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情報:農業と環境
No.3 2000.7.1

 
No.3

・中国の地下水位の低下が世界的な食料価格の上昇につながる可能性

・地球規模で両生類の個体数が減少傾向を示している

・IPCC第3作業部会第3次評価報告書作成中

・本の紹介 1:「生態系を破壊する小さなインベーダー」,
クリス・ブライト著,福岡克也監訳,環境文化創造研究所訳,家の光協会(1999)

・本の紹介 2:平成12年版環境白書

・本の紹介 3:「わが国の失われつつある土壌の保全をめざして
−レッド・データ土壌の保全−」,日本ペドロジー学会(2000)

・資料:平成10年度鳥獣関係統計,環境庁自然保護局

・遺伝子組換え農作物等の環境安全性確保に関する検討専門委員会

・遺伝子組換え作物はアメリカ農家に利益をもたらしているのか


中国の地下水位の低下が世界的な食料価格の上昇につながる可能性
 


 
 
 レスター・ブラウンは,本年3月2日のホームページ(http://www.earth-policy.org/plan_b_updates/2000/alert1)に,中国の地下水の低下と食料価格の関係を次のように掲載している。
 1999年、北京の地下水位は2.5m下降した。1965年との比較で約59mに達する低下量は、中国の指導者たちに、国土の帯水層の枯渇を警告している。
 水文学的にみると、中国は揚子江流域及びそれ以南の湿潤な南部と、それ以外の北部とに分けることができる。7億の人々が住む南部には、耕地の1/3、地下水の4/5が分布し、5.5億の人々が住んでいる北部には、耕地の2/3、地下水の1/5が分布している。単位面積あたりでみると、中国北部の水資源量は南部の1/8でしかない。
 水資源の枯渇は、中国北部地域で起こっている。水の需要が供給を上回っているため、地下水位は低下し、井戸は涸(か)れつつある。流れは干上がり、河川や湖沼は消失しつつある。上海のすぐ北から北京のはるか北まで続き、中国穀物の40%を生産する華北平原では、地下水位が毎年1.5m低下している。
 北部の農業従事者は帯水層の低下と都市や工業との競合のために、灌漑用水の不足に直面している。これから2010年までの間に、中国の人口は1億2600万人増加すると推定され、世界銀行では、都市の水需要が年間500億立方メートルから60%増の800億立方メートルに、工業用水は1270億立方メートルから62%増の2060億立方メートルに達すると推定している。中国北部のほとんどの地域では、農業用の灌漑水をまわさない限りこの需要を満たすことはできない。
 灌漑農地で生産される穀物は、アメリカにおいては15%に満たないが中国では70%に近い。このため、灌漑水の供給にかかわることがらは中国の農業見通しに直接影響を与える。
 都市、工業、農業用水の競合は、農業にとって不利である。中国では、1トンの小麦を生産するために1000トンの水を消費するが、これによる生産額はたかだか200ドル程度である。同量の水を工業生産に振り向ければ、生産は14000ドルに拡大する。すなわち、水の工業利用は農業への利用の70倍の経済効果をもつ。経済発展やそれにつながる産業を熱望しているこの国において、水が農業から工業に転用されることは明らかである。
 この国を代表する黄河では、水利用はすでに過剰である。この中国文明の揺籃(ようらん)は数千年間たゆまずに流れてきたが、1972年に干上がり、15日間にわたって海への流出が途絶えた。その後1985年までの間は間欠的に途絶え、後は毎年、なにがしかの期間干上がっている。1997年の干ばつ年には、海への流出は226日間もみられなかった。
 実際、1997年のほとんどの期間、黄河の流れは最下流の山東省にすら達しなかった。この省は中国のトウモロコシの1/5、小麦の1/7を生産し、アメリカにとってのアイオワ州とカンザス州を合わせた以上に重要な地域である。この省では、1/2の地域の灌漑水を黄河より得てきた。しかし、この供給がいま枯渇しようとしている。そして、残りの1/2の地域が水源としている地下水の水位は、年に1.5m低下している。
 水は、上流の都市や工場でますます流用され、下流で利用可能な量は減少している。中国政府は、貧困にあえぐ上流の省が、経済発展のために下流の省の農業用水を使ってしまうことを許している。
 黄河から水を取り出す数多くのプロジェクトの一つに、2003年に始まる、内蒙古自治区の首都フフホトに続く運河建設がある。これは、住民の生活用水と毛織物を代表とする産業を成長させるための水の確保を目的としている。これとは別に、太原への運河建設の計画もある。太原は人口約400万人の山西省の省都で、ここでは水が配給制である。
 黄河上流域での水利用がこのまま増加し続ければ、水はもはや山東省には達せず、この省の灌漑用水の約半分が失われることになる。これは、大量の穀物輸入を意味する。とりわけアメリカ産穀物への依存度が増大する可能性は、北京の政治指導者らに眠れぬ夜をもたらしている。
 黄河流域のすぐ北側に、1億の人が住み、北京と天津という大きな工業都市を持つ海河流域がある。この流域で消費される水は年間550億立方メートルで、このうち持続可能な供給量は340億立方メートルである。210億立方メートルの不足分は、主に地下水の過剰なくみ出しによってまかなわれている。帯水層が枯渇すれば、くみ出すことができる地下水は、現使用量の約40%である、持続可能な供給量にまで減少せざるをえない。この地域の急速な都市化と工業化によって、2010年までにこの流域の灌漑(かんがい)農業は広く消滅し、生産性の低い天水(てんすい)農業に戻ることを余儀なくされるかも知れない。
 この一方で、中国では、年率7%の経済成長、毎年1200万人の人口増加、穀物で肥育された食肉の消費増大が見込まれているので、穀物需要は増加し続けるであろう。このため、水不足による主要地域での穀物生産の落ち込みによって、中国は急速に日本を上回る世界有数の穀物輸入国となることが予想される。
 水不足は、水の有効な利用によって緩和することが可能である。しかし、中国において、これは簡単ではない。文書によれば、現在、政府が考えている利用効率向上のための方策は、水の価格を市場価格に近い「適正な」価格に引き上げることであるが、この政策は政治的な危険をはらんでいる。というのは、水の値上げに対する国民の反応は敏感だからである。この状況は、アメリカにおけるガソリンの価格問題に似ている。
 最近の一連の政策は、中国が水利用に関して方針転換をしようとしていることを示している。その一例として、中国は長年掲げてきた食料自給の方針を公式に破棄した。また、食料自給維持のために、国庫負担が極めて大きいことを覚悟で1994年に42%引き上げた穀物に対する補助価格を、世界市場価格のレベルに引き下げることを容認しつつある。また、水の競合に際しては、都市と工業に優先権を与え、農業を後回しにする旨の発表もしている。
 水不足に直面しているのは中国だけではない。水不足のために穀物輸入量を増している国、ないしその兆候がある国には、このほか、インド、パキスタン、イラク、メキシコを始めとし、数十の小さな国々がある。しかし、13億人が住み、経済が急激に成長し、アメリカに400億ドルの貿易黒字をもつ中国は、世界の穀物市場を混乱させる可能性がある唯一の国である。言い換えれば、中国の地下水位の低下は世界中の食料価格の上昇を即座に意味するといえる。
 

