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情報:農業と環境
No.12 2001.4.1

 
No.12

・独立行政法人農業環境技術研究所の設立:

・独立行政法人農業環境技術研究所の組織

・平成12年度農業環境研究推進会議が開催された

・平成12年度農業環境研究推進会議合同推進部会:

・本の紹介 36:2010年地球温暖化防止シナリオ,


 

独立行政法人農業環境技術研究所の設立:
平成13年4月1日

 
 
 農林水産省農業環境技術研究所は,農業生産環境を含む農業環境の制御・保全・利用に関する先行的・基盤的技術開発を行う機関として,昭和58年(1983)12月に発足し,17年と4ヶ月の歳月を経てきた。
 
 平成11年(1999)7月には,「食料・農業・農村基本法」が公布・施行された。この基本法では,従来からの農業所得や農業生産性の向上のみならず,食料の安定供給や自然循環機能の維持増進による農業の持続的な発展がうたわれている。
 
 この間,「農業と環境」は国内外においてますます重要な問題になってきている。ひとつは、グローバリゼーション(世界的規模化)の問題である。WTO(世界貿易機関)やOECD(経済協力開発機構)などで,農産物貿易や農業政策の論議において環境保全が重視され,さらに,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の温暖化防止など地球規模の環境問題も重要となり,その中でも農業と地球の関わりが避けて通れない現実がでてきた。
 
 一方では,20世紀後半に急速に発達した鉱工業や革新的技術を用いた農業の集約化により発生した問題などがある。それは,有害重金属による農地の汚染,環境ホルモンなど微量化学物質の食物連鎖を通した生物相における汚染,さらには遺伝子組換え作物の生態系への影響など,もともとわれわれ人類が作り出したものによる環境へのマイナス影響の問題である。さらには,農業生産の集約化・規模拡大や耕作放棄地の拡大などに伴う農業環境資源の劣化と多面的機能の低下の問題もある。
 
 このような背景のなかで、農水省所管の研究所は,中央政府機関の行政改革の一環として独立行政法人化を行い,農政改革による新しい枠組みで再編することになった。農林水産省に所属する19の農業関係の試験研究機関は,農業政策に関する一つの研究所を除き,2001年4月1日から6つの法人に整理・統合した上で,独立行政法人に移行することが決定された。
 
 農業環境技術研究所の歴史は,明治26年(1893)に設立された農商務省農事試験場に始まる。今から108年も前のことである。最初の農事試験場は,種芸部・煙草部・農芸化学部・病理部・昆虫部・報告部・庶務部から構成され,長い時間をかけて国民に食料を供給するための研究所として着実に発展してきた。
 
 この間57年の歳月を経た農事試験場は,昭和25年(1950)に農業技術研究所に改組され,新たな組織は,生理遺伝部・物理統計部・化学部・病理昆虫部・経営土地利用部・農業土木部・園芸部・家畜部・畜産化学部・庶務部から構成された。この組織は,社会の変遷に伴って11年後の昭和36年(1961)には,園芸部が園芸試験場へ,農業土木部が農業土木試験場へなどに分化され,専門の研究所へ発展した。その結果,農業技術研究所には,生理遺伝部・物理統計部・化学部・病理昆虫部・経営土地利用部・庶務部が残ることになった。
 
 その後,22年の歳月を経た農業技術研究所は再び変貌し,農業環境技術研究所,農業生物資源研究所および農業研究センターに分化していった。今から17年4ヶ月前の昭和58年(1983)のことである。そして,農業環境技術研究所は平成13年(2001)4月1日に,独立行政法人農業環境技術研究所に生まれ変わる。
 
 農林水産省農業環境技術研究所が終焉し,新たな独立行政法人農業環境技術研究所が甦生するにあたって,ここに経過,研究方向,研究目標,組織および今後の展望を紹介する。
 
1.経過
 農政改革大綱に合わせて、技術会議に農業関係試験研究検討会が平成10年10月に設置された。その「中間とりまとめ」が平成11年2月に行われ、農業環境技術研究所は、「自然循環機能等農林水産業と環境の関連性の解明」の項目を推進する研究所として位置づけられた。
 
 農業環境技術研究所では平成11年1月12日に農業環境技術研究所将来方向検討会を設置し、新しい農業環境技術研究所が重点的に推進すべき課題と運営体制の枠組みを検討し、3月26日に報告書をとりまとめた。
 
 さらに、農業環境技術研究所推進方策委員会を3月26日に設置し、独立行政法人構成案にもとづいて、重点課題、研究組織のあり方など研究関連の問題を検討した。その結果を7月13日の運営委員会にかけ、外部有識者の意見を頂いた。また、10月20〜22日には外国人の有識者も参加する技術会議事務局レビューに検討案を説明し、基本的了解を得た。推進方策委員会の報告書は10月26日にとりまとめ、平成12年2月15日の技術会議3次レビューでそのまとめの一部を報告した。
 
 農業環境技術研究所推進方策委員会は、技術会議の指導のもと、平成11年11月11日に独立行政法人農業環境技術研究所(以下、新農業環境技術研究所と略す)準備委員会へ移行した。準備委員会は、これまで27回の会合を持ち、以下に示す研究方向、研究目標、そして組織の原案を作成し、検討を重ね、新しい研究所の設立にこぎつけた。
 
2.研究方向
 農林水産省農業環境技術研究所では、昭和58年の設立以降、時代の流れに即応しながらさまざまな農業環境に関する研究を実施してきた。これまで、国土保全や農業生態系の持つ環境保全機能、農業環境指標、生物や生態系のもつ機能の解明と利用、持続的な農業を営むための物質循環、生物管理、組換え体の安全性評価、土壌・水質の汚染、内分泌かく乱物質、重金属汚染、地球温暖化・砂漠化・オゾン層破壊・酸性雨等の地球環境問題、アイソトープ利用や放射能追跡等に関する研究が行われ、幅広く社会のニーズに応えてきた。
 
 新農業環境技術研究所の重点研究方向の検討にあたっては、上記の研究を踏まえながら、かつ農業環境研究の任務や領域を明確にし、農政と国民の期待に応える必要があった。さらに、農水省所管独立行政法人の枠組みの中での独自な領域を明確にするとともに、環境研究に関係する他省庁所管特定独立行政法人との違いを明確にする必要があった。さらに、農業環境研究の総合性や学際性にも配慮する必要があった。
 
 新農業環境技術研究所は、「食料・農業・農村基本法」およびその理念や施策の基本方向を具体化した「食料・農業・農村基本計画」ならびに「農林水産研究基本目標」に示された研究開発を推進するため、
   (1)農業生態系の持つ自然循環機能に基づいた食料と環境の安全性の確保
   (2)地球的規模での環境変化と農業生態系の相互作用の解明
   (3)生態学・環境科学を支える基盤技術、に関する研究を重点的に推進することになった。
 
 このため、運営委員会やレビュー委員会において、将来積極的に研究を推進するよう指摘されていた「多面的機能」及び「環境保全型農業」に関する研究は、前述した農水省内の各特定独立行政法人の研究領域の明確化に従って、今後それぞれ「農業工学研究所」及び「農業技術研究機構」で行われることになった。
 
3.研究目標
新農業環境技術研究所で推進する研究の概略は,以下の通りである。
 
1.農業生態系の持つ自然循環機能に基づいた食料と環境の安全性の確保
1)環境負荷物質の動態解明と制御技術の開発
(1)ダイオキシン類のイネ等による吸収、移行及び特定集水域水田土壌から農業排水系への流出実態の解明
(2)カドミウム等微量元素の土壌集積経路及びイネ・ダイズ子実への移行過程の解明
(3)土壌・水系における硝酸性窒素等の動態解明と流出予測モデルの開発
(4)難分解性有機化合物分解微生物の分解能解析技術の開発及び汚染環境中への分解菌接種技術の開発
(5)農薬の水生生物等に対する影響評価法の開発
2)人為的インパクトが生態系の生物相に及ぼす影響の評価
(1)遺伝子組換え生物による生態系かく乱機構の解明と影響評価手法の開発
(2)導入寄生蜂等による生態系かく乱の実態とかく乱機構の解明
3)農業生態系の構造と機能の解明
(1)環境要因が微生物の増殖、個体群変動に及ぼす影響の解明
(2)昆虫の個体群動態に及ぼす餌資源、昆虫放出物の影響の解明
(3)農業生産活動が農業生態系の生物群集の構造と多様性に及ぼす影響の評価
(4)畑地及びその周辺に生息する線虫の動態解明
 
2.地球規模での環境変化と農業生態系との相互作用の解明
1)地球規模の環境変動が農業生態系に及ぼす影響解明
(1)地球規模の環境変動に伴うコメ生産地域の生産力変動予測手法の開発
(2)気候変化、二酸化炭素の濃度上昇に伴う農業生産への影響の解明
(3)気候変化が生態系のフラックス変動に及ぼす影響の解明
2)農業が地球環境に及ぼす影響解明と対策技術の開発
(1)農業活動が温室効果ガスへ及ぼす影響解明と対策技術の開発
(2)農業生態系における炭化水素、花粉、ダスト等大気質の放出・拡散過程の解明
(3)人間活動に伴う環境変動が農業生態系における物質循環及び空間構造の特性に及ぼす影響の解明
 
3.生態学・環境科学研究に係る基礎的・基盤的研究
1)環境負荷物質の分析技術の高度化
(1)農業環境中におけるダイオキシン類等化学物質の超微量分析法の高度化
(2)作物・農耕地土壌における137Cs等放射性同位体元素のモニタリング
2)環境資源情報の計測・解析技術の高度化
(1)農業生態系の広域的計測手法及び多変量解析手法の高度化
3)農業環境資源情報の集積
(1)農業環境資源の分類・同定及び機能の解明に基づくインベントリーフレームの構築
(2)昆虫・微生物の収集・特性評価とジーンバンク登録
 
3.組織 
 新組織案の主な特徴は次のとおりである。
(1) 研究目標、運営方針に即した研究所の運営の円滑化を図るため、総務部の係等の見直しを行い、企画調 整部門の体制を強化する。
(2) 研究部を、地球環境問題、生物環境問題、化学環境問題に取り組む三つの部に再編する。
(3) 農業環境インベントリーセンターを設置し、農業環境に関わるさまざまな情報を利用・提供できるセン ターをめざす。
(4) 環境化学分析センターを設置し、さまざまな化学物質・放射性同位体等の分析に関わる共同研究センタ ーをめざす。
(5) 重点的・機動的な研究の推進のため、研究室制による固定的な組織を改め、部にグループ及びチームを 導入する。グループ内には研究リーダーを中心とするユニットをおき、機動的な研究推進を可能にす る。
 
 新農業環境技術研究所の組織および各研究部の研究内容を以下に示す。
 
理事長、理事、監事
 
企画調整部
研究企画科、研究交流科、研究情報システム科、情報資料課、業務科
 
総 務 部
庶務課、会計課
 
地球環境部
農業が地球規模の環境変動に及ぼす影響の解明、地球規模の環境変動が農業に及ぼす影響の予測、及びそれらの影響緩和のための技術シーズの開発に関する調査及び研究を行う。
 
気象研究グループ
 
生態システム研究グループ
 
温室効果ガスチーム
 
食料生産予測チーム
 
フラックス変動評価チーム
 
生物環境安全部
農業生態系における生物群集の構造と動態の解明、導入・侵入生物の環境影響評価、組換え体の生態系安全評価等のための調査及び研究を行う。
 
植生研究グループ
 
昆虫研究グループ
 
微生物・小動物研究グループ
 
組換え体チーム
 
化学環境部
農業生態系における化学物質の動態解明、影響評価、化学物質等の環境負荷軽減、農業環境資源の動態モニタリング、健全性の保全技術及び修復技術開発のための調査及び研究を行う。
 
有機化学物質研究グループ
 
重金属機研究グループ
 
栄養塩類研究グループ
 
ダイオキシンチーム
 
農業環境インベントリーセンター
農業環境資源及び農業生態系に生息する生物の調査・分類及びインベントリー構築のための調査及び研究を行う。
 
土壌分類研究室
 
昆虫分類研究室
 
微生物分類研究室
 
環境化学分析センター
共同研究センター2号棟及びRI施設を管理し、農林水産省所管の研究機関等との共同利用を行うとともに、内分泌かく乱物質等有害化学物質並びに放射性同位体に関する調査及び研究を行う。
 
