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情報:農業と環境
No.30 2002.10.1

No.30

・「農林水産業におけるダイオキシン類の動態と生物影響」
   に関する国際ワークショップの開催

・第2回「環境研究三所連絡会」が開催された

・光合成と窒素固定を同時に行うシアノバクテリア

・世界の夏の異常気象:米国、欧州、アジア、ツバル、日本

・水稲のカドミウム吸収抑制のための対策技術

・ロシアの哺乳動物に対する保全の優先順位

・本の紹介 87:農業にとって進歩とは、人間選書58、
   守田志郎著、農文協(2002)

・報告書の紹介:欧州農業における遺伝子組換え作物、
   一般栽培作物および有機栽培作物の共存のためのシナリオ
   欧州委員会共同研究センター(2002)


 

「農林水産業におけるダイオキシン類の動態と生物影響」
に関する国際ワークショップの開催

 

趣 旨
 
 農林水産環境中には、廃棄物焼却施設から排出されたダイオキシン類に加えて、過去に使用された農薬の不純物としてのダイオキシン類が蓄積している。農作物の安全性および生態系の保全を図るためにも、ダイオキシン類の環境中における動態と生態系における影響を解明しておくことが重要である。
 
 そこで、これまでの研究成果を整理し、今後のわが国におけるダイオキシン類研究を一層発展させるための国際ワークショップを開催し、ダイオキシン類を中心とした有害有機化学物質の環境中における動態や生態系に対する影響に関する国際共同研究の推進に資する。
 
開 催 日 平成14年12月4日(水)〜6日(金)
開催場所 つくば国際会議場 中ホール300
    茨城県つくば市竹園2−20−3
主  催 農業環境技術研究所・農林水産技術会議事務局
共  催 農業技術研究機構・森林総合研究所・水産総合研究センター
参集範囲
 

 
国公立・独法試験研究機関、大学、民間企業、関係団体、行政部局など
 
プログラム
◇12月4日(水)
10:00 - 10:15 Welcome address
  陽 捷行(農環研理事長)
10:15 - 10:55 Introduction : Overview of dioxin study in Japan
  森田昌敏(国環研)
Session I. Biological Impacts
10:55 - 11:35
 
I-1
 
Keynote Speech : Spatial and temporal trends of dioxins, PCBs and OC pesticides in North American arctic wildlife
    Derek Muir (National Water Research Inst., CANADA)
13:00 - 13:40
 
I-2
 
Contamination and biological impacts of persistent toxic substances in wildlife and humans from Asia-pacific
    田辺信介(愛媛大)
13:40 - 14:20
 
I-3
 
Concentrations and bioaccumulation of PCDDs and PCDFs in aquatic community
    Jong-Guk Kim (Chonbuk Natl. Univ., KOREA)
14:20 - 15:00
 
I-4
 
The bioaccumulation of PCDDs, PCDFs and Co-PCBs through marine food web
    奥村 裕(東北区水研)
15:20 - 16:00 I-5 Bioaccumulation of dioxins in terrestrial wildlife
    山田文雄(森林総研)
16:00 - 16:40
 
I-6
 
Concentrations and accumulation of dioxins in feed and farm animals
    三浦克洋(動衛研)
16:40 - 17:00 Discussion
 
◇12月5日(木)
Session II. Dynamics in Environment
9:30 - 10:10
 
II-1
 
Keynote Speech : Dioxins and dioxin-like compounds in wildlife from the North American Great Lakes
    Kurunthachalam Kannan (Michigan St. Univ., USA)
10:10 - 10:50
 
II-2
 
Risk assessment and current exposure status to endocrine disruptors in Korea
    Hyomin Lee (Food and Drug Administration, KOREA)
10:50 - 11:30
 
II-3
 
Analysis and congener patterns of PCDD/Fs, PCBs and PCNs in ambient air
    中野 武(兵庫県環境センター)
13:00 - 13:40 II-4 Uptake of atmospheric dioxins by plant leaves
    黒川陽一(福岡県保健環境研)
13:40 - 14:20 II-5 Time trend of dioxins in Japanese paddy field
    清家伸康(農環研)
14:20 - 15:00
 
II-6
 
Dioxins runoff from watershed with suspended solid and it's suppression
    上沢正志(農環研)
15:00 - 15:20 Discussion
15:40 - 16:20
 
II-7
 
Possible pathways for the accumulation of dioxins in the vegetations
    桑原雅彦(農環研)
16:20 - 17:00 II-8 Levels and contamination pathway of dioxins in vegetables
    殷 煕洙(農環研)
17:00 - 17:40
 
II-9
 
Levels of PCDDs, PCDFs and dioxin-like PCBs in foods and their dietary intake in Japan
    堤 智昭(国立医薬品食品衛生研)
17:40 - 18:00 Discussion
 
◇12月6日(金)
Session III. Degradation / Remediation
9:30 - 10:10
 
III-1
 
Keynote Speech : Current applications of bioremediation and phytoremediation : U.S. perspective
    Walter W. Kovalick, Jr. (EPA, USA)
10:10 - 10:50
 
III-2
 
Oxygenases and dehalogenases : Engineering for efficient degradation of chlorinated organic compounds
    古川謙介(九州大)
10:50 - 11:30 III-3 Degradation of dioxins by white-rot fungi
    西田篤實(森林総研)
13:00 - 13:40 III-4 Phytoremediation for chlorinated organic chemicals and mycotoxins
    山口 勇(理化学研究所植物科学研究センター)
13:40 - 14:20
 
III-5
 
Chemical destruction processes of PCDDs/DFs and PCB and their monitoring
    酒井伸一(国環研)
14:20 - 14:40 Discussion
   
15:00 - 15:40 General Discussion / Concluding Remark
15:40 - 16:00 Farewell Address
  問い合わせ先:
  農業環境技術研究所化学環境部ダイオキシンチーム 大谷 卓
  〒305-8604 つくば市観音台3-1-3
  Tel:0298-38-8329  Fax:0298-38-8199
    E-mail:otanit@niaes.affrc.go.jp
 
 

第2回「環境研究三所連絡会」が開催された
 
 
 この会は、環境研究の実施に当たって、農林水産省の関係機関が相互に情報を交換・共有し、農・林・水の分野で一体的な環境研究の推進を図る目的で、平成12年12月に設置された。森林総合研究所、瀬戸内海区水産研究所および農業環境技術研究所で構成される。第2回の会合が、平成14年9月10日および11日の両日にわたって、瀬戸内海区水産研究所(広島県佐伯郡大野町)で開催された。
 
 議事次第(1日目)
1.開会
2.開会挨拶 農業環境技術研究所理事長および瀬戸内海区水産研究所長
3.出席者自己紹介
4.座長選出
5.議題
5−1)平成13年度に係わる成果紹介
  農業環境技術研究所
  森林総合研究所
  瀬戸内海区水産研究所
5−2)今後の協力体制について
5−2−1)連携・協力の現状
5−2−1−1)連携・協力して実施しているプロジェクト研究
(1)
 
農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究
  「環境研究:環境ホルモン」平成11〜14年
(2) 森林・農地・水域を通ずる自然循環機能の高度な利用技術の開発
  「環境研究:自然循環」平成12〜14年
(3) 流域圏における水循環・農林水産生態系の自然共生型管理技術の開発
  「環境研究:自然共生」平成14〜18年
(4) 地球温暖化が農林水産業に与える影響の評価及び対策技術の開発
  「環境研究:地球温暖化」平成14〜18年
5−2−1−2)研究会の共催
(1) 第1回有機化学物質研究会(平成13年9月開催)
  農業に関わる内分泌かく乱物質(環境ホルモン)研究の現状と課題
  −分布実態と生物影響を中心として−
5−2−2)連携・協力に係わる今後の計画
5−2−2−1)プロジェクト研究の提案
(1) 「化学物質総合リスク管理」に係わるプロジェクトを共同で提案中
5−2−2−2)研究会の共催の予定
(1) 農林生産生態系における有害物質汚染に関する研究の現状と今後の課題
  平成14年10月23〜24日 於広島
(2) 地球温暖化が農林水産業に与える影響の評価及び対策技術の開発
  平成14年11月1日 於農林交流センター(つくば市)
(3)
 
「農林水産業におけるダイオキシン類の動態と生物影響」に関する国際ワークショップの開催
  平成14年12月4〜6日 於エポカル国際会議場(つくば市)
5−2−3)協力体制に関する今後の展望