地球規模で両生類の個体数が減少傾向を示している
 


 
Quantitative evidence for global amphibian population declines
J.E.Houlahan et al. Nature 404:752-755 (2000)
 
 農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系の攪乱(かくらん)防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な研究目的の一つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。今回は,地球規模で両生類の減少傾向が続いていることを明らかにしたHoulahanらの論文を紹介する。
 著者らは、地球規模での両生類個体数の時間的空間的な変動を評価するために、936の個体群のデータを用いて分析を行った。著者らの研究結果によれば、地球規模での両生類の個体数は,1950年代末ないし1960年代初めから1960年代末にかけて比較的急激な減少傾向を示し、その後、減少率は低下し現在に至っている。1960年代の両生類の個体数は、英国を含む西ヨーロッパ及び北米で減少傾向を示し、さらに北米についてのみ1970年代から1990年代末にかけて個体数の減少傾向が続いた。これらの結果を総合すると、地球規模での両生類の個体数は、地理的時間的変動はかなりあるものの、実際に減少傾向を示しており、しかもこの減少傾向は数十年間ずっと続いていることが明らかとなった。
 著者らは、世界各地で両生類が減少しており、その原因として局地的な気候、酸性雨、病気、UV-B照射量の増加、あるいは様々な原因の組み合せが報告されていることについても触れている。また,最近は,オーストラリアやニュージーランドでも両生類の個体数の減少が著しいことが示唆されている。一方,アジアにおいては調査個体群数が少ないという問題もあり,個体数の減少傾向は明らかではない。
 

IPCC第3作業部会第3次評価報告書作成中
 


 
 
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、特に地球温暖化問題に関する科学的知見、環境・社会経済的影響および対応策を検討すること、および気候変動枠組み条約の交渉と実施に関して科学的な助言を与えることを目的として、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により、1988年に設立された。IPCCは気候変動に関する科学的知見の評価(第1作業部会)、気候変動の環境・経済的影響の評価(第2作業部会)、気候変動に対する対応戦略の策定(第3作業部会)の三作業部会から構成されている。
 今日まで、IPCCは第1次評価報告書(1990年8月)、その補足報告書(1992年2月)、さらに、1995年12月に第2次評価報告書(SAR)を公表している。第1次評価報告書では、人為起源の温室効果ガスがこのまま大気中に排出され続けると、生態系や人類に重大な影響を及ぼす気候の変化が生じる恐れのあることを指摘した。1992年には第1次評価報告書の補遺版が出され、新たな排出シナリオに基づく全球気温の見通しや、人為起源のエアロゾルが気候に及ぼす影響についても論究された。そして、第2次評価報告書では、地球の平均地上気温は19世紀末以降約0.3〜0.6℃上昇し、平均海面水位は過去100年間に10〜25 cm上昇したことが報告されている。また、将来の人口、経済成長率に関する仮定をもとに、2100年までの数種類の温室効果ガス排出シナリオを作成し、これらのシナリオに従い、気候モデルによるシミュレーションによって、1990年と比較して2100年には地球の平均気温は約2℃上昇し、平均海面水位は約50 cm上昇すると見込んでいる。さらに、このような地球温暖化により、地球の気候、生態系に様々な影響が出ると警告している。
 
 IPCCは第3次評価報告書に向けて作業部会を見直し、現在は次の3つの作業部会となっている。
●第1作業部会:「気候変化の科学的根拠」
 全球的規模・地域的規模の気候システム及び気候変化
●第2作業部会:「気候変化の影響、適応、脆弱性(ぜいじゃくせい)」
 生態系、社会・経済、保険等の分野における影響、また、脆弱性については地域的規模に重点をおいて評価する。
●第3作業部会:「気候変化の緩和策」
 緩和対策に関する科学・技術、環境、社会・経済の各面についての評価、また、各作業部会にわたる横断的事項の方法論的な面の評価を行う。
 
 IPCCの各作業部会は第3次評価報告書(TAR)を2001年3月までに完成する予定である。すでに専門家レビューが終わり、現在は各国政府レビューに入っている段階である。我々はその技術サマリー(技術要約)を入手したので、その中の農業にかかわる部分を紹介する。なお、この技術サマリーはまだドラフトである。今後のレビューにより修正が加わることに注意されたい。
 この第3次評価報告書「気候変化の緩和策」では、次の6つの主要な質問について論じている。すなわち、(1)緩和への挑戦の本質は何であるのか? (2)温室効果ガス排出を減少させることとシンク(吸収)を高めるオプションは何であるのか? (3)どのようにして緩和オプションを履行することができるのか? (4)緩和活動の価格と共便益は何であるのか? (5)どのようにして第3作業部会の情報が決定支持するために使われるのか? (6)知識とのギャップは何であり、これらを取り扱うために必要とされる研究はどんなものか?
 
第3作業部会の第3次評価報告書「気候変化の緩和策」目次
1.報告の視野
 1.1 背景
 1.2 気候変動緩和の環境を拡大すること
2.温室効果ガス排出シナリオ
 2.1 温室効果ガス排出シナリオ:第2次評価報告書(SAR)以降の新発展
 2.2 シナリオ:利用、根拠、限界
 2.3 最近の温室効果ガス排出緩和シナリオの特徴
 2.4 排出シナリオの特別報告:主要な調査結果
 2.5 分析のためのベースラインとして異なったシナリオを取り入れた緩和オプションの意味
 2.6 将来の非定量的なシナリオと気候変動緩和のためのオプション
 2.7 緩和シナリオの可能な政策履行
3.緩和オプションの技術的および経済的な可能性
 3.1 第2次評価報告書以降の温室効果ガス排出を緩和するための技術的なオプションについての知識のキーとなる発展
 3.2 エネルギー使用とそれに結びついた温室効果ガス排出の動向
 3.3 部門別の技術オプション
   3.3.1 建設部門の主要な緩和オプション
   3.3.2 交通部門の主要な緩和オプション
   3.3.3 産業部門の主要な緩和オプション
   3.3.4 農業部門の主要な緩和オプション
   3.3.5 廃棄物管理部門の主要な緩和オプション
   3.3.6 エネルギー供給部門の主要な緩和オプション
   3.3.7 ハロカーボンのための主要な緩和オプション
 3.4 温室効果ガス緩和の技術的および経済的な可能性:結論
4.生物的な炭素貯蔵庫と地球調節工学(Geo-engineering)を促進・維持・管理するためのオプションの技術的および経済的な可能性
 4.1 保全、固定および代替
 4.2 時間依存性の潜在力
 4.3 他の問題との連携
 4.4 生物的な炭素緩和オプションのための判定基準
 4.5 地球調節工学技術
5.技術と実践の障壁、機会および市場の可能性
 5.1 温室効果ガスに対する障壁のカテゴリー
 5.2 障壁の主要な源泉
   5.2.1 価格
   5.2.2 財政、収入および貿易障壁
   5.2.3 市場構造
   5.2.4 制度上および情報の障壁
   5.2.5 社会的、文化的および習性的障壁
 5.3 部門特異的・技術特異的障壁、機会および市場の潜在力
   5.3.1 緒言
   5.3.2 建設
   5.3.3 交通
   5.3.4 産業
   5.3.5 農業と林業
   5.3.1 廃棄物管理
6.政策、対策および手段
 6.1 国家的・国際的な政策、対策および手段
 6.2 可能な政策・対策および手段の特徴
 6.3 京都メカニズム
7.価格分析の方法論的な様相
 7.1 緩和政策の価格推定の評価
 7.2 価格分析を解釈するためのキー要因
 7.3 温室効果ガスの排出、経済政策および技術的な変化との相互関係
 7.4 開発途上国に関連する特別な問題
 7.5 異なる結果を導く価格評価への異なるアプローチ
 7.6 気候変動緩和オプションのカテゴリー化
8.世界的、地域的および国家的な価格と共便益
 8.1 緒言
 8.2 詳細技術モデルの中の温室効果ガス減少の総価格
 8.3 炭素発生緩和のための国内政策手段の総価格は何であるのか?
 8.4 炭素税の配分の影響
 8.5 温室効果ガス緩和の共便益
 8.6 国際的な排出取引の様相
 8.7 添付書1に記載された国(先進国)で取られた行動から記載されていない国(開発途上国)への「はみ出た」影響
 8.8 導入された技術的な変化の問題
9.緩和の部門的な価格と共便益
 9.1 国家的に推定された気候変動緩和の価格と部門による価格との間の差
 9.2 気候変動緩和の価格への特異的な部門の調査結果と共便益
 9.3 様々な部門の文献から引き出される結論
10.決定の分析的なフレームワーク
 10.1 SAR以降の気候変動決定を支持するための分析に関する新しい発展
 10.2 科学的質問に関連する政策の緩和様相
 10.3 原稿の可能な国際的体制と政策オプションとそれらの関係
 10.4 地域的/国家的な持続的発展の選択と気候変動への処理:共同作用のための可能性
11.研究のための具体的な勧告
 