環境化学物質分析研究室
 
放射性同位体分析研究室
 
4.今後の展望
 新しい農業環境技術研究所では以下のような研究の展開を図る。
地球環境部では、IPCC等で問題となっている地球温暖化等の環境変化による農業生産への影響を解明し、環境変化への適応策を検討する。また、農耕地から発生する温室効果ガスの削減手法を開発し、COP6等で議論されている温暖化防止対策への貢献を行う。
生物環境安全部では、遺伝子組換え作物の環境影響評価法を深化させるとともに、新たに侵入・導入する生物が生態系に与える影響を解明する。また、世界的に問題となっている生物多様性と農業との関わりを明らかにしていく。
化学環境部では、ダイオキシン等の内分泌かく乱物質やカドミウム等の動態を明らかにし、農耕地や作物の化学的汚染を防止あるいは浄化する技術を開発していく。
環境化学分析センターは、外部に開かれた共同分析センターとして化学環境部の研究を支える超微量化学物質の分析法を開発する。また、1999年のJCO事故のような緊急事態に対応できる基礎的なデータの蓄積を行っていく。
農業環境インベントリーセンターでは、さまざまな農業環境に関するデータやサンプルをデータベース化し、農業環境の過去・現状・未来を表示できるシステムを構築する。このシステムから提供されるデータは、利用者がさらに加工することによって成長し、再びインベントリーに戻され、自己増殖を続けていく。
 新農業環境技術研究所では上記のような研究を推進し、農業と環境が調和した持続的な農業の展開とともに、国民と社会に安心と安全を提供することを目指す。
 
 

独立行政法人農業環境技術研究所の組織
 
 
  機  構  図  
 

 

 

理 事 長

8141

 

 


理   事

8142

 

 


監   事

8145

 

 

 

監事(非常勤)

5346

 

秘 書 室

 

TEL 8149
FAX 8146

 



 
 
  〒305−8604 茨城県つくば市観音台3−1−3  
    代表 TEL 0298−38−8148  
      FAX 0298−38−8199  
 

 企画調整部
 

TEL
 

8143
 

FAX
 

8147
 


 


 

 
研究企画科
 
8180
 

 

 
研究調整係
 
8185
 
          研究推進係 8187

 

研究交流科

8181

 

 

 

 

 

研究情報

8189

広報専門官

8402

 

 
  システム科          

 

情報資料課

8190

課長補佐

8191

管理係

8192
          広報係 8197

 

業務科

8452

総括作業長

8454

 

 

 総 務 部

TEL

8144

FAX

8255

 

 
  庶務課 8150 課長補佐 8152 庶務係 8155
          人事係 8156
          職員係 8158
          厚生係 8159
      管理官 8153    

 

会計課

8160

課長補佐

8170

予算係

8161
          支出係 8164
          検収管理係 8177
          契約係 8172
          施設管理係 8179
          営繕係 8165

 

 

 
監査官
 
8171
 

 

 

 地球環境部

 

8200

 

 
  気象研究グループ 8201 気候資源ユニット 8202
      生態系影響ユニット 8204
      大気保全ユニット 8206


 

生態システム研究グループ

8221
 

環境計測ユニット
 

8223
 
      環境統計ユニット 8224
      物質循環ユニット 8225
      生態管理ユニット 8226

 

 

 
リモートセンシングユニット 8228
 

 

 温室効果ガスチーム

8231

 

 

 

 食料生産予測チーム

8235

 

 


 

 フラックス変動評価チーム

8238
 


 


 

 生物環境安全部


 

8240
 


 


 
  植生研究グループ 8243 植生生態ユニット 8312
      景観生態ユニット 8245
      化学生態ユニット 8248

 

昆虫研究グループ

8251

導入昆虫影響ユニット

8252
      個体群動態ユニット 8253
      昆虫生態ユニット 8254


 

微生物・小動物研究グループ

8262
 

微生物評価研究官
 

8263
 
      微生物生態ユニット 8267
      微生物機能ユニット 8268
      線虫・小動物ユニット 8269

 

 組換え体チーム

8271

 

 

 化学環境部

 

8300

 

 

 
有機化学物質研究グループ 8301
 
農薬動態評価ユニット
 
8302
 
      農薬影響軽減ユニット 8307
      土壌微生物利用ユニット 8309

 

重金属研究グループ

8311

重金属評価研究官

8244
      重金属動態ユニット 8313
      土壌化学ユニット 8314
      土壌生化学ユニット 8315

 

栄養塩類研究グループ

8322

土壌物理ユニット

8323
      養分動態ユニット 8324
      水動態ユニット 8326
      水質保全ユニット 8327

 

 ダイオキシンチーム

8329

 

 

 農業環境インベントリーセンター

8351

 

 
    土壌分類研究室 8353
    昆虫分類研究室 8354
    微生物分類研究室 8355

 環境化学分析センター

8430

 

 
    環境化学物質分析研究室 8431

 

 
放射性同位体分析研究室
 
8433
 
 
 

平成12年度農業環境研究推進会議が開催された
 
 
 平成12年度農業環境試験研究推進会議が,さる3月1,2日,農業環境技術研究所において開催された。この会議は,農業環境にかかわる試験研究推進の調整・連絡のため,農林水産省の関係行政部局,試験研究機関等からの出席を得て開かれるものであるが,各推進部会には関係試験研究機関の研究者が多数参加した。
 
本会議
 
 農業環境試験研究推進会議本会議は,3月1日の午前,農水省の農業環境関係行政部局および東京肥飼料検査所,農薬検査所,農林水産技術会議事務局,農水省の各試験研究機関から34名,農業環境技術研究所から24名が参加して開かれた。
 
1.あいさつ
農業環境技術研究所長
(要約)
 20世紀は科学技術の大発展とそれに伴う成長の魔力にとりつかれた世紀であったといえる。歴史の潮流の中で,われわれ人類はモノを豊かに造り,その便利さを享受すると同時に,科学技術を使って宗教や政治や主義にからむ多くの戦争も行ってきた。一方,人類は宇宙から地球を眺める,俯瞰(ふかん)的な視点を獲得して,地球環境問題を認識するにいたった。また,長い時間スケールでわれわれがどこから来て,どこに行こうとしているのかという認識をも獲得するにいたった。
 
 21世紀の世界的規模での課題は,「環境」と「情報」と「エネルギー」の問題だろう。いずれも現在の社会構造を根底からくつがえす威力を持っており,これらに対応しないでいると,まさに遅れ
た国にならざるをえない。また,これらについては一国での混乱が世界中に様々な影響をもたらす。
 
 21世紀は環境の世紀だとよく言われるが,環境問題は実は人口問題の結果である。増加する人口を養うことはすなわち食料問題であり,食料問題は結局は農業の問題である。したがって,環境問題はとりもなおさず農業問題であり,21世紀はまさに農業の世紀でもある。
 
 現在,日本国内では,国の負債の増大,経済の落ち込み,高齢化,貿易自由化の圧力などのもとで行政改革が進められている。その一つとして中央省庁等の改革関係法案が成立し,独立行政法人に関する法案も成立した。これに伴って,当研究所は2001年4月から「独立行政法人農業環境技術研究所」となる。
 
 21世紀に生きるわれわれ人類は,今ある貴重な環境資源を保全するために,これまで自分たちの幸せのために造ってきたモノとの戦いを強いられることになるだろう。21世紀の環境研究の課題は,生物圏,大気圏,土壌圏,水圏など既往の圏と,新たに出現した人間圏とをどのように調和させていくかにあるといえる。
 
 今日は,遠慮のないご意見をいただき,それを明日からの新しい研究所のために活用させていただきたい。
 
 
農林水産技術会議事務局 安中 研究開発官
(要約)
 独立行政法人の発足まで1か月となったが,現在の状況を報告する。
 2月15日の農林水産省独立行政法人評価委員会では中期目標について委員に説明した。3月14日の評価委員会ではこの中期目標を了承していただき,中期計画と業務方法書の議論をしてもらう予定である。本日(3月1日),各法人の理事長および監事となるべき者が決まるので,次回の評価委員会では,各法人の理事長となるべき方に中期計画と業務方法書の説明をお願いすることになる。
 
 プロジェクト研究予算については,今後は内閣府におかれた総合科学技術会議が,科学技術基本計画で示された4つの重点化分野(ライフサイエンス,情報通信,環境,ナノテクノロジー・材料)を中心に推進戦略を立てていくことになるだろう。このため,一人一人の研究者の研究課題にも影響が出てくると思われる。
 
2.平成11年度農業環境試験研究推進会議において行政部局から出された要望事項等に対する検討結果
 昨年度の推進会議での要望事項等と当研究所としての対応等を報告した。
 
3.平成12年度研究推進状況の総括
 重点基礎研究制度が廃止されるため,新たな仕組みを研究所として考えているという説明を行った。
 
4.試験研究をめぐる情勢報告と行政部局から試験研究への要望
(1)農水省大臣官房企画評価課 田中 監査官 
 農業環境研究は,環境が農業生産におよぼす影響と農業生産活動が環境におよぼす影響の両面から研究を行っていく必要がある。
 ハーグでのCOP6(気候変動枠組み条約第6回締約国会議)は合意にいたらず,今年7月ごろの再開に向けてオランダが調整を進めている。2002年にリオプラス10の会議が南アフリカで開催されるが,その時点までに京都議定書の義務を達成していく必要がある。現在アメリカとカナダは,不耕起栽培の導入によって炭素が土壌中に蓄積されると主張しているが,わが国のデータでは農地は炭素の排出源となっている。農水省としては二酸化炭素の排出を削減できるような施策を取っていく必要があり,そのためにも温室効果ガスの排出量もしくは吸収量を定量化してほしい。
 
(2)統計情報部構造統計課地域・環境情報室 計良 課長補佐
 リモートセンシングを用いた水稲作付面積の把握を,平成14年度から本格的に実施する予定である。リモートセンシングの導入による当部の業務合理化については,今後も協力をお願いしたい。
 
(3)生産局農産振興課農業環境対策室 藤本 室長
 COP6の温暖化抑制の議論,CODEX(FAO/WHO合同食品規格委員会)のカドミウムに関する検討は年々進展しており,独立行政法人農業環境技術研究所の研究に期待したい。特に,カドミウムの環境基準が0.4から0.2mg/kgとなった場合に,どうやって土壌を回復させていくかは難しい課題である。独法化後,インベントリー研究が農環研の特徴の一つとなるが,行政は多くの情報を整理してただちに政策に反映させることが必ずしも得意ではなく,農環研の研究成果に期待したい。
 環境保全型農業の研究は,基本的には独立行政法人農業技術研究機構が中心となって推進すると聞いているが,一つ一つの技術を普及に移すために,各地域での,経営をふくむ技術の体系化などの成果を期待している。
 
(4)東京肥飼料検査所 笠 肥料管理課長
 具体的な要望は特にないが,汚染物質の土壌中での分解,植物への移行,水系への流出などについて,研究成果情報を提供していただきたい。今後,肥料中の有害物質について,蛍光X線分析装置を使った有害成分の分析を実施していく予定であり,分析にかかわる条件などについて助言がほしい。
 
(5)農薬検査所 渡邊 検査第一部長
 農薬の安全性については国民からきびしい目が向けられている。OECD(経済協力開発機構)では農薬の検査データや試験法などのガイドラインの共通化が進められている。しかし,畑作が主体であるOECD各国のテストガイドライン案は,気象条件が異なり水田が主体のわが国にはあてはまらないものが多く,修正が必要なものについての検討が課題となっている。多成分・迅速分析,大気成分の分析や水生生物に対する農薬影響の評価について,引き続き研究をお願いしたい。また,農薬の製造過程で有害な混在物が入る可能性がある。有害物質のリストアップとリスク評価を行いたいので協力をお願いしたい。
 
5.今後取り組むべき重点研究課題
 独立行政法人に移行した後の研究所の研究目標について,中期計画案をもとに説明し,組織と各研究部の業務を紹介した。特に,環境研究が森林・農地・水域にまたがっていることから,森林総合研究所,瀬戸内海区水産研究所と当研究所の間で,「環境研究3所連絡会」を昨年12月に発足させたこと,研究所として行政部局への積極的なデータ提供を責務と考えていることなどを報告した。
 
6.平成13年度のプロジェクト,研究会,シンポジウム等
  当研究所が主査となる平成13年度のプロジェクト研究実施予定,および研究所が主催するシンポジウム・研究会の平成13年度の開催予定を紹介した。
 
合同推進部会:重要検討事項「農業環境資源インベントリーの構築と利用」
 
 3月1日午後,本会議の出席者のほかに,各試験研究機関の研究者などが加わり,約100名が出席して開催された。
 
 生態学・環境科学を支える基盤研究を推進するために,独立行政法人農業環境技術研究所に設置される農業環境インベントリーセンターについて,その全体構想と各分野での現状・事例を紹介し,他の法人との連携・協力を含めて,いかに取り組んでいくかを検討した。(詳細は次項目)
 
 推進会議2日目の午前には,4つの推進部会が3つの会場に別れて開催された。行政担当者,研究者など合せて約80名が出席した。
 
環境資源特性推進部会
 
 環境資源特性に関連する試験研究は生態学,環境科学の基盤的課題であり,試験研究,行政等での利用を念頭において調査,分析等の手法開発および情報の蓄積を推進することを確認した。
 
 主要研究成果候補13課題について課題名・分類・内容等を検討し,一部の課題の内容を修正,加筆することを条件に,13課題すべてを候補課題として評価・情報部会に提出することにした。
 