 
現在の協力態勢の維持発展:プロジェクト研究、研究会の共催、連絡会の定期的開催、技術研修等研究者の相互交換(例えば微量分析技術の習得)
5−3)その他
5−3−1)農林水産業にかかる環境研究の三所連絡会設置要領(改正案)

 
平成14年4月の独立行政法人の発足に伴う役職名の変更が改正案に盛り込まれた。
6.閉会挨拶 森林総合研究所理事長
7.閉会
 
 現地視察(2日目)
  広島湾のカキ養殖場
  広島市水産振興センター
 
 

光合成と窒素固定を同時に行うシアノバクテリア
 
 
 司馬遼太郎は、小学六年生の国語教科書のために「21世紀に生きる君たちへ」を書き下ろしている。その一部を引用する。
 
 「むかしも今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。
 自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。・・・・・・・
 21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するであろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。」
 
 しかし、氏のいう「自然こそ不変の価値」は、果たして現実にそうであるのか。
 
 空気はかつての空気ではない。温暖化を促進する二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素などの濃度が急速に増大している。クロロフルオロカーボン、亜酸化窒素、臭化メチルなどオゾン層を破壊する成分も大気に増えつつある。空からは、酸性雨が降りそそいでいる。水もかつての水ではない。地下水は硝酸性窒素を大量に含み、飲料水に適さなくなってきた。河川の水は、窒素やリン濃度の増大にともなって富栄養化現象を起こしている。土も同じ運命にある。何万年もかけて営々と生成され続けた土は、浸食によって瞬時に河川に流れ込む。土の微生物は、過剰な農薬や肥料によってもはや息絶え絶えである。いまや、世界中のいたるところで大地と大気の悲鳴が聞こえる。
 
 人間は、地球が何億年もかけてはぐくんできた大気や土壌をはじめとする環境資源を、いとも簡単に消耗しているが、自然界は、いとおしいほど地道に地球の保全につとめている。平成14年8月30日の科学新聞は、地球上に酸素を提供し続けた海洋のシアノバクテリアについて興味ぶかい記事を掲載している。海洋のシアノバクテリアは、光合成と窒素固定を同時に行っているらしい。炭素と窒素の循環を考えるうえでも貴重な資料である。内容を以下に紹介する。
 
 水産業に大きな打撃を与える赤潮の原因生物の一つ、シアノバクテリア(藍藻類)は、代謝の調節において天才的な能力を発揮するようである。シアノバクテリア(藍藻類)に属するトリコデスミウム属は、窒素からアンモニアをつくると同時に、光合成により酸素もつくる。通常これら二つの活性は化学的に両立しないので、この線維状プランクトンでは、一体どうなっているのかと、40年前から不思議に思われてきた。
 
 最近、ようやくその謎が解明された。南カリフォルニア大学の微生物生態学者ダグラス・キャポン博士は、「トリコデスミウムが取り除こうとしたものを、いかにして実行したかを明らかにした注目すべき成果だ」とコメントしている。また、この生物は海洋生物に窒素を提供する鍵になっており、それにより海洋の生産性も高めているという。
 
 このシアノバクテリアは、光合成に費やす時間と窒素固定に費やす時間とを、それらの過程を交互にシフトさせながら慎重にバランスをとっている。ラトガス大学の植物プランクトン生態学者ハナ・バーマンフランク博士は、「窒素固定が盛んな時には、光合成が減衰することがわかった」と述べている。それによって、光合成の副産物である酸素が、窒素固定酵素ニトロゲナーゼを損傷するのを防いでいる。そうした損傷があるので、生物は、それら両過程を同じ細胞で同時には行えない。
 
 40年ほど前に、米環境科学センターのリチャード・ダックデイル博士は、トリコデスミウムが窒素固定することを発見した。同博士は、プランクトン代謝の野外測定を行うため、質量分光計を研究船に持ち込んだ。当時、ほとんどの微生物学者は、窒素固定は酸素をつくらないヘテロシストと呼ばれる特殊な細胞中か、あるいは夜間だけに行われると信じていた。
 
 他のシアノバクテリアとは異なり、トリコデスミウムにはヘテロシストがない。そこで、ダックデイル博士の観察は“窒素フィクション”だとして一笑に付された。長い年月はこのフィクションをファクトに変えたが、どのようにこの生物が(光合成による)炭素と窒素とを同時に、しかも日中に固定できるかは不明なままであった。
 
 バーマンフランク博士らは、高速反復非蛍光分析法という技術を用いて、蛍光パターンを測定することにより、光合成を追跡した。同時に、ニトロゲナーゼ活性もモニターした。その結果、酸素産生酵素類は終日働くが、日中の数時間は“昼寝”をとり、その間にニトロゲナーゼ活性がフル回転することが明らかになった。
 
 次いでバーマンフランク博士のチームは、個々の細胞の内部で何が起きているのかをさらに詳しく調査した。チームメンバーの一人、ヘンドリック・キュッペ博士は、独自の顕微鏡を使って光合成中に生じる蛍光の変化をモニターすることにより、酸素産生を追跡したところ、細胞は15分以内に光合成を遮断し、窒素固定を可能にすることがわかった。しかもこの遮断は、フィラメントの一部、とくにその中心部で多く生じることも明らかになった。つまり、それらの細胞は、二つの過程が進行する場所と時とを精妙に制御していると考えられる。
 
 カリフォルニア大学サンタクルス校の微生物生態学者ジョナサン・ツェール博士は、「非常に見事な実験だ」と述べた。また、米環境科学センターのエドワード・カーペンター博士は、「どのようにトリコデスミウムがそれを行っているかを説明する長い道程であった」と語っている。
 
 トリコデスミウムは他のシアノバクテリアより古い生物なので、バーマンフランク博士らは、光合成と窒素固定とを編成するこの機構が原始的なもので、ヘテロシストのような特殊化された細胞は後から生じたものだ、としている。キャポン博士も、「それは、シアノバクテリアがどのように生じたかを説明する従来不明であったリンクであり、前駆体とみられる」と同意している。
 
 しかし、ツェール博士はバーマンフランク説を鵜呑みにせず、トリコデスミウム種自身が高度に特殊な生物で、早い時期に他のシアノバクテリアから分岐したに過ぎないとしている。また同博士は「今回の研究で謎が完全に解明されたとは思われない」とも語っている。
 
 「むかしも今も、また未来においても変わらないこと」が、変わりつつあるのはなぜか。それは、20世紀に獲得したわれわれの科学と技術が、自然を洪水のように飲み込もうとしているからにほかならない。別の表現をすれば、われわれの科学と技術が地球規模での物質循環に変調をもたらしたともいえる。生態系の原理に基づいた科学と技術が駆使されていれば、「むかしも今も、また未来においても変わらないこと」は続くのである。
 
 

世界の夏の異常気象:米国、欧州、アジア、ツバル、日本
 
 
 「情報:農業と環境No.25」の「日本と世界の気候:気象庁速報など」に、冬から春にかけての天候の変化を紹介した。そこには、明らかに温暖化の兆候が読みとれた。今回は、この夏の気象について紹介する。
 
●異常気象世界で猛威(日経新聞8月19日)
 この夏、世界の各地で異常気象が発生し、それぞれの国の経済に深刻な影響が及んでいる。記録的な猛暑の米国では、国土の約半分が干ばつに見舞われて、穀物生産の見通しが悪化し、さらに食料品の価格が上昇する恐れが出ている。欧州中部では歴史的建造物が冠水したうえ、生産活動も滞っている。アジアでも中国や韓国が洪水に見舞われ、経済的な損失が避けられない情勢にある。
 
 米海洋大気局(NOAA)によれば、7月末の時点で全米の49%が干ばつに陥っている。これは、観測史上2番目ないしは3番目にひどい状況である。7月の平均気温も平年を摂氏で1.2度上回り、過去5番目に暑い夏となった。
 
 米の農務省は最新の穀物生産見通しのなかで、2002〜2003の穀物年度の米国内のトウモロコシ生産量を7月時点から9.2%、大豆を8.1%下方修正した。これらの穀物の大生産地である中西部などが水不足に見舞われ、作柄が悪化したからである。干ばつが深刻なサウスダコタ、ネブラスカの両州だけでも被害は、数億ドルになる可能性があるとみられる。全米ではその数倍規模の被害になる恐れがある。
 