WG III TAR Mitigation of Climate Change」Technical Summary(第3次評価報告書「気候変動の緩和」技術サマリー)の農業にかかわる部分の紹介
 
第3章「緩和オプションの技術的および経済的な可能性」
 この章では、建設、交通、産業、農業などの各セクターにおける温室効果ガス排出の緩和の可能性について論じているが、「3.3.4農業部門における主要な緩和オプション」の要約は次のようである。
 (部門別によるエネルギー使用からみたグローバルなCO2発生率は、建設部門31%、交通部門22%、産業部門42.5%を占めており)、農業部門はおよそ4.0%とわずかな寄与率である。しかし、土地開拓から炭素が放出されるのと同様に、農業は人為的な温室効果ガス発生量の20%以上(年間の炭素換算等量で)であり、主にはメタンと亜酸化窒素(N2O)の発生である。第2次評価報告書以降、これまで農業部門ではエネルギー効率としてはわずかな利得しか得られなかった。しかし、植物と動物生産に関連するバイオ工学の発展は追加的な利得を得ることができる。温室効果ガス発生の有意な減少は、農法を変えることにより2010年までに成し遂げられる可能性がある。例えば、
●保全的耕耘(こううん)と土地使用強度の減少により、土壌炭素吸収を増加すること。
●水田の潅漑水(かんがいすい)管理によってメタンを減少させること、改善された肥料の使用方法、そして反芻(はんすう)動物からの腸内メタン発酵を低下させること。
●N2Oの発生が化石燃料の使用からの炭素発生を越えている人為的な農業からのN2O発生を回避するために、ゆっくりと養分が放出される肥料(緩効性(かんこうせい)肥料)、有機堆肥(たいひ)、硝化抑制剤および遺伝子組換えのマメ科植物を活用する。そのとき原価から炭素換算等量1トン当たり−50米ドルから+10米ドルで始める。N2Oの発生は中国と合衆国でもっとも大きく、主に水田土壌と他の農業土壌への施肥による。施肥された土壌からのN2O発生を制御するためにもっと多くのオプションが利用可能になれば、2020年までにもっと重要な貢献ができるだろう。
 農民がこのオプションを取り込むのには余分な金がかかるので、農民がこれらの技術をきそって使う可能性は高くない。目標が定められた政策に対応して経済を含む他の障壁を除かなければならないかもしれない。輸送機関に使われるエネルギー作物から作り出された生物燃料の役割は、石油価格の低下と政府サポートの減少のため低下している。しかしながら、セルロース物質のエタノールへの酵素的な加水分解は、この傾向を逆転する可能性がある。そして、ヨーロッパではバイオディーゼルが、税金免除の支援によって、いっそう広く使われている。
 
第4章「生物的な貯蔵庫と地球調節を高め、維持し、管理するためのオプションの技術的および経済的な可能性」について
 土地利用と管理の仕方によって生物圏の中に貯蔵された炭素の量を変えることができ、そのことによって大気中のCO2濃度に影響がでる。過去においては、土地利用の変化はしばしば生物圏の貯蔵炭素を消失させてきた。すなわち、土地利用変化による大気へのCO2の放出は、今日でも世界のいくつかの地域でまだ続いている。植物、土壌および生態系の生産物の中に貯蔵されている炭素量を増加させるため陸上生態系を管理できるのか? さらに、そのような管理を実践するとその潜在的な影響は、大気中のCO2濃度の増加を緩和するばかりでなく、社会的、経済的および環境的な状況へどのような影響を及ぼすのか? 最後に、この章では生物的なプロセスを通して、炭素をより多く吸収するための海洋管理の評価と、「地球調節工学」を通して気候変動を緩和することの見通しが評価される。
 
4.1 保全、固定および代替
 すでに第2次評価報告書の中で概括されたように、土地利用あるいは管理の仕方によって大気CO2濃度の増加を緩和させるには3つの基本的な方法がある。すなわち、「保全, protection」、「固定, sequestration」および「代替, substitution」である。「保全」は既存の貯蔵炭素を維持し、保存する積極的な対策である。貯蔵炭素には植物、土壌有機物および生態系から系外に出される生産物が含まれる。保全対策のための重要な例は、農業利用を目的とする熱帯林の耕地への転換を阻止することや、湿地が干上がるのを回避することである。現在、陸上バイオームは約3000GtCの炭素を貯蔵しているので、この量が保全対策としての緩和影響のための上限である。しかし、現在これら貯蔵のうちわずかな部分だけしか脅かされていないので、実行できる可能性はもっとずっと少ない。
 「固定」はすでに存在している以上に、さらに炭素の貯蔵を増加するための対策である。それらは地域とバイオームの違いで大きく変わるけれども、数多くの実例は炭素貯蔵を増加するために効果的であることを示している。重要な例として、新規植林(afforestation)、改善された森林管理(たとえば、新しい樹種、施肥、改良された伐採技術)、木材生産物中の炭素貯蔵の亢進(こうしん)(プロセス効率を増加すること)および改善された栽培システム(たとえば、マメ科作物のさらなる植え付け、耕耘の減少)がある。可能な固定量の上限は、現在の地球規模の貯蔵炭素と世界の生態系の潜在的な維持容量の差である。すなわち、可能な固定量は、人間活動の結果として陸上生態系から失われた炭素の量にほぼ等しい。いくつかの推定によると、この10,000年で貯蔵炭素の約20〜40%が人間の活動によって失われている。結果として、貯蔵炭素の上限は600〜1200 GtCのオーダーである。
 「代替」は化石燃料あるいはエネルギー強度の高い生産物を、生物の生産物に置き換えることである。そのことにより、化石燃料の燃焼から発生するCO2を少なくすることができる。例えば、生物燃料あるいはエネルギー集約建築材料の代替品として木製品を使用することは、化石炭素からのCO2の発生を減らすことになる。この対策による緩和の理論的上限は、地球の地殻中にまだ残存している掘り出し可能な化石資源の埋蔵量に等しい。
 
