の議論以前の課題が多く、国際会議運営の大変さをあらためて痛感しました。その反面、新たな発見も多く、こういった経験を研究所として蓄積していくべきと感じました。
たとえば、本ワークショップには、完全なベジタリアンのインド人研究者の方々、ハラルフードのみを食するイスラム教の方々、毎日決まった時間にお祈りする姿を決して男性に見られてはいけないイスラム教の女性研究者の方々などなど、多様な方々が参加されました。国際会議ですのでそれは当然のことかもしれませんが、事務局として会議準備を試行錯誤で進める中で、習慣、文化、宗教の違いなどの意味やホスト側としては具体的にどう対処すべきかなど、目の前の課題として初めて認識することができたように思います。中でもいちばん困ったのは、事前に会議登録をして、こちらからビザ発給用の書類などをすべて作成、送付したにも関わらず(人数分のお弁当、前夜祭・懇親会の食事、エクスカーション用大型バス等の手配もしたのに・・・)、結局何の連絡もなく来場されなかった方々(約30名!)。無断キャンセルの罪深さを思い知らされました。
食事については、あらかじめ事前登録票で希望をとり、ベジタリアンやハラルフードの専門店から人数分のお弁当を毎日、昼と夜に届けてもらうことで対応しました。しかし容器が同じだったため(中味を区別するシールは貼付されていたが)、ハラルカレー希望者がベジタリアンカレーを食べてしまい、ベジタリアンの方がほとんど何も食べられなかった、ということも・・・。前夜祭や懇親会でも、ベジタリアン、ハラルフード専用のテーブルを設けて、大変好評でした。イスラム教の礼拝室については、カーペット敷きの会議室を別途確保し、男女別室となるようパーティションを設置するとともに、メッカの方向を指し示すキブラコンパスを床に貼ることで対応しました。マレーシアの女性研究者に聞いたところ、この部屋はとても役に立ったとのことで、さらに願わくば、パーティションだけでなく開閉可能な扉があると、より安心してお祈りできるとのことでした。また、最終日のエクスカーションでは、お祈り場所のことまで気が回っていなかったところ、「どこかお祈りできる場所はない?」と気軽に(?)相談してくれて、それはとても嬉しいことでした。
このほか、多くの海外参加者へのビザ発給に関わるさまざまな手続きや必要書類の作成・発送とそれに伴う膨大な国際メールのやりとり、突然かかってくる国際電話への対応、海外参加者向けの会議ガイドブックの作成や講演要旨集の編集・デザイン、お金や領収書のやり取りを伴う会議受付、送迎バスの当日運営、前夜祭・懇親会の食事や出し物の準備・手配、などなど、研究上の議論以前の課題は、当初予想した以上に大変でしたが、限られた人的資源と時間の中、なんとか満足のいく会議を開催できたのではないかと考えています。
最後に、非常にタイトなスケジュールの中、さまざまなアイディアや創意工夫、さらには個人の芸能・特技を活かし、局面ごとの課題に機転を利かして取り組んで下さった事務局スタッフの全メンバーに、この場を借りて、心より深く御礼申し上げます。
本ワークショップの開催報告は、すでに 農業と環境187号 にも掲載されています。参加者の集合写真などを掲載していますので、ご覧ください。
江口定夫 (物質循環研究領域)