 干ばつの影響で、2003年に食料品価格が平均3%上昇するとの見方がある。干ばつで肉牛の飼育頭数が減り、牛肉の小売価格は今年より一割以上の値上がりが予想されるという。山火事も多かった。今年1月〜8月初めにかけ、全米で2万2千平方`b(東京都の面積の10倍強)の森林が焼失した。これは、1992年以降の1〜8月の平均焼失面積の倍以上の水準にある。
 
 英気象庁によれば、今年1〜6月の北半球の平均気温は143年前の観測開始以来、最高となった。米国外では地球温暖化と結びつける見方が一般的なってきているが、米政権は温暖化についてなお懐疑的である。温暖化対策が主要テーマになる8月末の国連環境開発サミットにも、ブッシュ大統領は欠席する意向だ。
 
 中・東欧を襲った洪水の被害はドイツ東部のエルベ川流域を中心に広がり、産業活動にも深刻な影響が出ている。被害額はドイツだけで100億ユーロ(約一兆千五百億円)に上るといわれ、財務相は被害者に特別減税を実施する方針である。
 
 欧州全体の洪水による死者は百人を超え、ドイツではこれまでに10万人以上の住民が避難した。被害地域では停電が起き、飲料水が不足。自動車大手フォルクスワーゲンのドレスデン工場などは一時的に生産を停止、ドイツ有数の化学工業地域ビッターフェルトでも減産が避けられない。
 
 アジアでも洪水や干ばつが深刻になっている。中国の雲南省では、8月14日の豪雨による大規模な地滑りで、60人以上が死亡したもようである。韓国、インド、ネパールでも洪水の被害を受けている。
 
 欧州中部を襲った洪水は、地球の周りを西から東へ吹く偏西風の乱れが一因との見方が出ている。北海道大学大学院地球環境科学研究科の山ア孝治教授は、「北半球の偏西風が南に蛇行して一部がちぎれ、低気圧のような渦になって欧州に居座った」と分析する。こうした渦がドイツやチェコ、ロシア付近に停滞しているのが目立つという。
 
 ただ、偏西風の蛇行や分離自体は珍しくはない。渦ができても通常は消滅する。欧州にとどまっているのはナゾだ。南米ペルー沖の海水温度が上昇する「エルニーニョ現象」が大気に影響を与えたとの声もある。
 
 現在進行中のエルニーニョ現象は、「少なくとも年内は続くと予測される」(気象庁)。中米の洪水や米国の干ばつはエルニーニョ現象の関連が取りざたされている。エルニーニョ現象は、本来インドネシアの東側海域にたまる温かい海水が東へ移動したものである。過去にメキシコやペルーの豪雨、インドネシアやオーストラリア、米国の干ばつを引き起こしたとみられている。
 
 地球温暖化の影響ははっきりしない。偏西風の乱れやエルニーニョ現象に比べ地球規模の温暖化は長い期間で影響を与えると考えられるからだ。
 
●モンゴルでは異常気象(毎日新聞7月24日)
 ウランバートルでは寒暖の差が激化した。昨年の1月の最低気温は10年前に比べると10度下がり、8月の最高気温は12度あがった。10年に一度であった干ばつが数年おきに生じ、多数の家畜が死んでいる。
 
●ツバルに海面上昇の脅威(日経8月11日、毎日7月24日、産経7月31日)
 人口が約1万1千人、面積が16平方キロメートルのツバルの平均海抜は2メートル以下である。この3月、豪州の国家潮位研究所は、2000年までの8年間のツバルの海面上昇は、年間0.9ミリとの観測結果を発表した。ツバルでは、7月1日からニュージーランドへの移住者募集が始まった。人数は年間75人。18歳から45歳で英語が話せ、ニュージーランドに職がある人が対象である。出稼ぎの延長だった移住も、温暖化に向けての避難へと性格が変わりつつある。
 
●関東以西猛暑(日経9月3日)
 気象庁は6〜8月の気候統計をまとめた。大阪では、最高気温が30度以上の「真夏日」が70日あった。過去最多のタイ記録である。東京は、平均より15日も多い53日であった。これは昨年よりも4日多く、過去十年間で二番目に多かった。
 
 6月から8月の三ヶ月の平均気温は、東京で25.9度と平年より1.1度高くなったのをはじめ、大阪27.2度、名古屋26.4度、福岡26.4度など、関東以西の各地はおおむね平年より1度前後高かった。最低気温が25度を下回らない「熱帯夜」の日数は、浜松、三島、舞鶴、姫路、延岡など過去の最高を記録した。
 
6〜8月の真夏日の日数(カッコ内は平年)
札幌  2( 7.5) 仙台 21(15.4) 熊谷   57(42.9)
東京 53(38.4) 金沢 46(36.6) 名古屋 65(47.5)
大阪 70(55.3) 広島 62(42.0) 福岡   51(46.1)
那覇 64(64.7)    
 
 

水稲のカドミウム吸収抑制のための対策技術
 
 
(独)農業環境技術研究所化学環境部重金属研究グループ
1.はじめに
 農林水産省では、コーデックス委員会において食品中のカドミウムの新基準案の検討に対応するため、水稲をはじめ、ダイズ、麦等の主要畑作物、野菜等のカドミウム吸収抑制技術の開発を平成12年度から開始した。これを受けて、()農業環境技術研究所は、独立行政法人の農業関係研究機関、県農業試験場、大学、民間等と協力し合って、主要な農耕地土壌中のカドミウム分布実態の解明、作物ごとの土壌カドミウム可給性の解明、作物汚染リスク予測技術の開発とマッピング手法の確立、それらに基づくカドミウム吸収抑制技術の開発等の研究を相次いでスタートさせた。研究は、本格的な取り組みを始めた段階で、具体的な成果は本年度以降の研究に依存するところが大であるが、米のカドミウム軽減化対策の緊急性を考え、現時点で公表が可能なデータを用いて「水稲のカドミウム吸収抑制のための対策技術」を作成した。本対策技術の作成のために、各県が既に実施しているカドミウム吸収抑制のための対策技術を参考にさせていただいた。ここに感謝の意を表したい。本対策技術は、今後新しい研究成果を付け加えて定期的にバージョンアップを図っていく予定である。
 なお、本稿は、主にカドミウム対策に携わる技術者の方々を対象にしたものであり、その内容は専門的である。一般の方々のためにわかりやすいマニュアルを農林水産省のホームページ(http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/taisaku/index.html (最新のURLに修正しました。2010年5月) )へ掲載したので、適宜利用されたい。
 
2.カドミウムの生産と消費
 カドミウムは周期表のIIB属に属し、青みがかった+2価の金属で、リン酸、ケイ酸、炭酸、硝酸、イオウなど様々な陰イオンと化合物をつくる。主なカドミウム鉱物は硫化カドミウム鉱(CdS)であるが、産出量は少ない。カドミウムの大部分は亜鉛製錬の際の副産物として生産している。最近では、海外鉱の輸入や、廃棄物からの回収も増えている。世界の年間生産量は約2万トンであり、その内、わが国では15%弱が生産されている。消費量も生産量とほぼバランスがとれており、世界で2万トン近く消費するが、わが国が全体の4割強を消費している。消費の80%以上は、ニッケル−カドミウム電池の製造用である。
 
3.カドミウム低減化技術開発の必要性
 コーデックス委員会食品添加物汚染物質部会において検討されている米のカドミウム基準値は、精米で0.2 mg/kgである。また、その他の農作物等に対しても、それぞれ基準値案が提案されている。一方、わが国では食品衛生法に基づいて玄米で1ppmの基準値が制定されている。(カドミウムの基準値に関する詳細な情報は、農林水産省のホームページのトピックス欄の「食品中のカドミウムに関する情報 (最新のURLに修正しました。2010年5月) 」を参照されたい。)
 水稲などのカドミウム汚染の問題は、土壌中に植物に吸収されやすいカドミウムが多く含まれていることが原因である。現在、カドミウムの土壌汚染を除去する方法として客土が、唯一実用的な方法である。したがって、今後、疫学調査などに基づくカドミウムの健康影響に関するリスク評価結果を踏まえて、国内外の基準値の見直しの動向を考慮すると、土木的手法以外の農作物中カドミウム低減化技術の研究開発は不可欠である。研究開発の推進にあたっては、日本人の食品由来のカドミウム摂取量の約50%を占める米に関するカドミウム低減化技術の開発に重点をおいて進めている。
 