4.2 時間依存性の潜在力
 大気CO2に対するこれらオプションの便益は時間の概念で異なる。「保全」対策はほとんど即時的な効果を示す。「固定」はしばしば数十年あるいはそれ以上続くが、固定速度は炭素貯蔵が最大に近づく時に、最終的にはゼロにまで低下する。「代替」は比較的遅い速度で正味のCO2発生を減少させるが、便益は将来にわたってほとんど無限に続く。結果として、どの管理オプションを選択し、それらの潜在的な有効性があるかどうかは、その場所の生産性と土地利用の歴史と同様に、目的とする時間の枠組みに依存する。
 合理的に予想することができる炭素緩和の量は、多分、理論的な上限より低いであろう。なぜなら、現実は常に実際的、経済的および社会的に受け入れられないか、あるいは持続的な発展と調和しているとはかぎらないからである。それにもかかわらず、保全、固定および代替の潜在力は、緩和戦略に適したものとして正味のCO2発生を有意に減らすのに十分効果がある。第2次評価報告書は、陸上生物圏中の炭素貯蔵庫への管理に対する変化によって、大気中の炭素を2050年までに約83〜131 GtC(累積として、森林で60〜87 Gt、農業土壌では23〜44 Gt)減らすことができると推定した。それ以降に出版された研究は、本質的にはこれらの推定から改良されていない。そのため、本報告は以前の推定を微調整するよりもむしろ、これらのゴールに到達するための概念と政策に焦点をあてる。シナリオに依存するその他の部門の可能性に比較して、これらの可能性の重要性が考慮されることに注意すべきである。
 
4.3 他の問題との連携
 陸上生態系は多数の機能に役だっている。結果として、森林、農業およびその他の部門でのより広い政策の中で炭素緩和の可能性を単独のものとしては考えられない。さらに、ある国の中で良いオプションであっても、他の国では効果がなく、不適当であるか、あるいは扱いにくいものであるかもしれない。例えば、熱帯は炭素緩和のために大きな可能性をもっているが、緩和戦略は多様である。すなわち、いくつかの地域では、森林伐採を遅くするか、あるいはそれを止めることが主要な緩和への可能性である。また、森林伐採速度があまり重要でないレベルにまで落ちた地域(例えば、インド)では、劣化した森林と湿地を新規植林や再植林にすることは最も魅力的な可能性となる。世界のどこにでも推薦されるような緩和戦略はほとんどない。すなわち、通常、それらは補足的な多岐にわたる政策の一部として、最も適した地域あるいは局所的な状態に合わせて作り上げられるものである。
 陸上バイオーム中の炭素貯蔵を促進する対策は、しばしば他の便益も持っている。例えば、ある緩和を実践すれば、生物多様性が保全されたり、多様性が増したり、田園地域における雇用が促進されたり、水質が改善されたり、土壌生産性が改善されたりするかもしれない。結果として、陸上管理の実践は、他の方法と比較して非常に安い経費で、しばしば大気CO2濃度の増加を緩和することができる。事実、多くの炭素保全の実践は便益があり、炭素緩和の付随的な便益なくしてさえも、実行可能であるかもしれない。そのようなwin-win(お互いの利益)の可能性は考慮されるべき最初のオプションである。
 しかし、陸上生態系の炭素緩和は常に不利を伴わないわけではない。たとえば、二酸化炭素以外の温室効果ガスの発生が高まることがある。これは少なくとも炭素貯蔵の獲得した利得の一部を相殺してしまうかもしれない(たとえば、窒素施肥からのN2Oの発生)。さらに、陸上バイオーム中の貯蔵炭素の増加はそれが蓄積している期間、大気CO2の正味の除去をもたらす。しかし、炭素プールが現在より大きくなると、将来において土地利用の攪乱(かくらん)により、炭素がさらに発生する可能性もまた増加する。特に関心が持たれるものは、予想される気候変動およびその他のグローバルな変動から現在貯蔵されている炭素が将来さらに放出される可能性である。
 存在する陸上の炭素を維持し、炭素貯蔵を高めて、持続的な方法でバイオマスを使用するための技術は今日でも使われているが、さらに改良することが必要である。それ以上に、多くの方法が選択可能な競合的な価格で実行できるものである。しかしながら、それらのスケールが増すにつれて緩和効果の経費は増すであろう。
 
4.4 生物的な炭素緩和オプションのための判定基準
 大気CO2濃度を緩和し、他の重要な目的を推進する戦略を開発するためには、次の判定基準は考慮に値する。
●長期的な炭素プールへの貢献の可能性
●維持あるいは作り出される炭素プールの持続性、安全性、弾力性および頑強性
●他の土地利用目的との整合性
●リーケージ問題と付随的な問題
●経済的な経費
●気候緩和以外の別の環境的な影響
●平等性の問題と同様に社会的、文化的および横断的な問題
●エネルギー部門と材料部門における炭素の流れの実施システム分析
 初期の研究は、しばしば管理対策の即時的な効果(例えば、植林後のより高いバイオマスの成長、あるいは野火や洪水を阻止することから保全された貯蔵炭素)に焦点が合わされていたが、効果のタイミング、安全性および持続性など答えられない問題が残されてきた。最近、より包括的な研究成果は、システムの内と外への全炭素の流れを説明することについての重要性と長期的なパターン分析の必要性を強調している。初期の研究の限界が明らかになったが、地球規模のスケールにおいて包括的な分析のためのデータはまだ利用できていない。これは地球規模のレベルにおける炭素固定の見積もりが第2次評価報告書の中のそれと比較して、ほとんど変化していないままだからである。
 
4.5 地球調節工学技術
 海洋生態系もまた大気からCO2を除去する可能性があるだろう。海洋生物圏における炭素の貯蔵量は非常に小さい。しかしながら、生物的な炭素の貯蔵を増やすのではなくて、大気から炭素を除去するための生物圏的なプロセスを使い、そしてそれを深海に輸送することに焦点を合わせる努力が必要であろう。いくつかの初期的な実験は行われているが、炭素除去の永続性と安定性についての基本的な問題が残っている。
 地球調節工学技術は、地球のエネルギーバランスを直接管理することによって気候システムを安定化させるものである。この技術によって、増大する温室効果を克服することができる。陸上のエネルギーバランスは設計できるように思われるけれども、システムにおける人間の理解はまだ初歩的である。予期できない結果をもたらす見込みは大きく、地域的な気温や降水量分布のような気候系を調節することさえも可能ではないかもしれない。地球調節工学技術については、倫理性、合法性、そして公平性の問題と同様に、科学的および技術的な問題も生じている。それにもかかわらず、基礎的な研究が必要であるように思われる。
 

本の紹介 1:「生態系を破壊する小さなインベーダー」
クリス・ブライト著,福岡克也監訳,
環境文化創造研究所訳、家の光協会 (1999)

 




 
 