 ダイオキシン,カドミウム等環境汚染物質に関する社会的関心が高まり,実態解明と対策技術の開発が求められているため,「環境汚染物質研究の展開方向」について特に検討した。現在関連するいくつかのプロジェクト研究に取り組んでおり,独法化後もプロジェクト研究を中心に関連研究課題を推進することを確認した。また,対策技術の開発には実際の栽培条件下での検討が必要であることから,農業技術研究機構など他研究機関の協力をあおぎながら実施することとした。
 
農業生態部会
 
 生態系と調和した持続的な農業の発展の基礎として,農業生態系における構成要素の動態・相互作用の解明と制御技術の開発をめざした研究の経過と成果を概観した。農業環境技術研究所では農業生産に直結する研究課題は今年度で終結し,独法化後は生物を中心とした生態系の研究を,(1)農業生態系における生物群集の構造と動態,(2)導入・侵入生物の環境影響評価および組換え体の生態系安全性評価などに重点化して取り組むことを確認した。
 
 主要成果候補4課題について,事前検討での指摘と担当者の対応の説明をうけて検討した。成果名の変更や,内容の修正,修文などを条件として,主要研究成果候補として評価・情報部会に提案することを決定した。
 
 独法化後の新農環研の研究組織と研究方向の概要を説明し,さらに生物環境安全部の研究計画と研究推進態勢について植生,微生物,昆虫分野の各科長が説明して討議を行った。環境保全型農業研究との分担・連携,導入生物あるいは組換え体の生態影響評価の重要性,一般国民との情報交流,昆虫ジーンバンクの対象昆虫と運営分担,インベントリーのクライアント等について,活発で有益な議論が行われた。
 
地球環境推進部会,環境評価・管理推進部会 合同部会
 
 地球環境関連では影響解明と対策技術の研究課題について,環境評価・管理関連では,計測・情報,物質循環および環境管理に関する研究課題について平成12年度の研究推進状況を総括した。
 
 地球環境推進部会に提出された3課題,ならびに環境評価・管理推進部会に提出された8課題の主要成果候補の検討を,事前評価とそれに対する提出者の対応をもとに行った。成果名の変更を含め,事前評価と部会で指摘された修文・修正を行うことを前提として,11候補すべてを評価・情報部会に提出することにした。
 
 「地球環境研究の展開方向」について,独立行政法人化後の地球環境部を中心とした取り組みについて検討し,農林水産省管轄の法人だけでなく,他省庁の法人,大学,海外との連携により研究を推進することを確認した。
 
評価・情報部会
 
 2日目の午後に,本会議の出席者など約40名が出席して,農業環境調整区分の主要成果候補について検討した。午前の各推進部会に提出された平成12年度の主要成果28候補について,各推進部会における検討結果が報告され,改めて審議した結果,すべてを採択し,12年度の主要成果とした。
 
 なお,これらの主要成果は「農業環境研究成果情報(第17集)」として,平成13年度に公表される予定である。
 
 

平成12年度農業環境研究推進会議合同推進部会:
重要検討事項「農業環境資源インベントリーの構築と利用」

 
 
 特定独立行政法人農業環境技術研究所では,生態学・環境科学を支える基盤研究の一環として農業環境インベントリーセンターを設置し,「農業環境資源インベントリーの構築と利用」の研究を重点的に推進することになりました。そのため、平成13年3月1日に開催された平成12年度農業環境試験研究推進会議合同推進部会では重要検討事項としてこの問題を取り上げ、具体的事例を交えて構想を提示し,他法人との連携協力のあり方を含めて,いかに取り組んでいくべきかを検討しました。ここに、会議の場で提示した農業環境インベントリーに関する当所の構想を掲載します。

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農業環境インベントリーの全体構想
 

環境資源部


 

浜崎 忠雄
 
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土壌資源等情報インベントリー活用の研究事例 環境資源部
 
土壌管理科長
 
上沢 正志
 
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昆虫インベントリーについて
 
環境生物部
 
昆虫管理科長
 
松井 正春
 
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微生物資源標本・情報インベントリー
 
環境生物部
 
微生物管理科
塩見 敏樹
 
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気象資源・温暖化シナリオ・温室効果ガス・情報インベントリー 環境資源部

 
気象管理科長

 
野内  勇

 
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植物標本・植生情報インベントリー研究

 
環境生物部

 
植生管理科長

 
三田村 勉

 
 

農業環境インベントリーの全体構想
環境資源部長 浜崎忠雄
 
1.農業環境インベントリーの背景と目的
 21世紀に入り、「農業と環境」は、国内外においてますます重要な問題となってきている。一つはグローバリゼーションの問題である。WTOOECDなどで、農産物貿易や農業政策の論議において環境保全が重視され、さらに、COPIPCCの温暖化防止など地球規模の環境問題も重視され、その中で環境対策が農業政策の大きな柱になるなど農業との関わりも重要になっている。一方では、20世紀後半に急速に発達した鉱工業や革新的技術を用いた農業の集約化により、多量の農業資材を投入したり、さまざまな人間活動に伴って自然界に存在しなかった物質が土壌・水・大気へ拡散し、地下水の硝酸態窒素汚染、土壌中への重金属の蓄積、農業生態系における生物相の貧困化などさまざまな問題がおきている。また、新たな導入生物や海外からの侵入生物などこれまで分布していなかった生物が農業生態系に生息し始めている。その結果、農業生態系における土壌・水・大気及び生物資源に大きな変化が生じ、その影響は農業系外にも及んでいる。このため、農業環境研究は益々その重要性を増しており、また、これまで以上に消費者やNGOなどクライアントへの対応が必要な時代になっている。さらには、60億人を越えて増えつつある世界の人口に健全な食料を供給し続けるため、資源を健全な状態で維持し、質の高い農業環境資源を次世代に継承する必要がある。
 
 農業環境研究では、土壌、水、土地、大気・ガス、昆虫、微生物、線虫、植物・作物、農薬・肥料資材など農業環境構成要素の野外における動態を観測したり、採取した標本・試料を実験室で観察・分析して得られたデータを基に農業環境資源の分類、特性と動態の解明、機能や環境影響の評価、変動予測などが行われる。これらの標本・試料やデータはすでに数多く蓄積されているが、収集した研究者や研究室に分散して保管されているため特定の研究者のみが利用できるにとどまっている。また、研究上必要な行政事業データ、他機関所蔵データなども研究者が必要に応じてその都度収集し、利用しているのが現状である。さらに、これらのデータは、手書きや冊子として、あるいは電子ファイル化されていても独自のフォーマットのデータベースとして集積されている。一方、ネットワーク技術やハードウエアの発展など情報技術の進展によってネットワーク上に存在する異質あるいは同質の異なるフォーマットで分散して存在するデータベース・モデルを相互に協調させ、統合処理する技術開発が可能になってきている。
 
 農業環境インベントリーでは、農業環境の構成要素である土壌、水、土地、大気・ガス、昆虫、微生物、線虫、植物・作物、農薬・肥料資材などの資源標本・試料の収集・保存・展示・貸出・提供とともに、これらの情報のデータベース化を進め、農業環境研究に必要なさまざまな要素データベースを協調させ統合するシステムの開発によって、統合された知識を提供し、農業環境要素間の相互作用解析を可能とするプラットホームを提供する。農業環境インベントリーの構築により、食料と環境の安全性の確保及び地球環境の保全を目指す研究と知識の提供が促進され、かけがえのない農業環境資源への啓蒙が図られる。これらにより、農業環境資源を健全な状態で維持し、質の高い農業環境資源を次世代に継承することに貢献する。
 
2.農業環境インベントリーの現状
1) 海外の事例
 アメリカ合衆国農務省自然資源保全サービス(USDANRCS)は、全国の土地の利用状況、地目、保全休閑地を含む農用地の土壌侵食状態を5年ごとに調査し、「全国資源インベントリー(NRI)」として公表している。このサマリーレポートはインターネット上で公開されている。また、同サービス国立土壌調査センターは全国2万地点の土壌データを、国立地図センターは全国の土壌図をCD-ROMに収納して安価で世界中に配布している。さらに、同国環境保護庁は5年ごとに更新される「有毒化学物質放出インベントリー(TRI)」をインターネット上で公開している。
 
 EU19997月に「EUの農業、環境、農村開発:その正確な情報〜農業の課題」と題する数百ページに及ぶ報告書を刊行した。これは2000年の共通農業政策の改革において、環境保全との調和を図る農業政策を強化し、そのための支出を増加するのに際して、EU農業における様々な環境状態を詳しく分析したインベントリーといえるものである。
 
 また、OECDの農業委員会と環境政策委員会は、環境保全目的だとする政府支援が本当に環境改善に役立つものかを判定するのに使える農業環境指標を策定している。13の指標案がほぼ固まってきたが、その中で、例えば、農地にインプットされる窒素量と収穫物として農地から搬出される窒素量との差の指標(窒素収支)を使って、加盟国間の比較がなされている。199910月に出された数値によると、大部分の加盟国の窒素収支は年間100kgN/ha以下であるが、1995-97年ではオランダ294、韓国253、ベルギー183、日本135、デンマーク119kgN/haが突出している。このような指標のリスト、指標の策定手法、指標の算出に必要なデータの集団などもインベントリーの重要な要素である。
 
2) 国内の事例
 経済産業省地質調査所では、岩石の成因などの地球科学問題の解決や資源の評価の基礎となる分析・計測の精度を高めるための信頼性の高い岩石標準試料の収集・提供を行っている。全国の主要な岩石種について80項目の元素、同位体比、年代などのデータが付けられており、データベースはインターネット上で公開されている。また、産業廃棄物などによる土壌汚染や地下水汚染を迅速かつ正確に評価するため、地質の自然バックグランドとして、日本各地5000点の元素の濃度分布を示す地球化学図を作成している。調査項目数は50であり、地球化学アトラスなどで公表している。
 
 環境庁の生物多様性センター(平成10年設立)は、緑の国勢調査の企画・実施とともに生物多様性に関する文献の収集、希少野生動植物などの標本を保存している。また、生物多様性情報システムを構築し、生物多様性情報をデータベース化し、インターネットなどによって提供している。さらに、生物多様性の保全に関する普及啓発のための展示室を備え、公開している。国立環境研究所環境情報センターの環境数値データベースには、大気環境月間値・年間値データや公共用水域水質年間値データが入れられており、MOまたは磁気テープで提供され、インターネット上でも試験的に提供が始められている。
 
3) 農業環境技術研究所における現状
 国の行政機構の中で自然資源の分類・調査は、各省が分担実施してきた。試験研究に関しては、土壌については農水省が担当している。農耕地生態系の土壌については当所が、林野の土壌については森林総合研究所がそれぞれ分類体系と調査法の確立及び農水省・国土庁などの各種調査事業の推進に当たっての指導を行ってきた。ちなみに、地質については経済産業省の地質調査所が、地形については国土交通省の国土地理院が、気象については国土交通省の気象研究所などがその役割を担っている。また、未知の種も多い農業と関係した昆虫、微生物の分類、同定法の確立と依頼同定についても当所が担当してきた。従って、当所は、土壌、昆虫、微生物などの分類、同定や特性に関する研究、標本・試料の収集・保存と展示、これらのデータベース化については蓄積を持っている。また、農業生態系の環境資源状態や物質フローを解析した調査・研究成果やそれらのデータベースについても多くの蓄積がある。
 
 土壌については、昭和55年筑波移転とともに設置された、わが国唯一の土壌モノリス館を核に全国の主要土壌標本(モノリスという)の収集・保管とその特性解明を行ってきた。現在では約160ペドン(ペドンは土壌個体の呼び名)の標本と標準試料を収集している。また、海外での調査研究の必要性の高まりとともに、海外の土壌モノリスもマイクロモノリスを含めると約40ペドンが収集されている。これらの標本・試料については採取地、断面記載、断面写真、分析特性値などのデータベース化を進めている。土壌モノリス館への来訪者は年間千数百人あり、教育・試験研究者や一般の人々の土壌資源に対する啓蒙に役立っている。また、目的を厳しく限ってはいるが、各種イベントやテレビ放送への土壌モノリスの貸出しや研究者への標準試料の提供も行っている。一方で、学術上また国の事業や試験研究の推進上必要な土壌分類体系、土壌調査法、土壌モノリス作製法の開発を進めてきた。当所で開発した土壌モノリス作製法は海外でもタイ、フィリピン、台湾、パラグアイなどで使われている。
 
 昆虫については、農林水産省唯一の昆虫標本保存施設として昆虫標本館をもっており、農業昆虫を中心に現在約120万点の昆虫標本が収蔵されている。ちなみに、わが国で収蔵数が最も多いのは九州大学農学部で、当所は4番目に収蔵の多い研究所である。これらの標本は明治32年に農事試験場に昆虫部が設置されて以来のコレクションであり、毎年34万点増加している。これらの中には約1000点のタイプ標本(学名の証拠となるただ一つの標本)が含まれている。最近では、発表論文で使った材料の一部を将来の検証確認のため標本として残す研究証拠標本の受け入れも行っている。欧米の学会誌には研究証拠標本の保存を義務づけるものが増えてきている。標本とともに分類関連文献も所蔵しており、分類研究上必要な文献は可能な限り収集している。また、昆虫の同定業務は、スタッフが研究時間を割いて対応しているが、年平均百数十件、20003000点の依頼を受けている。また、平成12年度から農林水産省ジーンバンク事業が天敵など昆虫にも拡大されたので、農業環境インベントリーの標本収集・保存と関連させて進めていくことにしている。
 