4.水稲のカドミウム吸収抑制のための基本技術
1)水管理
(1)土壌の酸化還元電位を規制する因子は?
 一般に、水田では移植後、継続的な湛水により土壌の還元化が急激に進む。土壌の還元速度と還元の程度は、水管理の方法(常時湛水、間断灌水、出穂前後湛水など)、土壌の種類(土壌有機物含量、粘土含量、粘土鉱物の種類、pHなど)、投入される有機物量及び質(生藁、堆肥、畜産廃棄物、他の有機資材など)、さらに、地温(有機物分解に関与する土壌微生物の活性に影響)などにより大きな影響を受ける。
 
(2)土壌の種類と土壌酸化還元電位の変化
 図1−1は、平成12年夏にポット試験でカドミウムの吸収を調査した土壌のEh(mV)変化を生育期間にわたって調べた結果である。湛水開始後一ヶ月程度で3種類のいずれの土壌(グライ土、黒ボク土、灰色低地土)もEhがマイナス200mV近くまで下がった。しかし、8月22日に落水を開始すると、このEhが一週間ほどでプラス500mV以上に上がり、強度の酸化状態になった。3種の土壌間で酸化還元電位の変化に差があり、谷和原水田グライ土壌が還元気味に推移したのに対して、婦中の灰色低地土は酸化還元電位が湛水開始後もなかなか下がらず、落水とともに急激に酸化状態を回復した。この傾向は、平成13年度に行った同様な試験でも再現され、秋田の黒ボク土では、水管理によるEh変動が顕著であった(図1−2)。
 
図1−1.稲の栽培に伴う土壌酸化還元電位の変化(2000年)
 
図1−2.稲の栽培に伴う土壌酸化還元電位の変化(2001年)
 
(3)カドミウム吸収抑制のための効果的な水管理
 表1は、北陸農業試験場で行われたポット試験の成績である。幼穂形成期以降落水した処理区は、常時湛水区に比べて5倍量ものカドミウムを吸収している。穂揃期以降落水した区も湛水区の3倍程度のカドミウムを吸収し、出穂前後の湛水がカドミウム吸収抑制には欠かせないことを示している。この表から、カドミウムの吸収抑制には穂揃期前後に、既に土壌の酸化還元電位が十分還元状態に保たれている必要があることが分かる。この試験では、農環研の結果と比べて土壌Ehの下がり方が少ない。前述のように、土壌Ehは様々の要因により影響を受けるのでカドミウムの吸収抑制には、どの程度の酸化還元電位が、どの生育時期に必要かを断定するのは困難である。
 しかし、出穂期を中心にカドミウム吸収に敏感な時期が存在し、この時期の適切な水管理がカドミウム吸収を抑制する重要なポイントになる。
 
表1.水管理の時期と玄米中カドミウム含量の関係
 
 
(4)カドミウム化合物と酸化還元電位の関係(簡単な化学のおさらい)
 
2.簡単なカドミウム化合物の溶解度
   カドミウムの形態と水に対する溶解度  (g/100gH2O)
化合物 0 10 20 25 30
CdCl2 47.3 50 53.1 54.7 57.4
CdNH4Cl3 29.3 32.1 34.4 35.5 36.6
Cd(NO3)2 52.1 56.1 57.5 61.3 64.5
CdSO4 43 43.1 43.3 43.4 43.5
CdS       2.11×10-8  
(化学便覧)      
 
 表2は化学便覧より引用したカドミウム化合物の溶解度を示している。アニオン側としてClNO3SO4を想定しているが、いずれの化合物も溶解度が高すぎて土壌中に安定して存在することは考えられない。ただ、強還元状態で生成されるS2-Cd+が反応して出来る硫化カドミウム(CdS)だけが、十分低い溶解度を有し、土壌中で安定して存在すると考えられる。CdSの生成には、S2-の存在が必須で、このために湛水条件下でカドミウムの吸収抑制が起こる要因の一つは、CdS生成による不溶化であると考えられる。
 土壌中の酸化還元やpHが関与する反応は、pe+pHという尺度を使うと表わしやすい。peは、pHと同様にエレクトロン濃度の逆対数で値が小さくなるほど還元度が強くなる。Ehとの間には、Eh(mV)=59.2peの関係がある。土壌中のほとんどの反応は、水溶媒中で起こるので、以下の二つの酸化還元反応式の間で行われる。
 
H+ + e- = 1/2H2(gas) --------------------- (還元側)
書き直すと、pe + pH = -1/2logH2(gas) ---------------(1)
H+ + e- + 1/4O2(gas) = 1/2H2O --------- (酸化側)
書き直すと、pe + pH = 20.78 + 1/4logO2(gas) ------(2)
 
1)、(2)式ともに、水素及び酸素の分圧を1気圧とすると、それぞれ
 
pe + pH = 0  -----------(1)’
pe + pH = 20.78 ------(2)’
 
と簡単になる。すなわち、pe + pHの値は、最も還元側でゼロ、一方最も酸化状態で20.78であり、通常、土壌中で起こると思われるpe+pH(もしくは、土壌pHEh)の範囲は、2から17程度である。このように、pe + pHを使えば、土壌中の酸化還元電位及びpHに依存する様々な反応を簡単に表わすことができる。
 
例えば、硫酸根濃度は石膏(CaSO4)の溶解度により規制されていると考えると、土壌中では、硫酸イオンが最も安定で硫酸カドミウムの生成が一番考えやすいが、この化合物は溶解度が高すぎ土壌中に安定して存在することは困難である。一方、S2−の生成は、pe+pH=4付近から酸化度が増すにつれて急減する。よって、硫化カドミウムの生成には、強い還元状態が要求される。ここでCdS(greenockite)を生成するのに必要な条件を土壌カドミウム平衡濃度(pe+pH=5.10+0.12logSO4)を使って計算すると、
 
表3−1.CdS(greenockite)の生成に対するpeとpHの関係(土壌Cdと平衡)







 
pe pH Eh(mV)
1.73 3 102.4
0.73 4  43.2
-0.27 5 -16.0
-1.27 6 -75.2
-2.27 7 -134.4
-3.27 8 -193.6
-4.27 9 -252.8
 
 
CdCO3(octavite)がカドミウムの濃度を規制していると仮定すると(pe+pH=6.69-0.25pH)の式に従い、
 
表3−2.CdSの生成に対するpeとpHの関係(octaviteと平衡)







 
pe pH Eh(mV)
2.94 3 174.0
1.69 4 100.0
0.44 5  26.0
-0.81 6 -48.0
-2.06 7 -122.0
-3.31 8 -196.0
-4.56 9 -270.0
 
すなわち、いずれの平衡式を用いても通常の稲栽培では、土壌pHは微酸性から中性付近にあるので、湛水管理によりEhをマイナス100mV以下に管理すれば、硫化カドミウムが生じてカドミウムは水に不溶となる。このように、水稲のカドミウム吸収抑制のためには、栽培期間を通じて湛水状態(土壌が還元状態になる)に保つことが求められる。しかし、水稲の健全生育の確保や収穫作業の容易さを考慮すれば、水管理の微妙な調節が重要となる。
 
 
(5)カドミウム吸収抑制のための水管理の要点
 
(1)適齢苗の早期移植で生育を促進させ、中干しを行う前に十分な茎数(25)を確保する。
(2)中干しの期間は710日前後で強くは行わない。強度の中干しは土壌の酸化状態を強めるので、カドミウムの吸収を促進する。特に、排水が良好な水田では、軽めに行う。土が湿っていて、足跡がつく程度でとどめる。
(3)溝切りを実施して、コンバインの刈り取り作業を容易にする。溝切りは、中干し開始後3日程度で、田面が固くなり溝の泥が崩れなくなったら行う。10条に1本の割合で溝を切り、縦・横の溝が途切れないようつながっていることが肝心である(図2)。
 
 
図2.溝切りの方法
 
 
(4)溝切り後の間断かん水と出穂期間の水管理には、とくに注意する。土壌表面が乾燥するような水管理は行わない。
(5)出穂期前後6週間は、水稲にとって生理的にも十分な水を必要とするだけでなく、カドミウム吸収が盛んであることを踏まえて、常時湛水に保つ。
(6)出穂期に用水不足が懸念される地域、あるいは乾燥しやすい気象条件下では、中干し・溝切り後は連続して湛水を行う。
(7)落水時期は、高品質・良食味の米生産、さらに現地の土壌条件と収穫作業を考慮して、出穂後3週間以降を厳守する。
(8)収穫期の土壌は、ひび割れがなく、足跡がわずかに残る程度に硬い状態とする(地耐力を保つ)。
 