 原著の題名は,Life Out of Bounds (1998)。著者は,環境問題の記者と雑誌編集を経て,1994年からワールドウォッチ研究所の準研究員で、現在は,同研究所の「ワールドウォッチ」主任編集者として活躍中。また、年次刊行物の「地球白書」の執筆者でもある。
 監訳者は、地球環境財団理事長や日本地域学会会長などを務めている環境問題の大家、福岡克也氏。なお、氏は当研究所が参画しているプロジェクト「農林水産業及び農林水産貿易と資源・環境に関する総合研究:第4系,主要国の資源・環境に与える影響の評価」の評価委員でもある。
 ワールドウォッチ研究所の所長レスター・ブラウン氏は、日本語での出版に寄せて次のようなことを書いている。「みなさんがこれから読もうとしている本は、この生命体の移動と、それがもたらす生態学的な被害について明確な確認をしていただくためにかかれたものである。その被害は、外来種が異常繁殖する生物進入という形でもたらされる。外来種とは、原産地以外の生態系、つまり自身が進化を遂げてきた生態系とは別の生態系に入り込んだ生物のことである。外来種が新しい場所で定着すると、個体数の急増が起こりうる。その過程で、生存に欠かせない資源をめぐる争いで在来種を圧倒し、その繁殖を妨げる可能性がある。それが微生物であれば、伝染病のきっかけになりうるし、捕食動物であれば、在来種を捕食し、駆逐してしまうかもしれない。」「世界の生態系を保全する必要性と貿易活動のバランスをどう保つか。これが、本書が提示する基本的な問いかけである。経済の健全さは、明らかに高度な国際貿易に依存している。しかし、生態系の健全さが、この惑星の生物の大半を、自然に発生した場所にとどめておけるかどうかにかかっていることも確かである。この二つの必要性のバランスを取ることは、新しい世紀の環境分野の大きな課題の一つになると思われる。」
 著者のブライトは、冒頭の謝辞で次のことを書いている。「人間の活動がウイルスであれ雑草であれ、地球の生命体をどのように”撹乱(かくらん)”しているか、生物種の混合が人間社会と自然界になぜ害を及ぼすことになるのか、という問題だ。一般の人々に私たちと一緒にこの問題を考えてもらいたいと思った。本書はその延長線上にある。」
 内容は、次のような構成で展開される。
 
第1部 国境なき生命体の侵入
 第1章 逆行する進化
第2部 生態的プロセスとしての侵入
 第2章 草原
 第3章 森林
 第4章 海洋と河川湖沼
 第5章 島
第3部 文化的プロセスとしての侵入
 第6章 植民地主義
 第7章 偶発的侵入
 第8章 経済システムが加速する侵入
第4部 国際レベルで侵入対策を
 第9章 環境的センスのある社会をめざして
 
 第1部 第1章 逆行する進化: 地球上の生物群は数世紀前から外来種によって混乱している。今日、その混乱はますますひどくなっている。ここでは、外来種の侵入による生態学的影響、文化的影響および社会的影響が語られる。侵入した外来種が新たな環境でどのような影響を及ぼすのか。侵入していった外来種は単に在来種にとって代わるだけでなく、それ以上の影響を及ぼすことが説かれる。
 一つの例を紹介する。野生生物の管理官が1970年ごろ、コカニーサケ(湖水に陸封されたベニザケ)のえさを増やす目的でモンタナ州フラットヘッド川の水系にアミの類の小エビ(オポッサムシュリンプ)を導入した。コカニーサケもまた、よそから導入された種であった。このサケは水面近くでえさを食べる習性があるのだが、小エビは夜にしか水面に上がってこなかったので、サケにはこのえさを見つけるこでき出来なかった。このため、サケは小エビを食べられなかったが、小エビのほうはサケの稚魚がえさとしているプランクトンを食べ尽くしてしまった。その結果、サケの個体数は激減し、サケをえさにしていたクマ、猛禽(もうきん)類、その他の動物が姿を消した。小さなエビが、空高く舞うワシを餓死させたのである。
 第2部は、主に生態系プロセスとしての進入を取り上げている。第2/3/4章では、大きな三つの生態系とそれに密接にかかわる一次産業について概観する。すなわち、草原と農業、森林と林業、海洋・河川湖沼と漁業である。第5章では、侵入によってもっとも大きな被害受ける「島」について検証し、問題全体のモデルとして提示される。
 第2章 草原:農業などによる侵入者と草原の関係が数多く紹介される。カラスノチャヒキと動物の激減、豆科のグリシンの雑草化、アワノメイガやコロラドハムシの逆侵入など様々な例が紹介される。また、現在大いに議論されているBt作物の話も展開されている。
 第3章 森林:エチオピアにやってきたユーカリの木を例に、人工林と自然林の関係を解説し、人工林の矛盾を指摘する。ほとんどの人工林が、巨大なトウモロコシ畑のように単一栽培である。トウモロコシ畑と同様に徹底した管理を必要とする。病害虫を抑え、植生の中で勝ち抜くために、農薬が使用される。そのため、土壌と水が汚染される。ブラジル南東部で、人工林から流れ出た農薬が地元の漁業基地をだめにした例が紹介される。タイの田舎ではユーカリを「悪魔」とよぶことがある。養分と水分をむさぼり、土を堅くするからである。その他、アキグミ、アラビアゴムモドキ、チガヤとマイマイガなどの例が紹介される。
 第4章 海洋と河川湖沼:「白人はあたしらを助けるために、妖怪の赤ん坊を湖に入れたのさ」と始まるこの章は、世界で二番目に大きな湖のビクトリア湖で、カワスズメとティラピアとナイルパーチ(妖怪)の関係が湖の生態系をいかに崩していくかが解説される。また、五大湖の農薬の話や魚版吸血鬼ともいえるウミヤツメの話が続く。海洋での事例として、さまざまな種類のサケの「海洋牧場」の普及が、あらゆる場所の自生の魚に及ぼす影響があげられる。その他、ニジマス、ブラウントラウト、ティラピア、カキなどが及ぼす生態系への影響が解説される。
 第5章 島:ハワイ、グアム、ニュージーランド、ガラパゴス諸島、フロレアナ島、モーリシャス島などへの鳥、昆虫、植物、家畜、野生動物などの侵入の事例が紹介される。その他、大陸にある生態上の「島」、たとえば湖や陸の高地での種の絶滅病の話も紹介される。
 第3部では、主に文化的プロセスとしての侵入をとらえる。まず、二つの文化的侵入の歴史から始まる。最初に意図的なもの(第6章)が紹介される(たとえば、1890年にアメリカに入ったクロムクドリモドキ)。次に偶発的なもの(第7章)が紹介される(たとえば、1989年頃にサンフランシスコ湾に現れたミドリガニ)。第8章では、経済と関連付けて世界経済そのものが、均質化を推進していることを検証する。
 第4部の最終章では、侵入という地球の病気を治療するために、法律・政策・生態学・個人でそれぞれ何が出来るかを改めて検討している。
 「あとがき」で、監訳者は語る。「自然のままの生態系、農林漁業にかかわる生態系の全てにわたって、外来種の侵入による混乱は、地球環境問題における重要課題となりつつある。」
 われわれが最近経験した九州や北海道での口蹄疫の問題は,自然界からの新たな警告として受け取るべきであろう。
 

本の紹介2:平成12年版環境白書
 


 
 