 微生物(線虫を含む)については、農林水産省ジーンバンク事業の微生物遺伝資源部門のサブバンク機能を果たしており、バンクの全保存微生物株のうち約4分の14000株は当所が収集・評価したものである。基本的にはセンターバンク(生物資源研究所)が菌株の保存・増殖・配布を行うが、特殊菌株や法律上取り扱いに制限のあるものはサブバンクでも増殖・保存している。遺伝資源情報はインターネット上で公開している。
 
 観測データのデータベースとしてホームページ上で公開されているものの一例として、エコシステムデータベース(Eco-DB)がある。地球環境の将来予測のためには、大気ー地表間で繰り広げられている熱・水蒸気・温室効果ガスなどの交換過程を理解することが不可欠である。当所では、科学技術振興事業団(JST)の研究情報データベース化支援事業により、これまでに世界各地の様々な植生で得られた大気ー地表相互作用に関する実測データを再整理し、データベース化し、平成1110月にインターネットで公開した。これは世界に発信しているため英語表記になっているが、観測データの時系列グラフ描画、観測地及び観測方法に関する情報(画像とコメント)、データのダウンロード、の3つのサービスを行っている。これは、まだ観測・研究が進行中のデータを公開、多くの人と共有しながら研究促進を図る農業環境インベントリーのよい事例となるものである。
 
 また、わが国の食料供給システムにおける窒素循環に関して、1960年から5年ごとの窒素の流れを示しているが、その算出のため多量のデータが集積されている。当所では、世界の主要国についてはやや大まかなレベルで、日本についてはかなり詳細なデータベースを整備しようとしている。1992年のわが国の状況を見ると、食料生産システムに約161万トン(内57%が輸入食飼料由来)の窒素が入って、12千万余りの人口の食料となった後、屎尿、生ごみ、家畜糞尿などとしてほぼ同量の窒素が農地を含む環境に排出されている。これに化学肥料や農作物残差からの窒素を加えると約238万トンとなる。日本の農地土壌が受容できる窒素の量は約130万トン(250kgN/ha)といわれているので、いかに多量の窒素が環境に排出されているかが分かる。このような国レベルの物質循環情報も農業環境インベントリーの要素となる。
 
 さらに、当所では、昭和29年ビキニ環礁核実験による放射能マグロ事件以来、土壌と作物の放射能汚染調査を続けている。大気圏内核実験が減少するにつれ土壌や作物中の放射性核種の量も減少しているが、一方で、昭和54年の米国スリーマイル島原発事故、昭和61年のソ連チェルノブイリ原発事故を経験して、放射能調査も原子力施設対応へ変わってきている。平成11年の東海村ウラン加工施設臨界事故では、農作物の緊急放射能汚染調査を実施し、安全宣言に貢献した。安全性の判断には、チェルノブイリ原発事故以来の野菜など農作物と土壌のセシウム137、沃素131などをモニタリングしたデータの蓄積がバックグランドデータとして不可欠であった。このようなバックグランドデータの蓄積、提供も農業環境インベントリーの重要な要素である。
 
 このほか、当所にはすでに土壌、水、大気、昆虫、微生物、線虫、植物・植生、農薬・肥料などの資材、環境負荷物質、地球環境などに関する多くの農業環境インベントリーの要素となる研究の蓄積があり、現在も関連研究が行われている。たとえば、農業環境技術研究所資料は現在まで23号まで刊行されているが、昆虫、微生物、植物の目録に関するもの3件、土壌、昆虫、微生物の分類・同定に関するもの5件、水質、気象に関するモニタリングデータ7件、地理情報システムの開発に関するもの2件が収録されている。目録やモニタリングデータはこのままでも冊子状態のインベントリーということができるが、これらをデジタル化し有機的につなげば、われわれが目指している農業環境インベントリーの構築にすぐに貢献できる。また、特定のプロジェクトで特定の目的のために収集された冊子あるいはモニタリングデータであるが、さまざまな他の環境・生態系研究にきわめて貴重なデータになると想定されるものが研究者個々のところに蓄えられているケースが多々ある。しかもこれらのデータの多くはすでにデータベース化されているので、農業環境インベントリーの一要素として取り込み農業環境研究の発展や行政などの要請に役立てることが望ましい。さらに、分析手法、モニタリング手法、解析手法、モデリング手法などの生態系研究の過程で開発された手法も冊子状態で数多く蓄積されている。このような、それぞれの目的で蓄積され、手書きの状態、冊子としてあるいはファイルとして、分散保存管理されている情報は有機的につなげて、共有化を図る必要がある。
 
 現在、農業環境インベントリー構築の要素となる標本試料、調査研究の成果、新たに取り組むべき事項について、リストアップを進めている。
 
3.農業環境インベントリー構築のコンセプト
 農業環境インベントリー構築に当たってのオブジェクト(扱う対象物)、基本的なコンセプト、機能のコンセプト、システム開発のコンセプト及び波及効果については以下のように考えている。
 
1) オブジェクト
 標本:土壌・昆虫・微生物・線虫・植物などの標本
 試料:環境標準・分析標準・研究などの試料、微生物・昆虫遺伝資源
 データ:調査・観察・分析・実験・モニタリングなどデータ
 手法:検索同定・調査・標本など作製・モニタリング・解析・分析などの手法・システム
 知見:得られた知識(分類・特性・構造・機能・影響・動態・変動・評価・予測・モデル)
 技術:保全・管理・制御・削減・増強などのための技術
 
2) 基本コンセプト
○農業環境研究に関わる「財産」(標本・試料、データ、手法、知見、技術など)のバンク
 ・預ける:各人が保有している「財産」をインベントリーに預けてもらう。
 ・引き出す:誰もが各人の興味や必要性に従ってインベントリー内の「財産」を引き出すことができる。
 ・新しい知識を生む:引き出した「財産」の活用によって新しい「財産」が生まれる。
 ・増える:生み出された新しい「財産」はインベントリーにも戻してもらうことでインベントリーは自己増殖する。
 
3) 機能コンセプト
○農業環境構成要素間の相互作用解析を可能とするプラットホームの提供
 農業環境関連異分野間の情報を協調させ、統合し、新たな知的生産を可能とするための情報のプラットホーム(必要なデータ・システム・モデルなどをいつでもどこからでもネットワーク上で取り出したり、取り入れたりできる場)を構築する。これら情報の再利用と統合化により農業環境研究が飛躍的に促進されるばかりでなく、各分野が個々に取り扱っていたときには知り得なかった新しい発見も期待できる。
 
○農業環境に関する個別及び統合された知識の提供
 農業環境関連分野の個別及び異分野を統合した知識を提供する。農業環境インベントリーの利用者は、内外の研究者、教育者、行政関係者、技術者、消費者、農業者を想定しているが、それぞれ異なった関心やニーズを持っていると考えられるので、それぞれに応じた知識を提供する。
 
○農業環境資源標本・試料を収集・保存・展示・貸出・提供
 農業環境資源標本・試料の収集・保存・展示・貸出・提供を通じて、研究の促進、支援、証拠保存を図るとともに、次世代のために健全な農業環境資源を継承することの重要性を理解してもらうための啓蒙に役立てる。
 
(付録)インターネット農業環境用語事典の提供
 農業環境に関わるすべての用語について項目(和語・英語)、解説、著者、所属、登録日を記した用語事典を作る。自由に閲覧、項目の登録ができるようにする。解説を要請できるシステムも作る。要請された項目の解説は事典に登録する。これにより事典の項目はどんどん膨らみ価値が高まる。
 
4) システム開発コンセプト
○個別から共有へ
 個人や研究室に個別に蓄積されている標本・試料、データ、情報をインベントリー化することにより、新しい活用を生むための共有化を図る。
 
○分離から協調へ
 相互の関係なしに分離して分散管理されている各種データベースの中から専門知識なしに必要なデータベースの検索ができたり、多元的・多層的な農業環境要素データベースを一元的・統一的に表示・処理できるようなシステムを開発し、各分野に関する情報を分散したままでも協調させ、統合解析できるようにする。
 
○保有から公開へ
 知識・情報の利用者の別、目的に応じた公開システムを開発する。公開は標本・試料・情報の提供と受入の双方向において行い、また、提供された標本・試料・情報が新しい情報を生んだらインベントリーに戻してもらうことで自己増殖するシステムとする。
 
5) 波及効果
 農業環境ンベントリー構築の効果は、利用者別に、以下のようなことが考えられる。
○研究・教育関係者
 ・データ・情報・標本・試料が分野を越えて流通し、高度利用・再利用が図られる。
 ・土壌・昆虫・微生物・線虫などの検索・同定とバックグランド情報の取得が効果的にできる。
 
○行政関係者
 ・行政事業に必要な調査項目、分析、モニタリング手法などの策定が容易になる。
 ・行政施策に必要な知識の策出が容易になる。
 ・行政調査事業で得られたデータベースの活用が促進される。
 ・地球環境問題などの国際的対応に必要な知識が容易に得られるようになる。
 
○民間技術者・消費者・農業生産者
 ・必要な情報が効果的に取得できるようになる。
 ・食料と環境の安全性に関する知識が得られる。
 ・持続的農業を支援する農業環境に関する知識が得られる。
 
4.農業環境インベントリー構想
 農業環境インベントリーのイメージを別紙1に示した。当所のインベントリーは、資源標本サブインベントリー、資源標本情報サブインベントリー、農業環境情報サブインベントリーの三つの構成要素を考えている。各サブインベントリーの内容は別紙2に示してある。具体的例として、土壌資源インベントリーのイメージを別紙3に示した。
 
 資源標本サブインベントリーは、標本や試料といった資源そのものの収集・保存インベントリーである。標本は分類上の証拠となるとともに同定に当たっての照合に用いる。新たな種の分類も標本なしには行えない。昆虫標本については、最近ではDNA鑑定による系統類縁関係が明らかにされるようになってきており、微生物とともに遺伝資源としての価値が付加されようとしている。保存試料はダイオキシンのように農業と環境に関わる新たな問題が発生した場合、全国的な分布を把握したり、過去にさかのぼって問題を追跡するためのタイムカプセル的意義をもつ標準環境試料と、分析精度の向上のために用いられる標準分析試料とを考えている。また、研究の証拠となる標本・試料の受入・保存も行う。
 
 資源標本情報サブインベントリーは、収集した標本・試料に関する情報を整理したデータベースである。基準情報やバックグランド情報となるものであり、必要に応じて提供できるようにする。
 
 農業環境情報サブインベントリーは、農業環境関連全分野にわたる情報の集積であり、土壌・水・気象・昆虫・微生物・線虫・植物・植生・土地などの各農業環境資源情報、生物多様性情報、ダイオキシンなどの有機化学物質・重金属類・環境負荷栄養元素などの環境動態情報、窒素などの広域における物質循環情報、温暖化などの地球環境情報、組換え体の野外における安全性情報、生態系機能情報など、当所内部で集積されたモニタリングデータを含む各種データ・加工データ・図データ情報、分析・モニタリング・解析・モデリングなどの手法情報、知見情報及び技術情報とともに、外部から収集・導入したこれらをデータベースに蓄積または外部情報システムとリンクしたインベントリーである。
 
 農業環境インベントリーは、内外の試験研究関係者、教育関係者、行政関係者、民間技術者、消費者、農業生産者などの利用者が、訪問、インターネット、依頼によりアクセスできるようにする。また、情報の蓄積・提供がさらに新たな蓄積・提供を生むような増殖システムにする。
 
 当面、以下のような調査研究・業務の課題を考えている。
1) 農業環境資源標本・試料の収集・保存・展示・貸出・提供
 農業生態系を構成する土壌、水、大気、昆虫、微生物、線虫、植物・植生、資材などの農業環境資源標本・試料(証拠標本・試料を含む)を収集・保存し、土壌モノリスや昆虫標本などを展示・貸出し、研究者自身の研究への活用や国民の農業環境資源に対するの理解を深めるための啓蒙に役立てる。また、天敵などの昆虫及び微生物資源についてはジーンバンクなどを通じて提供し、土壌などの資源については将来的には標準環境試料及び標準分析試料の本格的提供も検討する。さらに、収集・保存法の改良・開発研究も推進する。
 
2) 農業環境資源標本・試料の情報データベースの構築と提供
 収集保存した農業環境資源標本・試料に関する地点、分類、形態、特性、機能などに関する情報を整理し、データベース化する。昆虫についてまずタイプ標本の画像データ及び関連する文献のデータベース化を進める。データベースは冊子、電子媒体、インターネットなどで公開する。
 
3) 農業環境関連調査研究データ・手法・知見・技術情報の収集とデータベース化及び提供
 当所にはすでに多くの農業環境インベントリーの要素となる研究の蓄積があり、現在も関連研究が行われている。関係研究分野の協力を得て、すでに公開しているエコシステムデータベースのように、これらの情報を集積し、データベース化する。同時に農業環境に係わる外部情報・データについても収集・データベース化あるいはリンクを図る。データベースは冊子、電子媒体、インターネットなどで公開する。
 