 
3.湛水管理による稲のカドミウム吸収抑制
 
 
 図3に示したように溝切りを行い、灌水と排水を効率よく行える体制を整えてから、土壌表面が乾かない程度に中干しを実施する。また、稲のカドミウム吸収にとって最も重要な時期である出穂期前後3週間は、しっかりと湛水管理を行い土壌の酸化還元電位を還元側に保つ。このような湛水管理区では、中干し後間断灌水により土壌を酸化的に推移した慣用管理区に比べて、稲のカドミウム吸収が1/10程度まで減少した。
 図4に茨城農業試験場で行われた大変興味のあるデータを示した。1970年代の7月の降水量と玄米中のカドミウム濃度の関係を調べたものである。両者間には、はっきりとした負の相関があり、降水量が増すと玄米中のカドミウム濃度が減少する。茨城県下の稲作では、平均的に7月の初めに幼穂形成期、8月初旬に出穂期を迎える。したがって、7月は幼穂形成期から出穂期にかけて、最もカドミウム吸収の旺盛な時期に当る。カドミウムの吸収抑制には、この時期に土壌を乾かさない水管理の重要性を述べたが、このデータは、そのことを証明する貴重なものである。
4.年次別の7月降水量と玄米中のカドミウム濃度との関係
図中の数字は調査年次を示す。(茨城県農業試験場,1983
 
 
(6)沖積砂質水田に対するベントナイトのカドミウム吸収抑制効果
 
表4.沖積砂質水田におけるベントナイトの増収効果
沖積砂質水田に対するベントナイトの効果
    収穫調査  
試 験 区 わら重 玄米重 同指数
  kg/10a kg/10a  
対照区(ベントナイト無施用) 573 422 100
ベントナイト1.9t施用区 729 508 120
 注) 灰褐色土壌砂土型 (群馬農試,1954)
 
 砂質等の漏水型水田では湛水状態を保つことが困難である。カドミウムの吸収抑制には、ベントナイト等の施用により、漏水防止対策を徹底し湛水管理を行うことが重要である。ベントナイトの施用方法は、耕起または荒代前に10aあたり12トンを全面施用し、ロータリー耕により作土とよく混合する。なお、ベントナイトの持続効果はそれほど長くないので、35年を目標に再施用する必要がある。表4は、ベントナイト施用により水稲の収量が20%増大した例を示す。このように、土壌改良資材としてのベントナイト施用は、同時にカドミウム吸収抑制にも多大な効果がある。
 
2)施肥によるカドミウム吸収抑制
(1)土壌pHと稲のカドミウム吸収
 重金属元素は、モリブデンを除いて土壌中pHが酸性になると溶解度が高まる。カドミウムも土壌pHの低下とともに溶けやすくなるので、アルカリ性の肥料を施用し、土壌が酸性化するのを防ぐことが大切である。
 
 
図6.葉鞘中Cdと玄米中Cdとの関係(伊藤ら、1976)
 
 図5に土壌pHと水稲の茎葉部に吸収・蓄積されたカドミウム量の関係を示している。土壌pHの上昇とともに稲のカドミウム吸収が急減し、7.5以上では吸収されない。図6に葉鞘中のカドミウム濃度と玄米中のカドミウム濃度の相関を示しているが、両者間には極めて高い相関関係が見られる。この関係を使えば、茎葉中のカドミウム濃度から玄米中に含有されるカドミウム量の推定が可能になる。
 
表5.施肥による玄米カドミウム濃度の変化
 
 新潟農総研で行われたアルカリ性肥料のカドミウム吸収抑制効果に関する試験結果を表5に示す。この試験では、同時に水管理の影響についても検討している。図5の結果から判断すると、各種肥料投与による土壌pHは、カドミウム吸収抑制に十分なレベルまでは上がっていない。慣行区の穂揃期pHは、最高でも熔リン施用で6.6までしか上がらず、他の肥料では、せいぜい6を少し上回った程度である。このpH領域では、玄米中のカドミウム濃度を0.4ppm未満に下げるのは困難である。一方、アルカリ性肥料の施用に水管理を組み合わせると、同じ土壌pHでもはるかに抑制効果は高い(湛水区)。土壌pH調整だけでカドミウム吸収を抑制しようとする場合は、少なくともpH7以上にあげることが望ましい。肥料のpH上昇効果以外のカドミウム吸収抑制効果については、次の節で述べる。
 
(2)土壌pH変化に対する緩衝作用に関する簡単なおさらい
 既に述べたように、水稲のカドミウム吸収抑制の一つとしてアルカリ性肥料の施用が考えられる。土壌pH7程度にならないと吸収抑制効果が少ない。一方、pHを上げすぎると鉄、マンガン、亜鉛等必須微量要素が欠乏する恐れがある。アルカリ性肥料は土壌の「緩衝能」を十分に理解して適正に施用する必要がある。
 図7は希望する土壌pHに持っていくために必要な石灰の量を計算するための考え方を示したものである。横軸には土壌に添加する酸またはアルカリの量、縦軸はそのとき得られる土壌pHを示している。腐植質土壌の初期pH5.2で、pH6.5まで上げるためには、アルカリが約7meq必要である(A'B'C')。 一方、モンモリロナイト質土壌の初期pHは、腐植質土壌とほぼ等しい5.3であるにもかかわらず、水酸化ナトリウムの必要量は約5meqである(ABC)。この違いは土壌の「緩衝能」−酸またはアルカリを加えた時のpH変化をやわらげる働き−の大きさに起因する。腐植質土壌はモンモリロナイト質土壌より土壌の「緩衝能」が大きいため、pHの矯正にはより多くの肥料を要する。また、カオリナイト系や砂質土壌では、緩衝能が小さいか、ほとんど無いので、ごく少量のアルカリを添加するだけで、容易に目標とするpHが得られる。
図7.土壌pHを目標値に上げる(下げる)ために必要な酸・アルカリ量
 
 石灰質肥料の施用によるカドミウム吸収抑制効果が、必ずしも一定しないのは、この土壌の「緩衝能」の違いを考慮しないで、一律に10アール当たり何百kg施用という指導が原因のひとつと考えられる。実際に適正な石灰質肥料の施用量を算定する場合は、次のように行う。圃場から少量の土壌をコニカルフラスコ等に秤取し一定量の水を加える。これに石灰質肥料の量を数段階変えて加え、よく混合する。ゴム栓などで蓋をし、これを数日放置後、土壌のpHを測定して石灰質肥料の施用量とpHとの関係を作成する。この関係から、対象圃場の土壌pHを目標とするpHまで上昇させるのに必要な石灰質肥料の施用量を決定する。
 
(3)ケイカル、熔リンなど土つくり肥料のカドミウム吸収抑制効果
 カドミウムは、土壌中で様々な陰イオン、特に燐酸イオンや炭酸イオンと反応して水に溶けにくい化合物を生成する。図7に示したようにいずれの化合物も土壌pHの上昇につれて急激に溶解度が減少する。
本図中のCdCO3に対する溶解度曲線は、土壌中のCO2分圧が0.003気圧であるとして計算している。同様にCdSiO3は、土壌SilogK=-3.10)と平衡していると仮定しており、Cd3(PO4)の溶解度は、土壌燐酸濃度がFePO42H2O(strengite)Fe(OH)3(土壌FelogK=2.70)により規制されると想定して計算を行っている。酸性側では、燐酸カドミウムが重要な役割を果たし、pHの上昇につれて炭酸カドミウムがより安定な化合物を生成することが考えられる。
ケイカルや熔リンなどの土作り肥料は、水田土壌をアルカリ性にしてカドミウムの吸収を抑制する効果があるといわれている。表5から分かるように効果が見られる場合もあるが、肥料施用だけではその効果は顕著ではない。
 
図8.土壌中のカドミウム化合物の溶解度とpHの関係
 
8のカドミウム化合物の「溶解度−土壌pHダイアグラム」から明らかなように、これらの資材には二つの効果が考えられる。一つは、主要な成分である燐酸、炭酸、珪酸などとカドミウムが不溶性の化合物を生成し、イネが吸収できなくなる。もう一つは、pHの上昇によりカドミウムの溶解度が減少する効果である。しかし、前者のカドミウム化合物の溶解度も、また土壌pHの影響をうけるので、土壌pHが相乗的に効いてくる。
 いずれにしても、施肥によるカドミウム吸収抑制は、水管理との併用により一段と効果を発揮すると考えられる。吸収抑制のための効果的な肥料の施用として、秋田県ではケイカル180kgと熔リン60kg、新潟県では熔リン500kg、富山県ではケイカル600kgが推奨されている
 