 平成12年版環境白書が環境庁から発表され、環境庁のホームページからアクセスできる(http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/past_index.html#env-kankyo (環境省の関係URLに修正しました。2010年5月) )。「総説」および「各論」から構成されている。「各論」は、「環境の状況及び環境の保全に関して講じた施策」、「平成12年度において講じようとする環境の保全に関する施策」からなる。
 総説では、人類社会の持続可能性を考える時、現在が地球環境の劣化に歯止めをかけるべき転換期であること、21世紀を持続して発展することのできる「環境の世紀」としていくためには、行政はもとより国民一人一人が足元からの変革を着実に進めていかなければならないことなどを指摘している。
 とくに、「序章:21世紀の人類社会が直面する地球環境問題」の「第1節:地球環境にとっての2000年の意味」では、20世紀における地球環境の変貌(へんぼう)を振り返り、その劣化に歯止めをかけるべき転換期であることが示され、地球温暖化に関する将来予測では食糧生産の不均衡、生態系への打撃、また土壌の劣化や生物多様性の減少の進行、水資源の安定的利用の困難化等についても記述されている。
 「第2節:人類社会が健全に存続することのできる「環境の世紀」の実現に向けて」では、平成10年度の物質収支からみると資源の再利用率は総投入量のわずか1割程度で、「循環型社会」に向けた飛躍的な進展が図られない限り、持続可能な経済社会の必要条件は満たせないことが示されている。これは、既に発刊されている「食料・農業・農村白書」の大きな柱のうちの「農業の持続的な発展」にもかかわることでもあり、今後とも農業環境をめぐる物質収支の状態を監視・点検し、持続的な技術の開発へ導いていくことがきわめて重要であることを示している。
 また、第1章の「第3節:環境の世紀への展望と新たな政策展開」では、内外の環境政策の概況や環境保全に関する政策手法の概要がわかる。今後、技術開発のみならず環境保全にかかわる計画等へ,研究機関の積極的な参画が求められるであろうことから、参考になる事項でもある。このことは、第2章の「第5節:個人の視点から見た「持続可能な社会」への道筋」にもあるように、環境情報が円滑に流通するために、提供される多種多様な情報を受け手が理解しやすい形でアクセスできるような環境が整えられるべきであることを示唆している。研究機関も,行政、民間非営利団体、マスコミなどと適切な役割を分担・協力し、情報の仲介者として機能していくことが重要である。
 さらに、農業関係では、「第2章:「持続可能な社会」の構築に向けた国民一人一人の取組」のなかで「農産物の選択購入による『消費グリーン化』」の事項がある。事例として,「環境にやさしい農産物表示認証制度」などの認証や表示の活用や、地場産の農産物についての知識を持つことによって,化学肥料や農薬の使用を低減したもの、あるいは地場産のものなど,比較的エネルギー消費の少ない農産物をなるべく選択することが環境負荷の軽減につながる「消費のグリーン化」の取組などがある。
 「むすび」では、土壌の塩類集積によって衰退した南メソポタミアのシュメール文明など、因果関係を知らないままに環境にしっぺ返しを受けて滅んだ事例をあげ、人類は地球規模の環境の劣化と真正面から対峙(たいじ)しなければならないことが危機感とともに語られている。
 また、各論の「平成11年度環境の状況及び環境の保全に関して講じた施策」のなかでは、特に、平成11年度省庁別環境保全経費の対前年比較増減額で農林水産省が最も増額していたことがわかる。さらに、「平成12年度において講じようとする環境の保全に関する施策」の中には、大気環境、水環境及び土壌環境,地盤環境の保全、そして化学物質の環境リスク対策なども記述されている。また,環境基本計画が見直しの時期になることから、情勢の変化やこれまでの点検報告などを踏まえ、計画見直しに向けて、必要な作業が実施されるなど、農業環境を巡る諸問題とも関係が深く、その動向には留意すべきものがある。
 

本の紹介3:わが国の失われつつある土壌の保全をめざして
−レッド・データ土壌の保全−,日本ペドロジー学会(2000)

 



 
 
 日本ペドロジー学会は、5年前から土壌版レッドデータブックの作成に取り組み、このほど開発などによって失われつつある学術上貴重な土壌の所在地や現状を取りまとめたレッドデータブックを作成した。日本の絶滅危惧(きぐ)動植物については、日本植物分類学会(1989)や環境庁(1994)がレッドデータブックを、地形については日本地形学連合の地形学者が地形レッドデータブック(1994)を、植物群落については日本自然保護協会が植物群落レッドデータブック(1996)を作成している。レッドデータブックにより保護されるべき野生生物や自然環境が認識され、その保全に役立ってきたが、土壌については初めての試みである。
 土壌版レッドデータブックでは、会員からアンケートで寄せられた「消滅が危惧される土壌型」や「学術上貴重な土壌型」193の土壌を土壌版レッドデータブック作成委員会の委員により「非常に緊急に処置しなければ消滅する」から「消滅の危険性はない」まで8ランクに分け、表示している。最も消滅の危険性の高い「非常に緊急に処置しなければ消滅する」土壌として、沖縄県石垣島カーラ岳周辺の非常に限られた範囲に分布する非火山灰由来の「黒色土」や兵庫県東播台地に分布する「トラ斑土壌(赤黄色土)」があげられている。前者は分布が狭く希少価値があるのみならず、亜熱帯という高温下でなぜ土壌中に有機物を蓄積できるのかを解き明かし、有機物含量の少ない熱帯・亜熱帯土壌の肥沃度改善や炭素を土壌中に蓄積して増え続ける大気中の炭酸ガスを減らす研究の素材としても重要である。分布範囲が狭いので小規模の開発でも消滅してしまう恐れがあるが、周辺は新石垣空港の建設予定地の一つなっている。後者は激しい都市化による地形改変で著しく消失が進んでいる。
 将来貴重な土壌の保全法として考慮しなければならない現地保存の例として、日本の民間では唯一北海道浜頓別に「北農会」が 約4haの土地を買い上げ「ポドゾル」を保存している例がある。しかし、最近では周辺の砂利採取の影響で保存地の水分状態が変わり、土壌に変化が表れてきているという。石狩平野の高位泥炭土も大規模な農地開発等により二番目に高い危惧度「緊急に対処しなければ消滅する」土壌として選ばれているが、この土壌は北海道農業試験場(美唄市)の敷地内に50haが保存・管理されている。ちなみに、当所の土壌モノリス館には、東播台地の「トラ斑土壌」、美唄の高位泥炭土、浜頓別のポドゾルは収集されているが、カーラ岳の「黒色土」は未収集である。
 日本ペドロジー学会では、土壌を次世代の人類の生命を支える貴重な資源として認識してもらい、土壌保全の重要性を理解してもらう資料として、この土壌版レッドデータブックを活用することにしている。
 また、日本ペドロジー学会は、去る3月16日に土壌版レッドデータブックの作成成果発表のため、文部省の成果公開促進費による公開シンポジウム「わが国の失われつつある土壌の保全を目指して〜レッドデータ土壌の保全〜」を開催した。そのプログラムは以下のようであった。
 
1.土壌のレッドデータブックの作成について
2.わが国に分布する特徴的な土壌について
3.緊急に保護されなければならない土壌について
4.生態系保全と環境NGO
5.土壌保全と環境影響評価
6.かけがえのない土壌の保全を目指して
7.総合討論
 