・農業技術研究所資料、農業環境技術研究所資料などに発表された土壌、昆虫、微生物、植物などに関する目録、分類・同定に関する体系や同定・検索システム、水質や気象に関するモニタリングデータを収集し、データベース化する。
・特定のプロジェクトで、特定の目的のために収集・整備された冊子データ、モニタリングデータ、地図情報などを発掘し、データベース化することにより他の研究や行政などのニーズに役立てる。
・環境資源や環境負荷物質の分析法、農業生態系のモニタリング手法・解析手法・モデリング手法など生態系研究の過程で開発された手法の収集を行い、マニュアル化し、データベースを作成する。
・外部情報・データについては、農業環境インベントリー内のデータベースとして必要かつ取り込めるものは取り込み、取り込めないものは結合(リンク)システムを整備する。
 
4) 農業環境インベントリーシステムの構築
 それぞれの目的で構築され、研究者個人や研究室に保存管理されている各種標本・試料・情報データベースを有機的な繋がりを持った農業環境インベントリーのパーツとするために、各分野及び全体のインベントリーシステムのフレームを構築し、データベース検索、多元的・多層的な農業環境要素データベースを一元的・統一的に表示・処理できる全体を結合するインターフェイスの設計・開発を行う。研究・教育関係者、行政関係者、消費者、生産者などクライアントに応じた知識・情報の公開システム、セキュリティシステムの開発も行う。システムは情報の蓄積・提供がさらに新たな蓄積・提供を生むような増殖システムにする。
 
5) 農業環境資源の分類・同定と特性・機能の解明
 土壌については包括的土壌分類体系の確立と国際的土壌分類体系との対比、各種土壌の特性の解明と機能の評価を行う。昆虫、微生物などについては新種を含めた昆虫・微生物・線虫の分類・同定及び特性と機能の解明評価を行う。また、これらの農業環境資源の分類・同定と特性に関して必要に応じて研究者・技術者などに対するアドバイス、指導を行う。
 
6) 農業環境資源の調査・モニタリング手法の開発
 農林水産業と環境の関わりを探る農業環境研究は、生態学や環境科学を基礎としており、野外科学である。野外における実態をとらえ、解析し、問題解決法を見いだしてゆく。その場合、野外における実態をいかに効率よく、有意義に調査、計測するか、その手法は学問や計測ツールの発達に応じて常に改良されてゆく必要がある。常に、最先端の調査・モニタリング手法の導入・開発を行う。
 
7) 農業環境インベントリー利用技術の開発
 内外の教育・試験研究のための利用者、行政や一般の利用者の農業環境インベントリーの活用を図るため、農業環境資源の総合的評価と変動予測、そのためのデータの解析・加工、表示法の検討を行う。
 
8) 農業環境技術研究所における関連研究課題
 農業環境インベントリーは、当所のあらゆる分野の次のような研究課題と連携して、課題推進のためのインベントリーの活用と成果のインベントリーへの導入を行う。各人が、インベントリーを意識して、情報・データの収集、電子媒体を用いたデータの集積に心がける。
 
 ・環境負荷物質の動態解明と制御技術の開発
 ・人為的インパクトが生態系の生物相に及ぼす影響の評価
 ・農業生態系の構造と機能の解明
 ・地球規模の環境変動が農業生態系に及びす影響解明
 ・農業が地球環境に及ぼす影響の解明と対策技術の開発
 ・環境負荷物質の分析技術の高度化
 ・環境資源情報の計測・解析技術の高度化
 ・その他
 
4.研究推進体制
1) 研究組織
 農業環境技術研究所の新組織では、生態学・環境科学研究に係わる基礎的・基盤的研究として「農業環境資源情報の集積」を掲げ、中期的計画では「土壌などの非生物資源、昆虫、微生物などの生物資源を分類・同定し、特性・機能を解明するとともに、インベントリーのためのフレームを構築する」ことになっており、組織的には、土壌分類研究室、昆虫分類研究室、微生物分類研究室から構成される農業環境インベントリーセンターが中心となり推進する予定である。
 
 しかし、農業環境インベントリー構想では、単に土壌、昆虫、微生物にとどまらず、すべての農業環境資源を対象にしたインベントリーを目指しており、農業環境インベントリーセンターを中心に当所のすべての研究分野の連携の基にインベントリーを構築する計画である。また、農業環境インベントリーが機能するためには、やるべき業務量も多いので、システム開発、標本・試料・システムの管理などの要員確保が必要である。例えば、インベントリーを構築するための新たな研究室やこれらを統括する総合官または評価官などの要員配置が必要である。
 
2) 研究施設
 現在小規模の土壌モノリス館、昆虫標本館を所有しているが、すでに手狭で機能も十分でない。農業環境資源の標本・試料の収集・展示・保存・貸出・提供、保存法の開発や保存処理、情報の蓄積、解析、活用のためのシステム開発、知識・情報の受信・蓄積・発信のための施設として農業環境インベントリー館を新設する必要がある。設計図はすでにできているが予算の確保が必要である。
 
3) 予算
 ITプロジェクトの中で「土壌資源情報統合システムの開発」研究が平成13年度より予定されていることを除いては、現在予定されているプロジェクト研究はなく、当面、経常研究、法人内プロジェクト研究などで対応しなければならない。今後、農業環境インベントリー構築研究のプロジェクト化を図る必要がある。
 
4) 連携協力
 農業環境インベントリーの研究と構築の進展状況に応じて、農林水産省の他試験研究機関並びに行政部局、都道府県、他省庁、大学などの調査・研究成果の収集またはデータベース間の結合を図ってゆく必要がある。また、将来は諸外国のインベントリーとのネットワークによる結合も必要である。
     別紙1「農業環境インベントリーのイメージ」(pdfファイル)
     別紙2「農業環境インベントリー」    (pdfファイル)
     別紙3「土壌資源インベントリーのイメージ」(pdfファイル)
 

土壌資源等情報インベントリー活用の研究事例
環境資源部 土壌管理科長 上沢正志
 
1.はじめに
 農業環境技術研究所は以下の3点を研究の柱とすることになる。すなわち、1)温室効果ガスによる温暖化ならびに水資源や土地資源の劣化・枯渇などの地球環境変動が農業生産に与えるインパクト、2)温室効果ガスの放出や化学物質ならびに栄養塩類などの蓄積や流出など、農業生産活動が地球環境や農業環境に与えるインパクト、さらに、3)物質循環機能により農業生産活動が環境変動を緩和するプラス効果の解明・予測および対策技術の開発である。これらは、全て極めて緩慢にすすむ現象であり、長い時間の経過後に把握される。インパクトにより損なわれた環境の修復にも、長い年月と多大な費用が必要とされる。
 
 このため、こうしたインパクトやプラス効果をできる限り早期に把握し、脆弱な環境資源を保護しつつ利用する早い段階での保全政策の立案と実行が必要とされる。さらに、新たな環境影響物質に対する規制、プラス効果を一層増大させる政策などが必要であろう。
 
 このためには、こうしたインパクトやプラス効果の結果、緩慢にではあるが確実に進行する農業環境の変化をモニタリングし、得られたデータを整理して、過去から現在に至るまでの変化を把握することが重要である。さらに、このプロセスをモデル化して将来を予測し、対策技術を開発し、ポリシーメーカーが政策を立案し、実行するという手順が要求される。政策の実行に当たっては、農業生産者はもとより、消費者であり、かつ、環境に高い関心を有する国民の理解と納得が前提となる。このような研究開発、政策の立案と執行、生産者や国民への公報・教育ならびに関係者による双方向の対話などのために、知的共有財産目録としての農業環境インベントリー(自己増殖型データバンク)が必要不可欠となる。
 
2.利子が利子を産むであろう研究事例の紹介
 インベントリーは、(1)資源標本、(2)資源標本情報および(3)農業環境情報の三つのサブインベントリーから構成される(平成12年度農業環境試験研究推進会議合同推進部会重要検討事項:浜崎報告を参照)。ここでは、(3)の農業環境情報サブインベントリーを活用した研究成果の紹介とその意義、特に、成果が波及して成果を産む、すなわち、利子が利子を産むであろう研究事例(平成12年度科学技術庁重点基礎研究)を紹介する。
 

●再生有機質資材の畑土壌における受容量の推定手順とマップ化に関する研究
研究代表者:環境資源部 土壌管理科長 上沢正志
参画研究室:環境管理部農村景域研究室、環境資源部土壌生成分類研究室、同土壌物理研究室、
資材動態部多量要素動態研究室、同微量要素動態研究室および同有機資源利用研究室

 
1.目的
 循環型社会形成推進基本法や食品リサイクル法の制定、肥料取締法の改正などにより、農業系外の有機性廃棄物を肥料化した再生有機質資材の農業系内での利用促進が期待されている。そこで、肥料成分や亜鉛の濃度が比較的高いこれら資材の畑土壌における受容量の推定や利用促進の助けとするため、受容量を100メートルメッシュに図示する手順を整理する。100メートルメッシュにおける1メッシュの面積は1ヘクタールに相当し、生産現場における指導等に都合が良い。
 
2.方法
1)前提
(1)土壌の全亜鉛濃度が、「農用地における土壌中の重金属などの蓄積防止に係わる管理基準(農用地土壌管理基準[120mg/kg])」以下を維持し(既に、この基準を越えている土壌では一般に「不適地」として投入しない)、かつ、窒素ならびにリン酸の過剰蓄積や水質などへの負荷を防止する投入量を受容量とする。
(2)下水汚泥肥料を再生有機質資材のモデルとする。
(3)資材の利用に際して、土壌pH(H2O)を土壌診断により適切な範囲(通常6.06.5)に維持する。
(4)再生有機質資材の施用にともなって投入された亜鉛は、作物による吸収等により指数関数的に減少する(ただし、元来の土壌に含まれる亜鉛の濃度は減少しない)。
 
2)図示の例とした対象地域など
(1)栃木県壬生図幅をマップ表示の対象とし、年間の作付体系をカンピョウ+コマツナとする。
(2)作付け体系に依拠して、年2回、100年間の資材の継続施用とする。
 
3)想定した資材の成分:表1割愛
(1)亜鉛濃度:民間推奨基準の上限1800mg/kgを想定(重金属の代表として農耕地土壌管理基準120mg/kgが設定されている)。
(2)窒素濃度:2.4%を想定(水質環境基準、閉鎖性水域における総量規制に係わる)。
(3)リン酸濃度:3.4%を想定(閉鎖性水域における総量規制、湖沼の富栄養化に係わる)。
 
3.得られた成果
1)推定手順とその概要
(1)手順1(対象地域の切り出し):全国農耕地土壌図データベース(100メートルメッシュ型)を使って対象地域切り出し、土壌統を単位として、必要なデータセット(以下に斜体ゴシック文字で表示)をピックアップ・算出する。
(2)手順2(受容量を表示しない「要注意」メッシュの摘出):土性が礫または砂質で陽イオン交換容量(CEC)の小さいメッシュ(一般的にCEC:5me/100g乾土以下)および傾斜地(一般的に傾斜8度以上)では、成分が下方移動しやすいため、「要注意」メッシュとして、下水汚泥肥料の投入容量を表示しない。こうしたメッシュでは、下水汚泥肥料の連続施用によって、その地下水質が環境基準としての水道水質基準(亜鉛1.0mg/L、硝酸性窒素10mg/L以下)を短い年数で超える恐れがあるためである。
(3)手順3(資材の亜鉛濃度と亜鉛減少速度定数による資材受容量の算出):下水汚泥肥料由来亜鉛濃度の指数関数減少モデル(川崎 晃など、土壌肥料学会誌,67,168-173,1996)における速度定数を用いて、各土壌類型の亜鉛濃度が100年後に農耕地土壌管理基準に到達する下水汚泥肥料の施用量を受容量として算出する。受容量算出のため、(1)亜鉛減少速度定数:0.03(2)対象とする土層:30cmに設定。必要なデータ:現在の土壌亜鉛濃度(mg/kg)ならびに土壌重量(kg/ha)。このモデルの活用により、管理基準に到達する年数を容易に算出できる。
(4)手順4(窒素の収支による資材受容量の検討):「資材による年間窒素投入量」−「作物による窒素吸収量」の算出による資材受容量の検討。下水汚泥肥料由来含有の窒素量(最大168kg/ha)が、カンピョウ+コマツナによる窒素吸収量(150+83=233kg/ha)に比べて小さく、受容量に問題の無いことを確認する。化学肥料などを含めた窒素収支は、0.1*年間浸透水量(mm表示)kg/ha以下が望ましい。
(5)手順5(リン酸の収支による資材受容量の検討):「資材による年間リン酸投入量」−「作物によるリン酸吸収量」の算出による資材受容量の検討。リン酸の年間収支が、最大16.7kg/haと施肥量と同等の水準で、10年間の蓄積リン酸の量が土壌のリン酸吸収可能量(土壌のリン酸吸収係数から算出)の5%未満であり、定期的な土壌診断を前提として、受容量に問題の無いことを確認する。蓄積リン酸の量がリン酸吸収可能量の10%以下が望ましい。
(6)手順6:手順3〜5により、下水汚泥肥料に含まれる亜鉛・窒素・リン酸濃度に基づく資材の受容量を推定。
(7)手順7:資材受容可能量を階層化して、マッピングする。
(8)補足:土壌環境基準などで定められている成分が資材に含まれている際には、当該成分に基づく資材受容量の検討を、手順に加える。
 