5.肥料、灌漑水などによるカドミウム負荷の可能性
1)肥料、汚泥堆肥等によるカドミウム負荷
 
表6.市販肥料資材中のカドミウム含有量
(平均値、mg/kg乾物当り、2001)
    Cd含量 ク溶性Cd含量 水溶性Cd含量
窒素質肥料
 
尿素
硫安
0.01
0.01
0.01
0.01
0.01
0.01
カリ質肥料
 
塩化カリ
硫酸カリ
0.01
0.06
0.01
0.02
0.01
0.01
燐酸質肥料

 
過燐酸石灰
熔成リン肥
重過燐酸石灰
4.10
0.02
5.50
1.50
0.01
1.80
1.00
0.01
0.10
複合肥料
 
高度化成
普通化成
3.00
2.50
2.00
1.40
0.33
0.26
 
 
市販されている各種肥料資材を集め、その代表的なものについてカドミウム含有量を分析した結果を表6に示す(農業環境技術研究所化学環境部)。窒素およびカリ系の肥料ともほとんど無視できる量のカドミウムしか含んでいない。しかし、リン酸を含む肥料は、比較的多くのカドミウムを含み、平均で4mg/kgであった。
このリン酸質肥料を年間20kg/10a施用すると、土壌中のカドミウム濃度は、計算上0.4μg/kg土壌増加する(作土厚20cm、土壌の仮比重1として計算)。仮に作物による吸収や雨、農作業等による流出がないとしても、化学肥料資材施用による農耕地のカドミウム負荷は、問題にならないレベルである。
事実、兵庫県中央農技センターと農業環境技術研究所で行われている肥料の連用試験区では、いずれの場合もリン酸質肥料のカドミウム負荷の影響は、見られなかった(図9)
 
図9.リン酸質肥料施用の土壌及び玄米Cd濃度への影響
 
 
 しかしながら、汚泥肥料の中には、高濃度に重金属元素を含むものがあり、多量施用や連年施用は、土壌中にカドミウムなどの重金属類を蓄積するおそれがあり、土壌診断に基づいて施用量を調節する必要がある(10)
 
図10.汚泥肥料の連用に伴う土壌中カドミウム濃度の変動
(大分、褐色森林土、1993)
 
 
2)用水によるカドミウム負荷
 
表7.用水路の底質および用水中のCd濃度と水田への推定蓄積量
調査地区・水源 底質 用水(ppm) Cd流入量 Cd蓄積量
  (mg/kg) 5月中 8月上 平均 (g/10a・年) (mg/kg/30年)
Y 13.0 0.0020 0.0023 0.0022 3.225 0.645
H 4.1 0.0009 0.0020 0.0015 2.175 0.435
M 3.0 0.0005 0.0009 0.0007 1.050 0.210
O_Y川 19.9 0.0073 0.0118 0.0096 14.325 2.865
O_T堰 0.5 0.0000 0.0002 0.0001 0.150 0.030
非汚染26地点
平均*

 
0.0001
(実際の数値は、0.00005)
0.075
 
0.015
 
*2002年測定値 **年間用水量を1500トンとして、作土深15cm、仮比重1で計算
 
 
 表7のO地区Y川から灌漑水を得る場合、年間14.3g/10aのカドミウムが水田に流入する(水持ちの良い水田で10a当り2000トン、悪い水田で1000トン、平均して約1500トンの灌漑水を使用したと仮定して計算を行った (0.0096 / 1000000) x 1500 x 1000000 = 14.3g/10a)。したがって、30年間この水を用水として使用し続けると、単純計算で土壌中のカドミウム濃度は、約3ppm上昇する(14.3 x 30 /(15 x 1000 x 100 x 100)。このO地区Y川のカドミウム濃度は、現在の水質基準値(Cd,0.01ppm)以内である。
 
 
補遺
 
1)土壌中のカドミウムの存在形態と作物の吸収について
 カドミウムの農用地土壌対策は、玄米のカドミウム濃度により対策地域の指定を行っており、土壌のカドミウム濃度はカドミウム汚染米を生産する農用地周辺にさらなる汚染農用地があるかどうかを判断するための目安として測定されているにすぎない。この事実は、カドミウム汚染米を産出しないために土壌、水、栽培等管理を的確に行うことを大変困難にしている。何故、土壌のカドミウム濃度の相違に基づく農用地土壌汚染地域の線引きが行われないのだろうか? 理由は簡単である。土壌のカドミウム濃度と作物によって吸収されるカドミウム量の間には、必ずしも正の相関関係が成立しないからである。土壌中のカドミウム濃度が一定でも、吸収されるカドミウム量は、気象、土壌の種類、作物の種類、品種、栽培方法、栽培場所、栽培時期など多くの要因によって異なる。このような相違が生じる原因の一つは、土壌中のカドミウムが、どのような形(化学形態)で存在し、どの形のカドミウムが作物に吸収されるのかが、必ずしも明らかになっていないことにある。カドミウムに限らず、昔から多くの養分について作物に吸収される形態(可給態)について研究が行われてきた。カドミウムについても、可給態の実態を明らかにし、その量に基づいて効果的な吸収抑制対策を講じることが大切である。
 土壌中のカドミウムの化学形態分析には、種々の溶媒で土壌を抽出する分別抽出法が一般的である。カドミウムの分別抽出法としてはMcLaren and Crawford が土壌中の銅の分別に用いた方法やその改良法などがある。これらの方法で分析した結果から、カドミウムの土壌中での存在形態は銅、亜鉛などに比べて水溶態および交換態が多く、土壌中の全カドミウム量の30-60 %を占めることがわかっている。1作あたりイネが吸収するカドミウム量は、土壌中の全カドミウム量の約3%程度であり、土壌中の水溶態および交換態カドミウムだけでイネへの吸収量を十分賄える。
 可給態カドミウムの測定によく使われ、比較的相関の高い抽出溶媒には、水、1 M 硝酸アンモニウム、0.1 M 塩化カルシウム、DTPA、0.1 M ピロリン酸などがある。しかし、これらも、その有効性が畑土壌に限られ、水田土壌では正しい評価が難しい。農業環境技術研究所化学環境部では、土壌溶液中のカドミウムは作物に直接吸収される画分であることに着目し、水田土壌に適用できる新しい可給態カドミウムの測定法を提唱している。稲のカドミウム吸収量予測は、玄米へのカドミウム吸収・移行が盛んな幼穂形成期から穂揃い後期にかけて、土壌溶液中のカドミウム濃度を数回測定し、測定値を適切に処理することにより可能であると考えられる。ただし、土壌溶液中にカドミウムはごく微量(μg/L〜 ng/L)しか含まれていないので、分析には採取容器や保管容器への吸着、使用する試薬の純度、分析精度、標準試料によるトレーサビリティの確保など超微量分析に関する充分な知識と技術が要求される。
 