 このシンポジウムの詳細については日本ペドロジー学会のホームページ http://pedology.ac.affrc.go.jp/をご覧ください。
 

資料:平成10年度鳥獣関係統計,環境庁自然保護局
 


 
 
 環境庁自然保護局は,平成12年5月,各都道府県から提出された「鳥獣関係統計報告」を主体に,平成10年度における鳥獣保護及び狩猟行政に関する報告書を「鳥獣関係統計」としてまとめた。これには,環境庁長官の許可権にかかわる鳥獣の捕獲件数などの資料も加えられている。
 この「鳥獣関係統計」報告書は,1963年から1974年の間,林野庁から発行されていたが,1975年からは,環境庁が担当している。狩猟免許交付状況・狩猟者登録証交付状況・捕獲鳥獣数・鳥獣飼育状況・猟区等設定状況・鳥獣保護区の設定状況・放鳥状況など鳥獣に関する資料が数多く掲載されている。
 スズメ類,カラス類,カモ類,キジ,キツネ,シカ,タヌキ,クマなど各種の鳥獣類の捕獲数などが都道府県別にまとめられている。農用地を荒らしているシカ,サル,イノシシなどの捕獲頭数などもこの統計でまとめられている。
 

遺伝子組換え農作物等の環境安全性確保に関する検討専門委員会
 


 
 
 平成12年5月15日に標記の専門委員が当所の遺伝子組換え植物隔離圃場を見学した。
 
 本専門委員会設置の趣旨,調査・審査すべき事項は次の通りである。
1.本専門委員会設置の趣旨
 遺伝子組換え農作物等の利用については、安全性の確保を図りつつ適切な利用を促進するため、「農林水産分野等における組換え体の利用のための指針」を策定し、この指針に基づき安全性の確認を行っている。
昨今、遺伝子組換え農作物等を巡っては様々な論議がされているところである。
このため、これまでの指針の運用の経験も踏まえつつ、遺伝子組換え農作物等の環境に対する安全性の確保について調査・審議を行うために、農林水産技術会議に「遺伝子組換え農作物等の安全性の確保に関する検討専門委員会」(以下、「専門委員会」という)を設置することにする。
2.調査・審議すべき事項
 専門委員会は、遺伝子組換え農作物等の環境に対する安全性の確保に関する以下の事項について調査・審議するものとする。
 
 以上が委員会の趣旨と調査・審議すべき内容であるが、我が国における遺伝子組換え体利用に関する手続きならびに利用状況が判らないと、本趣旨の内容が理解しにくいと思われるので、以下、我が国における組換え作物の安全性確認の手続き,安全性の確認が終了した組換え作物の件数などについて説明を加える。
 
●わが国における組換え作物の安全性確認の手続き
 遺伝子組換え植物が生態系に対して悪影響を与えないことを確認するための実験や、組換え植物の利用に関する手続きは、図1に示す指針に基づき行う。その進め方は,科学技術庁の指針に基づく2種類の「実験」と、農林水産省の指針に基づく2種類の「利用」の4段階に分けられている。模擬的環境利用と開放系利用の段階においては、農林水産大臣に利用の確認申請を行い、農林水産技術術会議がその諮問委員会である「組換え体利用専門委員会」の審査結果を踏まえて利用の可否を大臣に回答した後、大臣が事業者に行おうとする利用が指針に適合していることの確認を行うことになっている(図2)。
 さらに飼料として利用するには、農林水産省の「組換え体利用飼料の安全性評価指針」に基づき、その安全性が評価され、食品としての安全性評価は厚生省の「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針」に基づき行われる。
●安全性の確認が終了した組換え作物の件数
 これまでに遺伝子組換え農作物の環境に対する安全性の確認が終了した件数は(一般圃場での栽培可能なもの)12種47件、飼料としての安全性の確認は5種25件、食品としての安全性確認は7種29件(表1〜3)であり、平成7年以降、確認件数が急増している。
 このように、遺伝子組換え農作物が消費者に身近な存在となり、食品や環境への安全性に対する関心が高まり、遺伝子組換え農作物を巡って様々な論議がされるようになっているため、遺伝子組換え農作物等の環境に対する安全性について幅広く調査・審議を行うことになった。本専門委員会は座長および委員13名をもって構成され(表4)、平成12年2月29日に第1回の本専門委員会が開催され、これまでにすでに4回会議が行われている。これまでの検討の内容は、遺伝子組換えをめぐる事情、遺伝子組換え農作物の安全性評価の状況、遺伝子組換え技術に関する情報提供の現状、論点の整理、関係団体からのヒアリング、遺伝子組換え農作物等の安全性の確保についての考え方の整理が行われた。
 本専門委員会にかかわる事務は、農林水産技術会議事務局先端産業技術研究課が行っている。本会議は原則として公開しており、傍聴が可能である。開催日ならびに議事録は農林水産技術会議事務局先端産業技術研究のホームページ(組織名とURLは現在存在しません。2010年5月) に掲載されている。
  施設 主な評価項目
科学技術庁 閉鎖系温室 導入遺伝子の発現
形態・生育特性
「組換えDNA実験指針」
(1979年)
科学技術会議
ライフサイエンス部会
組換えDNA技術分科会
非閉鎖系温室 形態・生育特性
生殖特性
有毒物質の産生性
 
農林水産省 隔離ほ場 周辺生物相への影響
雑草性
「農林水産分野における
組換え体の利用のための指針」
(1989年)
農林水産技術会議
組換え体利用専門委員会
一般ほ場で栽培が可能 ――→ 商品化
飼料利用 飼料及び飼料添加物としての安全性評価
「組換え体利用飼料の安全性評価指針」等
(1996年)
――→
農業資材審議会
飼料部会
 
厚生省 食品利用 食品としての安全性評価
「組換えDNA技術応用食品・
食品添加物の安全性評価指針」
(1991年)
――→
食品衛生調査会
バイオテクノロジ−特別部会

図1 我が国における組換え作物の安全性評価の流れ

  農林水産大臣 ――→
  ↑ 報告 (決裁)
農林水産
技術会議
↓確認
組換え体利用専門委員会
(第2次審査)
↑ 報告
組換え体利用専門委員会
小委員会(植物・微生物・動物)
(第1次審査)
  ↑ 説明  
    農林水産省
・ほ場確認 
・ヒアリング
  ↑ 申請  
    事業者等   ←――