2)結果ならびにその評価
 図1(割愛)に、取り上げた下水汚泥肥料の受容可能量を階層化して表示した。評価は以下のとおりである。
(1)100年間を想定した推奨基準案は他に見あたらない。
(2)30年間を想定した推奨基準案と比較すると、顕著な量的差異はないが、今回得られた値はより詳細な土壌類型を反映して、きめ細かな受容量の提供となっている。
(3)汚泥肥料由来亜鉛濃度の指数関数減少速度定数が土壌類型ごとに得られれば、さらに詳細かつ全国的な情報の提供が可能である。前者は、研究課題であり、後者は研究事業的で行政施策への支援となり得る。
(4)残された問題点として、(1)土壌類型ごとの土壌亜鉛速度定数データの集積、(2)重金属の土壌微生物(循環機能を担う)に対する影響(構成と活性)データの集積、(3)地温(有機質資材の分解パターンを決める重要な要因)データの集積、(4)地下水脈までの土層における保水量データの集積が浮かび上がる。
(5)まとめ:既存の農業環境情報サブインベントリーを活用して、今日的に必要な情報を提供した。この過程で、さらなる研究の展開方向が浮かび上がり、また、自治体などの研究機関への波及により全国的な情報の集積が可能となり、行政施策の展開に定量的な支援材料を提供できる。さらに、この種の農業環境情報サブインベントリーを活用した研究成果や行政施策の骨子を農業環境情報サブインベントリーの「物質動態」または「物質循環」(平成12年度農業環境試験研究推進会議合同推進部会重要検討事項:浜崎報告を参照)に返していただくことにより、利子が利子を産み、農業環境インベントリーが充実する。
 
 なお、以上の研究事例で利用した(今後、利用が想定される)既存の農業環境情報サブインベントリーは、(1)環境基準・土壌管理基準・水質基準など、(2)電子情報化した土壌図データベース(土壌類型、土性、CEC、仮比重:土壌重量、全亜鉛濃度、保水量、リン酸吸収係数)、(3)土壌類型ごとの汚泥肥料由来亜鉛濃度の指数関数減少速度定数、(4)下水汚泥肥料などの窒素・リン酸・亜鉛の含有率、(5)地域ごとの降水・浸透水量、(6)主要な作付け体系、(7)作物による窒素・リン酸の養分吸収量、(8)リン酸の投入経歴と可給態リン酸の増加傾向(平成12年度農業環境主要研究成果候補)などである。
 
3.新たな問題の解決に向けて
 最後に、新たに対策が必要な水ならびに土壌資源に係わる問題の具体例とインベントリー研究の態勢について述べる。
 
1)水資源情報がしめす水の危機
 農業生産に対して水不足による深刻な影響が予想されている。2025年に世界の人口は80億人へ増加し、2億トンの穀物が不足すると予想されており、石油資源に代って、水資源を巡る国際的な紛争が頻発すると懸念されている。農業生産変動の予測のために、気候変動のみならず水・土地資源変動の予測が不可欠となる。わが国でも、森林土壌の水保全機能の急速な劣化により、河川水量の急増・急減が懸念されている。
 
 水系を単位とする自然循環機能の定量的評価研究が開始されたばかりであるが、物質(養分)は森林・草地・農耕地・河川・海へと一方的流れているという研究成果が多い。このため、閉鎖性水域における水産業の持続性が懸念されている。水系を単位とする自然循環機能を定期的にモニタリングし、変動を把握・予測し、対策を立てることが必要となるであろう。
 
2)土壌標本インベントリーが発する新たな警鐘
 100年にわたるイギリスローザムステッド試験圃場における土壌標本インベントリーは、土壌のカドミウム濃度が指数関数的に増加を続け、この元素の増加傾向が大気へのカドミウム放出量から予測可能なことを示している。わが国では、イギリスとは異なり、大気経由に比べて、廃止鉱山から流出する濁水に含まれる土壌粒子などに収着されているカドミウムなどが土壌蓄積の主要な原因と考えられる。循環型農法への転換を視野に入れた施策の展開によるカドミウム等重金属の新たな負荷ならびにダイオキシン類などと同様に、水に溶けていない有害な物質の除去や流出・拡散の制御が必要であろう。
 
3)望まれる新たな研究態勢
 研究も行政施策も新しい情報に基づく展開が必要である。したがって、農業環境インベントリーは常に更新される必要がある。とくに土壌図などの基盤的な情報は、最新の衛星情報などに基づいて更新される必要がある。上記した水資源情報や微量重金属の土壌蓄積情報とその対策などに関する新たな農業環境情報サブインベントリーの構築・充実には、核となる人的研究資源とこれを取り巻く柔軟な協力態勢、例えば、各種の協会、民間の情報関連会社をも包含する態勢が必要である。
 
(参考文献)
1)有機性汚泥の緑農地利用
2)下水汚泥の農地・緑地利用マニュアル
3)農業環境技術研究所報告1号:土壌中における有機態窒素無機化の反応速度論的解析法
4)茨城県作物栽培標準
5)下水汚泥施用に伴う土壌中重金属濃度の予測法:土壌肥料学会誌,67,168-173(有機性資源利用研(現在、微量要素研):川崎 晃)
 

昆虫インベントリーについて
環境生物部 昆虫管理科長 松井正春
 
1.昆虫インベントリー構築について
 昆虫は約80万種存在し、全動物種の70%以上を占めており、農業生態系におけるあらゆる空間に多くの種類と個体数が生息し、様々な役割と機能を果たしている。こうしたことから、今後も農業生態系における昆虫の分類・同定と生理・生態、侵入・導入昆虫の特性と生態系影響、生物多様性、生態相関物質の構造と機能、環境生物資源の特性と資源化などに関する昆虫インベントリーを将来にわたって計画的に構築していきたいと考えている。すなわち、昆虫インベントリーでは、
(1)これまで営々と蓄積されてきた農環研の標本、知見、研究成果などを整理し、検索可能な形で迅速に情報を提供できるようにしていきたい。
(2)農業環境研究を進める上で、他部門を含めて必要な研究基盤的な情報のデータベース化を図り、所内外の農業環境研究の推進に役立てていきたい。以下に、構想の一端について触れてみたい。
 
1)昆虫所蔵標本及び分類同定法等に関するインベントリー構築
 昆虫関係では,農業環境インベントリーセンターに所属する昆虫分類研究室が,インベントリーの素材となる財産を最も多く蓄積している。すなわち,
(1)膨大な昆虫の標本(約120万点,ホロタイプ標本500種以上を含む)
(2)分類・同定法に関する知見
(3)分類体系に基づく種や上位分類群単位の知識と文献,などであり,これらを昆虫インベントリーの中核的部分として構築することによって,農業環境に生息する様々な昆虫に関する基盤的な情報を迅速に分かりやすく提供できることになり,農業環境研究及び外部の研究者,行政関係者等に役立つものと考える。
 
 なお,昆虫の種類は膨大であるので,どの分類群に着目してデータベース化していくのかについては,社会的重要性や,研究者の専門性などを考慮しつつ,検討していく必要がある。
 
2)昆虫の特性・機能等に関するデータの付加
 昆虫分類研究室において,昆虫の所蔵標本や分類同定を基盤とするデータベースを作成するが,一方,昆虫研究グループは,侵入・導入昆虫,生物間相互作用や生態相関物質を介した個体群動態,生物多様性などの研究を実施し、また、天敵等の有用昆虫に関するジーンバンク事業においてそれらの昆虫類の特性機能評価を行うことになっている。
 
 これらの研究を進めていくためには,分類学的な知識と情報が不可欠であり,同時に,昆虫研究グループの研究成果や情報収集によって,昆虫インベントリーにおける一定の分類群の昆虫について生理,生態的情報を付加することができるので,相互に協力することによって、昆虫インベントリーを一層充実した内容にすることができるものと考える。
 
2.実際のデータベースのイメージ
1)昆虫の分類同定に役立つデータベース
(1)ホロタイプ標本の画像を含めたデータベース化
(2)大学、博物館のホロタイプ標本をインターネットで相互に閲覧できるようにするために、共同してネットワ−ク化を図る。
(3)一般所蔵標本の収集・整理,データベース化
 
(注1)ホロタイプ標本とは、昆虫も含めた動物の命名、記載のもとになった1個体の標本であり、それぞれの種について世界中にただ1点しか存在しない貴重なものである。昆虫を分類し、新種として命名記載する際にはホロタイプ標本との比較、照合が不可欠である。従来、他機関が所蔵するホロタイプ標本の形質状態を調べるためには、借用して直接観察するしか方法がなく、そのため、ホロタイプ標本の紛失や破壊、貸借の禁止や停滞などのトラブルが絶えない。今後、画像情報を含むホロタイプ標本の分類学的情報をデータベース化して公開することにより、貴重なホロタイプ標本を損耗することなく、これらの情報を極めて速やかに分類学的研究に提供できるようになる。
 
(注2)現在、農環研ホームページに、マメハモグリバエの天敵寄生蜂29種の同定法が掲載され、都道府県、大学等の研究者に活用されている。
 
2)生態系の安全性確保,及び生態系の構造と機能解明に役立つインベントリー 
 生態系の安全性にかかわる昆虫関係の基盤的情報、並びに、生態系の構造と機能解明に関する基盤的情報のデータベースを文献情報を含めて構築する。
 
 (1)侵入・導入昆虫データベース
 侵入種等の生態系影響と攪乱防止に関する情報を収集し、また、侵入昆虫の原産地における有力天敵の情報とこれらを導入した場合の生態系影響など、生態系攪乱防止に役立つデータベースを作成する。
  
  (1)侵入昆虫リスト   
    侵入種の生態系影響等
  (2)侵入種の原産地における有力天敵リスト
    有力天敵の生理・生態的特性
  (3)導入昆虫の生態系影響
    生理・生態的特性
    導入種と近縁の在来種との関係
    海外における導入・利用の状況
    生態系影響
 
 (2)生物多様性に関するデータベース
 農業生態系における生物多様性を調査・評価するとともに,全国的な事例について文献調査しデータベース化する。生物多様性の調査法、解析法等の手法の事例をデータベース化する。
  (1)生物多様性のモニタリングデータ
    地理的・環境的特徴と生物多様性の関係
  (2)農業生態系が育む身近な昆虫、稀少種等の生息域、生活史、生態 
  (3)生物多様性のモニタリング手法
    モニタリング法、データ解析法
 
 (3)生態研究の基礎となる生態相関物質データベース
 昆虫にかかわる化学信号物質など生態に関係する化学物質(生態相関物質)についてのデータベースを作成する。
  (1)化学信号物質(フェロモン、カイロモンなど)
  (2)植物由来の昆虫誘引物質など
 
 (4)環境生物資源インベントリー
 天敵等の有用昆虫についての特性機能情報に関するデータベースを構築する。
  (1)在来種を主体とする未利用有用種の生理生態的な特性機能
  (2)飼育法に関する情報
 

微生物資源標本・情報インベントリ−
環境生物部 微生物管理科長 塩見 敏樹
 
 農業環境には150万種以上の菌類,100万種以上の細菌,40万種以上の線虫等が生息しているが,そのうち分類・同定されているものはそれぞれ 5%,0.4%,63%と推定されている。植物体上や土壌中の生態系が持つ様々な機能の維持・発現には,多くの微生物・小動物の関与が指摘され,微生物・小動物の多様性を維持することの重要性が認識され始めている。農業環境に生息する微生物・線虫の標本は,農業環境技術研究所を中心に保存され,その一部はジ−ンバンク事業としても保存されている。しかし,それらの標本は研究者が個別に管理し,標本の持つ情報も断片的で有機的つながりに欠けている。自然循環機能に基づいた食料と環境の安全性の確保が求められており,農業環境中に生息する微生物関連の情報のデ−タベ−ス化を進め,微生物関連資源情報の収集と利用システムを構築し,分類・診断,生態,機能などに関する情報の発信を図ることが必要である。
 
 新たに設置される農業環境インベントリ−センタ−には土壌,昆虫の分類研究室とともに微生物分類研究室が設けられるが,微生物・小動物研究グル−プや他研究部の微生物関連研究者も協力して,微生物標本の所在及び特性情報のデ−タベ−スを構築し,そのネットワ−ク化を図り,可能な限り他分野のインベントリ−と統合化できる知識を提供する必要がある。
 以下に,微生物インベントリ−を構成するサブインベントリ−(微生物・線虫標本,標本情報,微生物・線虫特性情報等)について述べる。
 