2)カドミウムに関する用語解説
 コーデックス(Codex)委員会
FAO/WHOの合同食品規格委員会が正式名称であり、国際的な食品規格などの作成を行う国際機関である。本委員会は世界中の消費者の健康を保護し、食品の健全な貿易慣行を確保し、国際貿易を促進することを目的に1962年に設立された。なお、わが国は1966年に加盟した。
 食品添加物汚染物質部会(CCFAC)
コーデックス委員会の部会の一つで、食品添加物や汚染物質の食品規格などの検討を行う。
 ppm
濃度を示す単位の一つでparts per million の各頭文字をとったもの。1ppmとは1kgの物体(たとえば玄米)中に1mgの物質(たとえばカドミウム)が存在する状態を表し、ごく微量の化学成分の存在量などを示す場合に用いられる。
 pH
pHは溶液中の水素イオン濃度を表す単位である。水素イオン濃度の逆対数で表し、これをpHと呼ぶ。
 Eh(酸化還元電位)
Ehは土壌の酸化還元の強さを表す単位である。Ehの値が大きいほど土壌は酸化状態にあり、小さいほど還元状態にあることを示す。通常、畑土壌では+600〜700mVであるが、水田状態では+300〜-200mV程度に変動する。なお、EhはpHによって変化するので、通常pH6のときの値に換算して、Ehとして表示する。
 溝切り(溝掘り)
水田が速やかに乾いて、収穫期のコンバインの稼働が容易になることや水田への入水作業が容易で、圃場の水回りが速やかであることねらって、表土に適度な溝を切る。本作業は、中干し開始後3日程度で、田面が硬くなり溝の泥が崩れなくなったときにおこなう。
 中干し
土用干しともいい、出穂前30〜40日頃、3〜7日間落水して、田面にわずかに亀裂を生ずる程度に土壌を乾かす作業をいう。
 間断かんがい
3〜4日ごとに半日程度落水したり、3日ごとにかん水する水稲栽培における水管理法をいう。
 落水
収穫に備えて水田に張りつめた水(湛水)を、水尻等から一斉に排水する作業をいう。落水時期は一般的には、穂が傾き終わった頃を標準とする。
 ようりん
ク溶性リン酸約20%、ク溶性苦土約15%、アルカリ分約50%を含む弱アルカリ性を呈する塩基性リン酸肥料である。
 ケイカル(鉱さいケイ酸質肥料)
可溶性ケイ酸10%以上の他に、アルカリ分35%を保障するケイ酸質肥料である。
 ALC(軽量気泡コンクリート粉末肥料)
可溶性ケイ酸及びアルカリ分をそれぞれ15%以上含有する、多孔質ケイ酸カルシウム肥料である。
 ベントナイト
主要な成分は粘土鉱物の一種であるモンモリロナイトで、アルミニウムの板を上下から2枚のケイ酸の板で挟んだような構造をしているため、2:1型と呼ばれる。アルミニウム板とケイ酸板の間に大量の水を吸水し、著しく膨潤する。その優れた吸水力のために砂質土壌など水分を十分保持できない土壌の漏水防止に使われる。また、アルミニウム板中のアルミニウムがマグネシウムと入れ替わることにより生じるマイナス荷電は、永久荷電と呼ばれ、土壌のpHが変化しても荷電量は変わらない優れた性質を持っている。この荷電量のことを陽イオン交換容量とも呼び、肥料成分の保持などに重要な役割を果たしている。また、ケイ酸成分の補給にも有効である。このように、ベントナイトは、水分・肥料成分の保持能力の向上や有効成分の補給など幅広く使われている土壌改良資材である。
 
 

ロシアの哺乳動物に対する保全の優先順位
 
Conservasion priorities for Russian mammals
Leonard V. Polishchuk, Science, 297, 1123 (2002)
 
 農業環境技術研究所は、農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに、侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって、生態系のかく乱防止、生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため、農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが、今回は稀少動物の保全の優先順位の決め方に関する論文を紹介する。
 
要約
 
 環境に対する人間の影響は、すでに種の絶滅を引きおこしており、今後、さらに多くの種が絶滅するだろう。しかし、すべての種の絶滅しやすさは同じではなく、繁殖が遅く、寿命が長く、体の大きな種が、最初に絶滅することが多い。この漠然とした生態学的知見を、保全の優先度を予測する理論に発展させ、限られた保全資金を配分する指標にすることができるだろうか。ロシアは、国有制度から自由市場経済への大きな変革の途上にあり、保全資源の配分は緊急の問題である。ロシアにおける保護地域は最近25%近く増え、北極地域では倍増しているが、保全のための資金は必要な保全費用の25%から50%に過ぎないと推定されている。
 
 近年の保全戦略の傾向は、固有種がもっとも集中する地域(生物多様性のホットスポット)に保全の資源を振り向けることであるが、この方法では、その地域内の種にどのように保全資源を配分するかが決定できない。一つの方法は、生物学を重視し、種の絶滅確率に比例した保全資源の配分をすることであるが、いくつかのよく研究された種を除いて、絶滅を予測できる理論はない。
 
 レッドリストは、数世代程度の短期間に絶滅するおそれがある生物種の国際的なリストである。旧ソ連のレッドリストでは、種の稀少性、あるいは個体群サイズや地理的分布の顕著な縮小がリスト記載の基準とされ、種の生活史は考慮していなかった。著者は、生物種がリストに記載される機会が、基本的な生物学的形質、とくに記載された種と記載されなかった種が同じ環境圧に遭遇した時の特性の違いに関係すると仮定した。
 
 旧ソ連の陸地と沿岸海域に生息する90種の哺乳動物について、生活史と体の大きさのデータがあり、そのうち25種は旧ソ連のレッドリストに記載されている。それぞれの種について、年間繁殖能力、生涯繁殖能力、一腹子数、成獣の寿命および雌成獣の体の大きさの5形質が利用できた。それぞれの形質によってリスト記載の機会を推定するロジスチック回帰モデルを作成した。年間繁殖能力と生涯繁殖能力に基づくモデルは、他の3つの形質によるモデルよりも哺乳動物を適切に分類でき、2つのモデルの性能は同等であった。
 
 年間繁殖能力は、生涯繁殖能力より測定が容易であるため、これを使って、リスト記載の機会が実質的にゼロとなる限界繁殖能力を決定した。実際的な目的のためには、限界繁殖能力に対応するリスト記載の機会を0.01とおくことができ、このときの繁殖能力は年間産雌数2.9頭であった。調査種の3分の1は2.9頭以上の年間繁殖能力を持っており、これは、保全の努力を残り3分の2の種に集中できることを意味している。
 
 2002年〜2010年のロシア連邦の達成目標プログラムでは、シベリアトラとホッキョクグマが最優先されており、1670万ドルおよび1370万ドルの保全資金を占めている。リスト記載の機会の視点から見ると、トラとホッキョクグマの年間産雌数は0.4および0.3で、リスト記載の機会は高く、ほぼ同等であった。しかし、この2種にモニタリング資金全体の95%を使うことは、釣り合いがとれていない。モグラ科の水生哺乳類であるデスマン(Desmana moschata)(年間産雌数1.75)など、絶滅のおそれのある他の多くの種が、事実上無視されている。トラのために使われる資金を基準にすると、デスマンの保全には250万ドルを使用するべきであるが、この金額は、トラとホッキョクグマを除くロシアの動植物全部に対するモニタリング資金(160万ドル)よりも大きい。このように、「リスト記載の機会」の概念からは、絶滅危惧種について、保全資源を現在よりもっと一様に割り当てるべきことが示唆される。
 
 

本の紹介 87:農業にとって進歩とは、人間選書58
守田志郎著、農文協(2002)
ISBN4-540-78020-4
 
 
 守田志郎は1977年に没した。守田志郎の農業への思いは、この本に甦り、次の年の1978年に第1刷が発行された。著者の思いは再び甦生し、2002年に第8刷が発行された。それは、西尾敏彦氏による解説、「農業にとっての進歩が、真に問われる時代」が増補されたことにもよる。守田志郎は決して「早くきすぎた青年」ではなかった。しかし、本書の再来は、著者の指摘してきた問題がますます顕著になってきたことや、効率を追求し続けたわが国の農業のツケが環境問題にまで及んできたことから喚起されたことに間違いはない。
 
 農業にとって示唆に富む内容を3点紹介する。はじめは、「思いこむ」側と「思いこませる」側である。農家が「思いこむ」ことを期待する「思いこませ」は、都会から出ている。戦後のおよそ50年の間、わが国では考えることも行動することもすべて自由な社会になったようにみえる。都会は政治の面でも経済の面でも、そして文化の面でも主人公であり、農家の人たちはそのためにあり、田や畑はそのために使われなくてはならないと、都会は考える。農場は、化学工業や自動車工場のように米を生産する工場だと、都会は農業に「思いこませ」てきた。農家もそのように「思いこむ」ようになった。この呪縛から自分を解けと著者はいう。品種選びも許されず、作付けの工夫を生かす余地もない。創意工夫の自由まで奪われた農業が、元気が出るはずがない。
 
 ふたつめは、西尾氏も指摘しているように「分けたまま」と「もう一度もとにもどす」である。守田氏は「分けたまま」が、農業にもたらした「農業の進歩」に疑問を投げかける。わが国では、ドイツのリービッヒのチッソ、リン酸、カリの三要素説を直接農家に解説したことである。そこには、土壌の熟成や地力の問題に「もう一度もとにもどす」システムがなかった。このことは、わが国のすべての科学の宿命のようなところがある。西尾氏はこのことを説明するため、村上陽一郎の論考を引用し、ササラとタコツボを例にあげる。前者は西欧の科学であり、後者は日本の科学である。西欧の科学はギリシャ以来の長い伝統を引き継ぐため、ササラのように先端は分かれていても、根本は一本の太い幹になっていて、養分の行き来がある。日本の科学は明治以降、性急に導入されてきたため幹がなく、それぞれがタコツボを掘るようにして発展してきたというのである。西欧の科学に学んだのはよいとしても、農業までが幹をもたない「分けたまま」の技術になった。はたしてこれが進歩といえるのであろうか。
 