図2 農林水産分野等における組換え体の利用のための指針適合確認までのフロ−

表1 組換え農作物の環境に対する安全性の確認状況

農作物 特性 確認件数
トウモロコシ 害虫抵抗性
除草剤耐性
害虫抵抗性・除草剤耐性


ナタネ 除草剤耐性
トマト 病気に強い
日持ちが良い

イネ 病気に強い
低アレルゲン
低タンパク質


カーネーション 色変わり
日持ちが良い

ワタ 除草剤耐性
害虫抵抗性
害虫抵抗性・除草剤耐性


ダイズ 除草剤耐性
高オレイン酸

メロン 病気に強い
キュウリ 病気に強い
アズキ 病害抵抗性
ペチュニア 病気に強い
トレニア 色変わり
12種   計47件

表2 組換え農作物の食品としての安全性の確認状況

農作物 特性 確認件数
ナタネ 除草剤耐性 13
トウモロコシ 害虫抵抗性
除草剤耐性

ワタ 除草剤耐性
害虫抵抗性
害虫抵抗性・除草剤耐性


バレイショ 害虫抵抗性
ダイズ 除草剤耐性
トマト 日持ちが良い
テンサイ 除草剤耐性
7種   計29件

表3 組換え農作物の飼料としての安全性の確認状況

農作物 特性 確認件数
ナタネ 除草剤耐性 13
トウモロコシ 害虫抵抗性
除草剤耐性

ワタ 除草剤耐性
害虫抵抗性
害虫抵抗性・除草剤耐性


ダイズ 除草剤耐性
テンサイ 除草剤耐性
5種   計25件

注1:いずれも99年12月現在
注2:これ以外に組換え実験小動物、組換え微生物、組換え動物用医薬品(生ワクチン)及び組換え体利用飼料添加物において安全性が確認されたものがある。

表4 遺伝子組換え農作物等の環境安全性の確保に関する検討専門委員会委員(敬称略)

氏名 役職
 甲斐 智恵子 東京大学医科学研究所教授
 貝沼 圭二 生物系特定産業技術研究推進機構理事
 加倉井 弘 日本放送協会解説委員
 鎌田 博 筑波大学教授
 久保 友明 (株)オリノバ代表取締役社長
 鈴木 昭憲 秋田県立大学学長
 谷口 順彦 東北大学大学院教授
 中西 準子 横浜国立大学環境科学研究センター教授
○野中 和雄 水資源開発公団副総裁
 日和佐 信子 全国消費者団体連絡会事務局長
 諸星 紀幸 東京農工大学大学院教授
 紋谷 暢男 成蹊大学教授
 山野井 昭雄 味の素株式会社代表取締役副社長
 山口 裕文 大阪府立大学教授

(○印:座長)

 

遺伝子組換え作物はアメリカ農家に利益をもたらしているのか
 


 
 
 アジア経済危機とロシア経済の低迷を背景に、穀物国際市場は供給過剰となって、価格が急激に低下した。こうした状況下でアメリカ農業者は生産コストを下げるために、除草剤耐性作物やBt作物といった有害生物防除コストが少なくて済む遺伝子組換え作物を急速に採用した。遺伝子組換え作物が農家に実際に所得向上などをもたらしているかを分析した報告書の概要を紹介する。
 
Jorge Fernandez-Cornejo and William D. McBride: Genetically engineered crops for pest management in U.S. agriculture 〜 Farm-level effects. USDA Agricultural Economic Report No. 78 (20pp) (April, 2000) <http://www.ers.usda.gov/Publications/AER786/>
 
 USDAのEconomic Research Service及びNational Agricultural Statistics Serviceによって1996〜1998年に行われたAgricultural Resource Management Study(ARMS)の調査結果を用いて、遺伝子組換え除草剤抵抗性ダイズ、除草剤抵抗性コーン、Btワタについて、計量経済分析モデルによって、収量、収益、農薬使用量が、通常作物の場合に比べて実際に有意の変化が生じたかを分析した。
 分析に先立って、ARMSの調査結果の一部を紹介している。それによると、遺伝子組換え作物は1996年以降、急激に増加している(表1)。そして、農業者が除草剤抵抗性のダイズやワタ及びBtコーンを採用した理由として、上げている第1位は、「有害生物防除向上に伴う収量増加」で54.4〜76.3%、第2位が「農薬コストの低下」で19.6〜42.2%。第3位は「栽培のフレキシビリティの向上」で1.8〜6.4%。農薬使用量が減ることは環境への優しさにつながるが、「環境に優しい農業行為の採用」を意識して行った農業者は0〜2.0%に過ぎなかった。
 
表1 遺伝子組換え作物の栽培状況
(各作物の栽培面積及び生産量に占める組換え作物の%)

 
1996年 1997年 1998年
面積% 生産量% 面積% 生産量% 面積% 生産量%
Btコーン 1.4 1.5 7.6 7.8 19.1 20.7
除草剤抵抗性コーン 3.0 3.1 4.3 3.9 18.4 19.4
除草剤抵抗性ダイズ 7.4 7.2 17.0 17.5 44.2 44.8
Btワタ 14.6 19.0 15.0 18.3 16.8 23.5
除草剤抵抗性ワタ - - 10.5 11.1 26.3 29.3
  -:統計的信頼性を得るにはデータ不十分
 
 分析を行って、次の結果が得られた。
1)農薬使用量
・ 除草剤抵抗性ワタでは、除草剤使用量が有意に減少することは認められなかった。しかし、除草剤抵抗性ダイズでは、glyphosateの使用量が増加したものの、それ以上にその他の合成除草剤が減少したために、使用した除草剤の総量が減少した。
・ Btワタ栽培では、有機リン殺虫剤やピレスロイド殺虫剤の使用量が有意に変化しなかったものの、その他の殺虫剤の使用量が減少した。
2)作物収量及び収益
・ 除草剤抵抗性ワタ及びBtワタの場合には、収量及び収益が有意に増加した。しかし、除草剤抵抗性ダイズの場合、全体としては、収量増加は微増にとどまり、収益では有意差が認められなかった。
・ 収量増加の程度は年、地域、組換え作物の種類によって異なった。
・ 除草剤抵抗性ダイズの場合、アイオワ、イリノイ等Heartlandでは組換えダイズの採用によって有意に収益増加が生じたものの、南部の2地域(Mississippi Portal及びSouthern Seaboard)では有意な増加は認められなかった。
・ Heartlandに限っていえば、売上額は、除草剤抵抗性ダイズでは330.8ドル、通常ダイズでは287.88ドル/エーカー。技術料金を含む高額な種子代金と除草コストの合計は、組換えダイズで52.87ドル、通常ダイズで50.75ドル/エーカー。両者の差額は、組換えダイズで277.93ドル、通常ダイズで237.12ドルであった。
・ 遺伝子組換え作物を栽培によって全ての地域で収量や収益の増加を実現できるわけではないが、その期待感から採用している農業者が多い。
 
 
表2 除草剤並びに害虫抵抗性作物採用に伴うインパクトの計量経済分析結果













 

 
採用増加に関する影響
除草剤抵抗性ダイズ 除草剤抵抗性ワタ Btコーン
収量の変化 微増 増加 増加
純益の変化 増加 増加
農薬使用量の変化      
除草剤      
 Acetamide除草剤    
 Triazine除草剤    
 その他の合成除草剤 減少  
 Glyphosate除草剤 増加  
殺虫剤      
 Organophsphate殺虫剤    
 Pyrethroid殺虫剤    
 その他の殺虫剤     減少
 微増:採用率10%の増加について1%以下の増加
 増加・減少:採用率10%の増加について1%以上5%以下の増加
 0:統計的有意差なし
 
 この報告から次の感想を抱かざるをえない。すなわち、ダイズや穀物の価格が低迷している状況下で、遺伝子組換え作物によって低コスト化を実現しても、収量増が伴ったのでは、ますます供給過剰になって、相場を下げざるを得ないだろう。国際経済状況が改善されて需要が大幅に増えない限り、除草剤抵抗性作物やBt作物といった大規模生産に適した遺伝子組換え作物の前途は厳しいであろう。
 
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