1.微生物・線虫の標本
 農業生態系から検出される微生物の同定には比較対照が不可欠である。そのため,現存するさく葉標本(4,000個体),乾燥標本(約1,000菌株,シャ−レで生育した胞子,菌糸),多数の細菌,放線菌,菌類の生体保存標本を整理する。なおこれらの内には,タイプ標本約20菌株が含まれている。さらに農業環境研究を通して得られる多くの微生物の標本を収集してデ−タベ−ス化し,分類・同定への利用に供する。
 
 線虫標本については,当所には多くの基準標本をはじめ,植物寄生性線虫を中心に1万点にのぼる土壌線虫標本が保存されているが,今のところ,これらの標本は研究室で管理・保存し,一般には公開されていない。これら線虫標本について画像を含む情報をデ−タベ−ス化し,昆虫など関連デ−タベ−スとの連携を可能にしつつ,標本情報とともに一般に公開し,分類・同定のへの利用に供する。
 
2.微生物・線虫の所在及び特性情報
 インベントリ−に保存する微生物・線虫情報としては,微生物がいつ,どこで(分布情報),なにから(植物,土壌,水等分離源情報)分離されたかについての情報と、その分類学的所属に関するデータを集積する。さらに生物共通のものさしとして,各種の塩基配列に関する情報(ITSrDNA情報等)も重要である。具体的には種籾から収穫までの全期間にわたるイネ体上の常在菌フロ−ラ情報,環境修復微生物関連情報,農薬耐性菌などの各種情報,また,微生物・線虫のもつ特性・機能のうち,特に農業環境と直接あるいは間接的に関わりのある情報を集積し,デ−タベ−ス化する。
 
 さらに,過去に行われた農業環境研究に関連した微生物・線虫に関わる情報として,植物病原細菌同定システム「簡易同定96」,微生物・線虫の長期保存法,微生物遺伝資源マニュアル−イネ科植物寄生性Drecheslera, Bipolaries, Exserohilum属菌−などが農環研報告,農環研資料などで冊子となっている。ここでは、そのデジタル化を行い、インベントリー情報として保存する。
 
3.微生物・線虫の各種情報の統合と発信
  各種微生物・線虫の特性情報を基に、利用者が使いやすいシステムを構築して,農業環境に生息する微生物・線虫の多種多様な遺伝資源情報を提供する。さらに、分類・同定,生態研究などの農業環境研究を促進し,農業環境要素間の相互作用などの解析に貢献できる農業環境インベントリ−を構築する。
 

気候資源・温暖化シナリオ・温室効果ガス・情報インベントリー
環境資源部 気象管理科長 野内 勇
 
 農業環境技術研究所構内に設置されている総合気象観測装置からの観測データは、時々刻々と蓄積される。また、各種生態系の観測地点における微気象と温室効果ガスフラックスの観測データも膨大なデータ量として蓄積されている。これらを有効に利用するためには、利用しやすいデータベース・システムを開発し、インベントリーとして登録される必要がある。また、このような観測データばかりでなく、海洋・大気結合大循環モデル(CGCM)より得られる温暖化時の気候予測値(気候変化シナリオ)から、空間分解能をダウンスケーリングした局地気候変化シナリオは、温暖化時の農業分野に関する影響予測のための基本データとなることから、局地気候レベルのデータ整備が重要である。
 
 一方、自らが観測取得したデータは観測者にオリジナリティーがあるが、論文等に活用されなかった場合、その観測データは死蔵されてしまうことが多い。しかし、それらの観測データは地球環境変化の理解と将来予測のためのモデル構築やモデルの検証には重要な役割をもっている。そこで、観測データの所有権を確保しつつインターネットでデータを公開する手法の研究開発を進めている。
 
 ここでは、現在、データベースとして整備してある気候資源データと温暖化シナリオの現状と、新たに開発した一般公開用データシステムの概要を紹介し、農業環境資源インベントリーの構築と利用の議論の素材とするものである。
 
1.気候資源インベントリー
1)農業環境技術研究所総合気象観測データ
 農業環境技術研究所の総合気象観測は19808月から実施され、19901月の第一次システム更新後に日報と月報の作成を開始し、19993月の第二次システム更新以後,農林水産研究計算ネットワーク内からインターネットによる日報と月報の閲覧が可能になっている(http://niaesaws.ac.affrc.go.jp/ (最新のURLに修正しました。2010年5月) )。また、長期間の統計値については、奥山が19801989年の累年気象表を農業環境技術研究所資料(第11号,1990)として、林らが19901996年の累年気象表を農業環境技術研究所資料(第23号,1996)としてまとめている。この累年気象表は農林研究団地を代表する気象値の一つとして幅広く利用されている。
 
 観測装置は農業環境技術研究所本館南側露場(北緯36°01′、東経140°07′、標高25m)に設置されており、観測要素は風向、風速、気温、湿度、地温、降水量、日射量、日照時間、蒸発量である。この日報と月報は、農業研究センターや農業工学研究所など農水5研究機関と土木研究所に配布しており、農環研内では大気生態研究室など多くの研究室が利用している。
 
)気象官署・アメダスなどの気象データ
 気象官署観測資料、アメダスによる気象データなどは、共通基礎データベース(気象データ、アメダスデータのほか、国土数値情報、農林水産統計データの一部として農林水産研究計算センターのデータベースサーバー上に整備され、農林水産研究計算センターの登録利用者に提供されている(https://ndb.sys.affrc.go.jp/nc/htdocs/index.php (最新のURLに修正しました。2014年9月) )。
 
2.局地気候変化シナリオ(気候変化メッシュデータ)
 現在、大気・海洋結合大循環モデル(CGCM)を用いた全球気候予測の数値実験結果をもとに、温暖化時の気候予測値(気候変化シナリオ)がいくつか提示されている。このような気候変化シナリオは、アメリカ流体力学研究所(GFDL)、ゴッタード宇宙研究所(GISS)、イギリス気象局(UKMO)、カナダ気象局(CCC)、ドイツマックスプランク研究所(DKRZ)、オーストラリア科学技術研究機構(CSIRO)などが、日本では、気象庁気象研究所(MRI)、東京大学気候システム研究センター(CCSR)などが開発しており、温暖化による影響評価に広く用いられている。
 
 しかし、これらの気候変化シナリオの空間分解能は100200kmであり、農業分野における温暖化の影響評価を行うには空間分解能が低いという問題点があり、空間に関してダウンスケーリング(空間分解能を高く)することが必要となる。気候資源研究室では、これらのうち、DKRZCCCCSIROMRICCSRの気候変化シナリオを、統計的手法の一つである平年作法(清野,1990)を用いることによって、空間分解能を10kmとする局地気候変化シナリオ(気候変化メッシュデータ)としてデータベース化(局地気候変化シナリオまたは気候変化メッシュデータ)しており、そのうち、MRIの気候変化シナリオに基づいた局地気候変化シナリオは利用希望者に配布している。
 
 この局地気候変化シナリオは、月別に10年間を平均したデータとなっており、気象要素としては気温、降水量、日射量の3つである。また配布を行っているMRI気候変化シナリオに関しては、上記の気象要素のほかに、標高データ、土地利用データが付加されており、影響評価に用いるにあたってより使いやすい形になっている。
 
 これらの局地気候変化シナリオをもとに、温暖化時における「自然植生の純一次生産力とその季節変化の予測」、「コメのクロップカレンダーへの影響予測と潜在収量の予測」、「降積雪の変化予測」、「河川流域降水量の変動予測」、「スギ花粉飛散開始予測」、「害虫の個体数・世代数の変化予測」などが行われ、温暖化時の農業分野に関する影響予測に利用されている。
 
3.各種生態系における微気象・ガスフラックス観測データのデータベースとインターネット公開のEcosystem Database
 気象特性研究室では、1980年代後半から大気と植生とのエネルギー、ガス交換に関する観測研究を実施している。これまでに蓄積してきた多様な植生における微気象やガスフラックスの観測結果をデータベースとしてとりまとめるとともに、インターネットを通して公開するシステムの開発研究を科学技術振興事業団と共同で1996年より3年間実施した。このシステム開発では、情報専門家の補助なしに研究者が自由に検索、利用できる生態系の観測データベースの構築を目指した。そして、これまでに未利用であった多くの地域の植生上の微気象およびガスフラックスの観測データをファクトデータベースとして整備するとともに、ユーザーが単独で検索、利用できるデータベース運用システム"Ecosystem Database"(以後Eco-DBという)を開発し、199910月より一般公開している。
 
)データベースシステムの設計
 システム設計は、高性能でかつ比較的低価格なコンピュータで導入できるハードウェアと、世界中で利用可能な基本オペレーティングシステム(OS)で構築可能なものであることが基本である。そこで、コンピュータとシステムの基本OSは、それぞれPC/AT互換機とWindowsNT 4.0 Server(マイクロソフト)とし、データベース構築用の汎用ソフトとして、WindowsNT 4.0 Oracle7 Workgroup ServerOracle Web Serverを採用した。Oracle7 Workgroup ServerOracle Web Serverの組み合わせにより、ダイレクトアクセス、プロセスリンクの負荷などの機能が利用でき、DBサーバーとWebサーバー間のデータリンクの負荷を大幅に軽減することが可能となった。この機能は画像データのようなサイズの大きいバイナリーデータのアクセスに対し特に効果的である。
 
2)登録されている観測データ
 日本の水田や畑地、中国の半乾燥地域の砂丘・草原・農耕地、アラスカのツンドラなどで観測された微気象(気温、乾・湿球温度、群落表面温度、地温、水温、絶対湿度、相対湿度、日射量、反射日射量、アルベド、純放射量、光合成有効放射量、風速、風向、祖度長、摩擦速度、地面修正量、リチャードソン数、モニン・オブコフ長、大気圧、降水量、水位、ボーエン比、拡散速度)、フラックス(CO2CH4O3、潜熱、顕熱、地中熱流、貯熱量)と濃度(CO2CH4O3)を登録した。なお、これら微気象、エネルギー・ガス交換に関する数値データは、品質が検査されたものだけが登録されている。すなわち、測定条件が不適当な場合や測器が不調な場合、またノイズが混入している場合のデータは削除した。また、データに関する信頼性のコメントが付与されており、ユーザーがデータの精度を検討できる。また、数値データの他に観測方法を詳述した表、データの信頼性表示コメント、観測サイト情報(植生・LAI・緯度・標高など)、画像情報(地図や写真)などが登録されており、数値データと連携して表示される。なお、各観測場面毎に観測者やデータ解析に責任を持つ者(複数)を、データオーナーと定義し、データベース上でこれらの者の氏名・連結先を表示している。すなわち、データ毎に所有権を主張している。
3)Eco-DBの特徴
 Eco-DBはインターネットによってデー夕を公開するが、Webサイトでは、1)観測データの時系列グラフ、2)観測地点および観測方法に関する情報(画像とコメント)、3)データのダウンロード、の3つのサービスを行っている。Webサイトの閲覧やグラフについては自由に利用することができる。時系列グラフでは、日単位、10日以下の連続的なトレンド、10日以上の期間のトレンド表示の3種類がある。ユーザーは画面に表示されるこれらの図を参照して、希望すれば任意の期間のデータのダウンロードを要求することができる。
 
 ユーザーがダウンロードする場合、ユーザーはデータ利用に関する契約を結ぶことが必要である。契約内容は,「ユーザーがダウンロードして得たデー夕を使って成果物を公開する場合に、当該デー夕が成果物の根幹をなす場合には、データオーナーを成果物の共著者に含めることに合意する」ものである。
 
 この契約行為を進めるために、データ利用者にはユーザー登録を義務づけ、登録者には利用のためのID番号とパスワードがe-mailを通して送られる。登録には、e-mailのアドレス取得が前提となる。ユーザー登録した者は、必要とするデータを選択し、インターネット上でデータ利用に関する契約に合意しないとデー夕のダウンロードは実行されない。すなわち、データに著作権を付与する仕組みを設け、共著者化を要請する仕組みである。なお、これら全体は特許申請中である。
 
4)利用環境
 ネットワークが利用できる環境があれば,Microsoft Internet Explorer(マイクロソフト)のVer 3.0以降、Netscape Navigator(ネットスケープ)のVer. 3.0以降を用いて、Eco-DBサイトのURLへ世界中からアクセスでき、Eco-DB Webサイトのすべての機能を利用できる。Eco-DBサイトのURLは、http://ecomdb.niaes.affrc.go.jpである。
 
5)今後の予定
 199910月からEco-DBを一般全開したが、引き続きデータの追加登録や修正がなされる。将来的には、多様な生態系で得られた世界中のデ一夕を登録する。基本システムは多くの研究機関に提供されつつあり、分散型データベースのネットワーク化を推進中である(アラスカ大学IARC、サンディエゴ州立大学GCRG、資源環境技術総合研究所など)。
 