 最後は、「土が死ぬ」である。土が生きているという発想がないことへの恨みである。一般的に生命は最低限、つぎのような三つの性質をもつものをさすと考えられている。1)ある種の境あるいはしきりをもって、周囲の外世界から独立した空間を保持する。2)外界から物質やエネルギーを取り込んだり、放出したりする代謝をおこなう。3)自己複製をおこなう(繁殖する)。ここでは、これらを証明することは避けるが、土壌は、大気圏や水圏などから独自の土壌圏を保持し、大気圏や水圏との間で物質やエネルギーの交換をし、そのうえ風化作用により繁殖し続けている。著者は、この田畑が死なないような農法を考えなければならないと強調する。目次は以下の通りである。
 
農業をどうみるか
 「思いこませる」側の存在
麦をつくってみようかと思ったら
「思いこむ」側と「思いこませる」側
「思いこみ」から自分を解いて
 
 独占者を許さない作物の世界
“農は国の恥”という風潮のなかで
なぜか使わざるを得ない資材・機械
雑草の論理に勝てなかった農業技術
 
 農家の見方と科学者の見方
地球の土と試験管の土
農耕ばなれの“技術”
単肥主義の軌道にのって
 
 農耕の思想は暮らしのなかから
土も死ぬことがある?!
機械を軸にした味けなさ
田畑を死なせない方向
 
農業にとって品種・肥料・機械とは
 肥料と土と作物たち
多肥稲作の探求
作物にとって肥やしとは
肥料学はこれからはじまる
土の力への取り組み
輪栽の精髄
 
 品種と農民
品種づくりと農家
品種の官僚統制
品種づくりは農法づくり
(補論)品種革命
 
 機械と農業と家族経営と
機械の進歩、人間の退歩
農耕世界での機械と分業
生産の組み立てと生活の組み立て
自分の農業に合った機械
本当の省力農業とは
耕起と機械耕うん
家族経営を強める機械化
機械は生産しない
戦後の機械化
 
 解説 農業にとっての進歩が、真に問われている時代       西尾敏彦
 
 
 

報告書の紹介:欧州農業における遺伝子組換え作物、
一般栽培作物および有機栽培作物の共存のためのシナリオ
欧州委員会共同研究センター(2002)

 
SCENARIOS FOR CO-EXISTENCE OF GENETICALLY MODIFIED、
CONVENTIONAL AND ORGANIC CROPS
IN EUROPEAN AGRICULTURE
European Commission
Joint Research Centre
(Report EUR 20394EN)
 
 欧州委員会共同研究センターは、2002年5月に、報告書:「欧州農業における遺伝子組換え作物、一般栽培作物および有機栽培作物の共存のためのシナリオ」
(http://ec.europa.eu/agriculture/publi/reports/coexistence/index_en.htm (最新のURLに修正しました。2010年5月) )を公表した。
 
 欧州連合は、1999年6月から遺伝子組換え生物(GMO)の域内流通についての新たな認可を停止していたが、2002年10月の改定指令の発効とともに、新たなGMOの認可が見込まれている。域内での遺伝子組換え(GM)作物の商業栽培が増加すると、非GM作物の中にGM作物が混入することが予想されるため、欧州委員会農業総局の要請により、GM作物と非GM作物を欧州農業の中で共存させる方法についての研究が行われた。
 
 この総合報告書は、国立農業植物研究所(NIAB)(英国)、国立農業研究所(INRA)(フランス)、科学技術開発センター(CEST)(英国)、フラウンホーファー システム新技術研究所(ISI)(ドイツ)、ADASコンサルタント社(英国)、共同研究センター保健消費者保護研究所(IHCP/JRC)(イタリア)で行われた6つの研究をもとに、共同研究センター予測技術研究所(IPTS/JRC)(スペイン)において取りまとめられたものである。
 
結論(要約)
 
 種子生産用のナタネ、飼料用トウモロコシ、調理・加工用ジャガイモの3つの作物について、EUの主要な産地の典型的な有機栽培農家と一般栽培農家に対する研究を実施した。地区内の組換え(GM)作物の割合を10%または50%と仮定して、さまざまな組合せを検討した。50%のシェアは、早期にGM作物を採用した国の状況、10%は、EUでのゆっくりした組換え作物の導入シナリオに相当する。これらのシナリオで、非GM作物へのGM作物の予想される混入レベルを、コンピュータ・モデルと専門家の意見を用いて推定した。
 
・ 現在の農業活動のままでGM作物のシェアが増加すると、有機栽培作物や一般栽培作物へのGM作物の混入はどの程度になるか?
 推定されるGM作物の混入レベルは、GM作物のシェア(10%と50%)ではあまり差がない。したがって、GM作物混入への防止対策が、導入の早い時期に必要になるだろう。
 GM作物の混入のレベルは作物と農家のタイプによって大きく異なる。集約的なトウモロコシ農家では2.2%程度、ジャガイモの有機栽培農家では0.1%程度である。有機栽培農家では、すでに分離システムが実施されているため、GM作物の混入レベルは一般に低いと予想されるが、有機栽培のナタネ農家では自生植物の除去が難しいため、混入の確率が高くなるだろう。
 GM作物の主要な混入源は、種子への混入物、他家受粉、自生植物、収穫・貯蔵作業などである。ナタネ種子生産農家では自生植物が重要であるが、トウモロコシでは種子への混入と他家受粉が重要である。
 
・ 農業活動の変更によって、有機栽培作物や一般栽培作物へのGM作物の混入を基準値以下にすることは可能か?
 さまざまな規則で論議されているものと同程度の基準値として、ナタネ種子生産では0.3%、トウモロコシおよびジャガイモでは1%を想定した。
 ナタネ種子農家と一般栽培トウモロコシ農家は、この研究で設定した現在の農業活動を変更することで、これらの基準値を満たすことができるだろう。ここで言う現在の農業活動は、あくまでも代表例であり、提案された変更の一部には、すでに多くの農家で利用されているものがあるだろう。GM品種と非GM品種の開花期をずらすことや、地区全体での境界管理を導入することなど、近隣農家の協力が必要な場合もある。
 ジャガイモ農家との有機栽培トウモロコシ農家では、この研究で設定した現在の農業活動のままで、これらの基準値を満たすことができるだろう。
 
・ 有機栽培作物や一般栽培作物へのGM作物の混入をなくすことは可能か?
 定量分析の限界に近い0.1%を事実上の限界値として検討した。農業活動を大きく変更しても、地区内に10%または50%のGMOが存在する場合には、0.1%の実現はきわめて難しい。ナタネ種子生産農家の一部で、農業活動を大きく変更した場合には、この限界値に近づくかもしれない。
 
・ 変更の費用はどのくらいか?
 農家間の協力においてGM作物生産者に本来影響する部分も含めて、一般栽培や有機栽培の生産者に全費用を割り当てた。農業活動の変更とモニタリングシステムの導入によって1%および0.3%の基準値を守り、適切な保険をかけることは、50%シナリオでは、現在の生産物価格の1%〜10%の追加費用となる。ナタネ種子生産は例外で、農家のタイプによっては費用はもっと高くなるかもしれない。
 有機栽培農家での面積あるいは収穫量当たり費用は一般栽培農家よりも大きいが、有機作物の価格が高いため、生産物価格との関係では、差はかなり小さくなるだろう。
 
 同じ地区内での共存は可能か?
 基準値を0.1%とすると、共存は、どの検討シナリオでも実質的に不可能である。0.3%(ナタネ)と1%(ジャガイモ、トウモロコシ)の基準値では、ナタネの種子生産は、技術的には可能でも変更の費用と複雑さのために実施は困難だろう。ジャガイモでは、追加費用は小さく、大きく活動を変更する必要がないため、共存は現実的と思われる。トウモロコシについては、ナタネとジャガイモの中間程度であるが、集約的栽培地域の一般栽培農家では共存が難しい場合がある。
 
・ 同じ農場内での共存は可能か?
 GM作物と、一般栽培作物または有機栽培作物とを、同一の農場で栽培することは、大面積の農場であっても現実的ではない。ナタネ種子生産では自生植物の影響が大きく、同一の農場ではGM作物の栽培を行えない。トウモロコシとジャガイモについても作物の取扱いがかなり難しくなる。
 
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