植物標本・植生情報インベントリー研究
環境生物部 植生管理科長 三田村強
 
1.背景並びに国内外の事例
1)植物標本館の機能と組織 
 植物生態学の研究では、対象とする植物のさく葉標本を作成・同定を行い、研究の証拠として標本を保存するのが一般的である。種の同定には植物標本館を利用する。わが国には12の国公立大学、9の公立博物館に本格的な植物標本館があり、この内、10機関は50万点以上の植物標本が保存されている。さらに、地方の国立大学教育学部、私立大学にも植物標本館がある。これらの植物館には植物標本とともに植物自然誌の研究に必要な図書が整備されているから、種レベルの同定ならびにそれに関する情報はこれらの植物標本館を利用すれば目的を達成することができる。
 
 他方、国際植物分類学会は1952年以来、世界の公の植物標本館の内容をまとめた要覧「Index Herbarium」を刊行しており、国際的習慣で、これに掲載されている標本館は共同利用が可能であり、海外からも蔵書標本、標本写真の提供など研究上の便宜が受けられる。
 
2)二次植物物質の探索と標本保存
 世界に50万種ある植物の内、生物活性のある植物物質(以降、二次植物物質と呼ぶ)が約1万種から同定されているが、その機能と生理作用はほとんどが未解決といわれている。米農務省は二次植物物質を利用するために天然物研究センターを1996年に新設した。同研究所では植物を系統的に探索し、植物の分類・同定・保存、植物に含まれる作用成分の単離・同定、及び二次植物物質の作用機構を解明するため体系立った作業が組織的に行われている。この背景には二次植物物質を農薬、医療、生活関連産業に活用することばかりでなく、これらの機能を支配する遺伝子情報を解明して、バイオテクノロジー産業に応用しようとするねらいがある。
 
3)植生情報
 英国陸上生態学研究所(ITE)では農業生態系のタイプ毎の植生などの調査を行い、データを効果的に集積し、他機関の環境情報とリンクさせて植生などの農業環境の変化を把握できるインベントリーシステムを構築した。このシステムを用いて1978年以降、ITEでは定期的に土地被覆や植生に関する調査を行っている。
 
 わが国では、環境庁が自然環境保全基礎調査に基づき5万分の1現存植生図を1981年以来、3〜4年毎に作成しているので、全国の植生分布の時系列的変化が把握できる。しかし、この調査では農業生態系における植生分布の時系列変化の把握を行うには十分ではない。
 
2.農業生態系における植物標本の保存とインベントリーシステムの必要性
1)導入・侵入植物
 海外から大量の穀物が輸入され、それに混入した雑草種子が農業生態系に侵入して、植生に影響を及ぼしている。また、法面保護、緑地化、及び雑草抑制のために、外国の植物が導入されているが、今後、ますますこれらの植物の種数並びに数量とも増加するであろう。しかし、これらの導入植物が逸出して、分布拡大することが懸念される。さらに、除草剤抵抗性雑草の出現は、形態的に感受性生物型(除草剤散布によって枯死する個体)と識別が困難なため、その発見が遅れるというやっかいな問題を生んでいる。このような導入・侵入植物の分布拡大問題を解決するためには、種レベルでの解析では不十分であり、雑種、エコタイプ、生物型のレベルでの標本を収集・保存し、遺伝子解析による同定が必要である。また、導入・侵入植物の分布拡大を予想するためには、国内ばかりでなく、海外とも情報の交換を行い、それら植物の生育特性を的確に把握することが必要である。
 
2)遺伝子組み換え植物
 わが国では、遺伝子組み換え作物の商業栽培は現在のところ行われていないが、今後、さまざまな機能をもった遺伝子組換え作物が農業生態系に導入されると考えられる。このため、遺伝子組換え作物に関する情報を収集し、それらの情報をクライアントに提供することは、遺伝子組換え作物に対する社会的受容を高める上からも必要である。また、環境に放出された遺伝子組換え作物の証拠となる標本を保存し、検証を可能にするシステムを構築することが必要である。さらに、遺伝子組換え作物と近縁野生種の収集、標本保存を行い、交雑による遺伝子拡散防止のための標本を蓄積しておくことも重要である。
 
3)二次植物物質
 有機化学物質に関連する分析機器が発達して、二次植物物質の単離・同定並びに機能特性の解明が急速な勢いで進展している。また、二次植物物質の作用機構を支配する遺伝子解析がさらに進めば、この作用機構を遺伝子組換え技術に活用することも可能になり、二次植物物質に関する研究は、今後、人間生活の様々な分野での活用が期待できる。しかし、私企業では二次植物物質をもつ植物標本や情報の提供は企業の利益に関わることが多いから、公的機関において標本を収集・保存し、情報を広く提供することが必要である。
 
4)農業生態系の植生
 近年の水田転作奨励によって、平地の水田生態系では稲作と畑作物の植生がモザイク的に形成されている。一方、中山間地では耕作放棄水田が増加し、その周辺林地も管理が放棄された結果、農業生態系における植生構造は大きく変化している。このような植生構造の変化は、昆虫など他の生物相にも影響を及ぼすことが予想され、景観レベルにおける植生構造の時系列的変化を把握することは、農業環境を保全する上で重要である。しかし、前述したように、わが国では全国レベルで農業生態系における植生構造を時系列的に調査が行われていないので、早急に調査手法を確立して、長期にわたって全国的調査を行い、その情報を保管、提供する必要がある。
 
3.植物標本・植生インベントリーの現状と問題点
 わが国には農業生態系に導入・侵入した植物全種について、収集・同定・保存している植物標本館はなく、研究者あるいは研究室が研究の対象植物を収集・保存しているのが実態であり、標本を閲覧し、情報を提供するためのシステムはない。この理由は、導入・侵入植物の研究では種レベルではなく、雑種、エコタイプ、バイオタイプなどの種内変異を体系的に収集・保存しなければならず、全ての種について体系的に収集・同定・保存することは、多くの要員と経費を必要とし、現実的ではない。
 
 当研究所でも導入・侵入植物の全ての種を対象に網羅的に収集・保存は行っていない。研究者が対象とした特定の種とその種内変異の標本を蓄積しており、今後も、研究の必要性に応じた種の選定と、それらの標本の収集・保存ならびに情報を蓄積して行く計画である。その構想を下記の表に示した。
植物・植生インベントリー構想

項  目
 

社会・経済的背景
 

問 題 点
 

クライアント
 

インベントリーに格納
する内容

侵入植物

 

輸入飼料の増大

 

強害雑草と在来植物との交雑

農家、行政、研究者、消費者

DNA解析情報、
海外の生育分布情報、
植物標本

導入植物

 

緑化植物、
他感作用植物導入増加

雑草化、
在来植物との交雑

農林家、行政、消費者、研究者

植物生態特性情報、
海外の生育情報、
植物標本

除草剤抵
抗性雑草

 

除草剤連用

 

発見の遅れ、
制御の困難性

 

農家、行政、研究者
 

DNA解析情報、
国内外の生育分布情報
植物標本

遺伝子組換え作物
 

市民の不安
環境影響

 

雑草化、
非組換え作物との交雑

消費者、行政、研究者、農家

組換え作物の情報、
海外の栽培情報
 

機能性植物


 

生活・農地の保全、医療に活用

 

二次代謝物質の探索・同定・機能の不明
 

消費者、企業、行政、研究者、農家
 

二次代謝物質の化学構造機能特性情報、
植物標本
 

植生



 

水田転作、
耕作放棄地の増大、
二次林の管理放棄

 

植生構造の急速な変化、
生物相への影響


 

農林家、行政、消費者、研究者

 

数値地理情報による農業生態系の類型化と定点観測による植生の時系列変化情報
 
 
 現在、収集・保存している主な植物は次のようなものがある。
1)侵入帰化植物
 イチビ、セイヨウタンポポ、チガヤとそれらの雑種などを収集し、分子分類学的解析を行い、保存している。
 
2)除草剤抵抗性雑草
 水田雑草のゴマノハグサ科を中心に抵抗性生物型81点、感受性生物型98点、未検定1000点の標本を保存している。
 
3)他感物質含有植物
 5002000系統の植物について生物検定を行い、他感作用の強い植物18種60系統を検出し、全ての種子を保存している。なお、平成13年からは重点研究支援を受けて、5年間で20005000品種・系統について生物検定を行う計画である。
 
4)遺伝子組換え作物
 わが国で開放系利用が確認された組換え植物標本を保管し、これらの植物に関する情報を提供するシステムの構築を平成13年度から取り組む[組換え体産業化]。また、遺伝子組換えナタネと野生化した非組換えナタネ並びに近縁野生種についての標本収集と保存を行っている。
 
5)植生
 農業生態系における植生の全国的調査は少なく、各研究者が特定地点についての調査報告に止まっているので、当研究所では植生の時系列変化を全国レベルで調査するための手法を確立する計画である。その作業手順は、
(1)国土数値地図情報を用いて自然立地条件や農業立地条件に基づく全国農業生態系の類型化を行う。
(2)類型化した農業生態系毎に対象地区をサンプリングして、植生の分布など、景観構造との時系列的な変化を推定する。
(3)事例調査から共通種を全国レベル、地域レベルで抽出し、その消長を把握するとともに分布の変動要因を解析する。
 
4.植生研究グループ並びに組み換え体チームで推進する研究課題
 植生研究グループ並びに組み換えチームにおける本研究関連課題は下記の通りである。
1)侵入帰化植物からの植物多様性に対する遺伝子汚染のリスク評価のための基礎的研究[科・流動促進;侵入帰化植物]
2)分子系統学的手法を用いた帰化種の分布拡大様式の解明(平成12年所内プロ)
3)水田およびその周辺の植物多様性と除草剤流出との関係解明[国際交流;日韓水田持続性]
4)除草剤抵抗性雑草の遺伝子拡散モデルの開発[バイテク先端技術;雑草防除]
5)組換え植物の開放系利用に伴う遺伝子拡散のリスク評価のための基礎的研究[バイテク先端技術;組換え体産業化]
6)組換え作物の長期栽培による環境への影響モニタリング[バイテク先端技術;組換え体産業化]
7)組換え農作物などの種子や導入遺伝子などに関する試料・情報などの保管システムの構築「バイテク先端技術;組換え体産業化]
8)生物に由来する天然抑草活性物質の探索・同定[バイテク先端技術;組換え体産業化]
9)被覆植物を利用した雑草防除技術の開発[環境研究;持続的農業]
10)植生及び侵入植物の動態予測のための調査・解析システムの構築[経常]
 
5.研究推進に向けた取り組み
1)研究体制
 侵入帰化植物、除草抵抗性雑草、他感物質などを含有する植物の植物標本の収集・保存、並びに植生に関するインベントリーシステムの構築は植生グループが連携・協力して行い、遺伝子組換え植物に関わる標本の保管並びに情報提供は組換え体チームが行う。
 
2)研究を支援する要員と施設
(1)要員
 植物標本の収集・同定・保存には専門の技術者が必要であるが、植生研究グループ並びに組み換え体チームではこれらの要員が確保されていないので、当面は各ユニット・チームで対応する。
(2)施設
 当研究所には植物標本を保管する施設がないため、各研究室の実験室に保管しているのが現状であり、専用の標本作製・保管する施設を早急に新設する必要がある。また、遺伝子組み換え植物の種子などの保管については、予期せぬ事態が発生したときに迅速に検証できる組織にすることが望ましい。しかし、そのためには要員の確保、施設の整備が必要である。
 
3)研究プロジェクト
 直接、本インベントリーに係わるプロジェクト研究をもっていないので、関連プロジェクトによって得られた植物標本を蓄積しており、本研究のプロジェクト化が望まれる。
 
4)研究推進の組織化
 導入・侵入植物、遺伝子組み換え作物および除草剤抵抗性雑草に関する情報は、国内ばかりでなく、海外との情報交換を行うことが必要であり、その組織化を図る必要がある。また、植生の現地調査については、全国レベルの調査を長期に行う必要があり、予算化と同時に、他の研究機関並びに行政機関との連携・協力が必要である。
 
5)連携協力
 農林水産省、環境庁の研究機関、大学、公立試験研究機関や博物館との連携協力が必要である。
 
 

本の紹介 36:2010年地球温暖化防止シナリオ
水谷洋一編著,実教出版
(2000) 1900円 ISBN4-407-02974-9

 
 
 この本は、環境NGO「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議(CASA)」内に設置された「気候変動防止戦略研究会」のひとびとが共同執筆した「地球温暖化対策に関する提言書」である。
 
 第1部は、地球温暖化および温室効果ガスの排出に関する基礎的な事実を確認する。さらに、これまでの日本の地球温暖化対策を検討し、問題点を指摘する。第2部は、工場、自動車、家庭、ビル・店舗、ごみ処理、発電の各分野における二酸化炭素の排出量・削減対策・削減可能量を検討する。第3部では、第2部の対策の定量化の解説が行われる。
 
 全般にわたって、図と表が豊富なうえ、事態の推移にともなう内部のバージョン・アップがホームページで紹介されるという。ただし、農業部門の排出量・削減対策・削減可能量についての解説はない。目次は次の通りである。
 
第1部 これまでの地球温暖化対策を振り返る
第2部 どうしたらCO は減らせるか
第3部 シミュレーション・2010年地球温暖化防止シナリオ
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